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高知要と海堂日神


「──海堂」

「さっき振りですね!こうやってお話するのは小学校以来ですかね?」


 海堂日神は周りに4人の女の子を連れ、その全員が彼を慕うように囲っている。まるでハーレムの主とでも取れそうだ。

 にやついた笑みを貼り付け、海堂は俺の後ろを見やる。


「あれ、今日は真那芽先輩は一緒じゃないんですか?」

「……いねぇよ」

「へぇ、そりゃ意外です」

 

 本当に驚いたような顔をする海堂。

 ……その嘘くさい、コロコロと変わる表情は昔と変わらねぇな。

 背丈は俺と変わらないくらいに伸び、髪はセンターで分け、こいつを見た大抵の奴はイケメンだと判断できる容姿。

 吟醸先生の話だと勉強もでき、海堂が所属するバスケ部員や教師達からの評価も良い。

 恐ろしい程に完璧人間をやっている傑物だ。


「ってか先輩、真那芽先輩放っといて何他の女と遊んでるんすか!」


 海堂は後ろの佳南と筑波をもう一度見た後、俺の肩にぽんと手を乗せる。


「真那芽先輩の所有物である先輩がさ!」

「は?」


 俺の肩に乗せた手をぽんぽんと遊ばせながら、海堂は続ける。


「真那芽先輩っていう、孤高で、気高く、美しいお方と懇意にしているのにもったいないですよ!?」


 仰々しく全身でマナの尊さを表現しようとする海堂。


「あぁ、僕はねぇ先輩。あなたが羨ましいんですよ!麗しい僕の女神、天から使わされたとしか思えないあの美貌!真那芽先輩を独占しているカナメ先輩が羨ましくって仕方ないんです!!」

「……お前……いきなり何を言ってるんだ……?」

「へ?だから真那芽先輩の尊さを語っているんですよ?」


 海堂は、何言ってんだこいつ、みたいな顔をした後「あ、そう言えば」と言った。


「全然話変わりますけど先輩、会議お疲れ様でした。さすがですね、あの氷晶の令嬢があんな顔するなんて。くっくっく」


 あの(・・)氷晶の令嬢か。

 海堂は耶麻さんの事を俺より詳しく知っているようだ。


「ねぇ〜日神ぃ〜、いつまでこんな冴えない奴らに構ってるつもりぃ〜?」

 

 海堂の周りを囲う女4人組の1人が、海堂の腕を取って俺達の間に入った。残りの3人も彼女に続く。


「てか日神君、さっきの聞き捨てならないんだけど。私らよりその真那芽先輩ってのが良いの?」

「あーそれうちも思った!」

「誰なん!真那芽先輩って!!ひがみん!!」

「はは、また後で説明するよ。それより、あとちょっとだけカナメ先輩と話をさせてね。ごめんよ」

『は〜い』


 海堂は取り巻きをいなした後、俺の元へと数歩歩き出した。


「カナメ先輩、1つだけ僕のお願いを聞いてくれませんか?」

「そんなの俺が聞くと思うのか?」

「どうでしょう。僕は先輩より人の気持ちに疎いんで何とも。ただ──」


 俺の後ろ──珍しく睨むだけで大人しくしてる佳南と、恐ろしい笑顔の筑波を見ながら海堂は続けた。


「僕は無理矢理言う事を聞かせるタイプなんであまり逆らわない方が身のためかと」

「脅してんのか?」

「いえいえ!もう痛い目に遭うのは(・・・・・・・・・・)ごめんですからね、そんな無理強いはしませんよ!」

「じゃあお前のお願いなんて聞くわけ──」

「耶麻麗華を助けるのを止めて下さいよ」

「は……?」


 スッと表情を変えた海堂は、再び俺の方に視線を戻した。


「耶麻麗華は苦しむ事を望んでる。あいつはね、苦しんで傷付いて醜態を晒したいんですよ。どうして先輩がまたあの女を助けているかは知らないですけど、僕らの邪魔をしないで下さい」

「……」

 

 すぐには言葉が見つからなかった。

 だって海堂の言葉は耶麻さんの依頼と矛盾する言葉だったから。

 こいつの言ってる事は欠片も信用出来ない。だが、嘘をついてるとも思えないのだ。

 逆説的にこいつは信用出来る部分がある事を俺は知っている。

 海堂日神は自分の快楽の為に他人を傷付けられる人間だ。そしてその為にはどんな手段をも厭わない。耶麻麗華自身が苦しむ事を望んでいるなら、海堂は楽しんでそれを実行するだろう。

 だからさっきの言葉は嘘じゃない。

 本当に最悪の信頼だ。


 ──ならばこそ、俺はこう答えよう。


「やだね。俺は一度やると決めたらやる男だ」

「……ほんと、変わりませんね」

「変わったさ。前はマナが居なきゃ何も出来なかったんだ。でも今の俺は違う」

「へぇ、例えば?」

「そうだな」


 俺は海堂の取り巻き達を睨みつける。

 以前俺に水をぶっ掛けてくれた連中をだ。


「そこの4人、お前の指示で耶麻さんをいじめてんだろ?彼女を孤立させるように仕向けて、物隠したり直接的な──まぁ、言葉にする必要はないか」

「くっく、ほんとに1人で調べたんだ先輩!優秀なあなたの相棒はどうしたんですか?」

「もう俺とは無関係の人間だ」

「え?」


 海堂は目を丸くして驚いている。

 小学校の頃の俺達を知っているこいつならそういうリアクションになるだろうな。


「え、待って……じゃあ真那芽先輩って今フリー!?それはヤバいですって……こんなのイージーゲームじゃないですか!?良いんですか!?」

「好きにしろよ……。そもそも俺達付き合ってないし」

「いやいやいや。傍から見てたらあれはカップルみたいなものでしたって!」

「え、そ、そうだったの?」

「……要」


 後ろにいる佳南の、刺すような視線が背中を刺激している。

 浮ついた声なんか出してないのに。ほんとだよ?


「あぁ、真那芽先輩……ようやくあなたを僕のモノに出来るんですね……!」


 海堂は恍惚とした表情を浮かべ、悦に浸っている。

 どうしてこいつはマナと付き合える前提でいるのだろうか。どうでもいいから言わないけどさ。

 

 と言うか、今はマナと海堂の未来予想図なんて、本当にどうでもいい。

 吟醸先生の言う、耶麻さんが毎日を幸せに送るためには今ここで海堂を止めるのが一番早い。


「なぁ海堂、お前こそ耶麻さんに絡むのを止めろよ。お前らだって幼馴染みみたいなもんだろ?」

「はい?それじゃ僕の目的が果たせないんで嫌ですよ」


 海堂の目的──きっとろくでもない事だろうとは思いつつ、俺は素直に聞いてみた。


「……何だよ目的って」

「真那芽先輩ですよ」

「マナ……?」

「僕はね、先輩。今まさに証明の最中なんですよ。先輩なら分かるでしょう?真那芽先輩の隣に立てる男がどんな人間か」


 マナの隣に立てる男。

 ずっと俺はそれになりたかった。

 欲した答えに辿りつきはしたが、俺にはもう必要のない答えだ。

 果たして、このクソ後輩は辿りつけているのか。

 今現在までのマナを見て、それでも揺るがない、あいつの隣に立てる男の条件。

 それは──


「──狂気に満ちた人間。それが真那芽先輩を手に入れられる資質」

「……」

「そして僕はその条件にピッタリでしょう!」


 海堂は取り巻きの女達をバックに両手を広げた。


「文武両道を成し、教師達からは傑物とまで言われましたよ。見ての通り女性達からの好意も格別です。こんな完璧な僕ですけど先輩もご存知の通り人を貶めるのは大好きなんで!ほら、ぴったりでしょう!?」

「自分がイカれてますってアピールしたいのか?」

「アピールじゃなくて事実を先輩に教えてあげたんですよ〜。あなたなんかよりも真那芽先輩に相応しい男ですよって」

「さっきも言ったろ。好きにしろってば」

「え〜つまんないですねぇ。僕は昔のギラギラしてた先輩の方が好きですよ?」


 海堂の言う昔とは俺達が小学校の頃の事だろう。

 

 別にギラギラはしてなかったんだけどな……。

 こいつからすれば、マナの背を追っていた頃の俺はそう見えていたらしい。

 

 懐かしい苦い記憶を思い出しながら、俺は今目の前にあるものに意識を向けた。

 

「昔の話は良いよ。俺が気掛かりなのは耶麻さんの方だ」

「そんなに耶麻麗華を助けたいですか?」

「あぁ」

 

 即答した。

 それにニヤリと笑う海堂。

 

「なら先輩は徹底的に僕を潰すように動くしかないですね。当然僕も黙ってはやられない。これは僕とあなたの殺し合いだ!」

「物騒な事言いやがって……」

「面白くなってきた!先輩、文化祭が楽しみでしょうがないですよ!」


 全然楽しみじゃねぇよ。猟奇的な発言のせいで、ただぜさえ無かったやる気が更に減ったわ。

 

 だけど、ここばっかりは踏ん張りどころだ。

 

「俺は耶麻さんを救うぞ」

「なら僕はそんなあなた共々耶麻麗華を殺します。そして僕はあの方を手に入れる」


 俺達2人は睨み合い、そしてお互いを待つ女の子の方へ踵を返した。

 さり際に一言、海堂は呟いた。


「どうしてそこまでして耶麻麗華を?」


 同じ疑問を抱いている佳南と筑波と目が合った。

 2人の視線からは別々の意思が透けて見えた。


 佳南からは緊張感を。

 回答次第ではぶっ飛ばすよ?という類の。


 そして筑波からは不安を感じた。

 それと無茶だけは許さないという、揺るぎない彼女の覚悟を。


 大丈夫だよ。2人とも。

 本当に2人が心配するような事は何もしない。

 海堂は例え俺が頭を下げようが、ぶん殴ろうが、そんな事じゃ止まらないやつだ。

 こいつを止めるには別の手段がいる。

 俺は一度それ(・・)を行使している。

 だけど足りなかった。結局あの一件を完全に解決したのはマナだ。

 ついでに付け足すなら耶麻さんや海堂の事なんて、俺からすれば通過点でしかない事だ。

 

 何度も言うが、俺の最重要案件は目の前の彼女達。


 まぁそもそも、だ。

 耶麻さんに手を貸す理由はもっとシンプルなんだよ。

 俺は2人に微笑みかけながら、背中越しに海堂へ答えた。


「──俺は耶麻麗華の補佐役なんでね」

「ぷっ、理由になってます?それ」

「十分だよ。安請け合いが俺の良いところなんだ。な、佳南、筑波」

『……』


 2人揃って目を逸らしやがって。

 ま、仕方ないか。俺が悪い。


「まぁ良いでしょう。明日から楽しみにしてますよ。さ、お待たせ皆。帰ろう」

『遅〜い』


 そうして海堂は俺達を背にして姿を消した。





 残された俺達はしばらくの間押し黙っていた。

 2人はいかにも「あいつはなんなの!」みたいな顔をしているが、それを口にはしない。

 

 筑波はともかく、佳南は本当に変わったな。

 

 さすがに悪いから俺から話すか。


「海堂は、さ……」

『……!』


 俺が口を開いた瞬間、2人ともピクっと反応を示す。

 それを見ながら俺は続ける。


「……小学校の頃、俺をいじめてた相手なんだ」

「……高知君……」


 筑波が同情するような声を出す。

 本当に優しいやつだよ、お前は。


「はは、そんな顔しなくて大丈夫。ちゃんとボコボコにしたから。物理的な意味じゃなくな」

「あんた、昔からそういう性格なのね……」

「そういうってなんだよ……」

「制裁主義?完全解決者?みたいな感じの」

「ナニソレ聞いた事ない」

「だーかーら。要するに絶対物事にケリ着けなきゃ気がすまないし、その為の手段は選ばないんだなって」

「……そうか?」


 ちょっと考えてみたけどそんな事はない気がする。

 少なくとも佳南と倉橋君の時や筑波の過去、それに琴色さんの時は違うと思う。


 そして俺とマナの時も。


 俺がしてきたのは俺が納得のいく──いや、出来る範囲までの決着だ。

 さっき挙げた数々は完全な解決なんてしちゃいない。

 皆未だに心の何処かに後味の悪い物を抱えている筈だ。

 一旦の妥協点を無理矢理に飲み込んだ、そういう言い方が正解に近い気がする。


 ……だから俺はずっと罪悪感が消えない。


「高知君があの人と過去どんな事があったかは聞かない。だけど、それはきちんと解決してるの?今、逆恨みみたいな事になってない?」


 少し潤んだ瞳でそう問い掛けてきた筑波は、真っ直ぐに俺を見つめている。


「嫌だよ私。また高知君が痛い目に遭ったりしたら」

「大丈夫だよ。……たぶん」

「ちゃんと私の目を見て答えて」


 本当に厳しい女の子だ。俺には。


「……あの時の事はきちんと終わってる筈だ。全部、マナが終わらせたから」

「あの女が終わらせたって、信用1ミリも無いじゃない。それに助けてくれるような女じゃないんでしょ?」

「別に俺を助けてくれた訳じゃないぞ?マナは……そうだな、まじで手助けの類は一切なかったな」

「ならどうして解決したなんて言えるのよ」


 今度は佳南様が詰めてくる。

 嘘をつく必要もないので、俺はありのままを伝えた。


「全員居なくなったんだよ。俺をいじめてた奴らは跡形もなく。あ、死んだ訳じゃないぞ?転校だよ転校」

『え?』


 2人は目を丸くして固まった。

 当然か。小学生が数人を強制的に他校へ排除したなんて話。


「あいつが何をしたかは知らないよ。ただ少なくとも皆居なくなる前に俺は俺であの件を一人で一旦解決してるし、転校はマナが与えた罰って感じなんじゃね?」

「あんたら2人ってほんとお似合いだった訳ね」

「嫌味にしか聞こえねぇよ」

「当たり前でしょ。超嫌味よ。ばか」


 ばかは余計ですー。

 そんな反論をする事が出来ないくらいには空気が重い。

 俺は少しテンションを上げながら、これからの話をする事にした。

 過去の話なんてつまらないし、本当にどうでもいい事だ。


「ま、ともかく俺は因縁の相手と再び敵同士って訳みたいだ。そこで提案なんだけど──」

『嫌』

「俺まだ何も言ってないよ!?」


 なに、こいつらメンタリストなの!?


「どうっせ実行委員を辞めろとか言うんでしょ。ふざけんなっての」


 さすが頭脳明晰な佳南さん。その通りでございます。


「ついでに言うなら私達が居なくなれば多少強引な手が取れるかも、とかね。高知君、一回正座しよっか」

「それ、正解かどうかなんて俺にしか分からんだろう!」

「違うの?」


 俺は黙ってその場に正座した。


「……どうして2人とも俺の言う事聞いてくれないの」


 一言足りとも口には出していないけどね。


「あのさぁまだ言わなきゃ分かんないの?」

「もう一度だけしか言わないからよく聞いて、よく理解してね」

「珠奈は優しいわねぇ」


 そう言って2人は立ち上がり、俺を見下ろした。

 2人のスカートが少しだけ翻り、際どい所まで見えていたのは内緒だぞ。


 2人は俺を指差して、無敵の笑みで俺に絶対抜けない釘を刺す。


『あんた(あなた)の事が好きだから』


 つま先から頭の先まで、全身が沸騰する程に熱くなる。

 あまりにも真っ直ぐな言葉に、俺は何も返す事が出来ない。だってこんなのずるいだろ。

 

 心のどこかで、結局いつものやり方でとりあえずの決着をしようとしていた気がする。

 少なくとも耶麻さんのいじめだけはどうにかして、その手段は考えていなかった。


 だけどもうそうはいかない。

 そう決心させられてしまった。


(あぁ……そうか……)


 この2人の悲しむ顔を見たくないんだ。心の底からそう思ってしまった。


 俺はやんわりと微笑んで、佳南と筑波に精一杯の言葉を贈った。


「……ちゃんと聞いたよ。理解した。少なくとも2人を悲しませる結末にだけはしないって約束する」

「約束するって言うけど具体的にどうするつもり?」


 最近の佳南は詰め詰めモードだな……。


「そうだな──」


 俺はベンチに座り各々に言いたい事を抱えていそうな2人に両手を差し出した。


「とりあえずマナを使って色々引っ掻き回してみようかなと思ってるんだけどどうかな!」

『却下』


 俺の手は柔らかい2人の手にペシっと弾かれてしまった……。

お読み下さりありがとうございます!


続きが気になる、面白い。

少しでもそう思って頂ける方がおられればぜひスクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆に評価やブックマーク、感想等ぜひ願いします!!

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