第二話 幻影(3/3)
グレンは乱入者との戦闘を終え、二人の下へと戻る。しかし、その二人は――
男がドアノブに触れた時、ある違和感に気が付いた。
「返り血は、どこだ?」
男は、先程まで体に付着していたはずの返り血を探す。
「……後ロ――」
鳥頭のその言葉で、男は振り返る。先程、二人を殺したはずのそこには、死体は疎か血の跡すら見当たらない。
「……幻影異物の類か」
「サッキノ弾丸ダロウ」
床に残っている弾痕。それ以降は、全てが幻だったことを悟った。
男は帽子の束を下げ、二人は部屋を出て行った。
◇◆
――幻影弾。それは、僕が持つ異物を使用した弾だ。着弾した周囲に、無臭のガスを放出する。吸い込めば、文字通りの幻を見ることになる。
「グレンも来ないし、僕に勝ち目はないし。逃げに徹するが吉だよな〜。しっかし、ベランダの下にマットが捨てられてるとか、どんな幸運ですかね〜。あれがなかったら、今頃雪夜を背負った僕は足を折ってるね〜」
ガスということで、息を吸わなければ幻を見ることはない。初見殺しにはもってこいだ。ある程度、あのアパートから離れた僕は、雪夜を一度降ろした。
「お〜い、起きろ〜大丈夫ですか〜?」
返事がない。額から、少しだけ血が出ている。あいつに離された時に、ベランダの壁に頭を打ちつけたようだった。
「仕方ないなぁ」
僕は雪夜を担ぎ直し、事務所に向けて歩き出す。すると、大通りの方から走ってきたグレンと合流した。
「おっグレンの方も、何かあったみたいだね」
「すまない、邪魔が入った」
「まぁ、なんとかなったし良いでしょ。それより早く、事務所に戻って雪夜の治療をしてあげないと。頭打ったみたい。気絶してる」
しかしグレンによれば、警察が周辺を彷徨き始めたご様子だった。仕方ないので、事務所へは遠回りすることになった。
◇◆
――夢を見ていた。それは、もう会うことのできない母がいる夢。母は優しい人だった。私にいつも、子守唄を歌ってくれた。
少し悲しいお歌だったけれど、最後にはハッピーエンドが待っていた歌。私はそれが好きだった。内容じゃなくて、母の歌う子守唄が好きだった。
――目が覚めると、ベッドの上に私は寝かされていた。子守唄が聞こえる。それは、目を閉じ、隣で座っていたリステさんが歌っていた。
裏万事で、医者をやっている人だ。正確に言うと、ここに来てくれている形なので、常にいるわけではない。だけど、誰かが怪我をした時はしばらくいてくれる。
「あら、起こしちゃったかしら。ごめんなさいね」
優しい声の人、私はこの人が好きだ。
「いえ……母の子守唄と同じでした」
「あらそう。でも私、下手だから」
「そう……でしょうか。私は好きですよ」
すると、リステさんは小さく笑ってくれた。それと同時に、眠る前の記憶が蘇った。
「――! 私、何があって――」
「大丈夫よ、二人がなんとかしてくれたわ。怪我の方も、痕も残らずに治るわ。今日くらいは、ゆっくりしなさい」
「……ごめんなさい、私が未熟なせいで――」
毛布を掴む力が強くなる。私は役立たずだ。時間稼ぎを成功させたことに浮かれて、警戒を怠っていた。涙が零れる。私の頭に、優しい手が乗せられた。
「大丈夫よ、雪夜ちゃんは立派にやってるわ。成長したら、美人さんにもなれるわ」
頭を撫でられると、私は何も言えなくなる。リステさん……。私は、立派でしょうか……。
◇◆
――結局、変革の石を奪った犯人が誰であるのかは分からないままだ。
「ここら辺の裏万事じゃ、聞いたこともない人たちだね。調べても出てこないや」
「ライラックが調べても出てこないとはな」
「盗品村の類じゃないかなぁ。個人でグレンから盗れる人間は、そう世の中にいないよ」
「……まぁ、あれに用はない。俺が必要だったのは金と情報だ。くれてやるさ」
「ほんとにいいの? 高値で売れるかもよ?」
「報奨金は、逃げた男が置いて行ったままだった」
「なるほどね、それなら文句はないか」
ライラックは立ち上がり、紅茶を淹れに行こうとした。
「雪夜ちゃんが居ないと不便だねぇ」
そう言いながら向かう先、ライラックの目の前に雪夜が現れた。
「あっ」
「……紅茶、淹れますね」
「無理しないでいいんだよ? 雪夜ちゃん」
「いえ……足手纏いになってしまいました。このくらいはやらせて下さい」
耳が垂れている。あれは相当やられているだろう。稽古を更につけてでも、モチベーションを上げさせるか、少しだけ考えることにした。
しかし、最近依頼が重なっている。そして辿り着いた結論は、あるところへ電話を掛けることであった。
◇◆
俺とライラックは、次の仕事の準備をしていた。小さな依頼なども来ており、消化していかなければならなかった。
そのために、俺が居なくても鍛えることができるよう、ある人物が事務所に来てくれることになった。これで、俺たちは優先すべき仕事に集中できる。それに、一部の依頼は二人にもやってもらう。
「数週間は依頼の消化と、忙しくなるねぇ」
「大掛かりだが、代わりに溜まってるものはそこまで準備が必要ない。一つ一つはすぐに終わるだろう」
「だねぇ〜頑張りますか〜」
細かな依頼でも、金さえ積まれれば引き受ける。いつかそれが、俺の過去を解き明かし、辿り着くのであれば、幾らでもやろう。
「俺たちの命を狙ったあの男のことも、必ず突き止めてみせる」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
第二話はこれにて終了です。そして、第三話はなんと1万文字!恐らく4分割?ほどになると思われます。次も楽しみにお待ち下さい。では、また次回お会いしましょう。