友達
なんだ……どういう状況だ……?
華麗に登場したのに水原も琴色さんも固まりやがって……。
「あの……もしかして俺スベってる……?」
琴色さんは無言で頷いた。畜生!
妙に背中が熱い……。
「……てめぇ何のつもりだ……!?」
俺が一人ピエロを演じていると、水原がわけが分からないといった表情で俺を睨んでいる。
俺はポリポリと頭を掻いて、飄々と言った。
「いや見たら分かるだろ?琴色さんを助けに来たんだよ」
「茜さんがお前にここを教えたのか……!?」
へぇ、意外に頭が回るみたいで。
「そうだよ。あのクソビッチも俺のすぐ後ろに居るよ」
俺が親指で後ろを差すと、赤羽は恐る恐る俺の背後から姿を現した。
「ご、ごめん竜……」
「チッ……お前は何がしてぇんだよ……!!」
それは赤羽ではなく俺に向けられた言葉だった。
俺は水原に一歩近付いて質問に答えてやる事にした。
「だぁかぁらぁ……言ってんじゃん。琴色さんを助けに来たんだって。好感度MAXの幼馴染みを抱けないからってサイテーな手段に出るクズ男からさ」
煽るようにそう言ってやると、水原は俺の胸ぐらを掴み、血走った目を向けた。
「殺すぞ……!!」
こいつの理性をあとほんのちょっとでも外してやれば、たぶん俺はボコボコにされる。
さて、どうやってそれを実行するかだが。
ただ煽り倒しただけじゃ琴色さん──と言うか俺が納得出来ない。
かと言ってただの喧嘩では勝ち目はない。
俺を掴む腕は高校生とは思えないほど太く、胸板だって恐ろしく分厚い。
今じゃ二年で野球部の主将を務めるような実力とカリスマ性を持ったヤツだ。
まさしく俺とは正反対の人間。
……だから、こいつに痛い目を見させてやるならこれしかない。
本当はやりたくないんだけどなぁ……。
俺は軽く体を浮かせられながら、水原に笑みを向けた。
「お前さっ……独占欲が強いんだって……!?だから思い通りにならない琴色さんが気に入らないんだろ……!」
「あぁ……!?なんだお前……やっぱ静音に気があんのか!?」
俺は的外れな言葉を口にした水原の胸ぐらを掴み返した。
「気はねぇよ……!だけど……俺には琴色さんの気持ちが分かる……!!琴色さんはな、お前が大好きだったんだよ……!!なのにっ……お前は自分の思い通りにならないからってその気持ちを踏みにじったんだ……!!許せるもんかよ、でも……それでも琴色さんはお前を許したいんだっ……なのに、こんなことしやがって……!!」
俺の投げ掛けた言葉に、琴色さんは涙を流していた。
その涙に込められた想いが俺にはよく分かる。
琴色さんは1年もの長い時間苦しんだんだ。
一度は他の人を好きになって消そうとする程強い想いにな。
だからこいつには同じ目に遇わせてやる……!!
本当に佳南と筑波が居なくて良かった。
居たら絶対こんなやり方お許しが出ない。
そう……俺が出来るのはいつだって卑怯で、同情を誘い、後味の悪いやり方だ──
俺は無理矢理水原の手を払いのけ、赤羽の元へ駆け寄った。
「お前さ、自分のものだと思ってた女取られた事あるか?お前が琴色さんにやったのと同じように……!」
「はぁ……!?何を言ってやがる!?」
「ここにお前のものなんて一つもねぇって事だよ──」
こんなのに大して意味は無いって分かってる。
これはあくまでもエサだ。
食い付く保障は無いが、散々煽られて心穏やかじゃないこいつにはきっと効くだろう。
俺は赤羽の肩を抱き、強く引き寄せた。
そして耳元で小さく囁く。
「本気で嫌なら避けろ」
「かー君にうちが必要なら良いよ♡」
「……クソビッチが──」
赤羽はそっと瞳を閉じた。
そのまま俺は水原の目の前で赤羽の唇を奪う。
彼女の唇は佳南よりも厚く柔らかかった。
艶かしい吐息を漏らし、蕩けるような眼差しを見せる赤羽は妖艶と言う他無い。
……だけど、何故だろう。
佳南の時のような頭から離れなくなるような強い衝動は無かった。
「カナメ君……!?」
俺の奇行と言って差し支えない行為に、琴色さんが頬を赤くして驚いている。
だが水原はそんなうぶな反応は示さなかった。
どうやら一瞬固まって、起こった事態を頭で整理しようとしているみたいだ。
水原は俺と赤羽の唇が離れる前に右腕を伸ばして、俺の体を赤羽から引き剥がした。
そしてそのまま俺の右頬の殴り飛ばした。
「ぐぼぉっ!!」
「てめぇだけは殺してやる……!!」
うげぇ……口ん中血の味がする……。
痛ってぇ……だけど──
「釣れた……!」
「あぁっ!?」
俺のその言葉と共に、真横からマナと倉橋君が姿を現した。
「そこまでよ。あなた、それ以上カナメに手を出すなら今撮った映像を学校に提出して問題にするわよ。当然野球部も連帯責任、来年以降野球が出来たら良いわね?」
「て、てめぇは副会長……!?」
マナは丁度俺が殴られた瞬間だけを撮影したのか、ピンポイントでそこだけをリピート再生させている。
綺麗に俺の顔は映らず、水原のご尊顔だけがバッチリ撮影されている。
さすがお器用な事で。
スマホを見せ付けられた水原は動揺を隠しきれず、冷や汗を流し始めた。
「な、何なんだよてめぇらは……何がしてぇんだよ……!!!」
「倉橋君──」
俺が水原を無視して倉橋君を呼ぶと、彼はさっと琴色さんの隣に寄り添った。
未だ事情が飲み込めていないのか、隣に倉橋君が居るのにそれに気付いていないようだ。
ちなみに俺は倒れながらずっと赤羽に腕を取られている。
佳南に及ばないながら豊満な胸が俺を強く刺激中だ。
そう、水原が所有していた女達が別の男に奪われるかのように。
俺は痛む頬を抑えながら水原を睨む。
「今どんな気分だ……!?自分の所有物だと思ってた女が取られてよ!琴色さんが味わった苦痛がちょっとは理解出来たか……!?」
「……てめぇ……」
水原は、最早顔の原型を留めない程に顔を歪めた。
奴が次に視線を向けたのは赤羽だ。
「……茜さん……俺を裏切んのか……?」
「……竜よりかー君の方がうちを大事にしてくれそうだなって思っただけ。竜も元カレよりはマシってだけだったし」
「俺は茜さんの事──」
「何度も言ってんじゃん。うち竜の彼女じゃないって」
「……そうかよ……」
水原はそのまま翻り、今度は琴色さんを見下ろした。
「静音……これは全部お前の作戦か……?」
「ち、違うっ……!これはカナメ君達があたしを想って──」
「っつー事はもやし……やっぱてめぇが俺を嵌めたんだな……?」
再び俺の方に向き直った水原は一歩俺に近付いた。
何か危機感をかんじたのか、マナが警告を流す。
「止まりなさい。あなた、本気で人生を棒に振るわよ」
「知った事かよ。もやし……てめぇだけは殺す……!!」
「ま、待ちな──」
マナが本気で焦った表情で俺に向かって走って来る。
しかし、一足早く水原は俺の胸ぐらを掴み上げ、みぞおちの辺りに強烈な蹴りをくれやがった。
格闘技の経験など無い俺はかわす事も出来ず、後ろにあった鉄の板に右手を付いた。
その時だ。
──パキン。と、骨が綺麗な音を響かせた。
「ぎゃぁあああーーー!!!」
おぉぉぉ……指がぁぁ……また小指がぁぁぁ……!!!
俺の悲鳴を聞いた水原は嬉しそうにニヤリと笑う。
「良いぜぇそのままぶっ殺してやる──」
「竜……!!」
「止めなさい竜!!」
琴色さんや赤羽の制止の声も虚しく、水原の右腕は容赦なく俺の眼前へ振り下ろされる。
しかし、
「救えないわ。あなた」
「はぁっ……!?」
俺に拳が届く事はなく、マナの鮮やかな回し蹴りが水原の顎先を捉えた。
「っ……!!!」
水原はそのまま言葉にならない声を上げ、地面に倒れ込んだ。
脳天を揺らしたのか……?
「お前……無茶苦茶強ぇな……」
「うるさいわよ。良いから手を見せて」
「あ、あぁ……」
マナは何故かしかめっ面で俺の元へ駆け寄った。
「……まず折れてるわね。天罰だわ」
「仕方ないだろ。こいつに痛い目見せるにはあぁするしか無かったんだから」
「……私だってまだキスした事無いのに……」
「え?何か言った?」
「……何も」
凄く不機嫌そうに立ち上がったマナは、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
はぁ……かなり痛い思いをしたが、一件落着か……?
とりあえず水原が起きるまでだが……。
「赤羽先輩……こいつ、後頼んで良いか?」
「もう一回キスしてくれたら良いよん♡」
「……また今度ね」
「ほんと!?約束ね!」
……返事はしないでおこう。
俺は痛む体を起こし、倉橋君に抱き抱えられている琴色さんの方に向かった。
呆然とする彼女は倉橋君の腕の中で俺を見上げた。
「カナメ君……ねぇ……これ、一体なんなの……?」
「見ての通りだよ。君の幼馴染みに痛い目見せてやったの」
「……あたし、そんな事頼んでない……あたしはあのまま竜に──」
「良いようにされても構わなかった?倉橋君の腕の中でそう言えるなら言ってみろよ」
「……っ!」
倉橋君が困ったように琴色さんに笑い掛けた。
琴色さんは目の端に涙を浮かべ「それでもっ」と言った。
「それでもじゃないよ。琴色さん、助けてって言ったろ」
「そ、それは……」
「もう……無理しなくて良いんだよ」
俺は琴色さんの目の前でしゃがみ込んだ。
「……君の気持ちは痛い程に解るよ。だけどな……こいつは変わらないタイプの人間だ。今回の事でよく分かったろ?君の幼馴染みは──」
「分かってる……分かってるわよ……!!竜は正真正銘のクズだよ……!!カナメ君があの女とキスしてるのを、愕然と見てる竜には正直スカっとした……!!だけど──」
消えない、消せない想いなんだろう。
よく解る。俺もそうだから。
「好きなのっ……!!おかしいのは分かってるけど、もうどうしようもないくらい好きなのっ……!!あたしを助けてくれるならカナメ君がこの気持ちを消してよ!!こんな事した責任を取ってよぉ……!!!」
俺は琴色さんの肩に手を置いて、首を横に振った。
「水原の代わりに誰かを好きになるなんてやり方じゃ君は変われないぞ」
「……!」
佳南がそうしようとしたように。
「諦めろとも、消せとも言わないよ。初恋は呪いだからな……。それでも、いつかきっと全てを上書きしてくれるような人が現れる。だから、初恋に囚われるのはもう辞めよう?」
「いつかじゃ無理だよ……今、今この気持ちを上書きしてくれなきゃ無理なの……!」
琴色さんは力無く、地面を叩いた。
倉橋君と目が合ったが、彼は静かに首を横に振った。
倉橋君に出来るのは今優しく抱き締めてやる所まで。
こいつにはこいつで想い人が居るしな。
だけど倉橋君のおかげで琴色さんが暴れる事はなかった。期待通りだよ。
俺は琴色さんに再び優しく語り掛ける。
「……俺達の協力関係はまだ続いてるか?」
「……あたしは終わったつもりだった」
「なら俺が継続して欲しいって言ったら続けてくれるか?」
「まぁ……イイケド」
琴色さんはもう放っておいて欲しいのか、俺の顔も見ずに答えた。
すぐ視線を戻してやるよ──
「なら俺から最後のお願いだ。マナと友達になってやって欲しい」
「え……!?」
「カナメ……?」
俺は立ち上がり、琴色さんにニッと笑みを向ける。
「マナはさ、手の掛かる奴なんだ。クールな振りして暴走するような奴だし。俺とマナの関係は知ってるだろ?俺はこれ以上こいつに踏み入れないんだ。だから頼むよ」
「……あたしは……友達になりたいと思ってるけど……」
「マナ、良いよな?」
俺がそう呼び掛けると、マナは腕を組んでぷいっと顔を背けた。
「……別に構わないけれど」
「なら決まりだ!琴色さん、こいつの相手は大変だぞ!しょげてる暇なんて無いくらいにな!」
「そ、それは良く知ってるけど……仕事は凄く出来るのに変なとこ抜けて──」
「静音?」
「は、はは……」
苦笑ではあるが、ようやく笑み見せてくれた琴色さんにほっとしてしまう。
「やっぱり、琴色さんは可愛いよ」
「へっ……?」
「な、倉橋君もそう思うだろ?」
「そうだね。琴色さんの想いに答えられなかった事を後悔しそうになるくらいにね」
「も、もう二人ともなんなのよ……!」
「あんなクズは忘れて俺達みたいなイケメンを見付けろって事!」
琴色さんはじと目で俺を見た後、倉橋君と見比べて優しく微笑んだ。
「ま、まぁ……カナメ君もマシな方だと思うよ」
「……泣きそう」
「うちはかー君ドタイプだよ♡」
「わ、私も──」
「お前らに言われても嬉しくねぇ」
「ぶーぶー」
「……~っん……!」
こうして初バイト当日の長い1日は終わった。
帰り際に琴色さんは倉橋君に告白をした際の謝罪をし、赤羽は水原を抱き抱え家へと連れ帰った。
あと、今度は右の小指が超痛てぇ。
……結局俺がした事は自分の憂さ晴らしとただのお節介だった訳だ。
琴色さんの心が救えた訳でも無いし、水原との因縁が消えた訳でもない。
だが、またあいつが何かやらかすなら抑止力はあるし、マナが動画を持っているのなら考えるのも恐ろしい結末があいつに待っていてもおかしくはない。南無。
ただ一つ変わった事と言えば、マナに友達が出来た事。
マナにとっては人生で初めての事だろう。
どうか頼むよ琴色さん。
俺の幼馴染みを救ってやってくれ。
あいつに必要なのは恋人でも、幼馴染みでも無いんだ。
そうすれば、マナもきっと普通に──なれ……たら良いな……。
そうそう、帰りしなと言えば俺、家に入る直前に倉橋君に少しだけ呼び止められたんだ。
「要君、今日の事……少しだけ話したい事があるんだ。もう少しだけ良いかい?」
「え?良いけど……」
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