たまには主人公にも脚光を
「……ほんとに来たんだ……」
あれから更に10分ほど走った所に水原の家は存在した。
俺達が赤羽に連絡を入れると、彼女はすぐに玄関からひょこっと顔を見せた。
肩で息をしている俺は、汗を拭いながら赤羽に水原の居場所を聞く。
「そりゃ……来るさっ……ってか……あいつは……!?」
「竜はまだ帰って来てないよ。竜は──」
赤羽は奴の居場所を知ってるのか、遠くを見据えて指を差した。
「あっち……。人気の無い広場があるとこだよ。竜はあそこでするのが好きだから」
「案内してくれ……!」
「あたしも呼ばれたから良いけど……い、行ってどうするの?」
俺は膝の上に手をついて、赤羽の視線は先を追った。
「あのクズにざまぁしてやんだよ……!!」
「はぁ……!?」
※
カナメ君と真那芽から逃げるように自転車を走らせて15分程の時間が経った。
あたしは竜が指定した、コンクリートで出来た倉庫のような建物が建つ、殺風景な広場を訪れていた。
広場の入口に自転車を止め、乱れた髪に手櫛を入れる。
翻りそうになっていたスカートもシワを伸ばしながら整えた。
竜が好きな……好きだと言ってくれたミニスカートに足を通したのは本当に久しぶりだ。
……いきなり電話が来て、謝られて……会いたいと言われてノコノコやって来ちゃって……。
短い時間で出来る限り喜んで貰える見た目を考えてさ、あたしは自分がバカだと思う。
だって竜が本気であんな謝罪するわけないもん。
真那芽に言われた、良いように利用されるっていうのも理解してる。
それでも私はここへやって来た。
もしも竜が本当に改心してくれていたらって期待して。
倉橋君が好きだった気持ちも誓って嘘じゃない。
あの人の隣に居れたら絶対幸せだったと思う。
その気持ちは先走ったあたしのせいで届く事は無かったけれども。
……そりゃ届く訳ないよ。
どれだけ取り繕った所で、あたしがあたしの復讐心の為に倉橋君を利用しようとしたのは間違いないもの。
また倉橋君とお話出来る機会があれば、必ず謝ろう。
いきなりキスなんかしてしまってごめんなさないって。
そしてあたしには申し訳ないと思う人がもう一人──
「カナメ君、ごめんね……」
誰も居ないこの場所で小さく呟いた。
あたしのお願いをきちんと叶えてくれたカナメ君。
誰も近寄れないあの真那芽が想いを寄せる不思議な男の子。
本当に普通の男の子なのに、何故か頼りがいがあった。
さっきも、必死に私を止めようとしてくれて凄く嬉しかった。
今まであんな風に誰かに心配して貰えた事なんか無かったもの。
……桜庭さんと筑波さんが少し羨ましい。
彼女達が居なかったら、あたし間違いなく好きになってたよ。危ない危ない。
でもその好きも、竜に対する好きには及ばないのよね。
初恋は本当に恐ろしいや……。
「静音」
それ程広くないコンクリートの建物の前で、あたしの名前を呼ぶ低い声が聞こえる。
聞くだけで耳が悦んでる。
あぁ……あたしってほんとバカ……。
「竜……!!」
背後から現れた竜に振り返り、両目から涙を流してしまう。
「いきなり悪かったな。お前にはきちんと面と向かって謝りたくて」
「……本気で悪いと思ってるの……?」
あたしは胸の前で手を組んで、祈るようにそう尋ねた。
そして竜からの返事はあたしの期待通りのものだった。
「あぁ、本当に悪かった。お前が怖がる気持ちに苛立ってあんな事をしてしまって申し訳ない」
きちんと頭を下げてそう告げる竜に、ずっと言いたかった言葉が溢れでる。
「あたし……すっごく傷付いた……!!本気で竜の事殺してやるって思う程に……!!」
だからあたしが居なくてもカナメ君達が旧生徒会室を使えるようにした。
それなのに……あたしの憎しみなんて謝られて嬉しくなってしまう程度のものだったんだ。
「でも……!もし竜がちゃんと悪いって思ってるなら……あたしをちゃんと大事にしてくれるなら──」
約一年間、ずっと苦しかった。
別の人を好きになってもこの想いが色褪せる事はなかった。
だからあたしは竜を──
「あたしは竜を許したい……!!」
「あぁ……ありがとな。だったらよぉ──」
ぼろぼろに泣いてしまって歪んだ視界ではきちんとは分からなかったけど、竜は微かに微笑んでいた気がする。
そしてあたしの目の前までやって来て、力強くあたしを抱き締めた。
「静音ェ……あの日の続きをしようぜ。俺達の仲直りの印に」
「え……?」
あの日の続きって……生徒会室で出来なかった時の事……?
「もちろん良いよな……?じゃねーとお前は茜さんに俺を取られたままだぞ。精神的にも、肉体的にも」
「……あ、あたしは……」
愛しい人の胸元で囁かれた言葉に、あたしは黙って頷いてしまう。
そのままあたしは倉庫のような建物に連れ込まれ、暗い室内の壁際に押し込まれた。
出入口の扉に鍵はなく、いつ人が入って来てもおかしくなさそうな建物。
中には工事で使いそうな木材や鉄板が乱雑に散らかっている。
死角が多いので誰か来てもすぐには見付からなさそうだ。
「……ここでするの……?」
「あぁ、良いだろここ。完全に安全じゃねぇのがスリルあってよぉ……茜さんともよくここで──」
「やめてよ……!」
もう確定的に竜はあたしの体だけを求めてるって気付いてしまう。
いや……最初から分かってた。
竜はあたしの事何とも思ってない事なんて最初からね。
だからかな……いきなりキスをしようとしてきた竜に、あたしの体はやはり拒絶反応を起こしてしまう──
「……おい」
竜の体を強く押し退け、顔を逸らしたあたしに冷たい声を向ける。
体が……震えている……。
「お前、何の為にここに来たんだよ。あんま俺をイラつかせんじゃねぇぞ?」
「……ご、ごめんな、さい……!」
どうしても……どんなに好きでも……どうしても怖い……。
愛のない行為で汚されるのが、どうしようもなく怖い……!
「無理矢理されんのが好きかぁ……!?」
竜は癇癪を起こし、あたしを無理矢理押し倒した。
両手が地面に擦れ、少しヒリつく。
「きゃぁっ……!」
「おっ、良いじゃねぇか。そそるぜ……!」
愉悦の表情を受けベた竜はあたしに覆い被さった。
「ま、待って……あたし……やっぱり怖い……!」
「あぁ……?……チッ……」
涙を流しながら抵抗をするあたしの胸ぐらを掴み、竜が血管の浮き上がった顔を近付けた。
「てめぇいい加減にしろよ……!?てめぇがそんなんだからあのもやしみてぇな奴にナメられんだよ!!」
「……?」
訳の分からない事を言った竜はあたしを床に打ち付けた後、スマホを手に取った。
「あーマジ萎えたわ……お前、ちょっとそこ居ろよ。今度は目の前でやり方を教えてやるよ」
「……え……!?」
耳にスマホを当てた竜は誰かと電話をしている。
ニヤニヤと笑みを浮かべながらすぐに電話を終えた竜があたしを見下ろした。
「すぐに茜さんも来れるみたいだ……楽しみだなぁ……!」
どうして……どうしてそんな事をするの……!?
あたしにはそう聞く気力すら無かった。
あの謝罪はこうやってあたしを呼び出す為の餌だったんだ。
分かってた事なのに、涙が止まらない。
あたしは竜を許したいのに、結局彼があたしに求めるのは身体だけ。
自分のものにしたいんだろうね……。
竜はそういう独占欲とか支配欲が強いやつだから……。
それでも好きだったんだよ……ずっと……。
竜は幼馴染みんだもん。
カッコいい所も沢山ある。
そして手の掛かる所も好きだった。
良いように利用されても好きだもん……。
ただどうしてもその気持ちに応えられない自分の身体が悪い……。
あぁそっか……なら今これから起こる事は全部あたしが悪いのよね。
今から目の前で大好きな人が他の人と体を重ねて、心を壊されてしまうのは──
あたしが段々と思考を放棄し始めた時々だった。
誰かの足音がこの建物のコンクリートに反響した。
「お、もう来たのか。良いねぇ茜さんも我慢出来ないって感じか!」
「……」
あたしはこれから心を壊される。
そして身体も竜に蹂躙されるだろう。
きっとその頃には抵抗する気力も失われている。
でも……それで良いんだ。
あたしが全部捧げれば竜はあたしだけを見てくれるようになる……きっと……。
せめて……せめてファーストキスの相手だけは倉橋君で良かった。
彼には本当に悪い事をした……。
それでも倉橋君のおかげでまだ救われてる。
ありがとう倉橋君……。
そして、きっかけをくれたカナメ君。
君と協力関係を結んで本当に良かった。
さっきも心配してくれてありがとう。
君みたいな優しい人が彼氏だったら良かったのにね──
「茜さんこっちだ!」
竜が足音の方に声を上げた。
するとその足音はすたすたとこちらへ向かって来た。
あたしは必死に涙を止めようと頑張ったんだけど一向に止まる気配はない。
……ヤダ……やっぱりヤダよ……。
今から竜が目の前で他の人とするのも、無理矢理されるのも……。
分かってたのにこんな所に来て、バカなのは十分理解してる。
今さらこんな気持ちを抱くのは間違ってる。
それでも──
「……助けてっ……!」
僅かに振り絞った声に竜は気付かなかった。
代わりにあたしの願いに答えたのは、聞こえる筈のない声だった。
「任せろ」
え……?
今のは……!?
「あん……!?てめぇは──」
竜も目の前に居る人物が自分の目当ての人間じゃない事に気付いた。
月明かりが僅かに差し込み、その人物はおどけるように笑った。
「こういう時なんて言うべきかな……そうだな──呼ばれてないのにジャジャジャジャーン!!」
──空気が……凍り付いた……。
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