「いたいのいたいのとんでいけ」と治療していたら聖女扱いされていましたが突然偽聖女扱いされて国外追放されました
「ティエン・イー男爵令嬢! 聖女と自らを偽っている貴様との婚約を破棄する!」
マッキーノ王国の末王女の婚約披露パーティの夜。
突然叫びだしたのは、王女のすぐ上の兄、第八十七王子ニャルガオッテ・マッキーノだった。
王子は前々から国王が勝手に結んだ婚約を煩わしく思っており、今も婚約者とは別の女性の腰を抱きながら宣言している。
「王子がそう言うのであれば私に否やはありません。
ですが、私は一度たりとも自分を聖女と名乗った事はありませんので、偽も何も最初から聖女ではありません」
ティエン・イーは元々貧民街で育った他国の血を引く少女だった。
傷や病気に事欠かない貧民街の住人を治療していくうちに聖女との噂が流れ、誘拐同様に王城まで連れてこられたのだった。
男爵令嬢というのも、王城に爵位を持たない平民を住まわせるわけにはいかず、国王が男爵位を授けたものである。なので正確には男爵令嬢ではなく女男爵であるが、ティエン本人も王子もそんなことは一切気にしていない。
「ええい一々屁理屈を! こうして真の聖女、メギトゥーネ・サギッシ子爵令嬢が見つかったからには貴様はフヨウラ!
ティエン・イーの爵位を剥奪し、国外追放とする! そして私はメギトゥーネと婚約をする!」
「国外追放……ですか。王子の権限では不可能ですが、国王陛下の許可は得ているのですか?」
ティエンが呆れた口調で告げた後、国王を見やると彼は重々しく頷いた。
国王も納得済みの事であるなら婚約破棄も国外追放もティエンにはどうでもいい。ただ一つの心残りのために、国王へと質問の先を変えた。
「国外追放も承りました。では陛下、契約どおりこれまでの治療の報酬を頂きます」
「何の事だ」
「陛下が私を貧民街から連れ去った時に仰ったことです。『貴族共の治療をせよ。報酬は望むままに』と」
ティエンの発言に周囲は騒然とする。
報酬や誘拐の件ではなく、ティエンが貧民街から来た事。そして、貧民に治療されたと言う事が明らかになったからだ。
「ひ、貧民が我々を治療していたですってェ〜〜!?」
「汚らわしい貧民に治療されるならば死んだほうがマシだったッ!」
「わ、わたくし、治療の際にあの貧民に触れられましたわ……。もうお嫁にいけませんわ……」
治療したときでさえまともな礼が返ってきたことは稀だったが、ティエンが貧民だと知った途端に嬉々として罵ってくる貴族達。
貧民に対する嫌悪感もあるのだろうが、それ以上に国王に攻撃できる手段を得たのを喜んでいるのだろう。貴族が王族に純粋に忠誠を誓っていないのは王宮ぐらしですぐに気付いた事だ。
ちなみに「死んだほうがマシだった」とのたまっている貴族は毛髪が不自由だったために犬の毛を移植した貴族だと記憶している。
「ひ、貧民だと! そなた、王である儂すらも騙しておったのか!」
知らないはずがない。元々国王の水虫の治療のために貧民街から誘拐されたのだ。
再発を恐れた王が男爵位を授けて王宮に閉じ込めたのも、王子を婚約者としてあてがったのも、治療を受けられるようにするためだ。
その上で切り捨てるために知らなかったふりをすると言うならば、ティエンも国王に対する最低限の敬意を捨てるしかなかった。
「あー、知らんぷりをするんならもういいわ。報酬は自前で調達するんで」
口調も姿勢も、それまでとは違いダラっとしだしたティエンへと更に罵倒が集まる。
よくもまあ罵る語彙が尽きないものだと感心すら覚えながら、偽聖女は文字通りその場から消えた。
王宮の宝物庫。
婚約式場から空間を跳んできたティエンは部屋の様相に落胆していた。彼女のイメージでは部屋いっぱいに金貨や銀貨が山のように敷き詰められているものだった。
だが実際は、金貨などほとんどなく絵画や彫刻といった芸術品や武器防具、伝統のある装飾品や古書魔導書が博物館のように整然と飾られている部屋だった。
「シケてるわねぇ。毎日毎日贅沢してるような連中だから金の使い過ぎってことかしら?」
市場に出れば金貨数百枚になる壺を放りながらつぶやく。
ティエンは知らないことだったが、現金類は別の部署が管理しているので宝物庫は普段使わない国宝類を安置している場所である。
「宝石類は現金化しづらいし、というかどれも古臭いのよね。宝物庫じゃなくガラクタ置き場だったのかしら」
儲けは無かったが最後に掃除くらいしてやるか、とティエンにとって価値の無いものを適当に捨てていく。
彫刻類は石材所に、絵画や書は焚付として、武器防具やよくわからないものは溶鉱炉でクズ鉄として再利用できるようにという思いやりだった。
寂しくなった宝物庫を見渡して、綺麗になったと頷くと、宝石で膨らんだポケットを少し押さえて国外へと跳んでいった。
ティエンは知らない事だが、宝物庫の中には勇者のための聖剣トゥールビヨンが納められていて、今は溶鉱炉に沈んでしまった。
聖剣の素材である、持ち主の意志で強度を増す精神感応金属シンフォニウムは本来ならばこの程度の熱で溶かすことは不可能。だが、他の駄剣凡剣と十把ひとからげにクズ鉄扱いされたことに聖剣の心は折れてあっさりと溶けてしまった。
こうして誰も知られることなく伝説の勇者の剣は失われた。
ティエンは知らない事だが、溶鉱炉に送り込んだのは武器防具だけではなく金属製のガラクタ(ティエン視点)もである。
その中には伝説の大魔王を封じた炊飯器もあったのだ。炊飯器が溶けたことにより、今まさに大魔王の封印が解かれ、人知れず魔族の時代が始まる。
だが、溶鉱炉の中では肉体を満足に再生することはできず、ついに再生の魔力も使い果たしあっさりと滅んでいった。
こうして誰も知られることなく魔族の時代が終わった。
魔族の時代が終わって数日後。
マッキーノ王国から国を3つほど越えた先のサァイトゥー王国。そこの辺境の開拓村にティエンはいた。
宝石を各地で少しずつ売りながら資金を作り、なんとなくこの村に流れてきて、なんとなく小屋を建てて、なんとなく癒し手として村に居座ったのだ。
開拓村は過去を聞いてくる者もいないし、狩りや畑仕事で怪我をする村人もそれなりにいるので退屈はしない。
時折空をレッドドラゴンの編隊が横切るくらいの変わり映えのない毎日だったが、少しずつ畑が広がっていったり、片手間に文字を教えている子供達がたどたどしくも本を読めるようになっていくのを見るのは案外楽しかった。
飽きればまた別の場所に行けばいいのだし、しばらくはここにいてやるかと思いながら今日もティエンは村人を癒していく。
「癒し手様、サブロウタの奴が熊の魔物に腹を!」
「いたいのいたいのとおくのおやまにとんでいけ〜」
「お、おおう! 痛みが消えた!?」
「流れた血までは治らないから数日は安静にしてね。あと肝食え。肝」
ティエンの知らない事だが、この日マッキーノ王国の霊峰フッジサーンの中腹に亀裂が入り崩れていった。
フッジサーンを挟んで領地問題で揉めていたカイノトラ伯爵とサワヤカオデン伯爵が争いを忘れ救助や復興のために協力を開始。両者の関係は少し改善した。
「癒し手様、お爺ちゃんが昨日からずっとうわ言を言ってるの!」
「これは「脳がスポンジになってパーになるぅ病」だね。いたいのいたいのわるいおっさんのところにとんでいけ〜」
「こ、ここは……?」
「しばらくは昔の話をしたりして想い出を刺激してあげてね。あと体に良いから肝を食べさせて」
ティエンの知らない事だが、マッキーノ王国の宰相が他国との条約交渉時にパーになってしまい、相手の言われるままに不平等条約を締結した。
「癒し手様、荷物が崩れてきて何人もが怪我をしてしまいました!」
「いたいのいたいのまとめてとおくのバカおうじのところへとんでいけ〜」
「ありがとうございます癒し手様!」
「崩れないようにちゃんと整理してね。あと肝を食べるのよ」
ティエンの知らない事だが、マッキーノ王国では何故か大勢の王子が急に怪我することになったために回復薬が高騰。
せっかくの癒やしの聖女も常に王宮に配備されてしまうために、治療を求める地方貴族や騎士達の憤懣が王家に対して高まっていく。
更には回復の魔力を使いすぎ、聖女メギトゥーネは日に日にやつれていくようになり美貌に影の差してきた頃、王子の浮気が発覚しまたしても婚約破棄騒動が起こるのだった。
作中に出てきた傷病は現実のものとは一切の関係がありません