主人公とヒロイン
教室に戻った俺達を待ち受けていたのは、朝とは段違いの異様な空気だった。
恐らくはあの謎のメッセージをクラス全員が見たんだろう。
今全員の頭は桜庭佳南の事でいっぱいだろう。
もちろん悪い意味で。
一つは倉橋陸を追い詰めて心を傷付けていた事。
もう一つはそんな人間に何故か近付いている俺。
最後にあの謎のメッセージ。あれは強烈だった。他の2つが霞むくらいに。
「面倒な事になったな……」
俺が自分の席で小さくそう呟くと、聞こえていたのか隣の筑波が声を掛けて来た。
「高知君……あのメッセージ本当だと思う……?」
話題はやはりそれか。
高校2年生にもなって、更にはこのネットが完全に普及した現代において、あんな質の悪いイタズラみたいなの、信じる奴はそうはいない。
「……さすがにイタズラだろ。ただ……」
「うん……タイミングが悪いよね……」
そう、あまりにもタイミングが悪すぎた。
桜庭佳南という女の子に尾ひれが付きすぎて、真実が何か皆分からなくなってる。
ここまで誤解が膨らむと最早一筋縄ではいかないだろう。
やはり、佳南を嵌めようとしている誰かがいる。
……クソ、今この短い時間で犯人探ししても仕方ないか。
どうやら筑波も同じ結論に至ったのか、声のトーンを少し明るくして話題を変えてきた。
「私もちょっと友達に色々聞いてみるよ。ところで……」
「あぁ、そうしてやってくれ。ん?」
筑波は超笑顔で俺の膝とぶつかりそうな程近付いてきた。
「さっき、桜庭さんと何してたの?」
「えっ……!?」
え、ナニ、怖いんですけど……。
すっげぇ笑顔なのに奥底に不気味なものを感じる……!?
「……私、助けてあげて欲しいって言ったけど、あんなヒーローみたいにさらっていくとは思いませんでした」
「さらうって……あれが佳南にとって一番良いと──」
「それ!!」
「へ??」
ビシっと俺の眉間辺りに人差し指を向けた筑波。
む、むずむずするんだけど……
「高知君、いつからそんなに桜庭さんと仲良くなったの?別にクラスで喋った事はないよね?」
よ、よく見てるなこいつ……。
協力関係の話をする訳にもいかんしなぁ……。
俺ははぐらかすように何とか言葉を紡いでみた。
「ぐ、偶然LINE交換したんだよ。ほら、あいつ頭良いだろ?勉強教えて貰おうと思ってさ!」
「……ふーん」
「何だよ……」
あまりにも言い訳過ぎる言い訳に、かなり訝しんでいるご様子だ。
俺どんだけ嘘つくの下手なんだよ……。
しかし筑波は勝手に納得してくれたようで、軽く頷いてくれた。
「まぁ、分かったよ。何だか今日の高知君は顔色も良いしね」
「なんのこっちゃ」
「高知君、クラスが一緒になってからずっと暗かったから……元気が出たみたいで良かったの。それが桜庭さんのおかげかは知らないけどさ」
「……別に俺はずっと普通だろ?」
「そうだね。高知君の普通を知らない私が知ったような事言っちゃ駄目だったね」
「……はぁ」
俺が気の抜けた返事をした時、お隣の天使様は「そろそろ先生来るかもね」と言って前を向いた。
はぐらかされた気もするが、お相子なのでこれ以上は聞けなかった。
俺はずっと演じてきたつもりだ。
マナと別れてからずっと。
普通の自分という奴を。
だからこそ俺は2年になっても普通に友達が出来たし、こうして誰とでも普通に喋っている。
別に辛くはなかった。俺にとってはそれが普通だからな。
それを見破れたというのなら筑波の観察眼には敬服するしかない。
嫌だ!俺の天使がそんな腹黒そうな奴だなんて思いたくない!!
腹黒いのは幼馴染み一人で十分だ──
「要君!!大丈夫だった!?」
「うぉっ誰!?倉橋君か!?」
俺達が教室に帰って来てからずっと姿の無かった倉橋君がいきなり俺の体に抱き付いてきた。
あ、暑苦しい……。
てかこいつ本当声でけぇんだよ。クラスの皆が横目でこっち見てんだろ。
「あの、大丈夫ってさっきのLINEか……?君、俺が女の子に襲われると思ってたのん?」
「だ、だってあの女は──」
俺はどうせ聞こえてるであろう佳南の方を少しだけチラッと見た。
良し、丁度良いな。この流れを利用させて貰おう。
クラス中にも聞こえるように、俺は少し大きめの声で倉橋君に言った。
「あー君のメンヘラ元カノの事?」
「メっ……いやいやそんな可愛いもんじゃないって!!教えたろう!?沢山酷い事──」
「いや実際顔は可愛いだろ。俺もさっき口説こうと思ったんだけどなぁ……見事に失敗したくらいまだ君の事好きらしいぞ」
「いぃ!?まだ僕に未練あるの!?てか何口説こうとしてるの!?やめときなって!!これマジ善意からだからね!?」
「いやだって良い体してるしなぁ。俺巨乳派なの。だけど未練タラタラすぎてなぁ……一途に君だけを想ってたよ」
「いやいやいやいや!だったら何であんな酷い事ばっかり……」
「そんなの自分で聞けよ……後で元カノさん呼んでみようか?フラれたばっかで超聞きづれーけど……」
「えーーー……どうしよ……」
およ?意外と簡単に落とせそうだな。
まぁなんだかんだ言っても長年付き合ってきた相手だ。やはりそれなりに情は残っているんだろう。
だが、ここで余計な邪魔が入る。
「絶対駄目ですよ。倉橋君」
『!』
俺達の間に割って入るように近付いて来たのは、倉橋君と現在両想いらしい女の子。
──七宮絵美さんだった。
彼女は少し切れ長の目を持つ、冷たい印象を感じさせる女の子だ。
そして清純さで言えば、ある意味筑波よりも上かも知れない。
誰に対しても敬語だし、何と言うか深窓の令嬢といった雰囲気を持っている。
「エミちゃん……」
七宮さんは倉橋君に悲しそうな顔を向けて、そっと肩に手を置いた。
「私……心配なんです。もう傷付いている倉橋君を見たくないんですよ……それにさっきのストーリー見たでしょう。あーいう人なんですよ……近付いちゃ駄目です」
「……うん。そうだよね……ごめん要君。きっと僕らの事を気遣ってくれたんだよね。でももう本当に彼女の事は良いんだ。それに君もマジであの女だけは止めときなよ」
「……そうか、分かったよ」
……ちっ、もーちょっとだったのに。
本当に余計な事してくれやがったな七宮さん。
「私、嬉しいです。倉橋君は私にとって大事な人だから」
「あ、ありがとね。でも皆の前でそのセリフはちょっと……」
「そそそ、そうですね……ごめんなさい、つい」
そう言ってチロっと舌を出す七宮さん。
……俺は今何を見せられとるんだ。
二人がぽわぽわした空気を醸し出すと、ずっと隣で俺達の成り行きを見守っていた筑波が小さく呟いた。
「……主人公とヒロインみたい……」
……俺達はモブその1とその2ってか?
ハハッ、笑えねぇ。
※
結局あの謎のメッセージを送った本人は特定出来ずに放課後を迎えてしまった。
佳南は早々に帰ってしまうし、明日からの事も相談出来ず仕舞いだった。
倉橋君は倉橋君で七宮さんと仲良く帰っちゃうし……。
友達もみんな部活で何だかんだいつも通り一人で帰る事となった。
俺、高校の部活はやる気にならなかったんだよなぁ。
それに1年の頃はいつもマナと──
「……クソ」
一人帰り道の道中、俺は頭を少しかいてフラッシュバックしそうだった"楽しかった思い出"を霧散させた。
俺は今もずっとマナとの事に決心が着けずに居る。
俺を裏切った、貶めたあいつを許すのか、報復をするのか。
はたまたもう関わらない方が良いのかも知れない。
どんな未来を選びたいのかすら分からないんだ。
……本当に佳南は凄い奴だ。
フラれてすぐに次に自分がどう行動したいか決めれるんだから。
俺にその行動力があれば3ヶ月もうだうだ悩まずに済んだのに……。
俺は自分が情けない奴だと本気で思う。
任せろと言ったのに佳南の願いである"倉橋君との1対1の対話"も実現出来なかったし。
正直、今日のあの流れで出来ないのならもう無理だと思う。
アホらしい会話だったが超自然な流れだったしなぁ。たぶん。
と、なると一つしか方法は無いか……。
……あまり気乗りはしない。
同情を誘うやり方だし、後味の良くないものが残るだろう。
けれど佳南の、俺の大事な協力者の頼みなら仕方ない。
あいつも気を遣うなって言ったんだ。文句は言わせない。
俺は倉橋君に電話を掛けようと立ち止まってスマホを手に取った。
「あ、もしもし倉橋君?あのさ──」
一通り用件を伝え、俺はそっと電話を切った。
スマホをポケットにしまった時、後ろから誰かが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「高知くーーん!!」
「ん?」
学校を出て約10分。俺の背中を追って走って来たのは筑波だった。
「ひぃー……疲れた。やっぱりたまには運動しないと駄目だね」
「お、おぉ……てかどったのお前。家こっちだっけ?」
息を少し切らせている筑波は、汗をかきながらも首を横に振った。
「ううん反対だけど、高知君と一緒に帰りたくって……」
「お、おぉ……」
「む、さっきから同じ反応」
「お──あぁいやごめんびっくりして。本当に珍しいな」
と言うか初めてじゃね?
筑波っていつも自分の女友達と一緒に帰ってるし。
「……嫌……?」
おいおいマジかよ……黒髪ショートの美少女が上目遣いで俺に許しを請うてくるなんて!
反則的に可愛い……!!マジ天使!!
だがちょっちタイミングが悪いな……。
せめて倉橋君に電話をする前なら考えたんだが。
「あー……嫌って訳じゃ無いんだけどさ、ちょっとこの後用事があるんだ」
「それって桜庭さん関係の?」
「……!」
鋭いな。勘の良い天使だ。
「と言うか、昼休みにあんな事して桜庭さん関係じゃなかったら驚きだけどね」
「ま……そりゃそうか」
やっぱ誤魔化せてないですよね……。
「言いたくないなら良いよ。だけど高知君が桜庭さんの事をえらく気に掛けてるみたいだから……」
「そう見えるか?」
「ふふっ凄くそう見えるよ。私はずっと高知君を見てたからすぐ分かっちゃったよ」
「え……?」
「おっとっと。……んと、朝ね、高知君に桜庭さんの事相談した時は分からなかったんだけど、昼休みの2人の空気を見たらさすがに何かあったんだろううなって簡単に分かるよ」
……当たり前か。いきなり2人で消えたし。
あの謎のメッセージのおかげでうやむやになり掛けてたと思ったんだけどな。
余計な嘘をついたせいで引っ掛かったのかねぇ。
「……俺と佳南は本当に特別な関係じゃないよ。俺があいつを気に掛けるように見えるのは──」
「?」
俺は肩に掛けていたカバンを下ろし、空を見上げた。
「……全て解決した後の感想を聞きたいから……かもな」
「ど、どういう事……?」
可愛く首を傾げる天使に、俺は下ろしたカバンを差し出した。
「このカバン、明日学校に持って来てくれたら教えてやるよ」
「えぇ!?」
「今から疲れる事すんだもん。超邪魔なの。頼むよ筑波!」
「えぇーーー!?」
俺は半ば無理矢理少し重いカバンを押し付けてその場を走り去った。
200メートル程走ってから小さくなった筑波の姿を見ると、ぷりぷりと怒りながらもきちんとカバンを両肩に掛けてくれていた。
このまま付いて来られても困るからな。ごめんな筑波。
「ハァッ……ハァッ……クソッ……!」
やっぱ運動はしとくべきだな……。
俺は止まらない息切れを無理矢理抑えつけながら、目的の場所を目指した。
倉橋君と七宮さんが待つ場所へと──
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