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Yu-Shu

「この花の異名は〝夢見草〟。私はずっと、夢見ているのです。この学校で学びそして卒業する貴方達の、陽の差すような明るい未来の、その先を……」


 俺が入学した日。散り終わりの薄桃色の花をつけた大木の下に佇んで、教授はそうつぶやき静かに微笑んだ。口を閉じたままの、上品な微笑み。

 学長を務める老教授。式典用の黒いローブマントを身に纏った、シャンと背筋の伸びた長身。厳めしい鷲鼻に、色素の薄い瞳、後ろに撫でつけたロマンスグレーの髪。白手袋をはめた手を後ろに組んで、大木を見上げている。

 その姿が、妙に印象的だった。




 ヴァンパイア・ハンター養成学校。俺はここの転入生。元々は別の養成学校に行く予定だったが、この名門校から声が掛かり転入することに。その際、手続きなどもあって時期が遅れ、同級生となる皆とは半年ずれての春入学となる。

 だから俺が卒業するのも、仲間たちから半年遅れた春の頃。一人だけでの卒業式だった。


 校舎として使われている石造りの古びた城。そこの前庭に、刈り込まれた周りの木々とは様子の違う、のびのびと枝葉を広げた木が一本ある。

 この木は何年ここに植わっているのだろう。天を突くような大木だ。俺は教授の斜め後ろでそれを見上げながら、改めて思った。


「この花の異名は〝夢見草〟。私はずっと、夢見ているのです。この学校で学びそして卒業する貴方達の、陽の差すような明るい未来の、その先を……」


 そして、俺の卒業する今日という日。今咲き誇る薄桃色の花をつけた大木の下に佇んで、教授はそうつぶやき、静かに微笑んだ。口を閉じたままの、上品な微笑み。


 教授は見上げていた大木からふと視線を外し、薄い色の瞳を俺に向けた。

「……懐かしいですね」

「はい、教授」

 俺はそれを前にうなずいた。いつも親身に俺ら生徒の話を聞いてくれていたあの目だ。

 名門校の学長という多忙な立場ながらも、歴史学の授業の教壇に上がり、そして生徒たちのことをいつも気にかけて、その成長を何よりも尊んでいた老教授。


 今、教授の視線の先にいる俺はヴァンパイア・ハンターとしての正装姿をしている。纏った黒色のローブマントは教授の身に着けているものと見た目はよく似ていたが、各所に多くのポケットが仕込まれた実践向けのものだ。布の裏地には銀の糸で大きな十字架があしらわれている。

 腰には太いベルト。そこには、聖水の入った試験管や銀の弾丸が込められた拳銃、そして木の杭とハンマーが提げられていた。

 この装いをするのは、この学校の卒業式での伝統だ。教授はその俺の姿を見てまぶしそうに目を細めると、再び視線を大木に戻した。静かにはらはらと花びらを零す木に。


 俺はここで学ぶうちに知った。この薄桃色の花をつける木の名前はヒガンザクラ。遠くヤーパンの地から持ち込まれたという植物。向こうでは別れの花として有名らしい。

「この大木もね。はじめは、たいそう小さな苗木だったのですよ」

 木を見上げたまま教授は言った。まるでその頃からずっと見てきているかのような口振りだった。


「成長は、愛おしいです。皆、時の流れに乗り、前へ前へと進んでいく……」

 木から目線を離さないまま、教授は続ける。

「君はここで充分に学んだ。実に優秀な生徒でしたよ。君の未来は明るい。この先、陽の光が真に(・・)、君の歩む道を照らすでしょう」

「教授……」

「卒業の時だ。さぁ、行きなさい。君の活躍を、私は心の底から期待しています」

「……はい。はい、教授」

 そう答えて。思わず視界が滲んでしまった。静かにはらはらと涙が零れる。決して泣くまいとしていたのに。

 教授は視線を木に向けたまま、俺の涙を見ないでいてくれている。でも俺が声を出さずに泣いていることは、教授には筒抜けだろう。


 涙の成分は、血とほぼ同じだという。それに気づかないわけがないのだ。俺の、恩師は。


 俺はここで学ぶうちに知った。きちんと学びを修めた者ならば解る。

 このヴァンパイア・ハンター養成学校の学長を務める教授は、教授自身が心の底から忌み嫌う、吸血鬼であると。


 式典用の黒いローブマントを身に纏った、シャンと背筋の伸びた長身。厳めしい鷲鼻に、色素の薄い瞳、後ろに撫でつけたロマンスグレーの髪。白手袋をはめた手を後ろに組んで、大木を見上げている。

 その姿が春の光の中、いや、今の時季では春の光を模した、閉じられた学校の敷地内をあまねく照らす人工照明の下で、静かに静かに佇んでいた。



「教授。今まで、ありがとうございました……!」

 最後に深く頭を下げ、そうして俺はバッと顔を上げると、踵を返して足を前へと踏み出した。

 ここを出たらもう二度とこの学校の生徒としては戻ってくることのできない、重い門を通り抜くために。



 箱の中に自らを閉じ込めるようにして、流れゆく時を見つめ、卒業の時を待ち望む。

 その彼と差し向かいそして別れた。いつの日か、違う立場となり同じことを繰り返すその時まで。



 次に踏み出した足は、もう既に門の外へと出ていた。俺は、いつの間にかうつむき加減になっていた顔を上げる。

 まぶしさに思わず目を細めた。視界が少し滲んだのは、そのためだと思う。

 教授の夢見た陽の差すような明るい未来。それを指し示す、春の光の中。




                 ~終~

タイトルの「Yu-Shu」は、「優秀」・「有終」・「憂愁」・「幽囚」。

一つ目の「優秀」には、「優秀な生徒」と「通信簿の〝優〟〝秀〟」を含みます。

また「ヒガンザクラ」には、本来の名前の意味の「彼岸」とは別に「悲願」の意も含ませました。

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