氷晶の令嬢
「……で、朝っぱらからなんなのん……?」
耶麻さんに無理矢理気味に家から出るよう言われ、重たい足を引きずりながら登校をしている。
帰って寝たいよぉ。天国から地獄へ真っ逆さまだ……。
俺のそんな気持ちを察する筈もない耶麻さんは、にこやかに答える。
「さっきも言ったじゃないですかぁ。今日は1日私を躾けて下さいねって!」
「……起き抜けなの。その言葉がどんな意味を持つか気付くとか無理なの」
「むぅー。別に深い意味なんて無いのに」
むすっと頬を膨らませる彼女。
こいつマジで可愛いな。佳南や筑波とは違うタイプの可愛いさに、男心が揺さぶられる。
人目を引くその金髪も、日本人離れした美貌も、小動物のような愛くるしさも、何もかもが男を魅了する。
「どうしたんですか?じっと見つめて?」
「ん……いや何でも」
「?」
昔の俺よ、こんな可愛い後輩とのフラグを作っておいてくれてマジありがとう!
……なんて、素直には思えないのは近頃の俺に降り掛かる災難のせいかな。
「んで、ほんとに何でお前家にきたの。てか何で知ってるのん?」
「忘れたんですか?今日は実行委員の初顔合わせですよ。打ち合わせも無しに議事進行をするつもりですか?昼休みは私、生徒会の会議があるから朝しかなかったんですよ」
「あー……」
そう言えば眠る前にそんな回想をしたような……。
「あと先輩のご住所はこの界隈だと知らない人はいないかと」
「どこの界隈!?怖いよ!!」
「ふふ、冗談ですよ冗談」
笑えない冗談が一番怖い……。
どうやら彼女は真面目に答える気はないらしく、話題を今日行われる会議の方に戻した。
「先輩、文化祭実行委員がどういう構成で出来ているかは把握していますか?」
「いや、全然」
「……本当にやる気がないみたいで安心しました」
「へへ〜それ程でも」
「……」
おぉ、相変わらず美人の一睨みは背筋にクるものがある。
「説明は一回だけですからね」
「はいはい、きちんと聞かせて貰いやすよ」
「では──」
耶麻さんは軽く咳払いをした後、会議の概要を語り出した。
「まず各学年の各クラスごとに代表者2名が実行委員の会議に参加するんです。議決しないといけないのは3点。各クラスの催し物、文化祭当日の配置とシフト、最後に後夜祭の内容ですね」
「……ふむ」
指を折りながら順に説明をする耶麻さん。
俺を適当に相槌を打ちながら彼女の説明を頭に入れていく。
「特に後夜祭の方は慣例がある訳ではないので、毎年生徒主体で行う分私達実行委員の負担が大きいんですよ」
「へぇ」
去年マナ達が何をやっていたのか全く覚えてねぇや。そもそも後夜祭自体参加した覚えもない。
去年の俺の無気力っぷりは凄いかもしれん。頭ん中マナの事しか無かったのかもな。
「そういやスローガンを決めたりはしないんだな」
「スローガンですか?必要あります……?」
「え、いや定番じゃね?」
「用意した所で文化祭の内容って変わりませんし……」
「あ、そう……」
なかなかクレバーな文化祭だな。まぁ楽な方が助かるが。
「具体的な会議の進め方ですが、議事進行は当然私が務めます。先輩は議事録のまとめをお願いします。とりあえず今日は顔合わせなので私達2人の自己紹介とさっき挙げた3点の共有ですね」
「お前議事進行とか出来るの?」
「……あの、私これでもそれなりに名家の生まれなんでそれ相応の教育は受けてますから」
「そういうのって自分で言うか普通?」
「先輩があまりにも失礼なので教えておいてあげたんですっ。どうやら本当に私の事を覚えていないようなのでっ」
語尾を強めに拗ねる耶麻さんに、悪態をつくのを止め、話を進めて貰う事にした。
「悪かったって。それで?後はどうやって進めていくんだ?」
「……後は成り行きですよ。どんな意見が出るかも分かりませんし」
どうやら本格的にへそを曲げ出してしまったらしい。
耶麻さんの前ではあまり彼女自身についての話はしない方が吉らしい。
「とりあえず説明は以上です。と言うか、昨日先生から貰ったプリントに書いてありましたけどね」
「俺は説明書は読まないタイプなんだ」
「まぁ最近のゲームは読まなくてもプレイ出来ますけど」
「お前、ゲームとかするんだ?」
「……」
「え、なに?」
俺の発言に、耶麻さんがぴたっと足を止めてしまった。
9月とは言え、まだまだ暑いんだ。出来れば早く学校に着きたいんだが……。
「……ったじゃないですか」
「え??」
あまりにも小さい声だったせいで聞き返してしまうと、耶麻さんは若干目尻に光るものを浮かべて叫んだ。
「昔一緒にいっぱいやったじゃないですか!」
あー……ついさっき彼女自身についてに話はしない方が良いって思ったばかりだったのに。
とは言え覚えてろって方が無理な話だ。
小学生の頃の記憶なんて嫌な事以外ほとんど残っちゃいない。しかもこいつとは中学も違う。
耶麻さん自身、自分の怒りが理不尽なものだという自覚があるのだろうか、すぐに頭を下げてきた。
「あ……ごめんなさい。ちょっと悲しすぎて……」
「いや……俺の方こそ悪かっ──」
俺もあまりにもデリカシーに欠けている自覚があったので、同じように頭を下げようとすると、目の前の小悪魔は俺の右腕に抱きついてくる。
「ちょ、おい!」
「ししっ、やっぱり先輩は甘ちゃんですね。先輩は覚えて無くても仕方ないのに♡」
「……俺は今のお前すらどんな奴かわかんねぇよ……」
「先輩の可愛い後輩ですよ♡」
右腕に抱きつく耶麻さんの柔らかい感触が脳の覚醒を促す。
俺には今、耶麻麗華の依頼以外に最重要案件がある。
佳南と筑波、こんなどうしようもない俺を好いてくれた2人の為に──
だが、それはそれとして、だ。
(うーむ結構悪くないなぁ)
学校に着くまでの俺の表情は、きっと緩みに緩んでいたことであろう。
※
役得の朝からかったるい授業を終え、放課後を迎えた。
俺はいよいよ始まる文化祭実行委員の会議に向け、耶麻さんと2人、会議室で全員の到着を待っていた。
事前準備としてテーブルをコの字に並べ、中央に俺達が座る。
俺はノートパソコンを開き、メモを取れるようにしておいた。さすがに茶の用意は必要ないよな。
「とりあえず準備はこんなものでいいか?」
「ですね」
ここまでの準備を耶麻さんと2人で終え、俺達は各クラスの代表者を待つ。
「……なんか、妙な緊張感というか……そわそわするな」
「もー私の補助をする先輩がそれでどうするんですか。普通緊張するなら私ですよね?」
「それもそうなんだが……」
「まぁ気持ちはわかりますけどね。あ、なら先輩に良い事教えてあげますよ」
「?」
耶麻さんはそっと俺の太ももに手を乗せて、上目遣いで見つめてきた。
「ち、近い……」
「ドキドキしますか?」
「そ、そりゃ……」
「ふふっ、嬉しいです。ねぇ先輩──」
会議室にたった2人。例え何か起こっても多少の事は分かるまい。
彼女もそれを分かっているのだろう。更に顔を近付けて、鼻先が少しだけ触れ合った。
「……今、この瞬間よりドキドキする事って……そうそうありませんよ……?」
金色の前髪の隙間から、朱に染まる彼女の頬と潤んだ瞳が覗く。
いかん。この小悪魔め、俺を弄んでそんなに──
「失礼しま〜す」
『!』
ノックと同時に、俺と同じ学年の男子生徒が会議室に入ってきてしまった。
俺達は光の速度で姿勢を正し、彼を出迎える。
『どうぞ!自分のクラスの席へ!』
「は、はぁ……それじゃ」
デスクには学年とクラスの書かれた札が置いてあり、席自体は既に決められている。
あまりに息の合った俺達の行動に、彼は少し動揺してしまったみたいだ。
俺はこそっと耶麻さんに耳打ちをする。
(お、おい……見られたんじゃないか?)
(どうでしょう。まぁ別に良いじゃないですか)
(良いわけあるか!?)
(先輩の緊張が解れたなら何でも良いでしょう?)
(む……)
こいつ、ほんっとーに小癪な奴だ。
俺の心情を見透かすような視線を向けながら、ニヤっと笑っている。
……確かに緊張は吹き飛んださ。荒療治のおかげでな。
俺が若干不貞腐れながらテーブルに肘をつくと、耶麻さんが耳打ちを続けてきた。
(という事で緊張の解れた先輩、今度は震える私の手を握ってくれませんか?)
(! お前……)
真っ直ぐ前を見つめながら笑顔を作る彼女。
お前、そんな青い顔をしながらそこに座ってたのかよ……。
これじゃどっちが補佐役か分かったもんじゃねーな。
俺はデスクの下で耶麻さんの手に自分の手を重ねた。
(上がり症だったとは予想外だよ。そんなお前がどうしてこんな役目を担っているか、また聞かせてくれよ?)
(……そうですね……またいずれ)
(今は会議に集中、だな)
(はい……!)
俺達が会議に向け集中しようとした時だ。
ぞろぞろと会議室にやって来る生徒の中から、ある2人の姿が俺の集中を乱しに乱した。
「珠奈、私達の席は?」
「えっと……丁度副委員長の隣だね」
「ほほ~それはそれは」
俺は周りの視線を気にする事もせず、思わず立ち上がってしまう。
「佳南……筑波……!?なんで……!?」
俺達のクラスの代表者と言えば倉橋君が来ると思ってたのに……。ついでに言えば、もう一人は七宮さんかと。
2人に指をさして分かりやすく動揺する俺に、彼女達はそれぞれにニヤッと笑う。
佳南はイタズラに成功した子供のように。
筑波は口元を隠して目の奥で。
彼女らは俺のすぐ隣にやって来る。
「何してんの要、早く座りなよ。副委員長なんでしょ」
「どんな風に議事進行が行われるかきちんと見てるからね」
「……はは……」
当然だけど、2人が来たからって何かまずい事をする訳ではない。
と言うか、まずい事が起きたとて、2人が怒るような事なんてしようもない。
今までみたいに暴れる事も、まぁ……俺が耶麻さんの不利益を被る必要もない。
ただ──
「あ、そちらのお二人が先輩のクラスメイトの方なんですね!紹介して下さいよ!」
「えーっと……」
耶麻さんが俺の右腕をまたまたホールドしながら佳南達に話しかけているのが、かーなり問題かもしれない。
当然、2人は表情を消している。
耶麻さんの言葉に口を開いたのは佳南だった。
「後で自己紹介をしてくれるんでしょ。その時ついでに私達全員のもしちゃえば良いじゃない」
冷たっ!こいつ不機嫌を隠そうともしねぇ!
「ついでに言うなら私は要に私を紹介されたくない」
佳南のさすがにあんまりな物言いに、俺は口を挟む事にした。
「おい、お前さすがにそれは言い過ぎだろ」
「は?じゃああんた私を何て紹介するの?」
「そりゃ普通にクラスメイトのって」
「あ、そう。要にとって私は普通のクラスメイトなんだ。へぇ」
「え、何か間違ってる?」
それ以外に紹介のしようがある?
そんな疑問が顔に出てたのか、佳南は先回りして俺を追い詰めてくる。
俺の胸元に人差し指を押し付けて、腰に手を当てながら。
「あんたと私は特別な関係でしょ!」
「ちょ、おま……!」
そう言う佳南の頬は僅かに赤らんでいる。
俺は助けを求めるように筑波の方を見る。
「つ、筑波!お前なら俺達の関係を的確に耶麻さんに伝えられるよな!?」
「良いの?きちんと、的確に、伝えて?」
「えっと……」
あれ、もしかして俺詰んでる?
なんで会議前にこんなラブコメしなきゃならんのだ!
「……先輩、ほんっと相変わらず人たらしなようで」
「どこがだよ……」
「説明が必要ですか?」
「良いです……。代わりに誰か助けてくれ……」
俺のそんな呟きに、デスク越しに答える人物がひょこっと現れる。
「──うちが助けてあげよーか?かーくん♡」
「はぁ!?」
デスクに両肘をつき、ニヤニヤと笑っているのは赤羽茜。
夏休みに琴色さんと色々あった、バイト先も同じのギャルだ。
あの時は金髪だったが、今は髪を黒に戻し、清楚ギャルっぽい感じに仕上げていやがる。
「お、お前なんでここに……!?」
「そりゃ同じ学校だし。なーんかうちのかーくんに余計な虫がうじゃうじゃ湧いてるから牽制にぃ?」
「このクソビッチが!俺はお前のもんじゃ──」
「いやいや、うち、かーくんに手出されてるし」
『はい???』
女子3人の声が揃う。
「待て待て待て待て!!何を口走っちゃってんの!?」
「あーあの時はドキドキしたぁ♡」
「頼むから今すぐ口を閉じてくれ!!皆さん!?俺、そんな奴じゃないですからね!?」
会議室には代表者達が既に全員集まっており、俺達の方を見ながらひそひそと話している。
……終わった……完全に……。
「……俺を辱めてそんなに楽しいかよ……」
「うん♡かーくん大好き〜♡」
これも要らん事した罰なのか……。
神様、ちょーっと俺に厳しすぎませんか……?
燃え尽きてしまった俺をよそに、耶麻さんは赤羽に自分の席へ戻るように言った。
「3年生の方ですね。どうやら全員揃ったようですので、そろそろ会議を始めます。席に戻って下さい」
「うち、まだかーくんと喋ってるんだけど」
「会議の邪魔をするなら出て行って下さい。代表者を変えて頂くよう働き掛ける事も出来るんですよ?」
「ちょ、耶麻さん……?」
少し驚いてしまう。
いつもの猫なで声じゃない、耶麻さんの本気で冷たい声に、ひそひそと喋っていた連中まで黙ってしまっていた。
さすがの赤羽も悪態はつきながらではあるが、大人しく席へ戻っていく。
「なんなんあいつ……!」
赤羽が勢いよく椅子へ座った後、耶麻さんが俺の方を向く。
「先輩、付き合う相手は選んだ方が良いですよ」
「いや付き合ってないからね!?」
「そういう意味じゃなくって」
「それはそれで赤羽に失礼だな」
「私に失礼なんですよ。私の補助役なのに色んな女の子と絡んで……」
「え、なに嫉妬?」
「もう良いです。会議を始めますから」
「何だよ……」
耶麻さんがぷい、と可愛くそっぽを向いてしまった。
まぁもう全員揃っているみたいだし、ぼちぼち始めないとな。
俺も気持ちを切り替えて今日の議題をまとめたレジュメに目を通す。
耶麻さんはすくっと立ち上がり、会議室に集まった全員の視線を一身に受ける。と、同時に、俺だけに聞こえる程の小声で耶麻さんは呟いた。
──私にはこんなやり方しか出来ないんです。ごめんなさい。
「え?」
「それでは、会議を始めます。私語は謹んで、議題に集中するように」
唐突にそんな事を言うもんだから、当然全員の顔に動揺が走る。
耶麻さんはそれを気に留める事もせず、淡々と会議を始め出した。
「本日より文化祭実行委員長として皆さんを取りまとめます、1年A組の耶麻麗華と申します。左隣に居るのが委員長補佐、2年F組の高知要さんです。どうぞよろしくお願いします」
『……』
耶麻さんは軽く会釈をし、席につく。
「始めに言っておきますが、私は文化祭をつづがなく遂行する事しか頭にありません。場を乱す方、不必要な干渉を行う方、委員長である私の指示に従えない方は要りませんので、この時点でご退席頂き別の代表をご用意下さい」
俺を含め、全員が唖然とする。
当然だ。こんな挨拶、出会い頭に右ストレートを喰らったようなもんだ。
「退席者はいないようですね。ご協力ありがとうございます。今後の皆さんの働きに期待してますよ」
淡々と告げた後、耶麻さんはレジュメに視線を落としながら続ける。
「では皆さん、各々のクラスから文化祭での催し物の提案があると思いますので、3年A組からお願いします。出来るだけ簡潔に」
「え……」
「早くして下さい。それとも案を持って来ていないのですか?」
「は、はぁ!?」
凍り付く空気に耐え兼ねたのか、真横の筑波が俺の肘をつつく。
(さ、さすがにこの空気はまずくない?)
(……俺もそう思う。少しだけ吟醸先生に聞いてはいたが、これが──)
──氷晶の令嬢、か。
吟醸先生が教えてくれた情報によると──曰く、耶麻麗華はこの辺りでも有名な資産家の娘であり、厳しい教育、圧力的な家庭環境、好奇の目を引く容姿、様々なストレスを受け続けた幼少期を経て出来上がった人間不信。
結果、彼女は誰にも心を開かず、他人を恐れ、攻撃し、周囲に氷晶の令嬢と呼ばれるに至ったと。
そんな彼女が何故俺にだけは心を開くのか……小学生の頃に何かがあった筈なんだ。その何かを俺は思い出せずにいる。
(ねぇ……高知君……)
(なんだ?)
(……ううん……何でもない)
筑波が言わんとする事、それはきっと耶麻さんを助けられないのか。だけどそれを筑波が口にする事はないだろう。
筑波珠奈は優しい人間だ。困っている人がいれば助けずにはいられない。
しかし、筑波はもう俺に誰かを助ける事を頼みはしないだろう。
……それが俺が彼女に与えた心の傷で、俺が背負うべき責任だ。
筑波自身分かっているのだろう。自分が補助をするべきじゃないし、手を出して結果俺まで巻き込む事を。
けどな、筑波。お前はやっぱり優しすぎるよ。
そんな顔されたら俺は動かざるを得ない。
「あー……委員長?ちょっと良い?」
「何ですか?」
ついさっきまで俺に向けていた甘い表情は消え、温度の無い顔を俺に向ける。
「会議の進行を邪魔しないで下さい」
それが補助役をお願いした相手にする態度か!
そう言いたくもなるが、俺は先ほどの言葉を思い返す。
私にはこんなやり方しか出来ないんです。ごめんなさい……か。
この手の学生──それも高校生──の集まりに圧倒的に欠けるもの。
それは緊張感だ。
例えこの会議を、引いては文化祭をグダグダに終わらせても、別に俺達には何のペナルティもない。
いっそ誰かが悪者になって率いた方が成功率は上がるだろう。
そしてその役目は、氷晶の令嬢にはあまりにも適役だった。
それを代わってやる気はない。俺にそんなだいそれた事は出来ないし、佳南と筑波の心配そうな顔を見たらなおさらだ。
ならばこそ──
「もーちょっとその硬い態度何とかならんか?普段の可愛いお前はどこいったんだよ?」
「かわっ……!?」
「そうそれ、そーゆーの」
「っ……!」
耶麻さんの顔色が一気に赤くなる。
分かりやすく慌てふためる彼女に、会議室の面々が呆気にとられている。
そりゃそうだ。つい今しがたまで女王様よろしく、周囲にバリバリ威嚇モードだった奴が面白いくらいに反転してくれているんだから。
「せっかくの文化祭なんだ。楽しくいこうぜ?皆もそう思うだろ?」
俺の問い掛けに、ぎこちなくだが何人かが首を縦に振ってくれた。
「な、そんな皆を萎縮させる必要はねーって。まぁある程度の緊張感は必要だと思うし、その辺の塩梅は俺に任せてくれよ」
「せ……先輩がそうおっしゃるなら……」
「さっすが俺の可愛い後輩だ!」
「も、もう……!それ止めて下さいってば……!」
「可愛い奴に可愛いって言って何が悪い」
「〜っ……!先輩のばか……!」
この場にいる全員、特に1年生が驚いて固まってしまった。
この中にはきっと耶麻麗華という人間を知る人間も居るんだろう。
そいつらにとって、今の彼女はとても想像のつかない生き物に映っているに違いない。
むしろ俺はこういう耶麻麗華しか知らないのだけれども。
俺はいい加減赤くなり過ぎて蒸発してしまいそうな耶麻さんの可愛いいじりを止め、視線を皆の方に向けた。
「という事で、先程ご紹介に与りました高知要です。委員長はまだ1年生なもんで大目に見てやって欲しい。苦情愚痴等は全部俺が聞くから今後ともよろしくお願いします」
『……』
返事こそ無かったが、皆の表情から少なくとも不満は感じられなかった。
これで一旦会議に戻っても良いんだが、せっかく耶麻さんがヒール役を買ってまで得た緊張感を無駄にするのももったいないな。一応釘は刺しとくか。
──この中で唯一1人だけ、終始ニヤニヤと笑みを浮かべる最悪の人間も居る事だしな。
「あ、あと一応念の為。締める所はきっちりやって行きたいんで、皆さんのご協力お願いします」
俺の言葉に、戸惑いつつもほぼ全員がうなずいてくれた。
その後の会議は特に問題はなく進み、解散の時間となった。
「──以上で解散となります。本日はありがとうございました」
耶麻さんの簡単な挨拶と共に、佳南と筑波、そして耶麻さんを除いた全員が会議室を出ていった。
残った俺たち4人全員が同時にため息をつき、最初に筑波が口を開いた。
「始めはどうなるかと思ったけど無事終わったね」
にこやかに笑う筑波の表情に俺も同調する。
「ほんとだよ。耶麻さん、驚かせないでくれよ……」
「す、すみません……」
「最初っからあーするつもりだったのか?」
「えと……」
あ、気まずそうに視線をずらしやがった。
「そりゃ”氷晶の令嬢”なんてあだ名をつけられるわ。お前、クラスとかでもあんな感じなの?」
「……悪いですか」
「悪いに決まってんだろー。俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ。言っとくがマナも琴色さんもカバーはしきれん──というかマナは絶対にしないぞ」
「だから先輩に頼んだんじゃないですか。ばか」
「ばかってなんだよ!恩人に向かって!」
俺が冗談めかして指差すと、耶麻さんはすくっ、と立ち上がる。
「……私にはあんなやり方でしか先輩に恩返し出来ないんですよ……」
「え……?」
俯いて言うせいで彼女の表情はよく見えなかった。
だけど、気のせいだろうか……僅かに目の端に──
「委員長、今日はこいつ借りて帰ってもいい?」
「! 佳南?」
唐突に佳南がそう言うもんだから、耶麻さんも少しだけ戸惑いながら首肯する。
「は、はい……。明日の議題は先ほど決めてますし、特に先輩とご相談する事はありませんので……」
「そ。なら帰るわよ要」
「えぇ……えらい急にだな……」
「珠奈はどうする?」
「私も一緒に帰っていいの?」
「もちろん」
何故か耶麻さんを除け者にするように話を持っていく佳南。
「あれ、というか俺の意思は?」
「え?要らないけど?」
「シンプルに酷い……」
「ほら、行くわよ!」
俺達が3人揃って会議室を出ようとすると、1人取り残された耶麻さんのもとへ佳南が小走りで向かう。
「委員長──」
耶麻さんにこそっと耳打ちをする佳南。
佳南が耶麻さんに何を告げたのかは分からなかったが、耶麻さんの表情は少しだけ驚いているように見えた。
すぐに戻ってきた佳南に俺は問う。
「何喋ってたんだ?」
「え、デリカシー無っ」
「お前にノンデリ言われる日が来るとは思わなかったよ」
「あー!過去の私を揶揄してるのね!?」
「しては──いるけども」
少し考えたけどやっぱこいつにデリカシーうんぬんの話をされるのは心外である。
「ふーんだ別に良いし。それにそんな大した事言ってないわよ」
「そうなの?」
筑波が佳南にそうたずねると、佳南は不敵に笑って答えた。
「文化祭、良いものになればいいねって。それだけよ」
そう言った佳南の顔からは、何故だろう……僅かに寂しさを感じた。
お読み下さりありがとうございます!
続きが気になる、面白い。
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