白いワンピースの女の子
倉橋君は真剣な面持ちで玄関先の俺を呼び止めた。
「遅いのにごめんよ。でもどうしてもちょっと……さ」
「いや良いけど……どったん?」
マナも既に家に戻り、ここには俺と倉橋君の二人だけだ。
右手がズキズキと痛むし、出来れば早く帰りたいんだけど……。
俺が右手を抑えながら待っていると、倉橋君は少し視線を強めて言った。
「今日の事、やっぱり二人に伝えようと思う」
「!」
倉橋君の言う二人ってのは間違いなく佳南と筑波の事だろう。
「……なんで?」
「君が二人に叱られるべきだからだよ。あんなやり方……認めるわけにはいかない」
「全部が終わった後に言うんだな」
「君こそ、あの建物に入る前にろくに説明もしなかったろ。とにかく琴色さんの傍にいてくれってさ」
倉橋君は苦しそうな顔をして続けた。
「あんなの……君ばかりが辛い目にあって……それにその怪我、あの二人に隠し通せるのかい?」
「それを言うなら倉橋君は佳南と喋れるのかよ」
「君は話をずらすのが本当に上手だね。要君に心配されずともきちんと伝えるさ」
「……そうかよ」
さてどうしたものか……。
今回の件が佳南や筑波に知られた時の事なんて考えたくもない。
特に筑波。あいつの本気で怒ってるとこはもう二度と見たくない。
二人に怒られた時の約束を見事に破ってしまった訳だし。
「あのさー……やっぱ黙っててくんない?怪我は別の言い訳考えるし、ほら、倉橋君と俺の仲じゃないか!」
俺は満面の笑みでそう言った。
「……なんて都合の良い……。そんなにあの二人に怒られるのが怖いのかい?」
「怖いさ」
即答した。
考えなくたって傷付けるって分かってるから。
「だったら何であんな事を──」
「言ったろ。俺と似てたからって」
「それだけであの二人が傷付く選択をしたのかい?」
それは少しだけ怒気を孕んだ声だった。
人の為に怒れる、本当に主人公みたいな奴だよ、お前は。
俺だって怒れるけど、それはいつだって自分の為だったり、どこかに邪な考えがある。
……やっぱり俺はお前が羨ましいよ。
「俺に琴色さんを見捨てる選択肢は無かった。そんであぁすればマナの事とか色々全部解決出来ると思った。佳南と筑波の事を考えてる場合じゃなかったんだ」
「確かに琴色さんにとっては上々の終わり方だろうけど──」
「倉橋君、全部俺の自己満足だよ。それにお前を巻き込んで悪かった。でもある意味お前を信用したんだ。それで納得してくれ」
倉橋君は苦虫を噛み潰したような顔をした後、踵を返して視線だけを俺に向けた。
「……貸し一つだよ」
「高い貸しになりそうだな」
「全く……この人たらしめ」
「……何だそりゃ」
「サイテーだって事。もう僕は帰るよ……時間を取らせてごめんね」
俺は首を横に振った後、「ありがとな」と言って立ち去る倉橋君の背を眺めた。
彼の姿見が見えなくなってから玄関のドアを開け、バタンと扉を閉めてから右手を抑えてうずくまった。
「痛ってぇ……」
長い、本当に長い1日だった。
俺の脳裏に過るのは煩わしい今後の事ばかりだ。
琴色さんの事、右手の事、そして佳南と筑波の事。
あの二人と会う予定はまだ立てていないが、バッタリ出くわさないとも限らない。
くたくたになった体をベッドに沈ませて、何度も思考を巡らせるが良案は出てこない。
気が付くと俺は夢の世界の住人となっていた。
──何故かそれはとても悲しい夢だった気がする。
※
明くる朝。
「……通院を辞めた次の日に反対の手を怪我して来た方は初めてです」
「……すんません……」
最早常連となりつつある病院のお医者さんに半目で睨まれながら診察を終えた。
診察を終えてすぐにバイト先の店長に連絡をすると、とりあえずお馴染みの固定器具が外れるまでは休みを頂く事となった。
つまり、
「暇だなぁ……」
夏休みが終わるまで残り二週間ほど、たった一度の出勤でアルバイトが終了してしまった。
せっかくいっぱい稼いでやろうと思ってたのに……。これが天罰ってやつか?
ため息を吐きながら炎天下の中、自宅へ帰っていると目の前にどこか見覚えのある顔が見えてきた。
丁度あのオオヤマという公園の前だ。
「……筑波……?」
白いワンピースで身を包んだ、これまた白色の帽子を深く被った少女。
うん、清楚な雰囲気を纏ったこのお方は間違いなく筑波だろう。
だが彼女は帽子で視線を隠し、俺の問い掛けに答える事はない。
その代わり、彼女はすっと自分のスマホを俺に向け、あの怖~い笑顔でようやく顔を合わせてくれた。
「高知君、どこ行ってたの?ねぇ、また整形外科行ってなかった?昨日治ったって言ってたよね?何かまた怪我するような事でもしたの?」
「……え、えっとぉ~……」
ヤバいヤバいヤバい!!
これはあれだ!
あと、ほんの僅かでも地雷に触れようもんなら確実に死ぬっ!!
俺の脳内コンピュータは恐ろしい速度で回転を開始し、この状況を突破する素晴らしい発言を唇へと伝えた。
「左手だけだとバランスが悪いから右手も折ってみました。てへ♡」
「高知君、何考えてるか知らないけどもう取り返しがつかないくらい怒ってるの分からない?」
「……そ、それはまたどうして……」
筑波の顔から段々と笑顔が消えていく。
おい、まさか倉橋君裏切っ──
筑波はスマホの画面をタタっと操作して切り替えた画面を映し出した。
「これ、新京さんから送られて来たよ。昨日何があったかたっぷり教えて貰える?」
「ゲッ」
そこには俺が赤羽にキスをしている映像がバッチリと録画されており、続いて俺が水原にぶん殴られている瞬間までも……。
筑波は俺の右腕に視線を向けた後、眉間にシワを寄せて言った。
「高知君その手じゃバイトも無いよね。今すぐ一緒にうちに来て下さい。言っておくけど拒否はさせません」
「はい……」
俺は左手を筑波に掴まれて、大人しく筑波家へ御用となった。
あぁ……俺は間違えたのだ。
真に口止めをする相手は倉橋はじゃなかった。
なぁーにが"その二人に近付いた瞬間襲われる"だ。
お前筑波と連絡先交換してんじゃねぇか!!
あれか、お前が筑波を追い詰めてた時か!?
「畜生……」
「今日は帰れると思わないでね」
「やだ卑猥だわ」
「佳南ちゃんにも教えようかなぁ」
「お願いします勘弁して下さい」
次回
高知 死す
お読み下さりありがとうございます!
お待たせして申し訳ありませんm(_ _)m
またぼちぼち更新していきます!
それと私、異世界恋愛にチャレンジしてみましたので、もしお時間のある方がいらっしゃればこちらも併せてよろしくお願いします!
短編でタイトルが、
『拝啓十年前の私、その婚約者は浮気王子です。結婚は溺愛して下さる公爵様にしなさい。』
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