彼女は義務教育を放棄する
静かな駅のホーム。電車は一時間に一本くるだけだ。それを逃すとまた一時間待つ必要がある。有人駅ながらホームに立っている人影は里奈の一人だけ。
見送りはいない。これから里奈は家出をするわけで、それを見送りに来るような親はいない。何より彼女の友人と呼べる人間は一二歳になった時点で早々に東京へ旅立った。
里奈もこれからその一例の仲間入りをするだけでしかない。流されて生きているような感覚は好きじゃない。しかし、選択肢があるとも思えない。
卒業証書をもらったのも他とは違う何かを求めての行動であったが、結局年下連中にバカにされただけだった。だから里奈は誕生日を迎えた今日の日に旅立つ決意をした。
空中ディスプレイを映しだすとそこには『東京迷宮』のタイトル。その下にはスタートのボタン。これが一二歳の証だ。
電車がようやくやってくる。止まった電車の扉が開くと十代後半に見える男女数人がひどくくたびれた様子で降りてきた。最初は眉をしかめる里奈であるが、すぐに気にならなくなって電車に乗りこむ。
後にこの十代の若者たちが『東京迷宮』をプレイしていて一八歳を迎えてしまったプレイヤーであると知るのは随分あとの話である。いまの里奈は何も知らないのだ。
いま里奈の胸中を満たしているのはただ東京に何かがあるという期待感である。
里奈はずっと三月生まれの疎外感を感じて生きてきた。
その彼女には叶えられないことがあった。
里奈は恋がしたかった。
だから中学校へは行かない。
そこには誰もいないから。
里奈は青春のために義務教育を放棄しようとしていた。
顔のそばかすが気になりだした。
まわりと比較したら少し背が低いのも気になる。
それでも彼女
「私は恋がしたい」
少女は電車の扉が閉まるとき、一人きりで決意を口にするのだった。
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