■蔵脇頼果は談話室で寝る
「蔵脇さん、ここに布団を敷いておくよ」
いつもよりあからさまに一オクターブ高い声で春は頼果に呼びかける。
「ありがとうございます、晴先輩」
それに対して頼果はわざわざ晴の名前を呼んで礼を言う。
里奈は舌打ちしながら、それを眺めていた。
「里奈ちゃん、品がないよ」
由芽がたしなめてくる。
「気に入らないんだから仕方ないでしょ」
里奈は鼻を鳴らす。
「そういう態度だから、久遠くんの方が大人の対応したってことになっちゃうんだよ」
久遠は里奈から受けた指示を晴がほぼやってしまったため手持ち無沙汰になっていた。
「それじゃあ晴にあとの案内も頼んでいいかな?」と久遠が訊ねると、晴は嬉しそうに「任せろ」と親指を立てる。
「ああやって露骨に態度を変えられるとムカつくのよね」
「まあ、それについては……」
由芽はゴニョゴニョしながらも否定はしないときっぱり言った。
「晴先輩、よろしくお願いします」
頼果に深々と頭を下げられて、晴は「いいってことよ」と自分では格好をつけたつもりで返す。
「ああいうところが三枚目なのよねぇ」
これはもちろん晴の評価である。
「先輩に失礼だよ」
由芽が咎めてくる。案外と由芽は人の悪口なんかを嫌がるところがある。
里奈からすればこれは悪口なんかにはあたらないのだが。
「それで蔵脇さんの扱いって明日からどうなるの?」
「どうなるも何も夜が明けたらさっさと荷物まとめて出て行ってもらうわよ。アテがないのは今晩の話であって、明日からは自分で探せばいいじゃない」
何なら頼果にもはっきり聞こえる声量で言ってやった。
それ以上の義理はないし関わりになる必要もないと里奈は考えている。
里奈の発言に対して、まわりは「そりゃそうだけど」という言葉を表情だけで訴えかけてくる。
対して里奈は言ってやりたかった。何が悪いのだと。
口にしてやろうかと思ったとき頼果がスタスタとやってきて里奈の右頬をはたく。
「何するのよ!」
里奈が吠えると今度は里奈の左頬をはたく。
今度、里奈は言葉を口にしようとするとまた頼果が右頬をはたく。
里奈を一切喋らせないつもりのようだ。
「あなた、何様?」
頼果は里奈に迫る。そのわずかにできた隙を突いて里奈は頼果に掴みかかる。
バランスを崩した頼果は後ろに転けて、里奈も勢い余って頼果の胸にダイブする形になる。
ここからはお互いとっつかみあいである。
「ばーか! ばかばかばか! ばーか!」
里奈が再び吠える。
「そのバカ面でバカ呼ばわりされる筋合いないわ、ばーーか!」
頼果も応戦する。
何が起こったか一同は理解できなかったが、この応酬が小一時間続くことになるのだった。
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