彼と彼女の結末
梅雨はとっくに明けたというのに、今日は1日中雨が降っていた。
唯一ジメジメとした雨で無かったのが救いかも知れない。
今、俺達にはそんな降りしきる雨粒の音しか聞こえていない。
誰もが口をつぐみ、ただ二人の行く末を見守っていた。
放課後の2年Fクラス。
中にいるのは佳南と倉橋君。
そして廊下から二人の様子を窺っているのは俺と筑波、そして七宮さんだ。
中に居る二人はもう数分が経つというのに、一向に喋り出す気配がなく、こっちがやきもきしてしまう。
ピンと張り詰めた空気に段々耐えきれなくなり、俺は短くため息を吐いてしまう。
「……はぁ、あいつらいつになったら話すんだよ……」
そんな俺の小言に、筑波が「しーっ」と優しく諫めてくる。
「静かにしてなきゃ駄目だよ高知君。桜庭さんもさすがに緊張してるみたいだし」
「そうだけどさ……」
なんと言うか、うがーっとくると言うか……ムズムズするんだよ……。
妙にしおらしい佳南に思いっきり活を入れたくなるって感じ?
俺のそんな子供のようにそわそわした様子に、七宮さんも呆れているようだ。
「あなた、自分でこの状況を作っておいて随分落ち着きがないのね」
あっれれーおっかしいぞー?
この人、誰にでも敬語で喋って無かったっけ?
あ、そっか!俺に敬う点は一つもねぇって事???
クソ、俺この女キライ。悪い奴じゃないんだろうけどさ。
「仕方ないだろ……!佳南がまたバカやらかすんじゃねぇかとか心配何だよ……あいつ本当にバカだから」
「過保護な事……」
「うっせ」
筑波が俺達二人のやり取りにクスクスと笑う。
「もう、二人ともそろそろ話し出すみたいだよ」
「すみません。ついこの無礼者が目障りで」
「ごめんな筑波。この無礼者が俺にだけ敬語じゃないから」
「あなたね、ご自分が何をしたのかお忘れで?あなたに払うべき敬意がおありだとでも?」
「おありに決まってんだろ。何なの?俺の事嫌いなの?」
「もちろん」
「ぐっ……」
女の子にバッサリと嫌いと言われるのは思ったよりもダメージがデカかった。
結構ガラスのハートにヒビ入ったよ今。
いや俺が悪いんだけどさ……。
「ほーら高知君。私は高知君の事嫌いじゃないから元気出して」
「筑波……!」
やはり筑波は天使。異論は認めない。
『……陸君……私……』
「!」
「やっとか……」
「倉橋君……」
それぞれがそれぞれの想いを胸に、佳南と倉橋君、幼馴染み二人の最後の話し合いが始まる。
これで全部終わる。
佳南と倉橋君は俺にどんな結末を見届けさせてくれるだろうか。
俺とは違う道を辿った、二人の幼馴染みは──
※
「……陸君……私……」
「……うん」
雨音が包む教室の中、私は数分の沈黙を破って口を開いた。
あの日、陸君にフラれたあの日からずっとこの瞬間が来る事を願ってた。
私が傷付けて、追い詰めてしまった大好きだった人に、きちんと謝罪をする為に。
そして、この恋にけじめを付ける為に。
「……私、ずっと陸君を傷付けてたんだよね……本当にごめんなさい……まずは、謝らせて欲しい……」
私は腰から頭を下げ、誠心誠意心を込めて謝罪した。
要と同じように土下座をしようとしたけど、たぶんそれじゃ陸君に"謝罪の許容"を押し付ける事になる。
……それくらいは私にも解るようになった。
陸君にはもっと私への憎悪をぶつけて貰わなきゃいけない。
要が受けたのと同じように。
「……頭を上げてよ佳南ちゃん……」
「……!」
陸君が私を"佳南ちゃん"と呼ぶ声があまりにも優しくて、もう既に泣きそうだ。
だけどダメだ。今泣いてしまえばこの場を用意してくれた要の頑張りを無駄にしちゃう。
私は私が慰めて貰う為にここに居るんじゃない。
きちんと罰を受ける為にここに居る。
「……佳南ちゃん、一つだけ聞いても良いかな?」
「う、うん」
私達は立ったまま向かい合って話している。
私よりほんの少し高い彼の目線。
見上げる角度も、その雰囲気も何もかもが愛おしい。
「どうして、謝罪なんてするの?僕、謝られたって許さないし、佳南ちゃんはもっと酷い目に遭えば良いって、心の底から思ってるんだよ?なのに何で?」
要から聞いたから、陸君の気持ちは知っている。
今の言葉はきっと偽らざる本音だと思う。
残酷な言葉だった。けれど私が彼にした行いはそれ以上に残酷だ。
「……この場を作って貰ったのは……私がどうしても陸君に謝りたかったから……そうすれば私、もう一度陸君とって思ってた……」
「本当に未練タラタラだね……悪いけどそんなのあり得ないし、僕もエミちゃんと同じ気持ちなんだ」
「……」
「君の罪悪感の精算に利用しないで欲しい」
「ごめんなさい……」
今私の胸にはやりきれない気持ちでいっぱいだ。
もっと早く、それこそ陸君が入院するまでに、私が陸君の気持ちに気付いて謝っていたら、こんな結末は迎え無かったかも知れない。
陸君は俯いてしまっている私に、さらに続ける。
「要君の為に言うけど、君はもっと自覚した方が良いよ。ハッキリ言って異常だもん。僕はエミちゃんが居なきゃ一生日陰者でもっと心を病んでたと思う」
「……うん……」
「ある意味君に洗脳されてたんだ。入院して君から離れてようやく分かったよ、君はおかしいって。そんな時にエミちゃんが言ってくれたんだ『彼女を捨てよう』って」
「……そう……だったんだ……」
「うん……エミちゃんは1年の頃から僕を見ててくれたみたいでね、2年になってすぐに入院した僕を救ってくれた恩人なんだ。そこから3ヵ月、悩んだけど僕はあぁいう結末を望んだ。僕はそれに一つも後悔はないよ」
私達が別れたあの日、語ってくれなかった事を全て語ってくれている。
きっと完全に私を拒絶する為だ。
そして一切の情を、未練を残さない為だ。
私はこの全てを受け止めなきゃいけない。
最初は陸君とやり直す為にこの場を欲した。
だけど今は違う。
要の為に、要の頑張りを無駄にしない為に私は今ここに居る。
だから私は完膚なきまでに拒絶されようと思う。
「佳南ちゃんとは昔から一緒だったのにどうしてこうなったんだろうね。全部が全部君が悪いとは言わないよ。僕も君の間違いを正せなかった」
「……そ、それは違っ……私がそうなるよう追い詰めちゃったから……!」
「そう……言えるようになったんだね。誰のおかげか知らないけど、その言葉、もっと早く聞きたかったな」
「っ……」
陸君は廊下の方を見ながらそう言った後、私の肩に優しく手を置いて微笑んだ。
「要君は良い奴だろ。要君の名誉の為に言わないけど彼は君の為に文字通り身を粉にして頑張ったよ。もう、僕の事は忘れて君を見てくれる人と向き合いなよ」
言いながら、陸君が私の肩に置く手は震えていた。
……本当にごめんなさい陸君……。
「何だか寝とられたような妙な気分だけどね」
冗談めかして笑う陸君は「佳南ちゃん」と最後に私の名前を呼んだ。
「言い残した事はない?これが終わればもう僕らは完全に他人だ。クラスは同じだから話す事もあるだろう。けれどこうやって二人きりで話す事はない、もう絶対に」
私は……私は……。
「私はずっと陸君が好きだった……大好きだった。やり方は間違えてしまったけどそれだけは本当だったの……!」
「……うん。僕も好きだったよ。佳南ちゃんの事」
「……!」
その言葉だけで救われた気がした。
ありとあらゆる過程を間違えて、絶対に至ってはならない結末を迎えた私が、それでも唯一間違って無かった事。
──この恋の始まりだけは唯一確かに交わったものだったんだ。
「……最後に一つだけ。お願いだ、要君は絶対に僕と同じ目に遭わせちゃいけないよ。それが約束出来るなら僕は──」
陸君は私の目を見つめて、幼い頃からずっと見てきた、何度も私が恋した瞳で伝えてくれた。
「──君を許せるよ」
私は許される為にここに来た訳じゃない。
だからこれは陸君の、心からの慈悲だ。
私はこんなにも優しい人を裏切ったんだ。
それに気付いてしまった。
事ここに至ってようやく。
きっと私はこうやって本来ならあって当然だった、"相手を理解する心"を手に入れるのだと思う。自分の心に傷をつけながら。
それが私が一生背負っていく罰。
きっかけをくれたのは要だ。
最初に許しを与えてくれたのは陸君だ。
私はもう二度と間違えてはいけない。
約束を違える事は許されない。
だから私はこう答えた。
「絶対……絶対……この約束は破らない……!」
涙は流さなかった。
未練が無いことを伝えなきゃならないから。
私が強く想い込めた瞳を返した後、陸君はそっと私から離れた。
「それじゃ本当にここまでだ。今まで、本当に今まで辛い事が沢山あった。だけど楽しかった事もあった。ここが僕らの別れ道だ」
私と陸君は泣き笑いのような顔で言った。
「さよなら、桜庭さん」
「さよなら……倉橋君……!」
長い、本当に長い初恋が終わった──
※
「お待たせ、終わったよ」
佳南との話し合いが終わり、教室を出て来た倉橋君は俺達に笑顔を向けた。
まずいの一番に七宮さんが彼の胸に飛び付いた。
「倉橋君……!言ってた事が違います!あの女にしっかり仕返しするんじゃなかったんですか!」
「ははっ……そのつもりだったんだけどね。やっぱり無理だったよ。何を言っても佳南ちゃんは──桜庭さんは僕の幼馴染みだから……」
「優しっ……過ぎますよ……!」
「そうかな……本当に優しい人間はもっと早く許せると思うけどね」
「倉橋君は優しいです。優しいんですっ……!私が一生掛けて教えてあげますから……!」
「うん──え、一生?ちょ、な、なんか重──」
「ああぁぁ……!!」
「……ま、まぁさすがに冗談、だよね……」
うわぁ……なんか見てはいけないもん見てしまった。
筑波も若干引いてるし……。
「んー!それにしても綺麗に終わって良かったよ。ね?要君」
急に話を振られた俺は少しテンパりながらも答えた。
「あ、あぁそうだな。佳南もこれで思い残す事はないだろう。本当にありがとう倉橋君」
「いやいや良いって!」
「君は……許せたんだな。幼馴染みの事を」
「……うん。たぶん要君のおかげだよ。彼女は確かに変わってた」
「そう……なのかな。変わっていれば、許せるものなのかな……」
「どうだろうね。少なくとも君と僕は違う。君の幼馴染みは──」
「分かってる。ちゃんと分かってるから」
「……なら良いけど……」
俺が少しだけ視線を下に移すと、倉橋君がぽんと俺の肩に手を置いた。
「それより要君、チャンスだよ!」
「え?チャンスって何が?」
倉橋君はニヤニヤしながら教室を指差した。
「傷心中の女の子が中に居るんだよ~?落とすなら今だよ!」
「ななな、何言ってんだお前!?」
「その為に頑張ったんでしょ?ほら、早く行って来なよ!」
俺の腕をぐいぐいと引っ張る倉橋君。
そういやこいつそんな風に理解してたんだった!
「い、いやそれが誤解──て言うか俺もっと感想とか聞きたいんだけど!?」
「そんなのまたいくらでも教えるって!ほら早く!」
「……お前楽しんでるだろ」
「これくらい楽しませておくれよ。僕にはその権利、あるだろう?」
「……そうだな……間違いない」
まぁ元々そのつもりだったから良いんだけどさ……。
俺はポケットに入れていた2本のジュースを取り出して、倉橋君と七宮さんに手渡した。
「これ、前の詫びだ。倉橋君のはついでな」
「ありがと。いやー前にも増して要君と仲良くなれて嬉しいよ!これからもよろしくね!」
「ふ、ふん。受け取ってはあげますがあまり倉橋君に迷惑を掛けないよう気を付けなさいよ」
二人はそう言ってこの場を後にした。
面倒な主人公様達だったが、まぁこれはこれで上々の結末だろう。
さてと、俺はバカの回収に向かいますか……。
「……高知君」
「ん?」
俺がドアに手を掛けた時、そっと筑波が袖を引っ張った。
「どったの?」
「高知君はやっぱり凄いね。こうして全部上手く収めちゃうんだから」
「そうか?まぁどうしようもない問題も残ってるけどな」
「幼馴染みさんの事?」
「あぁ……俺はまだ答えを出せてないから。今から本当の答えを出して来るよ。ある意味それが俺が佳南に協力する理由だから」
筑波は「そう……」と短く頷いた後、明るい天使の笑みを向けた。
「なら早く行ってあげて!桜庭さんきっと待ってるよ!」
「呼び止めたのはお前なんだが……まぁ行って来るよ。てか筑波は来ないのか?」
お前らもそろそろ友達と言って良いんじゃないの?
それに万が一佳南が死にたいとか言い出したら……と、思ったがじと目を向けられてしまった。
「……さすがにここでついて行く程お邪魔虫じゃないよ。先に帰ります。あ、でも」
「なんだ?」
「傷心につけ込んでキスとかしないようにね」
「するか!?」
俺の天使が最近堕天していってる気がする……
俺はため息を吐きながらガタつくドアを開いた。
後ろの筑波の呟きに気付かないまま──
「答えなんて必要ないのに……」
※
未だ止む気配の無い雨が降る中、段々と薄暗くなる教室の真ん中で立ち尽くす、茶色い髪を靡かせたスタイル抜群の美少女。
彼女はあの日と同じように小さく呟いた。
「……ねぇ、大好きだった彼氏にフられて今どんな気持ちだと思う?」
あの日と違うのは彼女に冷たい雰囲気を感じられなかった事。
今、彼女から感じられるのは全てを吹っ切って前を向こうとする、健気な女の子の暖かさだ。
ならばこそ、俺は微笑を伴ってこう答えるべきだろう。
「心中お察し申し上げます」
俺の返事を聞いた佳南は一瞬きょとんとした顔をした後、快活に笑った。
「ぷっ、あははは!はー……ははっ……全部、全部終わったよ……要」
「だな、とりあえずお疲れさん」
「うん……ありがとね要。本当に……あっ、ありが……とう……!!」
「佳南……」
佳南は両目から止めどなく涙を流し始めた。
体を震わせ、全ての感情を吐き出すように。
「私……私、許されちゃった……!あんな……あんなに追い詰めて傷付けちゃったのに……!!これじゃ私……本当にもうどうしようもないよぉ……!!」
「……そうだな」
倉橋君は佳南を許した。
だけどそれは佳南からすれば一番惨い罰だ。
あいつは無意識かも知れないが、やはり酷く恨んでたんだよ。
そして自分も気付かない内に佳南にとって一番キツイ罰を残した。
罰を受けたいと願う人間に許しを与えるのは、きっとそら重いものだろう。
「だけどそれがお前が今後背負っていくものだよ……それだけは、俺にはどうしようもない」
「分かってる……!!けど、こんな私が許されちゃダメなの……!私、要まで傷付けたのに……!!」
「……」
佳南の心にそうやってまた一つ傷が残るだろうから、誰も居ないところで倉橋君達と話し合ったってのに……筑波のやつ……。
俺はぼろぼろに泣いてしまって今にも崩れそうな佳南の傍に寄った。
「約束、覚えてるか?倉橋君にフられたら胸を貸してやるって言ったの」
「……覚えて……る……」
「まだ倉橋君に未練があって必要ないならしない。だけどお前が──」
俺が最後まで言い切る前に、佳南は俺の腕の中目掛けて飛び込んで来た。
「やれやれ……本当バカな奴だよ佳南は……」
「要っ……ごめんねっ……私なんかの為にいっぱい頑張ってくれて本当にありがとう……!」
「俺達協力者同士だろ?恩返し、期待してるよ」
「うんっ……!私に出来る事ならなんだってする……!」
涙が頬を伝い、とっくに俺の制服のシャツは濡れていた。
それでも構わない。
俺は佳南を助けてやりたいから。
「だから……要……最後のお願い……聞いて欲しい……」
「ん……言ってみ」
「もっと強く抱き締めて……!」
「……あぁ」
「っ……あぁ……あぁああっっっ……!!!」
佳南はしばらくの間泣き続けた。
俺が彼女の慈悲を受けた時よりも長く。
まるで自らの過ちを懺悔するかのように、全てを涙に代えて俺の腕の中で泣き続けた。
彼女が全てを吐き出し終えた時、俺は窓の外を眺めた。
すると、長く降り続いていた雨はいつの間にか上がっており、美しく暖かい光を放つ夕陽が窓に付いた雨粒を優しく輝かせていた──
お読み下さりありがとうございます!
さて、今回で佳南編とでも呼ぶべき2章が終わりました。
皆様、ここまで読んで頂いて本当にありがとうございます!
ぜひ第3章に入る前にここまでの評価や感想等お願いします!!
そしていよいよ高知要の幼馴染み編ですね。
ここを楽しみにして下さってくれていた方も多いと思います!
週間1位にも入る事が出来ましたし、頑張って書いて行きますので、何卒応援よろしくお願い致しますm(_ _)m
続きが気になる、面白い。
少しでもそう思って頂ける方がおられればぜひスクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆に評価やブックマーク、感想等ぜひ願いします!!