第三話 望まぬこと(1/4)
睨み合う二人。この二人で上手くいくのか――?
事務所の中。玄関に立っている少女が一人。瞳は、澄んだ水のような色をしており。髪は、白銀で、黒柿の厚いコートを羽織っている。少女は、目の前に立っているもう一人の少女を睨みつけていた。
同じ身長の少女は、目を丸くし一筋の汗を垂らす。立ち尽くしたまま、怯えているような少女と、白銀の少女は向かい合っていた――
――――第三話 望まぬこと ――――
「……あっ……あの……」
狼の耳を生やした少女が、目の前の白銀の少女に向かい何かを言おうとする。
「お前に用はない」
そう言うと、白銀の少女は雪夜を通り過ぎ、事務所の中へと入っていく。
「来たか」
グレンはそう言うと、デスクにある椅子から立ち上がる。
「グレン、要件はなんだ」
「あぁ」
ノプシス・ファレ、それが少女のコードネームだ。
「俺たちはしばらく、仕事で雪夜の訓練に付き合えない。そして――」
グレンは紙の束を机の上に出した。
「こんだけの仕事を、俺とライラックだけでは片付けきれない。そこで、シスと雪夜の二人で、暗殺の仕事をしてもらいたい」
「……は?」
シスは、耳を疑うような表情で言った。
「あいつと一緒に仕事をしろってか!?その為に私を呼んだと?」
「そうだ」
「反対だ!こいつなんかさっさと放り出せばいい!私一人で十分だ!」
グレンは頭を掻く。
「これも一つの訓練だ。お前も師匠の下で修行を積んでいる。これも一つの修行だ。雪夜にとっても、お前にとってもな」
「なら、こいつは置いて一人で片付ける」
「だから――」
「資料貰ってくぞ」
そう言うと、強引に資料を持ち出し二階へと向かう。雪夜は、少し怯えたように後ろから付いていく。
「くんな!」
シスにそう言われ、雪夜は耳を垂らし、階段から離れた。
「……」
「まぁ、思春期ってやつだよ雪夜ちゃん。その内仲良くなれるよ」
ライラックの励ましは、あまり効き目がないようだった。ライラックは困ったように頭を掻いた。
シスは、雪夜よりも前からこの業界に足を踏み入れている。本来は裏万事ではなく、グレンの師匠である死神によって暗殺者としての修行を積んでいる。
留守の間、互いに成長してくれることを、グレンは望んだのだ。
「まぁ、上手くやるがいい。俺たちは仕事に出る。しばらく帰っては来ない」
そう言うと、グレンとライラックは事務所を出て行った。残されたのは、玄関の方を落ち込んだ目で見ている雪夜であった。
◇◆
私はこの人が怖い。いつも、私のことを睨んでいる。私が何かをした訳ではない。私が裏万事に来た時からこうだった。
誰か、嫌いな人に似ていたのだろうか。それとも……私の素行が悪かったのだろうか。聞いても、答えてはくれなかった。
グレンの……左腕のことも、一つの原因として考えた。だけれど、それじゃ時系列が合わない。好かれようと、必死に頑張った。
でも、何をやっても怒ったような顔をしていた。何をしても、どうやら私じゃダメらしい。幸い、資料は私の部屋にもあった。
事務所の二階には、部屋がいくつかある。上がってすぐはライラックさんの部屋。その横が私、そしてその横がたまに帰ってくるシスさんのであった。
奥の部屋はグレンの部屋だけど、私は入ったことがない。リステくらいしか、中へは入れてくれない。そういうことなのだろうか、そんなことを考えたこともあった。だけれど、そんな臭いはしなかった。
資料を確認すると、やるべき順番が既に決められていた。恐らくライラックさんが書いてくれたのだろう。
私は準備をすると、早速今日の依頼に目を通す。依頼の内容は、恨んでいる人を殺してほしいというありきたりなものだった。
その人の動きは既に目星がついていた。今は夜の9時。9時半には、この人は酔っ払っていつもの路地を通る。家への近道らしいそこは、暗殺するには絶好の場所であった。
恐らく、シスさんもそこを狙うだろう。私は装備のチェックをし、部屋から出る。すると、同じタイミングでシスさんも部屋から出てきた。
「……お前は事務所に居ろ」
「私も……行かせて……下さい」
言葉が詰まりそうになる。私は睨みつけられたり、脅されたりそういった行動をされると、つい怯んでしまう。
元から怖いのは好きじゃなかったけど、最初からこうだった訳じゃない……思い出したく……ない……
◇◆
私は、シスさんの後ろをついていきながら、目的地へと向かった。案の定、シスさんも同じ場所で仕留めるらしい。
「邪魔なんだよ!ついてくるな!」
「……でも、グレンはこうしろって……」
「私一人で十分なんだよ!才能のないやつが、こんな仕事してんじゃねえよ!」
いつも、私にこのようなことを言ってくる。でも、否定もできない。シスさんは、私よりもよっぱど上手だ。獣人としての身体能力に頼っているだけで、私には才能なんてものがない。
才能だけじゃない。私は左目の視力が低い。ぼやけて、ほとんど見えないほどだ。
元からこうだった訳ではない。それでも、二年間は頑張って、やっと片目だけでも距離感を掴めるようになった。足りない左側の視界は、嗅覚で補っている。それでも、人より不利なことには変わりなかった。
路地に着くと、シスさんは建物の上の方に張り付いた。私も、邪魔にならないようターゲットの進行方向にある壁に張り付いた。
もうすぐ、ターゲットはここに来る――すると、足音が聞こえ出した。酔っ払った男は、足元をふらつかせながら、こちらへと向かってくる。
ターゲットで間違いはなかった。すると、シスさんがターゲットの後ろに降り立つ。コートが下へと降りた時、男は振り返る。
「あぁ?何してんだガキ。こんな夜に出歩いちゃ悪いおじさんに捕まるよぉ〜?アッハッハ!」
その瞬間、シスさんの両手に、刀のようなものが現れる。鞘は背中に付いているようで、それも引き抜くのは下からだ。
刀を下に向け、シスさんは男に近付く。刃は、まるで櫛のような見た目をしている。切断するというよりも、傷口を荒くする――または二つの刃で挟み、すり潰すような使い方をするのだろう。
男はそれを見ると、酔いも冷め我に帰る。シスさんは男の首に狙いをつけ、両方の刀を右に向けながら斬りかかる。
男は情けない声を出しながら、逃げ出した。しかし、男の背中にシスさんの斬撃が入る。入りが甘く、男を仕留めきれなかった。男は頭に悶えながらも走り続ける。
「チッ」
シスさんは追いかける。男が逃げたその先は、私が待ち伏せしていたところだ。私はただ、男の目の前へと飛び降りる。銃を構え、進行方向を塞ぐだけで良い。それだけで、男の逃げ場は無くなる。
前には銃を構えた私、後ろからは刀を持ったシスさん。挟み撃ちとなり、男は尻餅をつく。
「待ってくれ!許してくれ!何が目的なんだ!金か?」
「私たちは依頼されました。あなたを殺すように」
「誰に!」
「さぁ……恨まれるようなことでもしたんですか?」
すると、男は否定した。
「違う!何もしてない!俺は――」
男は何かを思い出したらしい。裏万事への依頼が来るということは、裏社会に関係するものが多い。場所を知っているのが、裏の者たちだからだ。
「……頼む、俺を生かしてくれたら金ならた――」
その瞬間、後ろから追い付いたシスさんによって、男の首は切断され跳ね飛ばされた。
コロコロと、男の頭は転がった。
「邪魔をするなと言ったはずだ」
「……邪魔は……してません」
「お前は何もしなくていいんだよ!」
「……どうして……私はダメなんですか……?」
「どけ!」
そう言うと、シスさんは遺体の処理を始めた。私はそれを……見ていることしか許されなかった。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
これを投稿した日、ちょっと憂鬱なことがありました。というか後書き書いてる今もまだ続いてます。でも、そんなでもかまってくれる人が居ました。そんな人が居るのに、どうして裏切れるか。結局、人外は今日の分書けそうにありません。だけど、せめてストックのあった巡導だけでもと、分割を間に合わせました。
人外を楽しみにしていた方はすみません。どうか、私の我儘を許して下さい。私の作品を好きでいてくれてありがとう。では、また次回お会いしましょう。