ヒロインの心の内は
『珠奈ー!あんたずっと浮き輪で浮いてて楽しいのー!?』
『じ、実は私泳ぐの苦手で……流されてるだけで楽しいよ?』
『じゃあ私が泳ぎ教えてあげるよ!』
『え!?佳南ちゃん──わぶぶぶー!!』
『あ、ごめん珠奈』
流れるプールで文字通り流されていく筑波。
それを追い掛ける佳南。
なんと微笑ましい光景だろうか。
あの美しい光景を見れているだけでここに来た甲斐があったというものだ。
俺もあっちに混ざれたら良かったのになぁ……。
こんなパラソルの下で眺めているだなんて、息が詰まりそうだ。
え?日陰で休んでるだけで息が詰まるはおかしいだろって?
いやいや、だって聞いてくれよ。
俺の目の前では現在──
「倉橋君、良ければこちらをどうぞ」
「あ、あのあたしのも……!」
「え、えと……一人で飲めるから大丈夫だよ……?」
倉橋君を巡ってどちらがジュースを飲ませるかバトルなんて、くだらない競争が行われているんだぞ。空気が結構殺伐してるし。
こいつ本当主人公みたいなやつ。邪魔してやろうかな。
俺がそんな邪な事を考えていると、逃げるように倉橋君が話を振ってくる。
「ふ、二人とも要君が喉乾いたって!要君にも──」
「あの無礼者には必要ありません」
「要君は不届き者だから要らないよね?」
……こいつらいつか泣かせてやるからな。
「お前らね、もうちょっと静かに出来ないのん?俺、怪我人なんだけど」
いい加減ムカついてきたので人差し指を向けながら苦言を飛ばしてやった。
だが、七宮さんは俺の左手の小指を見て鼻で笑いやがった。
「ふっ、お怪我ってその小指の事?まぁ地味なお怪我な事で。それ程大層なご心配が必要なのかしら?」
「……けっ、確かにお前のお胸の将来性よりは心配要らねーよ」
「……ふ、ふふふふ……あなた、今なんておっしゃったのかしら?もう一度言って頂けるかしら???」
「いえ、何でも」
やべ、なんか地雷踏んだみたい。
メラメラと七宮さんの背後で揺らめくものを感じる。
「倉橋君、あたしは結構ある方だよ……?」
「確かに琴色さん凄く大きいよね……」
「……うぅ……」
あ、七宮さんがすげぇしょげた。
さすがに身体的特徴を揶揄するのはやり過ぎたな……。
「だ、大丈夫だって七宮さん!大きさじゃない、感度の方が大事だ──ぐはぁっ!!」
俺が言い切る前にまだ中身の入ったペットボトルが飛んできた。
「サイテー……!」
クソ……フォローしようとしただけなのに……。
それにしても──
「……ほんと、皆よく今日集まったよなぁ」
「あなたが集めたんじゃない。こっちは良い迷惑よ」
俺の呟きに七宮さんは苦々しい顔をしながら答えた。
その言葉に琴色さんが申し訳無さそうに顔を逸らす。
「……ごめんね」
「? 琴色さんが謝る事ではないですよ」
「はは……」
力なく笑う琴色さん。
あのごめんには色々意味がありそうだな。
さて……そろそろ琴色さんと倉橋君を二人きりにしれやりたい所だ。
問題はどうやって七宮さんを連れ出すか、だな。
『高知君ー!ちょっとこっち来てー!』
「ん?」
俺が頭を悩ませていると、プールの中からブンブンと筑波が手を振って呼んでいた。
「どうしたんだー!?」
少し大きめに声を張って聞いてみると、何やら三人で一緒に写真を撮りたいとのことだった。
これは丁度良いな。
「七宮さん、悪いけどカメラお願いしてもいい?」
スマホの内カメラで撮っても良いが、やはり第三者に撮って貰うのが一番だ。
七宮さんも渋々ながら納得してくれたみたいですっと椅子から立ち上がった。
「一緒に来ているからこれくらい引き受けてあげますが、私はまだあなた達を許していない事をお忘れなく」
「分かってるさ」
とか言いつつ文句も言わずカメラ役を引き受けてくれる辺り、意外と良い奴なのかも知れないな。
「それじゃ倉橋君、琴色さんごゆっくり」
「はーい」
「う、うん……!」
俺は去り際に意味ありげに琴色さんに視線を送る。
彼女は頬を少し染めて恥ずかしそうに頷いた。
どんな秘策があるかは知らないが、頑張れよ。
※
「あなた、一体何が目的なの?」
「え?」
筑波達の方へ向かう最中、不機嫌そうに声を掛けてきたのは隣を歩く七宮さんだ。
「わざわざ倉橋君と琴色さんを二人にして……」
少し厳しめの視線を向ける七宮さん。
これは気付いてる半分、また倉橋君にちょっかい出そうとしてるのかという疑問半分といった感じかな。
七宮さんには色々返しきれてない恩もあるし、知らないのもフェアじゃないか……。
「琴色さんがな、倉橋君の事を好きなんだとさ。だから俺が仲介人をやってるの」
「……倉橋君を傷付けるつもりは無いのね?」
「これっぽちも。むしろ倉橋は傷付ける側だ。君達二人のどちらかを確実に傷付ける事になるんだし」
「そう……なら良いわ。倉橋君は魅力的な人だからライバルが現れるのは仕方ないもの」
へぇ……意外だな。
七宮さんは徹底的に敵を排除するタイプだと思ったが。
「分かってるのに敵に塩を送って良いのか?それとも、そんなに自信があるのか?」
「有るわけないじゃない。私は桜庭さんにスタイルも可愛さも勝てないのだから」
「七宮さん……」
俺は思わず言葉に詰まってしまう。
勝ち気な女だと思ってたのに、内心ではそんな事考えてたのか。
「私は倉橋君が好き。だけど好きだからこそ彼には本当に好きな人を選んで欲しい。その相手が私じゃなくても良いと思える程にね」
「……」
「本当は私を選んで欲しい。けれど彼はもうずっと私が側に居るのに私を選ぼうとしない。そんな私に自信があるわけないでしょ……例えそれが桜庭さんが残した傷のせいだとしても」
力なく笑う七宮さんに掛ける言葉が見つからず、ただ押し黙り続けてしまう。
「もしかしたら、彼は今もまだ心のどこかで桜庭さんが好きなのかも知れないわね。憎しみの感情をどれだけ抱こうと。初恋ってそういうものでしょう?」
「……そうだな。それはよく分かるよ」
「あぁ、例の副会長」
「うるせーな……」
からかううような視線を向ける七宮さんに、俺はふと気になった事を聞いてみた。
「……七宮さんは佳南に復讐したいとか思わないのか?」
この問い掛けに彼女は少し間を空けた後、ささやかな微笑を伴って答えた。
「復讐する暇があるなら女を磨くわ。桜庭さんよりも魅力的な女になる為に」
あぁ、彼女もまた強い女の子なのだと思い知る。
「応援してるよ」
「今まさに邪魔されてるのだけど……」
……それは本当に悪いと思っている。
俺達が歩きながら話していると、流れるプールの中にいる佳南と筑波が見えてきた。
「遅いわよ要」
プールの縁に右肘をつき、浮き輪でプカプカしている筑波を左手で掴む佳南。
彼女は俺の隣に立つ七宮さんに視線を移した。
「……なんであんたが」
「カメラ、撮って欲しいんじゃないんですか?」
「うぐっ……」
あれ?ちょっと待って。
なんでこいつ佳南にも敬語なの?
俺の事、恋敵よりも嫌いなの??
「……じゃあ悪いけどそいつ落っことしてくれる?」
「ふふ、それはお安い御用ですわ──」
「え?ちょ、待って!?俺手ぇ折れてるんですけど!?」
言うも虚しく、俺はドプーンッ!と音を立てて水の中へと落とされた。
水の底は意外に深く、立ちあがると俺は胸元まで水に浸かっていた。
「……お前らな」
全身がずぶ濡れになり、小指に巻いていた湿布がぬるぬるしている。
「ちょっとくらい良いじゃない。写真撮るだけだし」
「あのね、お前これで俺のケガが悪化したら責任取れるの?」
「取れるよ。ずっと側に居てあげる」
「ちょ……!」
ほんと最近の佳南は良くない。
あー顔が熱い……。
「高知君……私だって──」
「あ、筑波お前泳げないんだってな。本当可愛い奴だなぁ~」
「……嫌い」
「えぇ!?」
すぐ隣に天使が居たから褒めただけなのに……。
「あの、もう良いですか」
「はい……いつでもどうぞ……」
「それでは──」
俺が渡していたスマホを七宮さんが構える。
それと同時に筑波と佳南が俺の両腕を取った。
お、恐ろしく柔らかい感触が……!!
あわわわ……!!
──カシャッ。
「あ」
「……酷い顔ですこと」
『あー……』
七宮さんが見せてきた写真には、完全に鼻の下を伸ばしきって醜い顔をしている俺が写っていた。マジできちぃ顔……。
「……撮り直しをお願いします」
「はいはい」
そうして再び撮影された写真には、顔を赤くしながら不器用に笑みを浮かべる気持ちの悪い俺が。
そしてしっかりと俺の右腕に体を寄せる佳南と、浮き輪で少々バランスを崩しながら左腕を掴む筑波が写っていた。
無様だが、それなりに悪くない写真だ。
「ありがとね、七宮さん」
筑波がエンジェルスマイルでお礼を言うと、七宮さんも少しだけ微笑んで「どう致しまして」と答えた。
「高知君、この写真後で送ってね。絶対」
「ん?あぁもちろん」
「ありがとう……!」
本当に嬉しそうに微笑む筑波。
彼女のこの笑顔が見れたなら水浸しになった甲斐もあったってものだ。
「さてと、用も済ましたしそろそろ戻るか。腹も減ってきたし」
「そうね。あ、私と珠奈でお弁当作ったの!要、食べ比べしてね」
「そういうイベント、俺でやるの止めてくれる?」
こういうのは大抵どちらかが旨くてどちらかがヘドロみたいな出来なのだ。もしくは両方ヘドロ。
そもそも甲乙つけるのもどちらかを選んでるみたいで嫌だ。どう転んでも損をするし。
「じゃあ高知君はお昼抜きになっちゃうよ?」
筑波はプカプカ浮きながら意地悪に微笑んだ。
やれやれ……それは勘弁だ。
「気絶するような弁当じゃないことを祈るよ……。七宮さん達のはあるのか?」
「さすがに作ってるわよ。そんな嫌がらせしません」
佳南の言葉が意外だったのか、七宮さんは少し驚いた顔をした。
「私……料理は苦手だから少し羨ましいですわ」
「そんな大したもんじゃないけどね。……まぁ、全然足りないけどお詫びも兼ねて、ね」
「ふふ、あなたの誠意がどれ程か楽しみです」
俺達はプールから上がり、びしょびしょになった体をぶるぶると震わせ水を落とす。
プールサイドに出ていた屋台を少しだけ見回った後、先ほどまでのパラソルの下のテーブルへ足を向けた。
それなりに広いせいで歩くだけで結構体力を使うなぁ……。
自分の体力の無さに改めてげんなりする。
「……やっと見えてきたな」
「そうだね。私もお腹すいてきたよ」
「……暑いしもうプールとかもう勘弁かも」
「あんたそれでも男なの?」
「そう言えばあなた、あの時も息切れしてましたね。少し運動をしては?」
「……検討します」
「検討する事を検討するの間違いでなくて?」
七宮さん口撃力強ぇ……。
「大丈夫、この検討は加速して検討するので」
「どの辺りが大丈夫なのかしら……」
とまぁ、俺達は駄弁りながらもいよいよ倉橋君達の元まであと100メートルちょっとという所まできた。
琴色さんの二人きりの時間も終わりだ。
30分くらいは時間稼げたかな?
ま、多少は話が出来ただろう。
そうだ、もしまだだったら今日の帰りにでもLINEを交換する流れでも作ってやるかね。
「おーい二人とも──」
俺がそうやって待たせたなーと声を掛けようとした時だった。
俺の、いや俺達の目に飛び込んできたのは衝撃の光景だった。
「……琴色……さん?」
パラソルの近くに人はおらず、もしもそれをするなら確かに今しか無いだろう。
だが、タイミングは最悪と言って良いだろう。
俺や筑波、それに佳南はともかくとして、七宮さんに見られたのは非常にまずい。
応援はする。別にその行動に非難はない。
だけどこの後の空気は恐らく死ぬ。
そう、俺達が見たのは琴色さんが倉橋君の唇を奪う瞬間だったのだ──
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