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指先に詩をあつめて、温もった体温で  作者: 今井葉


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75/212

バナナ味の歯磨き粉

ぼくは医師から、

歯肉炎ですね、

と告げられました。

ぼくの歯茎からは、

血が、

滲むのです。

歯には歯石が、

びっしりと、

こびりついているのです。



ぼくはasmrの動画で、

歯石を取る音を、

よく好んで聞きます。

けれども。

ぼくの歯から、

こそぐ、

歯石の剥がれる音とは、

そんなasmrの、

生易しいものなんかじゃありません。

ぼくは、

歯に走る、

鋭い痛みに、

耐えました。

これもそれも、

ぼくの歯磨きの、

いい加減だったことの、

至りなのです。



ぼくはうがいをしました。

そこには血が混じっておりました。



次に、

歯磨きの指導をされました。

医師は、

眼鏡の奥の瞳が、

やけにギラギラと光る、

とても怖い面持ちで、

それでもにこやかに、

目など細めながら、

涙を溢していたぼくに、

数本の歯磨き粉を持って、

「何味がいい?」

と聞きました。



そこには、

ぶどう味、いちご味、バナナ味、

三種類の味の、

歯磨き粉がありました。

ぼくはちょっと考えて、

「…バナナ」

とちいさく答えました。




ぼくはすっかり涙も引いて、

医師の話す言葉に合わせて、

ブラシを動かしました。

口の中は、

バナナの甘い香りが、

広がっていました。



うがいをして、

口の中のバナナを、

洗い流すと、

舌先で、

口の中をなぞりました。

歯石の削られた分、

ぼくはなんだか物足りなくなったような、

そんな口の中に、

それでも明らかに、

さっぱりした!

という感じに、

親切にしてくれた、

医師たちにむかって、

ぺこり、

頭を下げました。



歯医者嫌いのぼくを、

ここまで連れてくるのを、

とても苦労した母は、

心配そうに、

待合室のソファから立ち上がって、

ぼくを抱きました。

ぼくは、

そんな母に向かって、

口を大きく広げ、

ピース。

手には、

あの歯磨き粉と、

新しい歯ブラシを持っていました。

お土産にもらったのです。

母は、

泣いていました。

ぼくは自分が泣いていたことも、

すっかり忘れて、

「…恥ずかしい」

と呟いたのでした。



帰りの自転車は、

ぼくが母より、

先頭を切って、

漕ぎました。

すっかり気温の高くなった、

昼の日差しに、

目を細めながら、

蝉しぐれを浴びつつ、

懸命に漕いで行きました。

吐く息からは、

バナナの香りが、

香ったような気がしました。



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