■千条胡桃葉が押しかけてくる
「頼もー!」
早朝の学生寮に女の子の声が響きわたる。
「そういや道場破りっていうんだっけ?」
晴は大きくあくびをしながら玄関の方へ向かっている。
「ここは学生寮よ。こんな早朝には百歩譲るとして。もう少し挨拶は穏便にしてほしいわね」
よりによって久遠は不在である。里奈は思わずため息をついた。
「どちらさま?」
玄関に立っていたのはリュックを背負って、シミのついた白衣に少し欠けたメガネ。
伸ばしたというよりは伸びてしまってそれを無造作に後ろで括ったような印象を受ける髪型。
長袖ジャージに下はハーフパンツ。なかなかインパクトのある格好だ。
「私、一〇期生で一〇月二一日生まれ。千条胡桃葉です」
一〇期生という単語に里奈は晴を見る。すると晴は「心当たりはない」と全力で首を横にふる。
どちらかというとこの風貌に関連してそうな人物に一人心当たりがあった。
「あれ、千条さん?」
やっぱりと里奈はジト目で学野博文を見た。
「ひどいですよ。一番弟子の私を置いてくなんて」
胡桃葉は少し怒っているような素振りで口を尖らせている。
「一番弟子?」
里奈は聞き慣れない言葉の意味を博文に問う。
「彼女がそう言ってるだけですよ。僕は弟子なんてとってませんから」
「ひどいなぁ。クランを抜けて、ようやく探し当てたと思ったら、この仕打ちだもの」
会話についていけないなと里奈はこめかみを指で押さえる。
「ああ、すまない片岡さん。千条さんは以前所属していたクラン仲間だよ。レベル上げとかより研究に熱心だったせいで煙たがられていてね。彼女は同志といえばいいかな」
「はあ」
里奈は生返事を返す。
「先輩、水くさいですよ。私の行き先と先輩の行き先は一緒なんですよ」
「でも、僕といることで君もクランから煙たがられていただろ?」
「いまさらですよ。私は最後まで先輩について行くって決めてるんですから」
熱の籠もった視線を胡桃葉は博文に向けている。これだけでお腹いっぱいだ。
「ところで、彼女はどうして博文先輩のコスプレなんかしてるんです?」
里奈としては真面目に訊ねたつもりである。別に好きだからと言って不清潔感まで真似る必要はないだろう。
「彼女は僕以上にズボラなんだよ」
その答えに里奈は深く頷く。ズボラになるとああなるワケかと。
「それで千条先輩はどうするつもりなんですか?」
「できれば、東方旅団で面倒見てもらえないかい? 所属していたクランも抜けてきたようだし」
「ウチはそういうんじゃないんですけどね」
まあ、いいかと思いつつも晴に視線を向けて、了承するのか確認をする。
晴は「別にいいんじゃねえの」と首を縦に振る。博文の人格はここ最近の付き合いである程度は把握している。その彼の紹介ならということだった。
「わかりました。とりあえず東方旅団は千条先輩を歓迎します」
里奈はいわゆる営業スマイルだった。
「とりあえず詳しい説明をする前にシャワー浴びてきてもらっていいですか?」
有無を言わせない里奈の迫力に胡桃葉は明らかに気圧されていた。
そんな二人のやりとりを見ながら晴は内心で「怖っ」と思うのであった。
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