1人の兵士の物語3
マレー半島のことから数年が経ち今はインパールという所にいる。
そして、今食料が尽きようとしていた。
栄養失調で無くなるものが沢山でてきた。
和賀と倉山もその中の一人だ。
「……お前が食え」
谷上が飯尾に飯を食わそうとしている。
「いや、それはお前の分だろ」
「彼女いるんだろ。こんな所で死んでどうする」
「いや、それを言うならお前は童貞だろ。こんな所で死んでいいのか?」
「こんな時も自慢かよ。本当、いい性格してる、な!」
谷上は飯尾に無理やり食わせる。
「あと軍曹も、これを」
谷上はそう言って私にも食料を渡す。
「……いや、お前が」
「あなたが死んだら、多分あのウザイ彼女持ちが隊長になります。実力的にも」
谷上は少しニヤケながら口を開く。
「そんなの、死んでもゴメンだ。命令の合間に自慢してきそうで」
「だとしてもだ。お前が食え。お前を隊長に推薦しとくから」
「どんだけ俺のこと嫌なんだよ」
私が谷上に食わそうとするが食べない。
私は様子を伺うため、一旦離す。
「ちなみに、俺マレー半島での初日の夜に2人が話してるの聞きましたよ」
あの会話を聞かれていたのか。
「……いいな、本当に。誰も理不尽な死がない世界。本当にいい。俺が生まれ変わった時にはさ、そんな世界にしておいてくれよ」
私は口が開いてる今が好機だと思い口に食べ物を突っ込もうとするが、もう息絶えていた。
残すは私、野原、飯尾だけだ。
「軍曹、これいつまで続きます?」
野原が苦しそうな顔をしながら聞いてくる。
「分からん」
私は野原に谷上の分の食料を渡す。
「イギリス軍が参戦してきました!」
「クソっ撤退だ、撤退」
私達は他の人の動きに合わせ撤退する。
所々で銃声が鳴り響き沢山の味方の兵士が倒れていく。
空腹でまともに動けないというのに、こんなの無理に決まってる。
そして、近くで倒れる音がする。
「あ、軍曹、助け――」
野原が助けを求めていた所で頭を撃ち抜かれ、死んだ。
私達は何も言わずただ撤退に徹する。
何も言わない。
だけど、言いたいことはお互い分かっている。
また死んだ。
インパールでの作戦は中止となり日本に帰還する。
もう私と飯尾の2人しか残っていない。
多分、この部隊は解体となるだろう。
何かしらの戦果を挙げた訳ではないからな。
「軍曹、俺これからどうすればいいんでしょうか」
飯尾は疲れきった顔で私に聞いてくる。
「分からん。でも、谷上は私達のあの世界を羨ましがっていた」
「あの世界を目指して戦い続ける……ですか」
「恐らくな」
「戦争が終われば平和になる。そう信じるしかないんですね」
私はそうか、と言いまた1人船首に行く。
「どうしろってんだよ。食糧難とか私一人が何とかできる問題じゃない。私の食料を分け与えていてもいずれ死ぬ。もう訳が分からん。守りたいのに守れない。守ろうとさせてくれない。神様ってのは本当にいるのか!?」
私が1人悶々としていると飯尾と一緒に誰かがやってくる。
「軍曹いました。軍曹、俺凄いこと聞いちゃいました」
飯尾が連れてきた誰かは敬礼をするとすぐに話し始める。
「天皇陛下を信仰しましょう。天皇陛下は神聖な存在です。信仰し続けていれば我々に確実な勝利をもたらしてくれます」
「いや、結構だ。誰かに縋るほど私は弱くない」
「軍曹、何言ってるんですか? 祈れば戦いが俺達の勝利で終われるんですよ? そうすれば平和な世界に1歩近づけます。アイツらのためにも勝って終わらせましょうよ」
飯尾の目が何かに洗脳されてるみたいだった。
「天皇陛下はそこらの宗教の神とは違い、目に見え、本当に実在します。そして、必ず我々に救いをもたらしてくれます。さぁ」
誰かに救いを求める、疲れきった精神には丁度いい麻薬だろう。
飯尾はもうその麻薬に浸かっている。
せめて、こいつだけでも、助けないといけない。
「あぁ、分かった」
「では一緒に、天皇陛下万歳!」
「天皇陛下万歳!」
「さぁ、ご一緒に」
「天皇陛下万歳」
「「天皇陛下万歳!」」
「天皇陛下万歳」
私達は小一時間ほど言い続けた。
飯尾、目を覚ませ。
こんなのはただの迷信だ。
私達は日本に帰還すると早々上官に呼び出される。
「お前達を海軍に引き渡すことにした。向こうでせいぜい頑張ってくれ」
「……は?」
こいつは人の事をなんだと思っているんだ。
海軍は今、沢山の兵士や船を亡くしている。
そんな危険地帯に行けと言うのか。
「反抗的な目だな。海軍も人手不足なんだ。お前らの分隊はもう壊滅だし、丁度いいだろ。それにこれは上層部で決まったことだ」
「……分かりました」
「分かりました」
私は何も口論出来ないまま部屋を出る。
「海軍ですか、憧れてましたね。日本をここまでの大国にしたのは海軍のおかげですから」
「戦争で勝っただけだがな」
そう、平和を壊す方法で勝った。
そんなのいいはずがない。
「軍曹、大丈夫ですよ。俺達には天皇陛下がついています」
「……そうだな」
私達は休む暇もなく船に乗り出航する。
陸軍と海軍では使う技術は全然違うというのにどれだけ人員不足なんだ。
出航から一日が経ち、他の戦艦と合流する。
それから程なくし敵艦との撃ち合いになる。
相手の技術力は高く味方の戦艦はどんどんと沈んでいく。
「集合!」
私達はその合図に従い1箇所に集合する。
「味方の船は沈み、残すは我々だけだ。だが、案ずるな!我々の船には回天一型特攻兵器がある!」
回天一型特攻兵器だと?
確か、それは人間を魚雷の中に入れて操縦させるという頭のおかしい兵器のことか。
「さぁ、我こそは大日本帝国の誇りある兵士だと言うものは手をあげろ」
「はい!」
飯尾は誰よりも早く手を上げる。
「おぉ、よく上げた、皆、拍手」
そう言って乗組員のほとんどが拍手をする。
は? 頭おかしいのか?
死ねって言ってるんだぞ?
「おい、飯尾、考え直せ。死ぬんだぞ」
「何言ってるんですか。天皇陛下が俺達には勝利をもたらしてくれるんです。でも、俺達が頑張らないと勝利は掴めないんですよ?」
「そんなのまやかしだ。信仰するのは勝手だが死ぬことだけは許さんぞ」
「おい、そこのお前。なぜ止める。お前、まさか、敵国のスパイだな。売国奴が!お前ら、取り抑えろ」
乗組員が私に乗りかかる。
沢山の人に動きを封じられ私は何も出来ずにいた。
「軍曹、俺日本を勝たせます」
飯尾はそう言って偉い人について行く。
「彼女はどうするんだ!」
「……」
飯尾の足が止まる。
「お前の彼女はお前が死んでどう思う?」
「貴様、どれだけうるさくすれば気が済むんだ。そんなの誇りに思うだろ。立派に死ぬんだぞ」
「死に立派もクソもあるか!死んだら死ぬだけだ。誇りも守りたいものも全部無くなるだけだ。飯尾、分かるだろ」
飯尾はプルプルと震えている。
「お前の代わりに私が行く。だから、お前だけは!」
「軍曹」
飯尾は私に顔を向ける。
その顔は何かに洗脳されている顔ではなく覚悟の決まったいい顔だ。
「もし負けたら彼女は多分可愛すぎて奴隷されてあんなことやこんなことをされるでしょう」
「は? お前こんな状況で何を」
「彼氏である俺が彼女を守ろうとしないなんてあっていいわけないでしょ。軍曹、今までありがとうございました」
そう言って飯尾は足を進ませていった。
「よく言った!」
「流石だ!」
「天皇陛下万歳!」
「大和魂を見せつけてやれ!」
皆の士気が高まっていく。
程なくして魚雷が発射される。
その魚雷はまっすぐ、敵艦に突っ込みなんと、1隻を大破させた。
場は拍手で溢れかえった。
パチパチパチパチパチ
私は心底気持ち悪く思えた。
何が天皇陛下だ、何が大和魂だ、気持ち悪い。
私はこの場から逃げ出すために海に身を投げた。
もちろん、死ぬ気はなく、日本まで必死に泳いでいく。
戦争は終わった。
日本の負けだ。
私は戦死したと勝手に処理され国籍も何もかもない。
ただのホームレスだ。