お祭りのプロローグ
第三部開幕です!
「……おい、これはどういう事だ?」
俺──高知要──の目の前に、美少女が二人。
「椅子に縛られて当然でしょ?このバ要」
俺をバ要と罵倒する失礼な女は桜庭佳南。
肩の辺りまで伸びたストレートの茶髪で、スカートは短めという、少々ギャルっぽい美少女。
スタイル抜群、頭脳明晰、中身の残念さが無ければ本当にパーフェクト美少女と言って差し支えは無いだろう。
そして、旧生徒会室で椅子に俺を縛り付けたもう一人の女の子が筑波珠奈だ。
彼女は最近段々と威力を増しつつある怖い笑みで俺を見下ろしている……。
「高知君、私達と文化祭で劇に出れないってどういう事か聞かせて欲しいなって言ってるの。質問を質問で返さないで欲しいな」
綺麗な黒髪をややショートめに切り揃え、前髪を目に掛かるくらいで横に流した、可愛らしい普通の女の子。
正直これといった特徴がある訳じゃないが、その優しく、愛らしい雰囲気から男子からの人気は絶大だ。
俺は彼女を心の中で天使と呼んでいる。異論は認めない。筑波は天使。この頃は堕天気味なのが少しだけ気に掛かる所だが……。
さて、この意味の分からない状況に至った経緯だが、事は単純で俺が文化祭で演劇には出れないと言っただけ。
ただその一言の為に昼休み返上でこんな目に遭っている。俺、超可哀想。
大体、何でこの2人はそうまでして俺と劇をやりたいのやら……。
「なぁ、文化祭で劇なんてやっても良い事ないぞ?面倒事が増えるだけだって」
そうぼやいた俺に、豊満な胸の下で腕を組んだ佳南が睨む。
「あんたと一緒だからやりたいんでしょ。言ったじゃん、私は──」
「あー!もう言わんで良い!」
「……何よ。珠奈の前だからって恥ずかしがってるの?」
「ち、違──……わなくもないケド……」
思わず佳南から目を逸らしてしまう。
そう、俺はこいつの気持ちを知っている。
だからさっき何を言いかけたのか、容易に想像出来てしまう。
俺が尻すぼみになった言葉の続きを探していると、筑波が耳元にやって来てそっと囁いた。
「高知君、私も大好きな高知君と一緒に劇やりたいな」
「お、おまっ……!」
「あっ珠奈ずるい!」
ぐんぐんと上昇する体温に釣られて、体をバタバタさている俺の隣の筑波を、佳南が慌てて引き剥がす。
「珠奈……あんた遠慮ってものはないの……?」
お前が言えた事か?それ。
「だって……。佳南ちゃんは良いよね、高知君とキs──」
「おぉぉい!俺の前でする会話じゃないだろう!大体お前らいつの間にそんな情報共有を──」
「あ、要バカ!私そこまではまだ伝えてない!」
「……ふぅん」
「いぃ!?」
つ、筑波のやつカマ掛けやがった……!
「佳南ちゃんの家に行った時?」
「……聞かないでくれませんか」
「位置情報が佳南ちゃんの家だったから、もしやとは思ったけど、まさか本当にしてるとは思わなかったよ」
「……すみません」
「謝る必要はないでしょ?私はまだ高知君の何者でもないんだし」
「……だったら……」
「ん?」
だったらその超怖い笑顔止めてくれませんかねぇ!!
そんで、佳南は佳南で真っ赤になってないで筑波の暴走を止めてくれないかなぁ!!
「……死にたい……」
俺の全身を虚無感が支配した。
死にたくなるようなやり取りだったが……まぁ、見ての通り何故かこの2人の美少女は俺にホの字らしい。
2人からその想いを直接聞かされてもいる。
だが、俺は未だに答えを返せずにいた。
告白をされた夏休みはとうに終わり、俺達の目の前には文化祭という、ラブコメでド定番のイベントに差し掛かろうとしている。いい加減告白の答えを出さないとな……。
俺がうなだれていると、恥ずかしさから立ち直った佳南が「それで」と俺の頭をつついた。
「本当、なんで劇に出れないのよ」
「……かったるいからだよ」
「嘘ね。要が嘘をつく時、どういう態度を取るかくらい、私もう分かっちゃうんだから」
「……無駄に優秀な頭脳をこんな所で活かすなよな……」
「はいー?何か言ったかしらぁ?生徒会長の件もいつの間にか終わってるし、その治りたての右手、もう一回ポッキリイかせてあげても良いんですけどぉ〜?」
「……何でもないです……」
「……やっぱり喋らないか」
「……」
佳南には結局琴色さんとの事ははぐらかしたままだった。何か色々あって解決したみたいだわ、としか伝えてない。
だが右手の怪我も見られており、だいぶ怪しまれている。
俺が一体何をやらかしたのか、それを佳南に伝える事は出来ない。
伝えた後、佳南が俺にどんな反応を示すのか──想像するのも恐ろしいね。
現に、訝しむ佳南の隣にいる筑波は、無表情で俺を見ている。
超怖い笑顔でもなく、怒りの表情でもない。ある意味、あの顔が一番恐ろしいかもしれない。
何を考えているか、一つも分からないんだよ……。
「ねぇ、珠奈も何か言ってやってよ!要ったら何も教えてくんないの!私達の仲なのに!」
「そうだね。聞きたいよね。一体何をやらかしてたのか」
「ひぃ……!」
怖い!怖すぎるよ筑波!!
「な……何もしてねぇって……それに劇に出れないのも俺じゃ役不足だからってだけだし……」
「誤用の方の役不足ね」
「伝わってんならツッコまなくても良いじゃん……。最近じゃこっちが主流だろ?」
「否定はしないけどね」
「さすが学年トップ。博識だわ」
「へへぇ〜」
相変わらず佳南は扱いやすい。
「……はぐらかしたね、高知君」
ボソッと余計な事を言わないで。
「とにかく!俺は劇には出ないし、小道具担当に変えてもらうよう倉橋君には言ってるから、劇の方は任せるよ」
「……んで……」
「え?」
「何でそこまで嫌がるのよ……」
「佳南……」
……冗談のような雰囲気はここまでかもしれない。
いよいよ本気で佳南がしょげだしてしまった。
はぁ……限界、かな……。
夏休みに何があったか教えない、劇に出ない理由も教えないじゃ、無理もあるか。
出来れば言いたくなかったんだけどな……。特に筑波には。でも、仕方ないか……。
「……わぁかったよ……言うよ……」
「! やっぱり事情があるのね!」
「……高知君……」
教えて貰える事に喜ぶ佳南と、また余計な事に巻き込まれようとしているのか、と呆れる筑波の2人に、俺は諦めて伝える事にした。
生徒会長である琴色静音さんからの依頼を──
※
「文化祭でね……カナメ君に依頼が来てるの」
「……依頼……?」
今から数日前の事だ。
うちの高校の生徒会長である琴色さんは、俺に依頼とやらの内容を語った。
「……うちの学校ってさ、毎年1年生の生徒会役員が文化祭の実行委員長を務めるんだけど……」
「はぁ……」
「その補佐役に君が選ばれちゃったの」
「はぁ……!?」
少しだけ色素が抜けて茶色がかった長い髪に、俺とさほど変わらない身長。
氷のような眼差しは健在だが、初めて喋ったあの時よりも少し表情が柔らかくなった、佳南を超えるバストを持ったこれまた美少女。
そんな彼女は意味の分からん事を更に話し続けた。
「例年なら生徒会長である私が補佐しながら実行委員を運営する筈だったんだけど、その子が嫌がっちゃってさ」
「意外と人望ないんだな」
「し、失礼ね。あなたの幼馴染みのせいよ」
「マナが?」
生徒会室の中、琴色さんの隣で澄まし顔を浮かべるのは新京真那芽。
長い純黒の髪を靡かせ、恐ろしい程に端正な顔立ちを持っている。
身に纏った他者を寄せ付けない程のオーラは、孤高という言葉が彼女の為にあるのだと錯覚させる。
そう、孤高であり、ラスボスであり、俺の幼馴染み。
──そして、俺の初恋の女の子。
マナとのあれやこれやを今語るつもりはない。が、最近のこいつは少しばかり様子が変である。
俺の強めの言動や無視で、何故か顔を紅く染め、身悶え始めるのだ。
今まで多くの時間を共にしたが、マナのそんな所を見た事がない。
まぁこいつの為に、俺の矮小な脳のRAMを使うのはもったいない。別に害があるわけでもないから今の所放置している。
さて、そんなマナは俺の疑問の視線に、ぷいっと顔を背けた。
「昔の事よ」
「は?」
「私も詰めが甘かったって事」
「……?」
ますます意味が分からん。
マナに聞いてもまともな答えは得られそうにないので、俺は琴色さんの方に視線を戻した。
「どういう事?」
「あー……言って良いの?」
「別に好きにすれば良いじゃない」
「分かったわ」
何?そんなに話しにくい事なの?
正直あんまり聞きたく無くなって来たのだが、聞かんわけにもいかない。
「で、なんなのん?」
俺が聞き直すと、琴色さんはマナの方を見ながら答えた。
「その子──実行委員長になる子がね、昔マナにいじめられてて……」
「静音、正確に言いなさい。私がそんな小者みたいな事する訳ないでしょ」
「え、1ミリも説得力が無いぞ」
「うるさいわよカナメ」
「何で否定出来るの?俺の顔を見て言ってみろ」
「カナメの顔──虫を見る目じゃない!ひゅぅ……!」
「ほんと何なのこいつ……」
あれだけ鉄面皮だった幼馴染みが、顔を紅く染めて身悶えている。
マナと決別したあの日、俺は何を間違えてしまったのだろうか……。きっと何もかも間違いだらけだったんだろうなぁ……。
こいつは大丈夫だと思ってたのに、何で……何でおかしな方向にぶっ飛んでるの……。
「あー……琴色さん、悪いけどちゃんと説明してくれる……?」
「う、うん。でもそれならもう本人を呼んだ方が早いわね。1年生は今始業式の片付けに行ってるから少し待ってて」
「分かった。てか何なら俺も手伝ってくるよ。佳南達を待たせてるけど仕方ないし、直接聞いてくるよ。体育館で良いか?」
「合ってるわ。ごめんねカナメ君」
申し訳無さそうに言われても正直困る。
悪いけど俺は断るつもりだし。今から本人の所に行くのも直接事情を聞いて、その上できちんと断って諦めてもらうつもりだ。
また何かしらの問題に巻き込まれて、佳南と筑波に怒られるのは勘弁だからな。
「依頼、俺は断るつもりだし悪いと思わなくて大丈夫だよ」
『……』
「な、何だよ2人して……」
何でそんな可哀想な目で見てくるの!?
「カナメは断らないわよ」
「いや、俺は──」
否定しようとしたその言葉を遮って、マナは目を細めた。
俺の本質を理解しているぞ、と言わんばかりの笑みを伴って。
「カナメにとっては誰かを助けるのが”普通”なのでしょう?」
「そんな事は……」
「ふふっ、この私さえ助けようとしたものね」
「……」
「こんな人間を許そうとするのが”普通”な筈ないのにね」
「俺は……!」
「はーい、そこまで!!」
俺がマナに反論しようとすると、琴色さんがパン、と手を叩いた。
「真那芽、カナメ君に突っかからないの。嫉妬するのは分かるけど、もうそういうのは辞めたんでしょう?」
「……ふん」
「嫉妬?」
「実行委員長の子に会えば分かるよ」
琴色さんは困ったように笑いながら、俺の背中を押して生徒会室の出入り口に向かわせた。
「お、押さなくて良いって!」
「こうでもしないと真那芽と喧嘩するでしょ」
「しないって。マナとはもう喧嘩さえする仲じゃない」
「そうね。私達はそんな浅いやり取りなんてする関係じゃないもの」
「あなた達……どの口で言うのよ……」
『見たら分かるだろ(でしょ)』
「揃って口を指さして……本当に仲良しなのね……」
俺とマナはお互いに顔を見合って、そして同じタイミングで逸らした。
「過去の事だよ。俺にはもう向き合うべき人達が居るんだから」
「まだどっちにするか決めてないくせに」
「どっちにって……」
「どっちかにするんじゃないの?片方と付き合って、片方をフッてさ」
「……そう……なんだよな……」
改めて人から言われると、やはり怖じ気づいてしまう。
俺は佳南も筑波も、どちらも傷付けたくない。
どんな選択をしても、必ずどちらかを傷付けてしまう。ならばいっそ両方選ばなければとさえ思うくらいに。
「……なぁ」
「ん?」
俺の呼び掛けに答えたのは琴色さんだった。
「……俺は……どうするべきだと思う……?」
迷って苦しんで、うじうじと悩んで結論を出す訳にはいかない。
そう思って訊ねた質問に、今度はマナが答えた。
「本当に変わったわね。カナメが人に感想を求める事はあっても、答えを委ねるような言葉を口にするなんて」
「誰のせいで変わったと……」
「いいえ、やはり少し違うわね」
「は……?」
マナは先ほどのような笑みを浮かべる事なく、ただ俺の顔を見つめて言った。
「被る仮面を変えただけね。カナメの本質は何も──」
「はいはいはい!そこまでだって言ったでしょ!もう、さっさと行っちゃってカナメ君!」
ぐい、と再び琴色さんは俺の背を押す。
「それじゃカナメ君、麗華の事、よろしくね!」
「え、ちょ、おい!だから俺は断るつも──」
最後まで言い切る前に、琴色さんは生徒会室のドアを閉めた。
ドアが閉まり切る直前、視界の隅に映ったマナは唇だけを動かして無音で言葉を紡いだ。
マナとは昔こうやって読唇術で遊んでいた頃があり、他人のは僅かにだが、俺はマナの唇だけは完璧に読む事が出来る。
彼女は無音でこう伝えてきたいた。
(愛してるわ。私の御主人様)
さっきまで言い合いをしていた相手に愛してるって……。
本当にマナの本心は分からない。
そんな事をしても、もう俺がマナの方に傾く事はあり得ないのに。
あ、言っておくが俺の体温は上がったりしてないぞ。本当だよ?顔も赤くなってないもん。
何故なら、俺の胸中を満たす思いはたった一つなのだから。
そう、それは──
「御主人様って何だ……!?」
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