第二話 幻影(1/3)
変革の石を手に入れたグレンたちは、依頼主の希望により、ある路地へと踏み込む。しかし、そこでは――
――――第二話 幻影 ――――
約束の日――
事務所には、手紙が届いていた。
「ヤニス・フェルツァの路地にて待つ」
下の方には、日時と場所を示す地図が記載されていた。コンクリートの建物に囲まれているそこは、確かに人目を気にする必要はない。
「グレン……これ」
ライラックが苦笑いで言った。
「罠だろうな〜」
中央のソファに向かい合うように座り、テーブルの上に手紙を置きながら、三人は中身を読んでいた。すると、雪夜が近付いて手紙の匂いを嗅いだ。
「匂いも……紙とインクの匂いしかしません」
「少なくとも、あの日来た依頼者本人が書いたってわけだねぇ」
ライラックは腕を組み、ソファに凭れかかる。
「どうする〜? グレン。罠と分かってても、無視するわけにもいかないよ?」
客の要望に応えなくては、裏万事は成り立たない。
「行ってやろう」
雪夜は不安そうに、質問を投げかけてくる。
「でも、罠なら思惑通りに真正面から行くのは危険では……。何か、策があるのですか……?」
「あぁ。まず、雪夜には先に目的地で待機してもらう。屋根でもなんでも、隠れて奇襲ができる位置でその時を待て。そして、時間通りに俺が回収しに行く。相手に敵意があれば、雪夜が奇襲する。相手に敵意が無ければ、そのまま目的を果たして仕事を終える」
「なるほどねぇ、じゃあ僕はお留守番かな。せいぜい頑張りな〜」
そう言うとライラックは片手を上げ、自身のデスクへと戻っていった。
「私が……奇襲」
「できないはずはない。俺が今まで鍛えてきたのだからな」
「――はい、大丈夫です」
「なら決定だ」
すると、一度俺たちは解散することにした。各々のやるべきことを、その日までやり続ける。ライラックは常に、情報関係をチェックしている。雪夜は、二階にある自身の部屋へと戻っていった。俺は――
◇◆
――約束の日は、あっという間に訪れた。予定通り雪夜には、早めに現地へと向かってもらう。そして、俺が時間通りに路地へと向かう。
夜の二時、そこには誰もいない。コンクリートの建物に囲まれ、煉瓦造りの道があるのみ。
暗い路地の中で、待つこと数分。目的の人物は、目の前には現れなかった。見慣れない顔の男。見るに若く、脅されここにやってきたのだろう。
「あなたが……グレンさん、ですよね?」
男は青冷めた顔で、そう言ってきた。
「依頼主はどこだ」
「あの……多分、その人が僕にこうしろと……」
「約束はどうなっている?」
「はい! これが、その――」
俺は、男に銃を向けた。
「違う」
「ヒッ⁉︎」
男は尻餅をつき、こちらを見る。
「なんで――」
「依頼主からは聞かされなかったのか? 依頼主が提示した条件は、事務所で受け取る話だったはずだ」
「何も聞いていないんです! というか、脅されたんだ! これを、あんたに届けて、あるものを受け取れって――」
その時、銃声が二発。路地内に響き渡る。一発は、俺の足元に。最初の一発は、路地の奥に当たっていた。その一発は雪夜のものだ。
「グレン! 隠れて! 奥に誰かいる!」
上の方から、雪夜の声が聞こえた。俺はすぐに、俺を狙撃した正体不明の敵から身を隠す。男は銃声に驚き、アタックケースを残して逃げていった。
「雪夜! どこだ」
俺は、雪夜に届く声で言った。この路地は入り組んでおり、俺からでは敵の場所が見えない。
「さっき、グレンの居た場所から左の方――」
銃声が響く。声で雪夜の位置もバレたようだ。俺は、ある程度の目星を直感でつける。敵の背後を取るには、路地内を遠回りで向かう必要がある。幸い、雪夜が正面から迎え撃っている。背後に回るまでの時間は、稼いでくれるだろう。
「頼んだぞ、雪夜」
◇◆
「敵は、ダストボックスを盾にしてる……。スナイパーライフル……ハンドガンだけじゃ武が悪い。さっきも、威嚇射撃にしかならなかった。どうすればいい……? どうすれば、時間を稼げる? グレンは多分、敵を背後から仕留めるつもりだ。――なら、私がすべきことは……!」
幸い、ここにはベランダが沢山ある。
「ふぅ……」
一呼吸の後、私は向かいのベランダへと飛び移る。それと同時に、私の後ろを弾丸がすり抜けた。
「いける」
私の動きの速さに、敵は対応できていない。
私はハンドガンを仕舞い、代わりに爪を立てた。ナイフも要らない。敵に少しでも接近して、グレンのことを悟らせない。
「――!」
狼のように素早く、飛び移るは獣のように。向かい合うベランダを伝っていく。何度か、私の頬を数センチのところに弾丸が通った。だけど、当たることはない。
私は、八メートルの付近まで迫ると、ハンドガンに切り替え身を潜めた。煉瓦造りのベランダの壁が、私を守ってくれる。敵も、スナイパーライフルからハンドガンに切り替えたらしい。
「目的はなんですか!」
身を潜めながら、少しでも時間を稼ぐ。しかし、敵からの返答はない。このまま時間が過ぎれば、グレンのことを勘付かれるだろう。やれることは一つ。
ベランダから立ち上がり、敵に向かってハンドガンを構える。ハンドガンの向く先に、敵はいた。
後ろから、銃口を突きつけられている。突きつけられた男は、両手を上げていた。
◇◆
――スナイパーライフルを捨て、ハンドガンへの切り替えを行なっていた敵に、俺は後ろから銃口を突きつけた。
「ハンドガンを投げ捨てろ」
男は指示通りに、ハンドガンを投げ捨てた。
「お前も依頼されて来たな?」
それも、素人ではない。戦闘経験のある動きだ。ハンドガンは捨てたが、側にはスナイパーライフルが置かれていた。スナイパーライフルに蹴りを入れ、男の側から離す。
恐らく、スナイパーライフルで狙っていたところを雪夜に勘づかれたのだろう。
「要件はなんだ」
「依頼主について教えろ」
「分からん」
俺は、銃口を力強く押し付けた。
「本当に知らないんだ! 手紙で送られてきた」
どうやら嘘ではないらしい。狙いは分かったが、これでは俺の暗殺に失敗した時に、変革の石を入手できないはずだ。
金を渡したくないのならば、他に簡単な方法があっただろう。となると、答えは一つ。狙いは――
悲鳴が聞こえた。男を撃ち殺し、悲鳴の方へ銃口を向ける。そこには、あの依頼主が立っていた。男は背後から、雪夜の口元を押さえていた。ナイフを雪夜の首に当てている。
「やあ、グレン。約束の時間を過ぎてしまい、申し訳ない」
「お前の狙いは、俺たちの口封じだ」
「よく分かっている。流石は死神の弟子だ」
雪夜は、ナイフを見て怯えている。本来であれば、雪夜が背後を取られることはない。その前に、匂いや音で気付くからだ。しかし、この男に匂いはない。また、背後を取られたことから音すらも遮断していたのだろう。理屈はわからないが、厄介極まりない。
「ならば、要件は簡単だ」
男の次の言葉は予想できた。
「ここで、自分の頭を撃てと」
「あぁ、そうすればこの娘くらいは生かしてやろう。雑用係くらいにはなるだろう。それか、四肢を切断し、見せ物にでも――」
雪夜の顔は歪んでいく。
「さぁ、どうする死神の弟子よ。少なくともこいつは助かるぞ」
「そうか――」
答えは決まっている。
「俺は死なない」
理由は簡単だ。その必要はない。
「そうか……」
ナイフが、雪夜の喉に当てられる。雪夜の呼吸が荒くなる。顔色も瞳も、その全てが今の心境を表している。しかし、男は気付いたようだ。その手を止め、雪夜をベランダの壁に投げ捨てた。男は出入り口の方へ、瞬時にナイフを向ける。
「ふむ、背後を取ったつもりだったが、背後を取られてしまったか」
「俺だって、得意としてるのはこっちじゃないんだ。勘弁してほしいね」
男に銃口を向けているのは、保険として呼んでおいたライラックだった。
「それで、どうする。私を撃ち殺すか?」
「撃ち殺したいねぇ、でもちょっと待ってね〜。今、怖〜い人がここへ来てくれるはずだから」
「それならば安心しろ、やつはここに来ない」
「それはどうかね〜」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
人外を読まれている方は気付かれていると思いますが、多分何を言いたいか分かっている方も居ると思います。
私の作品を通して、考察する楽しさを感じて頂ければなぁと思っております。では、また次回お会いしましょう。