やはり高知要は不運に愛されている
生徒会室を出た俺は真っ直ぐに体育館へ向かっていた。
9月はまだまだ暑く、冷房の無い廊下でじんわりと汗を掻き出してきた。
道中、チラホラと長椅子を運ぶ生徒会役員達とすれ違いながら、体育館に着く。
体育館は窓やドアが開きっぱなしになっており、風が吹き抜けていたおかげで少し涼しい。
教員や手伝いで残らされている生徒達の中から、俺は目当ての人物を呼んでもらう事にした。
すぐ近くにいた1年生と思しき女生徒に声を掛ける。
「あ、なぁ悪いんだけど麗華って子、この辺にいない?」
「え……?耶麻さんですか……?」
「たぶんその耶麻さんで合ってると思う。生徒会の人の筈なんだけど」
「それならあそこに……」
女生徒が指差した方向に視線を向けると、自分の体よりも大きな椅子を苦戦しながら持ち上げる金髪の女の子が居た。え、金髪……?
俺は教えてくれた女生徒にお礼を言った後、舞台の下に居た彼女に後ろから声を掛けた。
「耶麻麗華さん、で良いのかな。ちょっと時間あるか?」
「ふぇ?」
振り返ると同時に、長椅子が俺の腰の辺りを掠めていった。
「あぶね!」
最近怪我続きのせいか、俺の反射神経が上がっている気がする。
今の一撃を貰っていたら確実にどこかしらがイカれていた筈だ。
……もうしばらく骨折は勘弁だぞ。
「ごごご、ごめんなさ──ひゃあ!!」
「え、うそ──」
長椅子にバランスを取られて、ぐるんと一回転した彼女はそのまま俺の方に尻もちをついてくる。
バタン!という大きな音と共に俺も床に手をついた。
「いてて……」
「ったぁ〜……!」
長椅子は床に落ち、俺の足の間にすっぽりと収まる形で彼女は落ち着いた。ケツが痛い。
「ん?」
ロングの金髪の後頭部の先に俺の腕の感触がある。ついでに言うと妙に柔い感触まで。
「ちょ……!」
彼女の髪の毛の隙間から見える耳元が、一気に朱色に染まる。
まずい。まさか俺にこんな主人公のようなイベントが起こるなんて!
そう、これはあれだ。いわゆるラッキースケ──
「……あの、もう十分堪能しましたよね……。そろそろ勘弁して頂けませんか……?」
「ははは、土下座したら許して貰える?」
秒速で彼女の体から離れた俺は、土下座一歩手前の格好でそう言った。
耳どころか顔全体を真っ赤にしている彼女は、ポンポンとお尻をはたきながら立ち上がった。
「出会い頭にいきなり胸を揉まれた女の子が、その相手を許すと思いますか?高知先輩」
「許すわけないですね……。ん?」
「どうかしましたか?」
「い、いや俺の事分かるんだなって……」
まぁ分かってて当然っちゃ当然なんだけど。わざわざ俺を自分の補佐役に指定するくらいだし。
彼女は俺を見下ろしながら、少しだけ微笑んだ。
「当たり前でしょう。先輩は私の補佐役なんですから」
「そ、その件なんだけど……」
「先輩の言いそうな事は分かってます。少し場所を変えませんか?」
「……分かった」
俺が立ち上がろうとすると、彼女は右手を差し出してきた。
俺が素直にその手を取ろうとすると、意地悪そうにニヤッと笑ってくる。
「スカートの中まで見たかったですか?」
「スカートの中は見えないからこそ良いんだろ」
「はい、セクハラポイント2つ目」
「すみませんでした」
立ち上がってすぐに深々と頭を下げた。
俺、出会って間もない女の子に何やってんだろ……。
「ほら、行きますよ。先輩!」
「え、おい!」
彼女は俺の手を握ったまま、引っ張って体育館を出た。
長椅子が置きっぱなしだけど良いのかなぁ。
そんな事を気にしながら彼女の後ろを歩く。
「ちなみにSP3つ目で私の言う事何でも聞いて貰いますから」
「もうリーチじゃん!」
「だから気を付けて下さいね、先輩♡」
無邪気にそう笑う彼女は、何故か凄く楽しそうだった。
※
「単刀直入に言います。私の補佐役になって下さい」
先ほどと立場が逆転したかのように、彼女──耶麻さんが俺に頭を下げている。
体育館裏の、いかにも告白に使われそうな場所で、耶麻さんは続ける。
「先輩しか居ないんです。お願いします」
「そう言われてもなぁ……」
そもそも、だ。
彼女が俺を選ぶ意味が分からない。
マナと何かあったらしいが、それだけじゃどうにも理解し難い。
俺が手を貸すにしても、何か理由が欲しい。
「俺は君の事を良く知らないんだ。誰でも彼でも人助けするような人間でもないし、悪いけど──」
「……やっぱり覚えていませんか……?」
「うっ」
俺はどうやら人の顔を覚えるのが苦手みたいなのだ。
昔の知り合いだったのかこの子?にしてもこんな金髪の可愛い女の子、そうそう忘れるもんかね?
うーん、俺なら忘れそうなのが怖い所だ。
「小学校の頃はウィッグを被ってたので、たぶん髪色じゃ覚えてないと思いますよ」
「あのね、お前それを先に言いなさい」
何処か既視感のあるやり取りである。
「はぁ……で、そんな昔の知り合いらしい耶麻さんが何でまた俺をご指名されたんだ?」
「高知先輩しか頼れる人が居なくて……」
「そこが分からん」
耶麻さんははっきり言って美少女だ。
少し小さめの身長も、大きくはないが年相応のバストもあり、何よりも守ってあげたくなるような可愛さがある。
小動物系とでも言おうか、少なくとも友達が居ないようには見えん。俺なら一度は話し掛けるね。たぶん。
「……女友達が出来るような見た目に見えますか……?」
苦笑いを浮かべて、自嘲するようにそう言う耶麻さん。
あー……言われてみればそうだな。そりゃ妬み嫉みの対象になるだろうさ。金髪も相まって余計にな。
だけど、俺が覚えていなかったように、ウィッグを着けてれば良いんじゃないか?
デリカシーに欠けそうだから言わんけど。
俺はとりあえず頭を掻きながら、話を本題に戻した。
「俺が同級生ならこんな美少女放ってはおかないね。とにかく耶麻さんに同級生の友達が居ない事は分かったけよ。でもだからって何で俺なんだよ。マナや琴色さんが居るだろ?」
「……副会長は嫌です。会長だって副会長と仲が良いんですもん。信用出来ません」
「昔マナと何があったんだよ……」
「この際だからはっきり言っちゃいますが、あの人のせいで私は転校する事になりました」
「OK、俺があいつを殺してくる」
「ややや、やりすぎですよ!」
俺が生徒会室に戻ろうとすると、慌てて耶麻さんが俺の腕を引っ張って止める。
「い、良いんです!私も悪かったんです」
「いや、あいつ絡みの事案は全てあいつが悪いんだ。俺が保証する」
「保証するなら補佐役として、文化祭の成功を保証して欲しい所です」
「……そうだなぁ……」
実際、俺は補佐役として何をするのか全然知らん。補佐役の補佐役が必要になりそうなくらいにな。
大体本当に補佐役なんて必要なくらい、実行委員って激務なのか?
普通にちょっとした当日の運営を任されるくらいじゃないのか?
「何が引っ掛かるか、教えて頂ければ全てご説明します。もう先輩しか頼れる人が居ないんですよぉ……!」
猫なで声で俺にすり寄ってくる耶麻さん。
やばい、普通にドキドキする。
何この子、小悪魔なのん?
「どうか幼馴染みを助けると思って……!」
「幼馴染み、ねぇ……」
俺は一体どれだけこの言葉に振り回されれば良いのやら……。
まぁ助けてやりたい気持ちもゼロではない。
だけど、安請け合いする訳にもいかんのだ。
「……耶麻さんに悪いけど、俺には俺で事情もあるんだ」
佳南と筑波に向き合う為にも、今はこの依頼を引き受けられない。
俺が再度断ろうとすると──
『出会い頭にいきなり胸を揉まれた女の子が、その相手を許すと思いますか?高知先輩』
『許すわけないですね』
「このボイスレコーダー、泣きながら職員室に行ったらどうなりますかねぇ〜」
「おまっ!?」
ニヤリ顔で突如胸ポケットからボイスレコーダーを取り出した彼女は、俺の目の前でプラプラとそれを指先で弄んでいる。
だが、すぐにボイスレコーダーの削除ボタンに指を置いた。
「ま、冗談です。これは副会長のやり方ですもんね」
「び、びびったぁ……」
「──ねぇ先輩」
「え?」
音声を削除したボイスレコーダーから指を離した彼女は、唐突に俺の背に手を回した。
レコーダーに気を取られていた俺は、その行動に対応する事ができなかった。
「お願いします。私、先輩になら何をされても構いませんから。私を助けて下さい」
「何をされてもって……」
「文字通り、何でもです。小間使いでも良いですし、お金が必要なら用意します。先輩がお望みなら体だって──」
「止めてくれ」
俺は無理矢理気味に耶麻さんを引き離した。
「そんな事言われても揺らいだりしないよ。あんま俺を舐めんな」
本当の本当に揺らいだりしていない。マジのガチのマジョリンチョ。
……揺らぎまくってますねぇ。
まぁ冗談は置いておくとして、そんな事を言われて引き受けてしまう程人間を辞めてない。
「もうちょっと自分を大事にしろよ」
「ふふっ、それ、先輩が言いますか?」
「……君が俺の何を知ってるかは知らないけど、心からの言葉だよ。君が傷付く事で傷付く人がいる筈だ」
もし、このやり取りを筑波に見られていたら、どの口が言うんだみたいな冷たい視線を向けられるんだろうな。
「……居ませんよ。そんな人」
「ここに居るだろ」
「え?」
俺は自分を指差して続けた。
「こんな可愛い女の子が傷付くんだぞ?俺なら泣き喚く自信があるね。世界の損失!」
大仰に言う俺に、何故か彼女は少し俯いて呟いた。
「……ほんっと……相変わらずなんですから……」
「何が?」
「人たらしって言ってるんです」
「なぜに……」
最近そのワードを言われる事が増えた気がする。全然そんな事はないのに。
この際人たらしがどうのってのは置いといて、ともかくこのままじゃ話は平行線のままだ。
彼女も引き下がる気は無さそうだし、こっちが折れてやるしかないんだが、そうもいかない。
──どうしたものかと腕を組んだ時だった。
「せ、先輩!」
「え?」
バシャッ!と背中を打つ程の水流が俺を襲う。
唐突に背中がびしょ濡れになり、髪の毛もぐっしょりとしている。
「……まじなんなのん……」
俺の足元には水溜りが出来ている。
幸いなのは目の前に居る耶麻さんはほとんど濡れずに済んだ事くらい。
はぁ……凄く面倒な事になりそうな予感。
後ろからクスクスと笑い声が聞こえているしな。
この際スルーして帰ってやっても良いんだけど、耶麻さんの顔色が尋常じゃなく青ざめている。
最近悪い噂ばかり立っている俺への直接的な攻撃かとも思ったが、どうやら標的は俺じゃないらしい。
もう事情なんて聞くまでもなく、耶麻麗華という女の子が、この学校でどういう立場に居るのかを察せてしまう。
……わざわざ人気のないこんな場所にまで付いて来て、耶麻さんの攻勢を散々見た後に俺に水攻めですか。
──振り返ってしまえば終わりだな。
関わる気はなかった。本当に。
マナ達と彼女の関係なんて、今の俺にはどうでも良い事だ。
耶麻麗華に関わって、面倒事に巻き込まれたら、どんな過程を辿ろうと佳南と筑波に必ず怒られる。
今の俺の最優先事項は彼女達なんだ。
彼女達から貰った慈愛に、俺は応えなきゃ──いや、応えたいんだ。
それでも、今、目の前で全身を震わせて、消えてしまいそうな女の子を放っておけるのか?
──気付けば俺の身体は反転し、女子4人組と相対していた。
「ふふっ、性悪女がすり寄る相手にはお似合いの男ね」
「本当!」
「2年のくせにいけてな〜い」
「クッサ」
おい、最後の女、だいぶ傷付くだろ。
一番最初に喋り出したのがこのグループのボスで間違いないだろう。
他の奴らに比べて華があって、いわゆるイケている女には見える。
俺はそいつの方に至近距離まで近づいた。
「ちょ、水かかっ──」
後ずさろうとする女の足元を踏み付ける。
バランスを崩して地面に尻もちをついた彼女を見下ろす。
そして髪先から滴る水滴を、彼女の顔にピチャピチャと垂らしてやる。満面の笑みを伴って。
「これ飲むか、耶麻さんに二度と関わらない、どっちがい〜い〜?」
「ひっ」
ドン引きしている彼女を見て、耶麻さんがボソッと呟いた。
「……先輩……キモ……」
……お前は俺の味方であれよ。
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