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19/45

幼馴染みざまぁしてみた。


「それで……デートってここ?」


 俺が決戦の舞台に選んだのは、昨日筑波を見付けたあの公園。通称オオヤマ。

 加えて言うなら俺とマナが最後に会話を交わした場所。


 俺達が決着をつけるにはぴったりの場所だろう。


「そうだよ。俺とお前、あの日の続きを今ここでしよう」

「……あの日、ねぇ」


 マナは風で靡く黒く美しい髪を片手で抑えながら、俺に鋭い視線を向ける。


「カナメはもう聞いたのかしら?筑波さんから私の心の内を」

「何も。筑波はお前と何があったか本当に何も教えちゃくれなかった。つか、あいつが学校に来なくなったのはやっぱお前のせいか」

「あら、意外と律儀なのね。まぁ約束は破られてしまった訳だけど」


 すると、何故か楽しそうに微笑んだ彼女はポケットから自分のスマホを取り出した。


「彼女にね、これ(・・)を公にされたくなかったらカナメに近付くなって言ったの。私もカナメに手を出すなって条件だったけれど」

「それは……」


 マナが俺に見せているのは俺が筑波を助ける為に起こした、すこーし問題のある動画だった。

 ……これ公開されたら俺ちょっとヤバいかも。

 まぁさすがに半年以上前に終わった話だ。向こうさんも今さら関与して来ないと思うが。


「……お前、性格悪すぎだろ」

「知らなかったの?」

「いや……よく知ってるさ。俺に罪を被せて警察に突き出すような奴だってな」


 言ってて自分でも怖いくらい冷静なのに気付く。

 俺はようやくあの日の事を消化出来つつあるのかもしれない。


「そうね。私はあなたを追い詰める為なら手段は選ばない女よ」

「……」


 初めて、そう初めてマナの黒い心の内を少しだけだが彼女の口から聞けた気がする。

 だが今はとにかく筑波の事だ。

 ひとまず筑波の安全を確保しないと。


「筑波の事はどうする気だ?俺と同じように追い詰めるのか?」

「どうしようかしら。あの子、普通に約束破ってくれたしねぇ」

「俺が破らせたんだ。どんな中身かは知らんが」


 想像はつくけどな。


「んー本当はいつも通り転校なりしてもらうんだけど」

「! お前……まさか昔からそんな事してたのか……?」

「……」


 俺と仲の良い女友達は昔からある日突然学校から居なくなる事が多かった。

 それは不登校だったり転校だったり。


 今にして思えば、そういった時マナは『ヘタに関わっても可哀想よ』などと言って彼女達から遠ざけていた。

 あれらも全てマナの仕業なのか……?


 俺の疑問に答えないマナに、声を低くして追及する。


「……何とか……言えよ」

「例えば──」

「……?」


 マナは俺の眼前にまで近付いて妖しく笑う。

 彼女の人差し指が俺の唇にそっと触れる。


「例えば私が、カナメの事を好きで好きでたまらなくて、他の女に取られたくなかったからって言えば、カナメはどう思うの?」


 その言葉はもしかすれば嘘ではないのかも知れない。

 彼女が俺への独占欲で他の女の子をってのは、やり方はともかく不合理ではない気がする。


 だけどその言葉だけじゃ足りない。


 言い訳や事情なんか、今さら知りたくはない。

 ずっと俺が知りたかったのは、知らなくちゃいけなかったのは、彼女の本心──そこに至るまでの過程だ。


 わざわざ口に出して過程を言えと言わなくたって通じる筈だ。

 俺達はそれくらいには関係を築いてきた。


 だからマナ、分かってんだろ?

 俺の心の内なんてさ。


「言わなきゃ分からないのか?」


 マナはふっと笑って目を細めた。


「カナメはきっと私を許さないでしょうね。少なくとも、私の知ってるカナメなら」

「正解だ」

「加えて言うなら筑波さんにこれ以上手を出せば、あなたに出来る限りの手段を持って私を排除しに来る」


 ……そんなに残虐な言い方をされるような事はしねぇよ。

 脅しになるから黙っておくけども。


「そこまで分かってるならこれ以上筑波に関わるなよ」

「仕方ないわね。せっかくあなた達が付き合ってるって事にしてあげたのに」

「……やっぱりお前の仕業か」

「ふふっ、約束を破った罰よ。どちらかと言うと桜庭さんを一人にさせる目的だったけど、まぁちょっとした嫌がらせ程度よ」

「……だろうな」


 あれの攻撃力は低かったからなぁ。

 

「ま、カナメにこれ以上嫌われてもいけないし大人しくしてあげるわよ」

「お前の事はもう下が無いくらい嫌いだよ」

「ふふっ、なら後はもう上がる事しかないわね」

「……上がると、本気で思ってんのか?」


 マナは俺の問い掛けに答えるように、更に一歩近付いた。

 そして、優しく俺の背中まで両腕を回した。


「ちょっ……!?」


 マナがそっと俺の胸元に忍び込むように入って来る。

 不意を突かれ、反応出来ずの居る俺の心臓の上に耳元をあてがい、イタズラに成功した子供みたいに笑った。


「すっごくドキドキしてるわよ。私の事、あなたはまだちゃんと好きになってくれるって証明はこれで良い?」

「……っ……」


 俺は自分が本当にバカな奴だと思う。


 佳南に絶対に許しちゃいけないって言われてたのに。

 俺は結局今でもマナの事が好きなんだ。


 裏切られてなお、貶められてなお、その想いが色褪せる事はなかった。


 俺の気持ちは矛盾だらけだ。


 こいつの事は絶対許せないのに、好きだって気持ちが邪魔して憎み切れない。


 ほんと、佳南の言う通りだよ。

 俺の愛情は歪んでる。

 それを自覚した上でまだマナの事が好きなんだ。これは重症だろう。


 佳南も筑波もマナに追い詰められそうになったってのに……。


「ねぇカナメ……私ね、この前のあの口紅の件ね……本当はもっと早くやり過ぎたって言うつもりだったの。ごめんなさいって言いたかったの……」


 マナは胸の中で、囁くように呟いた。

 どうしていきなりそんな事言うんだ。

 それは俺の精神的な揺らぎをほんの少しも見逃さないようにだろう。


「……私……カナメが居ないと一人だからね……あれが大事になればカナメも一人になって、私の元にずっと居てくれるんじゃないかって……本当はそう思ってたの……」


 それは俺にとって都合の良い真実だった。

 甘く、そうであったらと願っていた真実。

 

 だけどこれは真実ではない。

 いや言い方を間違えた。


 真実と虚構が入り交じった、結果だけを見て過程を折り曲げたマナの甘言だ。


「ごめんなさいカナメ……」


 謝罪、か……。

 

 少しだけ、ぐらつくものが無かったとは言わない。


 だけどそんなもの、俺には必要ないだろ。

 俺が欲しいのは過程なんだ。

 

「……マナ」

「うんっ……」


 マナは俺の呼び掛けに嬉しそうに顔を上げた。

 目尻にはじんわりと涙が浮かんでいる。


 佳南と倉橋君に感想を聞いていなければ、俺はその涙に騙されていたかも知れないな。


「お前、嘘つきだな」

「……え……?」


 俺は体を包むマナの両腕を下ろし、動揺を隠せないでいる彼女の瞳を見つめた。


「お前は1ミリも悪いなんて思っちゃいねぇよ。そして俺を一人にさせたら自分の元に居てくれるかもって奴も。何もかも嘘だよ」

「そ、そんな事ないわ……!私、筑波さんにだってそう言ったわ!」

「だったら──」


 俺はマナの肩を押し、決定的な言葉を口にした。


「なんでお前は3ヶ月も……いやもう4ヶ月になろうとしてる、この長い時間の中でそうやって謝罪しに来ないんだよ……!」


 マナは何も答え無かった。

 俺は溜まってたものを吐き出すように投げ掛ける。


「お前にとってはそういう遊びだったんじゃないのか……!?俺がいつ壊れるか……マナにすがって許しを与えてくるか……!お前はずっと俺の気持ちに気付いてたんだろっ……だから、俺を使って……どこまで俺がお前を許せるかっていう……そういう性格の悪いゲームを仕掛けてたんじゃないのか……」


 いつの間にか俺は膝をついて、マナの体にもたれ掛かっていた。


「ずっと考えてたよ……お前の心の内をさ。考えて考えて考え尽くした。佳南との約束を果たそうとしてる時も、筑波を助けようとしてた時も……いつだって俺はお前の事を考えてた……!!」


 俺の頬には無意識の内に涙の筋が出来ていた。

 それでも俺は吐き出さずにはいられなかった。


「そしたらいつの間にか答えが出てたんだ……。筑波を助けたい一心でさ。なぁマナ──」 

「……なぁに」


 ようやく声を出したマナ。

 その声に温度はなく、無機質な気持ち悪さで満ちていた。


 それは続く俺の言葉を予想したから出たものなのだろうか。

 

「俺……やっぱりお前を許せねぇよ……」

「そう……」


 俺が出した答えは、倉橋君とは違っていた。


 マナは、俺の投げ掛ける言葉を何も否定しなかった。

 それだけでもう俺の心は辛さと悲しさで満ちていた。


 俺が言ったのはうじうじと悩んで、物心ついた頃からのマナをもう一度頭の中で精査して出てきた、ただの俺の想像だ。


 だけどその想像は一つも否定される事なく、ただ彼女の体へと染み込んでいってしまった。


「……さっきの、否定しないのか」

「だって否定する所があんまりないんだもの」


 マナは変わらず抑揚のない声色で囁く。

 だが、今気になる事を言ったな。


「あんまり……?」


 そこでようやくマナは声に温度を取り戻した。

 ささやかな微笑を伴って。


「遊びなんかじゃ無かったわ。全部、本気だった」

「……!」


 マナは控えめな胸の前で手を組んで告げる。


「カナメの気持ちなんてずっと気付いてたし、それを利用もした。だけど遊びなんかじゃないわ。私は本気であなたを孤立させたかった」

「どうして……そこまで……!」


 俺の心からの叫びにマナはこう答えた。


「あなたを愛しているから」


 それはずっと聞きたかった言葉だった。

 通じ合ってると信じて、また願っていた。


 だけど、裏切られた気持ち。

 その筈だったのに──


「……今……それを言うのか……」

「今しか無いでしょう」

「今じゃもう遅いんだよ……お前が俺を追い詰める為に選んだ手段は、お前が思うよりも酷いものだったって気付いてないだろう……」

「……私に人の気持ちは解らないもの」


 だから考え得る限り、最も俺を追い詰められる手段を取ったってか……?

 俺が社会でも生きていけるギリギリのラインを攻めて……。


「……お前は間違えたんだよ。何もかも。許容範囲なんてとっくに越えてるんだ。俺がお前の元に行く事はもう無いよ」

「それでもぉ?」

「無いよ」


 ……こいつ、この空気でその煽りは絶望的過ぎんだろ。 


「はぁ……もう分かったわよ。諦めるわよ。バカ」


 マナはふてぶてしく頬を膨らませて腕を組んだ。

 こいつの開き直り方ほんと何とかならないかなぁ……。


 俺は膝に手をついて立ち上がり、マナを見下ろした。

 マナも俺の動きに合わせて視線を追ってきた。


「それで?カナメはそうやって私の醜い所を晒して文句を言う為に私を待ち伏せてたの?」

「それもあるがもう一つ用があった」

「この際だし聞くわ。早く言ってよ」


 重なり合った視線は決して離さなかった。

 彼女の驚く顔が見たかったから。


 俺は先ほど彼女がそうしたように、ささやかな微笑と共に呟いた。


「お前を、許す為だよ」

「………………は?」


 ようやくお前のその嫌みな顔を崩せたよ。


 マナは動揺したまま俺に真意をたずねてくる。


「か、からかってるの?あなたさっき許せないって……」

「あぁ。許せないけど、許したいんだ」

「意味、分からないわ……」


 俺にだって分かんねぇよ。


 佳南に言ったらぶっ飛ばされるかもしれない。

 筑波に言ったら本気で怒られるかもしれない。


 それでも俺はこの矛盾だらけの気持ちを捨てられ無かった。


 ──だけどこの気持ちにだけはケリをつけようと思った。


「マナ……俺もお前が好きだったよ。ずっと、お前が大好きだった」

「……!」


 ようやく、いつまで経っても言えなかった言葉を口に出せた。


 俺は、呪いのようなこの初恋を終わらせたかったんだ。

 どれだけ追い詰められても許してしまうような気持ち、こんな愛情は捨てなきゃならない。

 

 口にすれば、伝えれば、すっきりすると思ってたんだけどな……。


「……はは、泣きながら告白とか……だっせぇ……」

「カナメ……私は──」

「止めろ。俺はお前にだけは慰めて貰わない」

「っ……」


 マナは少しだけ顔を伏せて、ぎゅっと拳を握った。


 それがどんな感情のもとでの行動なのか、最早俺に知る術は無かった。


 代わりに俺はこの歪んだ関係を終わらせる方法を教えた。


「マナ、俺達が最後に向き合ったあの日、この場所で出来なかった事をしよう」

「え……?」

「これがたぶん一番スマートで、佳南や筑波がまだ納得する終わり方だ」


 俺はマナから少しだけ距離を取った。

 歩幅にして一歩分。


 倉橋君は幼馴染みを許した。

 それが彼女にとって一番の罰だと知らずに。

 

 だけど許せた事実に代わりはない。

 あいつは本当に凄い奴だと思う。さすが主人公様だよ。


 俺も……そんな主人公様の真似をしようと思う。


 俺には守りたい奴は居なくても、助けたい奴らが居るんだ。

 うじうじ悩む時間はもうない。


 俺が出来るのはいつだって卑怯で、同情を誘い、後味の悪いやり方だ。


 マナには、そんな報いを受けて貰う──


「お前は言ったよな。気が済むならすれば良いって」

「……それって……」

「あぁ。これ(・・)でお前が変わるとは思えない。だけど、俺からお前に送る精一杯の罰だ」


 俺はそう告げた後、利き腕とは反対の左手の拳をキツく握り締めた。

 

「さよなら、マナ──」

「……!」


 俺は彼女の右頬を、力の限り殴り飛ばした。

 接触時の軽い音と低く鈍い音が同時に公園に響く。


 マナの体は後方へ倒れ、赤くなっている頬を抑えている。

 顔は上げず、ただ一言呟いた。


「……痛いわ」

「俺も……痛ってぇよ」


 拳も、心も、何もかも全てが痛む。


 マナは俺を見ないまま、少しだけ懐かしい空気を纏って小さく言葉を溢した。


「……カナメ、"普通"こんな時何て言って立ち去るか知ってる?」

「……さぁ」


 表情は見えない。

 だけど、確かに彼女は笑っていたように見えた。


「ざまぁみろって言って嘲笑うものよ」

「……俺はそこまで主人公になれねぇよ」

「でしょうね。土壇場で利き手と反対で殴るとかいうヘタレだもの」

「うっせ……」


 俺は痛む左手とは逆の右手をマナに差し出した。

 だがその手を彼女が取る事はなかった。


「……行って頂戴。もう少しだけ考え事をしてから帰りたいの」

「分かった。なぁマナ──」

「……ん」


 俺はマナに背を向けて、ずきずきと痛む左手をポケットに入れた。

 そしてオオヤマを下りる階段に足を一歩踏み出した後、再び顔だけ振り向いた。


「ざまぁみろ」

「……サイテーね」

「お互いにな」


 そうして俺は公園を後にした。


 やっぱり後味は悪くて、心にはモヤモヤしたものが残っている。

 だけど、最後に振り向いた時に見たマナが、赤い頬で少しだけすっきりした顔をしていたように思う。


 そう見えたのは俺の願望だろうか。

 

 あの笑顔だけは本物であってくれと──

お読み下さりありがとうございます!


続きが気になる、面白い。

少しでもそう思って頂ける方がおられればぜひスクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆に評価やブックマーク、感想等ぜひ願いします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 動機が分からないからすごくモヤっとする! 結局何だったの??パリストンなの?
[一言] これ、最初からちゃんと告白すればなにもないじゃない
[良い点]  やっと関係に終止符を打てた所。  何もしなければ下手すりゃ一生粘着される所だった。  それこそ暴行未遂事件とか仕組まれて責任取れ、なんて悍ましい未来があったかも知れない。  自分の気持ち…
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