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98話 糸の包囲網を破れ

 蜘蛛の糸、見えない糸、魔力の糸。この三種の攻撃を上手く掻い潜ってパーガトリアに接近しなくてはならない。二手に別れて挟撃を狙う俺たちだが、糸を防御するのに精一杯でまるで近づくことができない。


 この三種の攻撃のミソは蜘蛛の糸には武器を触れさせちゃいけないってところだ。うっかり武器で払おうとしたら粘着して絡め取られる。


「あはは! 快感ですねぇ、あれだけ煮え湯を飲まされた勇者クルスたちが苦しんでいる! これほどの愉悦がありますか!!」


 蜘蛛の糸と魔力の糸の同時攻撃が来る。蜘蛛の巣は白く、魔力の糸は赤い。赤い糸だけを狙って切り払い、白い糸は身体を半身にして避ける。パーガトリアは舌打ちをしたが、これを続けるのはかなり苦労する。


「腐っても勇者ですね。まったく憎たらしいほどの技量です。ですが、お仲間はもう限界みたいですよ?」


 バーボンたちの方を見ると、戦斧に蜘蛛の糸が絡みついていた。避け損ねたのだろう。まずい、このままじゃ武器を取り上げられて武器が無くなってしまう。と、思っていると、すかさずクレアが戦斧に触れた。


「そうはさせない、蜘蛛の糸は側近さんと繋がってるんだから、こういう攻撃の仕方もあるわ!」


 クレアの手が燃え盛り、蜘蛛の糸を伝って炎が伸びていく。機転を利かせたな、確かにこれならパーガトリアは糸を切り離すしかない。その隙に俺は柱に手を伸ばして、上を目指してよじ登る。少しでもパーガトリアに近づくために。俺を近づけさせないための見えない糸は、魔法剣で切り払う。


「ちっ、こっちに来ないで欲しいですね、勇者クルス。私は貴方のことが嫌いなんですよ!」


 バーボンの武器に絡んでいた蜘蛛の糸を切り離すと、パーガトリアは再び魔力の糸を伸ばしてよじ登る俺を集中的に攻撃してくる。駄目だ、これ以上は近づけない。接近戦は諦めるしかなさそうだ。と、思っていると、下にいるフィオナが俺に降りてこいとハンドサインを出している。俺は一度手を離して下に降りた。


「ルクスさん、閃きました。さっきのクレアさんの攻撃方法を使えばパーガトリアを地上まで引きずりおろせます!」

「……フィオナ、行けるのか?」

「はい。ですがルクスさんたちが柱に触れていると巻き添えになるので、この場から動かないでください」

「分かった。任せていいかな」

「もちろんです!」


 フィオナの身体から高純度の魔力が溢れ出す。無限領域の力を解放したのか。そして静かに柱のひとつに触れると、冷気が柱に伝わり一気に凍りついていく。柱と柱は金属の棒で繋がっており、このジャングルジム状の部屋全体が凍結し始めた。


 なるほど。これならパーガトリアは柱から降りてくるしかなくなるな。バーボンとクレアも柱や棒には触れないよう注意を払っている。


「無限領域の力ですか。ヘルヘイムを倒したのもその力のおかげでしたねぇ、ここは素直に降りるとしますか」


 無限領域による氷系魔法は、如何なるものをも凍結させる強力な魔法になる。ヘルヘイムでさえその氷を溶かすことはできなかった。パーガトリアと言えど、一度凍ったらフィオナが解除しない限り永久に凍結することになる。


 ジャングルジムから降りたパーガトリアは、俺たちからちょうど二十メートル程度離れた位置にいる。フィオナが柱に冷気を流し込み続ける限り、ジャングルジムを利用した戦い方はできないということだ。


 ここからは純粋な真っ向勝負になる。この戦法の弱点は、フィオナが戦いに参加できなくなることだが、贅沢は言えない。俺たち三人で倒すしかないだろう。


「こうなったら使うしかないようですねぇ……私の奥義を。勇者クルス、使ってもいいですよ。貴方の奥義。力比べをしようじゃありませんか」

「奥義だって。お前にそんなもの無かっただろう。少なくとも昔に戦った時には……」

「二年もあれば誰だって成長しますよ。断言しますが、貴方の奥義、『聖天光波剣』は通用しません」


 随分な自信だな。いや、これは誘いなのか。けれどパーガトリアもSランク相当の魔物。手加減をしていい相手ではない。相手が奥義を使ってくるとなれば、こちらもやはり奥義で対抗するしかない。


「その誘いに乗ってやる、いくぞ!」

「いいですねぇ、ならば味わいなさい! 私の奥義……『天獄輪廻(てんごくりんね)』をね!!」


 剣に魔力を溜めるのと同時に、パーガトリアの十の指に嵌められた指輪から、魔力の糸が大量に伸びた。地面から天井までぴったりと埋めるように、伸ばした糸を網目状に展開する。網目状の糸は触れるもの全てを切断しながらこっちに近づいてくる。


「おい、やばくないか。あんなの逃げ場が無いぞ!」

「ルクス、早く奥義を使いなさい!」


 バーボンとクレアが悲鳴のように叫んだ。


「分かってる、今やるさ! 行くぞ……『聖天光波剣』っ!!」


 白銀の剣の刀身から光の刃が伸びると、俺はそれをパーガトリアの奥義である網目状の糸へと叩きつけた。拮抗している。簡単に断ち切れると思っていたが、普通の魔力の糸とは隔絶した硬さと切断力がある。


「かかりましたね。単純で助かりますよ、さぁ(ほど)けなさい!」


 剣から感じていた手応えが無くなった。網目状になっていた魔力の糸が解けたのだ。聖天光波剣が空振りする。そして数えきれないほどの赤い糸が無差別に部屋中を切り裂き、俺たちに襲いかかる。


「みんな、避けろーっ!!」


 俺は咄嗟に叫んだが、そんな指示で避けきれるわけがない。奥義を使っていたせいで俺も反応が遅れてしまい、何本かの糸が俺の身体を切り裂く。左腕が千切れ飛び、大量の血が溢れ出した。脇腹を糸が貫通した。これだけで済んだのは幸運と言っていいだろう。


 俺は右手に剣を握ったままうつ伏せで地面に倒れていた。頭をどうにか動かすと、バーボンとフィオナが倒れているのが分かる。ただ、どっちも軽傷だ。少なくとも手足が千切れてるわけじゃない。俺より速く回避できたおかげだろうな。フィオナは負傷しながらも柱を掴んで凍らせ続けている。あとはクレアだ。


「クレア……!」


 思わずその名を呼ぶ。クレアだけは何の負傷もなく、五体満足だった。クレアの使える闇系魔法、『常闇の羽衣』を発動していたおかげだ。あの魔法を使っている間は、物理攻撃はもちろん、光・闇以外の魔法も無効化できる。それで自分の身だけは守れたんだ。


 今はパーガトリア相手に接近戦を仕掛けているが、パーガトリアも傀儡霊糸による魔力の糸で応戦している。クレアの魔力が尽きるのが先か、はたまたパーガトリアに致命傷を与えるのが先か。あるいは、蜘蛛の糸で動きを封じ、魔力切れを狙うことだってパーガトリアにはできる。このままクレアに任せ続けるというわけにはいかない。


「バーボン……動けるか……」


 我ながら今にも消えてしまいそうな声だ。バーボンがのそのそと床を這って俺のところまで来てくれた。致命傷こそないが、出血が激しそうだ。俺は懐からポーションを取り出してバーボンに渡す。


「助かる、ルクス……俺はどうすりゃいい。このまま加勢したいんだが、戦斧がさっきの攻撃で細切れになっちまった」

「俺の剣を持っててくれ……『聖天光波神弓』を使う。クレアを援護するんだ」


 右手に魔力の弓を形成すると、バーボンに矢となる俺の剣を番わせる。片腕が無いから発射役をバーボンにやってもらうしかないんだ。発射準備が整うと、クレアが一瞬俺たちを見て、聖天光波神弓の射線に来るように立ち止まり、パーガトリアの蜘蛛の足を掴んだ。


「一体何を……! 離しなさい、苦し紛れもいいところですよ!」


 パーガトリアが傀儡霊糸でクレアを滅多斬りにするが、クレアの身体は砂のように飛び散ったかと思うとすぐに修復する。クレアの意図がすぐに分かった。動きを止めているうちにパーガトリアを攻撃しろと。そういうことだろう。俺とバーボンは頷き合い、光の矢となった白銀の剣を放つ。


 矢は空気を切り裂き、クレアの背中を貫いてパーガトリアへと吸い込まれるように突き刺さる。クレアとパーガトリアが同時に床に倒れた。『聖天光波神弓』は光魔法の分類だ。


 剣によるダメージは無くとも光魔法によるダメージは発生している。想像を絶する苦痛がクレアを襲っていることだろう。しかしパーガトリアにも致命傷を与えることができた。床に倒れている姿を見る限り、剣は心臓に命中していた。

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