■晴と少女の突然の出会い
一〇月もあと一週間で終わろうという頃、かろうじて残っていた陽気も少しずつ薄れつつあった。
そろそろもう少し厚着をしようかという気候である。
しかしまあ、それでも眠いものは眠い。江波晴は思わず大きくあくびをしてしまう。
晴には所属しているクランに同期生の少女が入ってきたのだが、いまいち話が合いそうになかった。
それと身なりをもう少し整えてくれたらなとも思ってしまう。
そんなとりとめもないことを考えていたせいで、晴は曲がり角からやってくる人のことが気がつけずにぶつかってしまう。
「イテテッ」
お互い正面からぶつかってしまい尻もちをついていた。
「ごめんなさい。私ときたらボーッとしてたみたいで」
女の子の声だった。晴は確信する。この声の主は間違いなく可愛いと。
「いや、俺の方こそ前をロクに見てなかったからさ」
晴は急いで立ちあがり手を差しだす。
「ありがとうございます」
女の子は差しだされた晴の手を取る。
(アタリだ)
内心いやらしくと笑う。
女の子の手は絹のような手触りだった。
少し垂れ目気味で睫毛は長く、さらりとしたストレートヘアーをセミロングにカットした清楚感溢れるスタイル。
ちょっとお堅いイメージがつきまとうが、それでも晴のお眼鏡には合格の二文字が浮かぶ。
「汚れちまったんじゃないか? よければ俺のハンカチを貸すからさ」
蘭々に持たされたハンカチがよもやこんな風に役立つとは思わなかったと晴は心底感謝した。
これで受け取ってくれたら今後の展開も可能性が出てくる。
「お気持ちだけで十分嬉しかったですよ。それでは私、急いでますから」
女の子は軽やかにお辞儀をするとそそくさと立ち去る。
それから数歩歩いたところで何かを思い出したかのように振り返ってくる。
「もう少し表情は隠すことを学ばれた方がいいかと。鼻の下、伸びてましたよ」
それだけ言って女の子は歩き去っていく。
晴はただただポカンとするしかなかった。
「晴先輩、どうしていつも先に行くんですか?」
振り返ると二歳年下の少女である蘭々が声をかけてくる。
――お前がついてくるからだよ。
そう言いたくなる衝動をこらえる。何というか彼女とは九月以降やたら一緒にいる時間が増えたような気がする。
「さっき誰かと話してました?」
去って行ったであろう女の子がいたところに蘭々は視線を向けている。勘がいいだけなのか、それとも見ていたのか。
「さあな」
晴は投げやりに答えて、学校への道なりをとぼとぼ歩く。
晴は先ほどの女の子の言葉に少し堪えていた。
だから気づきもしなかった。女の子が学校へ行こうとするルートを歩いていたことに。
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