波乱はいつでも彼と共に
『泣けるーーー!!!』
「ちょ、高知君も佳南ちゃんももっと感想があるよね!?」
俺と佳南はいつかの放課後の時と同じように、子供のように泣いていた。
だって俺達に幼馴染みとの問題を持ち出されたら共感するなって方が無理だ!
そしてそれを諫める筑波は本当にバブみが凄い。
俺達の反応を見て琴式さんは苦笑いをしていた。
「はは……お恥ずかしい話を聞かせてしまってごめんなさい」
「ぐすん……い、いや……会長ありがとね。辛い話をしてくれて」
佳南が涙を拭いながらベンチに座る琴色さんの隣に座った。
「私、さっきのクズ男ぶっ飛ばしてやりたいわ!」
「……あたしも本当はそうしたいんだけどね。実際それは難しいよ……」
「佳南、琴色さんは新しく良い男捕まえて幸せになる方法で納得してるんだよ」
「わ、分かってるわよ!これは私の感想!」
確かに佳南の言う事も分かるが。
と言うか、まさにそれを実行したのが俺なわけだが……。
しかし、琴色さんの事情は分かった。
だが俺には一つ疑問が残っている。
俺も涙を拭った後、琴色さんに視線を合わせて中腰になった。
「琴色さん、一つだけ聞いても良いか?」
「う、うん」
「君はあいつらを見返す方法に倉橋君を選んだ。君は本当に倉橋君の事を何とも思っていないのか?」
彼女はさっきの話を聞く前もそう言っていた。
これは改めての確認だ。
もしも、夏休みが始まった日に言っていた倉橋君が好きという言葉が嘘なら、俺はこれ以上琴色さんには──
「好き……!!」
「それは信じても良いのか?」
「うん……最初はね……竜とは正反対のタイプを探そうって思って倉橋君を見てたの。1年の頃は同じクラスだったし」
「あぁ」
「でも……2年になってあっという間に人気者になった彼を見て、あたしも変わりたいって思ったの……倉橋君と一緒に居たらあたしも変われるかもってね……」
佳南はすっと顔を逸らしていた。
倉橋君が変わるきっかけを与えてしまったのは佳南だ。
良くか悪くか、な。
「だけどフラれちゃったからもう見返す手段が無いや……。あたしにはやっぱり魅力なんて無いんだと思う」
「そんなこと無いさ。君には──」
「高知君、その先は言わなくて良いよ」
「おっと……」
俺がその大きな胸を誉めようとしたの気付いちゃった?
ちょっと茶化して元気付けようとしただけじゃん……。
「こほん。そ、そう言えば琴色さんは佳南と倉橋君の関係は知らなかったんだな」
俺は少しだけ話を逸らす事にした。
筑波の笑顔が怖かった訳ではない。決して。
琴色さんは俺の問い掛けに佳南の方を見ながら答えた。
「さぁ……?桜庭さん、倉橋君と何か関係を持ってるの……!?」
「え、えっとぉ……」
佳南は分かりやすく冷や汗を流している。
俺はこそっと佳南の隣に回り、耳打ちをする。
(お前、たぶん自分が倉橋君を追い詰めたって言ったら殺されるぞ)
(やっぱし!?で、でも隠してもしょうがないよね……)
(てか何で琴色さんは知らないんだろ)
(わ、私達の関係って高校に入ってからは他の人に内緒にしてたから……)
(追い詰める為にそんな事してたのかよ……)
うん、これはもう自業自得だ。仕方ない。
「琴色さん、佳南は倉橋君の元カノだ。そんでもって倉橋君が変わったのはこいつに追い詰められた所を七宮さんが救ったおかげだ」
「あぁーーーーー!!!要さんっ!!何でそんな風に言っちゃうの!?バカなの!?ねぇバカなの!?」
「やかましい!!お前が悪いって散々言ったろ!!同情の余地はねぇ!!」
「じゅ、珠奈ーー!!鬼が、悪魔がいるよぉーーー!!!」
「あはは……これに関してはもう諦めようよ佳南ちゃん」
「あぁーーーん!!!」
「……な、何?どういう事……!?」
俺は戸惑う琴色さんに詳しい事情は省き、現在佳南が置かれている状況とその経緯を語った。
話を進める度に顔色が悪くなる琴色さんは正直少し面白かった。
だが、最後の最後、倉橋君が佳南を許した事を伝えると、琴色さんは困ったようにではあったが笑みを溢してくれた。
「桜庭さん、今度生徒会室にいらっしゃい。あなたがどれだけ勿体ない事をしたか教えてあげる」
「うぅ……ひゃい」
「ふふ、冗談よ」
本当に冗談なのか……。
しかし勿体ない、か。倉橋君にフラれた琴色さんならではの表現だな。
琴色さんは佳南に意地悪をした後、「でも」と続けた。
「あたしは自分の幼馴染みを許すつもりはない。皆のおかげでだいぶ心は楽になったけどね」
「……そりゃそうだ。やられたらやり返さないとな」
「カナメ君が言うと説得力が違うね」
「琴色さんはどこまで知ってるんだよ……」
「ふふ、秘密よ♡」
「やれやれ……」
マナ……お前友達でもない関係の奴に何をくっちゃべってくれたんだ……。
だがこうして話しているうちに、段々と琴色さんは元気を取り戻しつつあるみたいだ。
──こんな冗談を言えるくらいには。
「もういっそカナメ君があたしの彼氏になってくれたら良いのに」
『!!』
それはたぶん途中からここにいる全員が考えた事だろう。
だが俺は勿論、佳南と筑波も絶対に口にしなかった事だ。
そしてさすがと言うべきか、この一言で琴色さんは佳南と筑波が、俺にどれ程好感を持っているのかを測り切りやがった。
「……へぇ。やるじゃんカナメ君」
『ちょ!?』
「何がだよ……」
俺は視線を逸らしながらも自分の体温が熱くなっている事に気付く。
……ほんと勘弁してくれ。これ以上問題を増やしたくないんだ。
「か、会長め……!」
「……むー……」
俺達の反応をひとしきり楽しみ終わったのか、琴色さんは急に立ち上がりラッシュガードを脱いだ。
彼女は俺にそれを手渡した後、背を向けた。
「ならカナメ君、君との協力関係は終わりだね!」
それは明るい声だった。
表情は分からない。
そのせいで俺は生返事をするしか出来なかった。
「あ、あぁ……」
「もう横恋慕なんてごめんだからね」
「! 琴色さん……君はどうするんだ……?」
俺の質問に彼女は答えなかった。
返って来たのは旧生徒会室についてだった。
「約束はちゃんと守ります。旧生徒会室はあなた達に渡し、教師達に見付かっても私達生徒会の管轄という事で処理します。きちんと生徒会全体に共有するので安心して下さい。以降、ある意味ではこの学校における治外法権になるでしょう。だから──」
琴色さんは一瞬だけ、目線だけを俺に向けた。
その瞳に涙が浮かんでいるように見えたのは気のせいではなかったと思う。
「──あたしに何があってももう大丈夫だから」
そう言って琴色さんは更衣室へ一人消えて行った。
俺達は彼女を追い掛ける事が出来ず、ただその背を眺めていた。
「……琴色さん、大丈夫かな」
筑波の呟きに佳南が飄々と答える。
「大丈夫でしょ。それにしても、無事あの生徒会室も確保出来て良かったわ。あー私死んじゃうとこだったぁ~」
「……」
「もう、珠奈も要もなに暗い顔してんのよ。私お腹空いたからお弁当他の所で食べましょ」
パーカーの裾から伸びる長い足を一歩踏み出して、さらに数歩進ませた佳南はついて来ていなかった俺達に向き直る。
「ねぇ、早く行こうよ~。もう全部終わったんだよ!」
……いい加減、キレて良いよな。
俺は淡々と語る佳南に強めの言葉を飛ばした。
「お前さ、まだ人の気持ち分かんねぇの?何も終わって無──」
俺が言い掛けた言葉はしかし佳南の言葉に遮られた。
「終わったわよ……!あんた、これ以上関わったら無茶な事するかもでしょ……!!」
「……っ」
その強い瞳に俺は思わず怯んでしまった。
「私だってぶっ飛ばしてやりたいわよあんな男。だけどね、私の優先順位は要が一番なの。会長には悪いけど、協力関係をここまでって言うならもうこれ以上関わる気はない……!」
佳南はこれ以上俺が何か言うつもりならそれこそぶっ飛ばしそうな勢いだ。
だが俺はそれでも食い下がる。
「……べ、別に無茶なんてしねぇよ。相手は野球部の主力だぞ?手を出そうもんなら返り討ちにされるって」
「もうあんた黙ってなさい……!ねぇ珠奈も何とか言ってやってよ!」
唐突に話を振られた筑波は、俯いたまま答えた。
「……私は……確かにもう高知君には関わって欲しくない。だけど……放ってはおけない」
「珠奈まで……でも、ダメよ……!私にとっては珠奈だって大事だもん!もう関わらないで!」
「……佳南ちゃん……」
筑波は困っている奴放っておけないんだ。
その性格のおかげで佳南も救われた。
きっと佳南も分かってるだろう。このままじゃ埒が明かない。
佳南は難しそうに顔を歪めた後、「はぁ~……」と息を吐いた。
「……一応、聞いておくけど二人とも何か案があって言ってるの?」
俺と筑波はお互いに顔を見合わせた後、揃って佳南にピースサインを向けた。
「闇討ちで鉄拳制裁!!」
「裏で汚い交渉をします!!」
「はい却下却下、帰るわよ」
『えーーー!』
割と本気で考えてたのに……。
筑波も唇を尖らせて拗ねており、どうやら結構マジっぽい。
そんな俺達をみかねてか、佳南が腰に手を当てて半目で睨む。
「あのね、そもそも会長はもう私達に関わらないって決めたのよ。だから私達が動いて良い時は一つだけ」
『……?』
ハナから助ける気しかなかった俺達に指をぴん、と立てて佳南は言った。
「会長がどうしようも無くなったら、よ。そうでしょ、珠奈」
「……そうだね。二人が私にそうしてくれたように」
「そーゆー事。あ、でも要はダメだから。助ける時は私と珠奈だけでやるから」
「はぁ!?何でだよ!」
「そうだね。高知君は大人しくしててね」
「つ、筑波まで……」
佳南は「はいそれじゃ会長が動くまではこの件は保留ね。さ、ご飯食べるわよ!」と腕を上げてプール施設内部にあるフードコートへ向かってしまった。
「私達も行こっか高知君」
「……納得いかん」
「仕方ないよ。今までの行いが悪いのです」
「……俺頑張ったのにぃ」
文句は言いつつ腹は減ったので渋々佳南の後を追った。
……二人の弁当は旨かったよ。予想が外れちまった。
※
「それじゃ高知さん、今日で固定外すけどとりあえず湿布は貼り続けてね」
「はいっ!」
俺はお世話になった病院の出入口を抜け、軽くなった左腕を太陽に掲げた。
プールの日から2週間が過ぎ、結局ほとんど1ヶ月のお付き合いとなった固定具とも、いよいよ今日でおさらばだ!
そして、今日から俺は労働デビューをする訳である!!
あの日から琴色さんの方に動きはなく、保留状態は依然として継続中。
やきもきする気持ちも無くは無いが、何も起こらない方が良いさ。
そのまま時間が解決し、新たな恋に踏み出す事だって大いにあり得る。
希望的観測かもしれんが、どうせ想像するなら幸せな未来の方が良い。
それに今日からは少し忙しくなる。
こっちはこっちで気合いを入れていかないと。
「行くか……!!」
俺はドキドキしながらバイト先であるドラッグストア──トヨミへ向かった。
歩いて15分程、俺は緊張しつつドラストの自動ドアをくぐった。
服装は白シャツに黒のスキニーだ。
特に荷物はなく、強いて言うならばメモ帳くらいか。
採用の電話を受けた時に必要なものは大体用意されてるとの事だった。
俺は広々とした店内を抜け、従業員専用出入口のドアを開けた。
観音開きのドアを通ると薄暗い倉庫になっており、従業員であるパートのおばちゃん達に軽く挨拶をした。
「あ、おはようございまっす!!今日からお世話になります高知です。よろしくお願いします!」
笑顔と会釈は忘れない。社交性とはこういうものだ。
それにお袋に散々念押しされたんだよな。
何やら「パートのおばちゃんは第一印象が全て。嫌われたら終わりだよ」との事で。
まぁ男の子は嫌われにくいから大丈夫だろうとも言ってたけどな。
俺の堅すぎないフランクな挨拶はどうやら効果があったらしく、好印象を受けたような返事が返ってくる。
「あらぁ、君が高知君ね!履歴書よりイケメンじゃない!」
「店の方に店長が居るからあたし呼んで来てあげるわ!あっちの休憩室に行っときな!」
「は、はい!ありがとうございます!」
……ん?なんでパートのおばちゃんが俺の履歴書見てんだ?どうなってんだここの管理は。
まぁ聞き返す訳にもいかないので俺は大人しく休憩室に向かった。
俺はコンコンコン、と三度ノックをし休憩室と呼ばれた小さな部屋に入った。
「失礼しまーす──ありゃ、誰も居ない……」
部屋の中には誰もおらず、縦長のテーブルと数個の椅子が用意されているだけだった。
面接の時は倉庫の奥にあった簡易的な個室だったから、こっちに来るのは初めてだ。
勝手に座って良いものか分からず、そこから5分程突っ立っていると、ようやく店長がやってきた。
見た目は50代くらいの優しそうなおっちゃんだ。厳しさも感じないので上手くやっていけそう。
「ごめんごめんお待たせ高知君!もう指は平気かい?」
「あ、はい大丈夫です……えと、僕ここからどうしたら良いですか……?」
「あーそれね!君の教育係がそこに居るから。おーい、入って来てあげてー」
『はーい』
店長が呼ぶと、女性の声が聞こえてきた。
それは聞き覚えのある声で、何故か背中がぞくっとした。
誰だ……?最近聞いたような……。
休憩室のドアを開けてやって来たのは店の規則を恐らくはフル無視であろう金髪の女。
お、おい……待てよ、こいつは──
「ん?あっれー!?あんたこないだ会ったよねぇ!?あれあれ、生徒会長をハーレムの一員にしてる奴!!」
「お、お前はあん時のクソビッチ!!」
……お互いに酷い覚え方をしてたもんだ。
こいつは琴色さんの元カレを寝取ったビッチ野郎。
俺が酷い覚え方をしている分は仕方あるまい。
「あれ、何二人とも知り合い?」
「店長ぉ~知り合いっていうかぁ説明むずいっすw」
「……最悪だ」
お互いに指差した俺達に驚いた店長は「……大丈夫そう?」と聞いてきた。
大丈夫なわけあるか。いや個人的には何もないけどさ。
どうやら向こうさんは大して気にもしていないようで、俺の方に近寄って頬っぺたをぷにぷにとつついてきた。
「大丈夫っしょ!うち、超やさしーしw」
「うぜぇ……」
俺が一抹の不安を抱いた時だった。
──波乱はさらに俺を愛してくれていた。
「いやぁ、7月から若い子が増えてより賑やかになりそうだ!高知君、あの子ももうそろそろ出勤時間だしついでに挨拶しておいて!」
「え……?は、はい……」
俺が店長にそう返した瞬間、休憩室のドアが再び開いた。
そこに立っていたのは、あのクソビッチとは正反対の黒髪の女の子。
大和撫子を彷彿とさせる、そら恐ろしい美少女──
「マナ……!?」
「……嘘っ……御主人さっ──カナメ……!?」
それは最早運命と言って差し支えのない再会。
逃げる事の出来ない、呪いで繋がれた赤い糸とでも言おうか。
──俺の幼馴染み、新京真那芽がドアの前で立ち尽くしていたのだ。
俺はすぐに店長に向き直り、ペコリと頭を下げた。
「今までお世話になりました。本日をもって退職させて頂きます」
「えぇ!?なに!?本当にどういう事なの!?」
……俺が聞きてぇよ……クソ……。
お読み下さりありがとうございます!
続きが気になる、面白い。
少しでもそう思って頂ける方がおられればぜひスクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆に評価やブックマーク、感想等ぜひ願いします!!