高知要には悲劇よりもラブコメを
今年の夏は沢山の事があった。
マナとのケリを着け、琴色さんの依頼をこなし、彼女の幼馴染みを再起不能にしたっけ。
プールにも行ったし両手の小指も折って、ほんと何やってんだろうな。
……でも、今の俺にはそれらが霞んでしまっている。
何故かと言うと──
「告白された……それも、二人の女の子からほぼ同時に……」
「わぁ良かったね〜カナメ君」
「……ふんっ」
あの色々あった夏休みを終え、俺達は二学期を迎えていた。
今日はその初日、そして現在俺は生徒会室に厄介になっている。
同席しているのは、琴色さんとマナだ。
俺は興味の無さそうな琴色さんと、不機嫌そうなマナの二人に叫ぶ。
「どうしたら良い!?友達の元カノとクラスで大人気の天使2人から告白されちゃった!これ、どっちかを振ってどっちかと付き合うの!?」
「知らないわよ、私は気分が悪いわ」
「琴色さん!どうすりゃ良い!?俺、どっちも傷付けたくないよぉ!」
「む、無視……!放置プレイ……!」
「いやぁ……あたしに聞かれても……」
俺が頭を抱え込んでいると、琴色さんが「そろそろ本題に入ってもいい?」と切り出した。
「カナメ君、いい加減ここに来た理由を聞きたいんだけど……」
「あー……」
ふざけてしまったが、俺がここに来たのには理由があった。
わざわざ昼休みを潰してまで来たんだからな。
「琴色さん、君のその後を聞きに来たんだよ」
「それは……竜とのって事よね」
「あぁ」
夏休みが終わるまでの2週間、琴色さんと会う時間が無かったからな。
こうして確かめに──いや感想を聞きに来たんだ。
「……竜はもう終わりだよ。自身にも停学、そして野球部も3年間の公式試合出場停止が言い渡されたわ。今日も登校している様子はないわね」
やれやれ、マナの奴どんな風に追い込んだのやら……。
ま、あいつが迎えた結末には正直スッとするものがあるね。
「琴色さんが目の前に居なきゃ高笑いしてやる所なのにな」
「していいわよ。あなたにはその権利がある」
琴色さんは無表情にそう言った。
……そんな顔されて笑えるかよ。ったく……。
俺はバツの悪さを感じながら、頭を掻いた。
「まぁあのゴミ男の事は良いや。琴色さん、君はどうなんだ?少しは気持ちに整理はついたか?」
「……うん。竜との事、真那芽に言われてさ……断ち切れてはないけど……でも……一区切りはついたかなって、そんな感じ」
「一区切りか」
あんな無茶苦茶な事をしてしまって、それでも琴色さんは無事で、そして一旦の決着が出来たのなら、悪くない終わりにはなったのかもしれない。
「なら、君の感想は一つだな」
俺は微笑みながらそう琴色さんに言った。
彼女は同じような表情を作りながら返す。
「クズ男はもう勘弁……!」
そう言う琴色さんの目尻は、僅かに濡れていた。
俺は少し心が痛くなり、目を逸らしてしまう。
結局、俺にはこういう終わりを迎えさせる事しか出来なかった。
方法はもっとあった筈だ。それでも、いつも俺はあぁいうやり方を選んでしまう。
それはたぶん、幼い頃から俺自身がそうしてきたから。
そうしないとあいつが離れて行ってしまう気がしてたから。
でも……もうそんな気持ちを持つ必要はないんだ。いい加減俺も変わらないといけない。
──タイムリミットは近付いている。
俺には向き合うべき人達が出来てしまった。
……ほんの少し前までは、こんな事になるなんて思いもしなかったよ。
俺は僅かな逡巡の後、再び琴色さんの方を向く。
「琴色さん、君の幸せを願ってるよ」
「まるで振った相手に掛ける言葉みたい」
「言われてみればそうだな……」
「なら、元カノではない、元協力者としての感想をもう少しだけ──」
「え……?」
琴色さんは少しだけ目を伏せて言った。
「……カナメ君、あなたには助けられたわ。本当にありがとう……。だけど……カナメ君……あんなやり方、無茶過ぎだよ……。一歩間違えばカナメ君まで……!」
「ははっ、俺にはああいうやり方しか出来ないんだ。それに……もう十分怒られた後だよ。どっかの誰かのせいでな」
俺がマナの方を睨むと、少し頬を赤らめた後「良いじゃない」と言った。
「おかげで告白されたんでしょう?」
「あれは……」
さっきは冗談めかして言ったが、筑波からの告白は、正確に言えば──いや、マナに言う必要はないか。
「……片付けなきゃいけない問題はまだまだ沢山あるな」
筑波には返事を保留にしてもらっている。
今日は1日普通に過ごしていたが、あれから結構な時間が経ってる。遅くても今月中には返事をしないとな。
俺が悩んでいると、マナが相槌を打った。
「そうね。直近で言えば文化祭かしら」
「あぁもうそんな時期か」
文化祭か。
去年はなにしたっけなぁ……。興味無さすぎて覚えてねーや。
「今年も無事に終わると良いね」
「私達なら大丈夫でしょう」
「そうだね」
この二人のやり取りが自然で、俺はつい微笑んでしまう。
そうだよ、マナにずっと必要だったのはこういう、ごく普通な会話が出来る友人だったんだ。
マナは孤高で完璧で、誰もが羨望の眼差しを向けていた。
良かったな、マナ。この結末を見れたおかげで、マナへの想いが薄れていくのを感じる。
いずれ俺達は幼馴染みでも友達でもなく、ただの知人になるだろう。
それはある意味で他人よりも遠い関係だ。
俺が望んだ過程の末だ。
「……罪悪感だけはまだ残ってるけどな」
「カナメ?何か言ったかしら?」
「いんにゃ何も!それより、俺はそろそろ行くよ。二人をまたせてるし」
俺はカバンを持って生徒会室を出ようとした。
すると、琴色さんが俺の首根っこを捕まえた。
「待って」
「ぐえっ」
「あ、ごめん」
結構勢い良く首が締まる。
俺は軽く咳払いをしながら、琴色さんに視線を向ける。
「痛いんすけど……」
「私は私で君を訪ねようと思ってたから。丁度良いから今済ませるわ」
「え、なんなのん?」
琴色さんは俺の目の前で制服を正すと、唐突に姿勢を落とした。
そして頭を床に──
「ちょ、お、おい!止めてくれ!」
「あなたには多くの迷惑を掛けてしまったわ……。協力者同士なんて言っておきながら、私があなたに出来た事は、あの旧生徒会室を守るだけ。どうか、私に償いをさせて欲しいの」
「わ、分かったから止めてくれ!俺はそんな事をして欲しくて君を助けた訳じゃない!」
「……そう……でしょうね」
琴色さんは俺が差し出した手を受け取って、ようやく立ち上がってくれた。
「償いも必要ない。あれは俺が勝手にやった事だ。君の気持ちを何一つ考慮せずあの男から引き離したんだぞ」
「その結果あたしは救われた。まだ初恋は引きずってるけど、前を向けたのは全部カナメ君のおかげだもの。なのに……カナメ君は傷付くばかりで何も得られてない……その右手だって……」
俺は固定具に包まれた右手の小指を見た。
これは勝手をやらかした俺に与えられた天からの──女神と天使からの罰だ。
それに俺個人として損ばかりだった訳じゃない。
「大丈夫だよ。俺は俺で得たものはちゃんとある」
「本当……?」
「あぁ、誓って嘘じゃない」
そう言ってマナの方を見た。
マナは興味無さそうに俺達のやり取りを見ているが、きっと俺の言いたい事は理解しているんだろう。
「大体最初の報酬はちゃんと貰ってるんだし、それ以上を望むのは変だろう?」
「変じゃないと思うけど……でも、カナメ君がそう言うなら分かった……もう何も言わない」
「それで良いんだよ。早く良い男見つけろよ」
「……全く。君、人たらしって言われない?」
「どうだったかな。少なくとも女の子から言われたのは初めてだよ」
「……嘘つきね」
ボソッと呟くように言ったのはマナだった。
別に嘘じゃないのに。事実そんな事を言ってきたのは倉橋君だけだし。サイテーって言葉がついてたけど。
「琴色さん、君の用は以上か?」
「ううん……もう1つあるの」
琴色さんは言いにくそうな顔をしながら俺から目線を逸らした。
「文化祭でね……カナメ君に依頼が来てるの」
「……依頼……?」
すこぶる嫌な予感が俺の全身を駆け巡った。
※
次の日。
二学期が始まって2日目からは、通常授業に戻り、気だるい毎日がいよいよ幕を開けていた。
そんな日の6限目。
「文化祭の催し物を決めようと思うんだけど何か意見のある人いる〜?」
教壇に手を付いて、クラス中にそう声を掛けたのは倉橋君だ。
クラス委員の制度が無いうちの学校で、文化祭についてのまとめ役に彼が抜擢されていた。
さすがというべきか何と言うか。相変わらず人気者なこって。
ちなみに、担任は「後はご自由に〜」と言って教室の隅で寝始めやがった。あんたが一番自由だぞ。
「高知君、何かやりたい事ないの?」
隣の席から話し掛けてきた筑波に、俺はイスを半分倒しながら答える。
「そんなのある訳ないだろー。かったるい物じゃなかったら何でも良いや。筑波は何かないのか?」
「うーん……皆が楽しめるものなら何でも良いかな」
告白の返事を先延ばしにし、それでも俺達は普通に会話が出来ていた。
だからつい、いつもの調子で返してしまう。
「さすが俺の天使。何てお優しいんだ」
「そうだよ。高知君だけのね」
「!?」
誰にも聞こえない声量で耳元にそう囁いた筑波は、真っ赤になった俺を見てニヤリと笑う。
「何?どうしたの?」
「お、お前な……!」
「なぁに?」
──ガタンッ!!
誰の視界にも入ってないであろうやり取りに、クラスでただ1人だけが反応を示した。
「珠奈……!」
唐突に立ち上がりこちらを見ているのは佳南だった。
「え、えぇっと……どうかした……?か──桜庭さん……?」
クラスの視線を一斉に受け、さすがに指摘せずにいられなかったのだろう、倉橋君が佳南に声を掛ける。
色々と問題のあった佳南が目立つ事をするもんだから、クラス中からひそひそと話し声が上がる。
佳南もそれ以上事を荒立てはせずに大人しく席に着いた。
「……ごめんなさい。大丈夫です」
「そ、そっか。それなら良かった……」
ぎこちないやり取りを終え、倉橋君は先ほどの文化祭の催し物について話題を戻した。
何やら色々と話し合いをしているみたいだが、俺の耳には一切入って来ない。
何故なら俺はお隣の天使様に釘付けになっているからだ。
これはまずい。ひじょ〜にまずい。
筑波の奴め……本気だ。本気で俺を落とすつもりだ……!
その証拠に、チラチラとこちらを見ては妖艶な笑みを向けてくる。
細くしなやかな指先で、サラサラの髪を耳に掛け、話をする訳でもないのに目線を合わせて来やがる。
ずるい、ずるすぎるぞ筑波……!
お前にそんな事されて意識しない男なんて居る訳ないだろう……!
「──えーっと、後は要君からの意見なんだけど何かある?」
「えぇ!?なんだ意見って!俺は今それどころじゃないんだ!」
急に名前を呼ばれた俺は、呼び掛けてきた張本人に罵声を浴びせた。
今度は俺が悪目立ちしてしまう。
「君聞いてなかったの!?今クラス1人ずつから意見を募ってるの!隣の筑波さんも言ってくれてるよ?」
「なら筑波と同じ意見で良いよ!二度と俺に話し掛けて来んなよ!!」
「最近僕の扱い雑すぎない!?ねぇ!?」
当たり前だろ。何を言ってるんだこいつは。
「文化祭成功の成否を決める話し合いだっていうのに……」
「ほら、高知君のせいで倉橋君が拗ねちゃったよ?」
「だ、誰のせいだと……」
「え〜?」
「っ!」
筑波は誰にも見えないように俺の小指に手を触れた。
そう、まだ固定具が巻かれた右手の小指を。
「告白も待たされて、いっぱい心配させられて……私のほんの少しもイタズラも許してくれないの……?」
「……すみませんでした」
「ふふっ、いい子です」
駄目だ。可愛すぎるぞ。マジ天使。
俺が一人召されていると、壇上の倉橋君が半目で俺達の方を見て言う。
「じゃ、皆もう本人の了承も得られたし筑波さんの意見を採用で良いかな?」
クラスメイト達はそう訪ねられると、首を縦に振る。
おぉ、何だか知らんが筑波の意見が通ったらしい。
うむ。さすが俺の──
「それでは要君主演の演劇で。演目はハムレットだね」
「はぁ!?」
ちょっと待て!あいつ今何て言った!?
主演!?俺が!?
「お、おいふざけんな!無理だぞ!?俺は普通に──」
「テキトーにやり過ごしたかったのなら、ちゃんと話を聞いとけば良かったんだよ。自業自得さ」
「なっ……!」
は、ハメられた……!
俺はすかさず筑波の方を見る。
すると、チロっと舌を出して、イタズラに成功した小悪魔みたいな顔を作る。
「つ、筑波……!やってくれたな……!」
「高知君が悪いんだよ。因果応報。復讐するなら私を舞台で、ね」
「お前がレアティーズなのか……」
「なら私がオフィーリアね」
「佳南さん!?」
俺が筑波を睨んでいると、視界の外から佳南が俺の腕を取った。
クラス全員に見せ付けるように、強く。
おかげで胸の感触がはっきり伝わって、俺の脳がそろそろ限界を迎え始めている。
「珠奈、答えを出したんだね」
「そうだね……もう迷う事だけはしないよ」
2人は俺を挟んで、何故か笑い合っている。
そんな俺達を見て、倉橋君が茶化すように笑う。
「成否の鍵は要君の気持ちみたいだね」
「ふ……ふざけんなよ……!俺はマジ無理なんだっつーの……!」
「ま、逃げられるなら逃げれば良いよ。僕らも面倒事を君達に押し付けられるならそれが良いしね」
「お、お前らな……!!」
クラスメイト全員が敵に見えた。
誰も俺を助けようとしない。
……これが好き勝手やってきた罰なのか……?
結構悲観してたけど、何だかんだで俺、結構頑張ったよね!?なのに報いがこれ!?骨折だってしたってのに!
それに、クラスからハブられてる筈の佳南を舞台に立たせるくらい、お前ら劇に出たくないのかよ。
普通皆でわいわい作り上げてくんじゃないのん?まぁそんなのは創作の中だけか。悲しくもこれが現実……。
「要、さっさと覚悟を決めなさい」
「高知君、私達の言いたい事分かるよね?」
身震いする程に、有無を言わせない2人の霊圧。
俺が思わず後ずさろうとすると、ずっと静観を決め込んでいた七宮さんがボソッと呟いた。
「……ほんと、倉橋君に迷惑ばかり掛けて……」
「おい!聞こえてんぞ!?迷惑掛けられてんのはこっちなんだ、ふざけんな!」
「あら。つい」
うん。やっぱり敵しかいねぇ。
決めた、こいつら全員にいつか最低1回ずつは痛い目見せてやる。
「さ、要やるわよ」
「高知君」
「お、俺には他にやる事が──ひゃう!」
佳南が俺の腕のホールドをさらに強める。
そして筑波は誰にも気付かれないように、上目遣いで熱い視線を向けている。
何だ?これから始まるのはラブコメか?ラブコメなのか!?
文化祭成功を賭けた、ラブコメだと言うのか!?
「あぁ、なんと呪われた因果か……」
「失礼だよ高知君。愛の因果だもん」
「私が要に掛ける呪いは、言わなくても分かるよね♡」
「……どういう事かな?高知君」
「ん?ていうか愛の因果って何?あんた、珠奈と何があったか、ちゃんと教えなさい」
「そ、それを言うなら佳南ちゃんとの事だって……!」
「勘弁してくれ……」
『ダメ!』
──愛と青春の文化祭が、今、始まろうとしている。
お読み下さりありがとうございます!
今回で第二部完となります!
だいぶ時間が掛かってしまいましたが……次回から第三部、文化祭編でございます。
続編を出すか悩んだのですが、ずっと追い続けて下さっている読者の皆様の為にも、もう少し頑張ろうと思います!
ぜひ引き続き応援よろしくお願いします!
続きが気になる、面白い。
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