琴色静音の幼馴染み
あたし、琴色静音には幼い頃から仲の良い男の子が居た。
彼の名前は水原竜。
ヤンチャで腕っぷしの良い、小学校の頃は問題児のような扱いをされた困ったちゃん。
手が掛かる彼の事があたしは好きだった。
ほっとけないって言うか、まぁそういう感じ。
そしてその想いは中学三年生の頃に成就する事となる。
それも何と彼の方からの告白で、あたしは勿論二つ返事で彼の愛を受け入れた。
……幸せな日々だった。
毎日一緒に登校したり、休みの日はお互いの家に遊びに行ったり、幼い頃から繰り返してきたその行為は、恋人として過ごすと驚く程見える景色が違ったもの。
高校に入って、あたしの生徒会選挙の応援演説だって彼がしてくれた。
1年生で生徒会長になれたのは間違いなく彼のおかげだ。
竜は人望のある奴だったの。
人当たりが良くて、強豪で有名なうちの野球部で1年生ながらレギュラーを取れるくらいスポーツも出来て。
お茶目な所もあるからクラスではあっという間に人気者になっちゃった。
そういう意味では、竜があたしを捨てるのも不思議な話ではなかったのかも知れない。
そう、あれは今から約一年前、文化祭の2週間前の事だ──
「静音、これ文化祭会議の議事録まとめといたから」
「あ、ありがとう真那芽」
放課後、あたしにプリントアウトされた議事録を渡して来たのは生徒会副会長新京真那芽。
彼女は優秀なあたしの──いや、生徒会のブレーンだ。
あたし達は一年生ながら生徒会のトップを担う歴代最高のコンビだなんて言われ出しているらしい。
だけどその実情はほとんどこの真那芽の働きによる所が多い。
あたし達の学校は5月の頭に生徒会選挙が行われる。
まぁほとんどの生徒が生徒会長が誰になろうが興味ないから、立候補して応援演説が人気者なら大体は当選してしまう。
だけど彼女だけは別だ。
彼女の応援演説を行ったのは、はっきり言ってしまえば普通の男子生徒。まぁ顔は整っている方だと思う。背も結構高いし。
唯一、「こいつが生徒会に入ったら皆メリットがあります。それは鬱陶しい終業式とかをこいつの可愛い顔を見て過ごせるって事です!!お得ですよ!?だからどうか清き一票を!!」
……なんて、ふざけた演説でも人に聞かせる力は持っていた。たぶんやる時はやるタイプなんだと思う。
あたしが生徒会長になれたのは当の彼女にほとんど知り合いが居なかったおかげだ。演説もぶっきらぼうだったし……。
その抜群に綺麗な容姿からか、かなり得票はあったらしいけど、友達や竜が居たあたしが結果僅かに票を集め生徒会長に当選。
2番目の彼女は副会長となった訳。
さて、そんな真那芽だけど、例のふざけた演説を行った彼と幼馴染みらしく、毎日登下校を共にしている。
放課後に生徒会室に居る事はほとんど無く、こうやって用事を済ませたらすぐに帰路へつく。
「それじゃ私カナメと帰るから」
「うん。また明日──あ、真那芽」
「? どうしたの?」
あたしは早く幼馴染みさんの元に行きたそうにしている真那芽をつい呼び止めてしまった。
特に用は無んだけど……何故かふと彼女の幼馴染みさんの事を聞いてみたくなったの。
「あの……さ、真那芽の幼馴染みさんってどんな人なの?」
それは何気ない質問だった。
けれど真那芽はそれまで見た事がないほどに視線を強め、あたしをまるで仇かのように睨んだ。
「カナメが……なにかしら?」
それは恐ろしく冷たい声だった。
あたしはこの瞬間を忘れる事はないと思う。
僅かに震える声で返事をするのが精一杯だったもの。
「え……えっと……あたしも、さ……幼馴染みと付き合ってるから……真那芽が付き合ったらダブルデートとか出来そうだなぁ……とか……?」
そんな事本当は思っちゃいない。
けど何というか、真那芽の圧のようなものがあたしを踏み止まらせた。
すると、それが正解だったのか真那芽はいつもの無表情に戻り、幼馴染みさんの事を教えてくれた。
「あぁ、そういう。そうねぇ……でも私とカナメが付き合う可能性は結構低いと思うわよ?」
「へぇ……それはまたどうして?応援演説もしてくれるくらい仲良いんでしょ?真那芽、好きじゃないの?」
「仲は良いわね。でも、別に好きじゃないわよ」
「そうなの?」
「えぇ、私とあなたが友達なんて関係じゃないのと同じようにね」
「……」
釘を刺された、そう思った。
たぶん真那芽は、もしも幼馴染みさんと付き合ってもダブルデートなんてしない。絶対にね。
「あなたとの違いは一つだけ」
「え?」
真那芽は生徒会室のドアに手を掛けて去り際に一言だけ呟いた。
「私はカナメを愛してるの」
彼女が赤く頬を染め、愛おしい人を想うその表情は、今まで見た事が無いくらい乙女だった。
※
あたしは先ほどの真那芽の言葉を、一人生徒会室で思い返していた。
──愛してる。
真那芽は自分の幼馴染みの事をそう言った。
あたしは果たして竜に対してそう言えるだろうか。
うん……言える。
真那芽に負けないくらいあたしも竜の事が好き。
理由なんかないくらい、竜の何もかもが好き。
そうやって結論を出した時、生徒会室のドアがノックされた。
「! どうぞ」
ドアが勢いよく開かれる。
そんな乱雑にドアを開けて生徒会室に用がある人物は一人しか居なかった。
「竜!どうしたの?部活は?」
あたしの顔を見るなり精悍な笑顔を見せた幼馴染みであり彼氏の竜。
「いやぁ今日は顧問が急にオフにしたからさ。どうせだったら可愛い彼女と一緒に帰りてぇなって」
「ほんと! 待ってて、すぐ仕事終わらせるから!」
「おう!んじゃちょっくらお邪魔させて貰うぜ」
「ふふ、仕方ないわね。バレたら怒られるかも」
「んなもん気にすんなよ。それより──」
「んー?」
竜はあたしが書類に目を通していると、唐突に後ろから抱き締めてきた。
「……りゅ、竜……!?」
「良いじゃねぇか。二人きりだし」
「で……でもここ生徒会室よ……!?」
「うるせぇな──」
「っ……!?」
竜は強引にあたしの顎を上に向け、唇に顔を近付けてきた。
今までだってキスくらいはした事がある。
ただ、まだ体を重ねた事はない。
何故か……怖くなって……。
最初の頃は大人しく竜も引き下がってくれてたんだけど、最近はこうやって隙があればそういう行為に走ろうとする。
正直……うんざりしてきてもいる。
だけど彼の期待に応えられないあたしが悪い……。
あたしも竜とはしてみたい。
でもその気持ちとは裏腹に体が受け入れてくれない。
初めて、そういう雰囲気になった時の強引な彼の姿がずっと脳裏に焼き付いて離れないの……。
そして、最近ではキスでさえも──
「やめてっ……!!」
「……っ」
あたしは思わず竜の体を押し離してしまう。
筋肉で覆われた彼の体は重く、キャスター付きの椅子に座っていたあたしが反動で後ろに下がった。
「……ご、ごめん……」
「あー……はぁ……。なぁ、そんなに嫌か?」
「い、嫌って訳じゃない……けど……」
──怖い。
竜としてしまうのも、今竜があたしに向ける視線も。
「……もう俺達付き合って長いよな。いい加減良くねぇか?」
「わ、分かってるの……!でも、か……体が……怖くて……!」
竜はもう一度深くため息を吐いた後、あたしに背を向けた。
「わり、やっぱ帰るわ」
「え……!?ま、待ってよ……!ごめん、キスなら出来るから……!!」
「もー良いって。俺とヤるのが怖いんだろ?もうお前とはしないからさ」
「ち、違うの……!怖いんだけど……でも、あたしは竜の事が好きなの……だからもうしないとか言わないで……!」
「でもしねぇんだろ。だったらいいわ。じゃーな」
「待って竜──」
あたしの制止は意味を成さず、竜はドアの向こうへ消えて行った。
「……竜……」
あたしは陽が傾き始めてもそこから動けなかった。
全部あたしが悪い。
どうして竜を受け入れてあげられないんだろう。
こんなに好きなのにどうして……。
そうやってぐるぐると思考のループに陥り掛けた時だった。
一本の着信が入る。
「……はい」
それは見慣れない番号からの着信だったけど、あたしは何も考える事なく電話に出た。
電話を取る時に時刻を確認すると、18時を回ろうとしていた。
竜が去ってから実に2時間以上も経過していたんだ。
だけど、そんな虚ろな時間もこの着信をもって終わりを迎える事となる。
電話の向こうから聞こえて来たのは甘く蕩けるような声だった。
『あっ生徒会長さん~?♡もっしも~し♡』
「……どなたですか」
『うち?うちはね~今あなたの彼氏とイチャイチャしてる可愛い女の子だよ~♡』
「は……?」
──イミがワカラなカッタ。
『ちょっと竜~待ってよぉ♡彼女さんに見せ付けたい?聞かせ付けたいかな?って気持ちは分かるけどぉ♡』
『茜さん、電話付けっぱで良いから俺に集中してくれよ』
『も~はーい♡』
あたしが放心状態でスマホを耳に当てていると、唐突に聞こえてくるのは女の喜声と竜の吐息だった。
行為が始まってどれくらい経った頃だろうか、あたしは段々と頭が冷静に冷えて行くのを感じた。
とうとう状況を理解し始めちゃったんだ。
そう、今あたしの大好きな彼氏が他の女に寝取られている。
それだけじゃ飽きたらず、事もあろうか生々しく肉と肉がぶつかり合うその瞬間瞬間を、あたしの脳に刻み付けている。
電話を切れば良かったんだ。
だけどいつの間にか流れていた涙がそれを許さない。
全部脳内に刻み付けろ、忘れるな。流した涙を無駄にするな、と。
そして行為が全て終わった時、電話の向こうから大好きだった彼の声が聞こえてきた。
『どうだ?これがお前が拒み続けた最高の行為だ。お前が出来ないって言うから教えてやったんだぞ感謝しろよ?もしまたお前に男が出来た時、せっかくのその体を無駄にしないようにな!』
返事はしなかった。
ただ、決して忘れないように一言一句を脳に、いや全身に刻み付けた。
『茜さんはマジ最高の女だわ。お前と違って』
そして、竜は最後の一言を吐いて電話を切った。
『お前の体を味わえなかったのは残念だがもういいわ。じゃあな』
誰も居ない生徒会室で、恋心は復讐心へと変わった──
※
──舞台はプール施設隣接の駐車場へと戻る。
『泣けるーーー!!!』
「ちょ、高知君も佳南ちゃんももっと感想があるよね!?」
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