越えれない壁はある
俺はただ相手を見つめている。
相手も俺達を見つめる。
相手の目線が向いてるとこに意識を向けるとあいつは別の場所にまた目線を送る。
何が見えてるんだ?
1人星奏の体に乗り移らされた雫は俺達の合図を待っているようだ。
今、俺達は挟み撃ちの状態を作り出している。
俺達が立ってる向こう側に雫が立っている。
相手も下手には出れない。
だけど、あいつには強い能力がある。
俺が急に元に戻るかもしれないし星奏が元の体に戻って体に力を入れてない俺が倒れるかもしれない。
俺達も下手に出れない。
拮抗状態を先に破ったのは枢機卿の方だった。
枢機卿は雫を星奏の体から俺達が今使わされてる雫の体に戻しもぬけの殻になった星奏の体に走り始める。
俺達は急いで枢機卿を追いかけると枢機卿は急に体の向きを180度回転させ地面を蹴り膝で腹に向かってキックを入れる。
勢いが上手く乗ってなかったとはいえ星奏は立膝を着く。
俺も痛みは無いが口から血を出す。
鉄の味が口いっぱいに広がり更に危機感を抱く。
俺はどうするか必死に考える。
考え続けるがどうすればいいか分からない。
相手に触れずに体を入れ替えれるあいつの能力が強すぎる。
せっかく今は頭以外の体の部位を星奏に任せているのにもしかしたら攻めてる時に急に星奏を誰かの体に入れられ隙が出来るかもしれない。
そうなったら俺は魔法で抵抗することしか出来ない。
相手は上級ゾンビの性質で身体能力強化があるんだ。
ちょっと魔力で防御力を高めれば魔法なんてそこまで効かない。
電気で動きを一瞬止める程度だな。
「どうすりぇびゃいいんにゃろぉ」
《私の声で変なこと言わないで》
《能力無効化玉さえあればな》
《無鍬がいればなんとかとは思ったけどそれだとあいつにずっと引っ付いてないと無理だよね? 前、竜が体に触れただけじゃダメなのか試してたの見たから知ってる》
あれ見られてたんだ。
ずっとあいつに引っ付いておくなんて無理だろうし何か現実的な打開策は無いものか。
相手に無理やり隙を作られるならこっちも無理やり作れば解決出来るのでは?
電気なら防御力をいくらあげようが麻痺させることはできる。
そうすれば体の動きは一瞬止まる。
でも、一瞬程度じゃまだこっちが不利だ。
「2属性原子魔法って感じならいけるか」
《何そのかっこいいの。アトムファイアだっけ? が進化でもするの?》
「いや、今回進化させるのはライトニングだ」
《雫、竜のネームセンスならアトムライトニングとか言うだろうからもっとかっこいいの考えといてやれ》
《攻める時は星奏が上半身と下半身どっちも使えてた方がいいもんね》
俺のネームセンスがダサいとでも言いたいのか。
シンプルでいい名前じゃないか。
まぁいい。
星奏が時間を稼いでくれてる間に想像するんだ。
ライトニングは上空で氷塊がぶつかりあった時に出来る静電気が雷になるというものから作れた魔法だ。
それなら水魔法と動きが必要だから風魔法を原子レベルで動きを想像すれば……
「できた」
俺がそう言い終わると星奏はすぐに枢機卿に向かって走り出す。
魂変えを殺られる前に先手を打つ。
「アトムライ――」
《神雷神の怒り》
出した魔法は相手の体を通り抜け背中の後ろを眩い光を放ちながら走り去る。
枢機卿の体からはバチバチと電気が鳴る音が体の至る所からする。
星奏はその隙に畳み掛ける。
首は防御力を固められてるからか足から切り落とす。
すると星奏は相手を蹴飛ばし枢機卿を後ろに倒す。
数秒間再生防止の剣で切られたのが初めてなのか切られても再生しないことに驚く。
その様子を見て星奏は首を切ろうとするが切れない。
枢機卿はニヤッとし腕で剣を掴む。
星奏は取られると思ったのか更に強く握っていると枢機卿の足が再生する。
そして、跳ねて飛び立つと同時に剣を回し投げる。
星奏が強く握ってたからか剣を握ったまま飛ばされる。
まぁ、星奏が受身を取るし大丈夫か。
「俺、今空飛んでる」
《お前は頭が飛んでるよ》
「ていうか雫、俺の技名変えやがったな。何が神の怒り、トールクラウィスだ。クラウィスは釘だ、釘」
《どうせ気づかないやつが大半なんだしかっこよかったらなんでもいいの》
《漢字にカタカナの当て字するの結構かっこいいよな》
分かるけどさ。
地面が近づいてきて星奏が受け身体勢を取ると枢機卿が手をかざす。
あ、まずい!
「ソウルチェンジ」
星奏が体からいなくなり上半身と下半身の力が抜け、受け身が取れないまま地面と衝突する。
雫がすぐに上半身と下半身の操作を受け持つ。
《痛い。これ、絶対折れた》
ガチで折れてる時のテンションだ。
痛みは感じないけどなんとなくやばいと言うのは感じる。
星奏は俺の体で立ち上がる。
《星奏、俺達は全力で退くからサポートおねしゃす》
《急に戻されそうだがな》
「ゾナ!じゃなくて入れ替わってるからソレイ!俺の所に来い。ちなみにこれは雫からの命令だからな」
俺がソレイを召喚するとソレイは疑いの目を向けてきながら雫の服を噛みながらずりずりとすって運ぶ。
その間雫は痛い、痛いとずっと独り言を発していた。
俺も痛くなってくるからやめてとは流石に言えなかった。
「能力で傷をこれ以上悪化させないようにしてくれ」
《それも雫様のご命令なのですね。分かりました》
ソレイが鼻先をちょこんと当てると雫が痛い痛いと言わなくなった。
痛みをついでに取ってくれてるんだな。
《痛くない!よし、これなら!》
「撤退だ。お前の体がこんな状態なのに勝てる訳ないだろ。お前の眷属フル動員で全員の体を回収する」
《何言ってるの!ここで勝たないとまた来るんだよ?》
「勝つ可能性がほぼないんだ。分かるだろ? 相手がちょっと手をかざしただけですぐに体が入れ替わったり合体したりする。体の使用を分担してたらその分担してるやつの魂を別の体に植え付けて大きな隙を作り出したりする。はっきり言って強すぎる。まだあの時の老人の方がシンプルな強さで戦えるとは思わしてくれるな」
雫が不貞腐れたようにうぅと唸る。
水夢の時はまだ救世主が来てくれるという希望があったから命張れたが今回はそれすらないしな。
枢機卿の能力に能力使用の魔力消費が多いとか大きな隙を作らないと発動できないとか制限があるならまだしもそんな制限ないのが理不尽だ。
「まぁ、逃げきれたらあいつを倒せる作戦とかいっぱい練っておこうぜ。命大事に、な?」
《しょうがないね》
雫が不満げながらも俺の提案に了承する。
よし、よく言った。
偉いぞ、よしよしよし。
《星奏、撤退だ。逃げるぞ》
《ちょ、急に話しかけて来られ――》
星奏の念話が急に途切れると頭上に何かが高速で飛んでいく姿が見える。
するとまた高速で飛んでいく物体が頭上を通る。
「ソニックブロウ!」
俺の体を使ってる星奏が空中でさっきの勢いを殺し地面に降りようとしてる所に枢機卿は体の角度を変えて真っ先に星奏にぶつかる。
俺の体、使いもんになるかな。
元に戻らないことを祈っておこう。
「ソニックブ――」
「腕強化」
星奏が枢機卿との間に衝撃波を発生させ距離を取ろうとするが枢機卿はその前に腹に1発殴りを入れまた吹っ飛ぶ。
どんだけ吹っ飛ぶんだよ。
こんな状況で言うとふざけてると思われそうだが完全に絵面がバトルアニメだ。
ちな、俺らが味方側の雑魚。
「大鎌じゃなくて今は叡犂か。そいたにあいつの回収頼むか」
《そうだね》
俺が叡犂を召喚しようとすると俺の体をがっちりとかかえる。
星奏は必死にもがくが何も出来てない。
その体だと俺が弱いやつみたいに見えるからやめて欲しい。
しばらくすると枢機卿は覚悟を決めたような顔で俺の方を見る。
「ソウルチェンジ」
気が付くと俺は俺の体に戻ってきていた。
枢機卿が俺の体をがっちりとかかえている。
「一緒にスカイダイビングしましょう。パラシュートなしで」
俺の思考が一瞬止まると枢機卿は口を大きく開く。
「脚強化!」
そして、枢機卿は俺を連れて空高く飛び上がり俺を下にして空から落下し始める。
そこらのマンションの高さを容易に超えていて俺はただ死を確信した。