96話 地獄の番犬
すでに三百体近い魔物を倒していた。バーボンが魔鉄球で弱い敵を薙ぎ払い、クレアが炎系魔法で援護しつつ、俺とフィオナでデカブツの魔物を仕留めていく。疲れてきたらフィオナの治癒魔法か、ポーションと魔力ポーションで回復を挟みつつ、一時間近い戦闘を繰り広げていた。
「ルクス。もう大分倒したと思うけど、まだ出てくるかしら」
「いや……扉から現れる魔物が少なくなってきてる。もう少しで全部倒せるだろう」
「へっ。俺はまだまだ余裕だぜ。もういい歳なんだがな、案外俺の体力も馬鹿にできねぇな」
「皆さん、疲れたら遠慮なく後退してください。私が癒します」
気力も十分に残っている。回復手段が整っている今、体力や魔力的な余裕よりも、気持ちの方が大事とも言える。どれだけ肉体が万全でも気持ちと集中力が落ち込んでいたら、パフォーマンスが悪くなり、余計なミスに繋がってしまうからな。戦いにおけるミスは命取りになりかねない。
「ふっ。流石は勇者とそのお仲間さんたちと言うべきでしょうかねぇ。しかし皆さん、私が雑兵だけを集めていたと、本気でお思いですか? 皆さんがここに来るというのは薄々予想していたのでね。最後の戦いに相応しい役者もちゃんと用意してあるんです。さぁ、行きなさい!」
パーガトリアの声が響いたかと思うと扉のひとつから、黒い四足獣が姿を現わした。なんという大きさだ。人間など一飲みで食い尽くせてしまえそうなほどの巨躯。三つ首の頭はそれぞれが獰猛に飢えており、涎を垂らしながら唸り声を漏らしている。
「地獄の番犬……ケルベロスか……!」
「ご明察ですよ、勇者クルス。魔王様の側近ともなれば伝説の魔物だって従えられるんです。せいぜい頑張ってください。そいつを倒せないと私のいる次のエリアには進めませんからね。では」
声が途絶えると同時に、ケルベロスの三つ首のひとつが口を開き、業火を吐いた。猛然と接近してくる。俺たちは一か所に固まり、フィオナが杖で床を突くと氷の壁が出現。炎を遮った。これは氷の防御魔法。その名も『氷陣壁』だ。
「凄い火力です……! 気を抜いたら一瞬で壁が溶かし尽くされそうです……!」
「ケルベロスの炎が止まったら一気に攻めるぞ。みんな準備していてくれ」
と、俺は言ったが、ケルベロスの二つ目の口が開き、業火に続いて雷撃を吐いた。俺は慌てて『八咫鏡』を発動して雷を防ぐ。全方位を守る光系最強の防御魔法だ。簡単には破られない。と、思っていると、ケルベロスの三つ目の口が開き、凍てつく吹雪を吐いた。三種の魔法を同時に扱えるのか。しかもそれぞれ系統が違う。こんなことは魔法使いでも簡単にはできないぞ。
「すみません……! 氷陣壁、耐えられそうにありません!」
「くっ。分かった……なんとか防ぎきってみる……!」
炎、雷、氷の魔法が同時に『八咫鏡』を食い破ろうとしている。駄目だ。いくら俺の防御魔法でもこれほど強力な魔法を三つも防ぐなんてできない。限界だ。散開して避けるしかない。
「ごめん、俺ももう無理だ! みんな四方に散って同時攻撃を仕掛けよう。三、二、一で解除するから覚悟してくれ!」
「仕方ないわね……! それにしてもこのケルベロス、Sランク相当の強さはありそう……!」
「すみません……私の防御魔法の能力がもっと高ければ……!」
「防御より攻撃の方が得意だ。任せておきな!」
「行くぞ、三、二、一!」
八咫鏡を解除した瞬間、俺たちは四方に散った。俺はケルベロスの頭上へ跳躍し、クレアは左、バーボンは右。フィオナはなんと正面から迫る炎を搔い潜ってケルベロスの足下へと潜り込んだ。俺は上から『流星斬』を放ち、クレアは火球を投げつけ、バーボンは魔鉄球を投擲。フィオナは杖で突きを放ち氷系魔法の『氷縛杖』による凍結を狙う。
だがケルベロスは三つの頭から同時に咆哮を放つと、俺たちが放った流星斬、火球、氷縛杖はすべて無効化されてしまった。魔力で動く魔鉄球も勢いを失い、命中こそしたがダメージは軽いものに留まる。まさか打消し魔法まで持ち合わせているとは。想定外にも程がある。
ならば純粋な剣技で倒す。俺はそのままケルベロスの背に乗って剣を突き刺し、背中を切り裂いた。バーボンも武器を戦斧に持ち替えて頭のひとつめがけて振り下ろす。
ケルベロスは激しく動き回り、俺は背中から振り落とされてしまったが、この魔物に限っては純粋な物理攻撃が一番効果的なのかもしれない。魔法は打ち消されるからな。攻防の末、バーボンの戦斧がケルベロスの片目を切り裂くことに成功し、大きな痛手を与えるに至った。よし、いけそうだ。
純粋な物理攻撃。それがケルベロス撃破の鍵だ。もっともこの作戦が通用するのは、俺たちの武器がトバルカインさん製の優れた武器だったおかげだ。既製品の武器ではまともに傷をつけられないだろう。
「初心に戻って地道に削っていこう。俺とバーボンで攻撃するから、クレアとフィオナはサポートを頼む」
「その方が良さそうね。あの咆哮を使われたら魔法を無効化されちゃうから、あんまり期待はしないでよ」
「了解だ。牽制程度でもいい」
三つ首による噛みつきと前足の爪による攻撃を掻い潜って、俺とバーボンは少しずつダメージを蓄積させていく。魔法を使わせる暇は与えず、あくまでも素早く畳みかけるように連続で攻撃し、時折フィオナやクレアの魔法が援護で飛んでくる。
魔法は決して大威力ではなく牽制にしかならないのだが、ケルベロスは過敏に反応してしまい、リソースを援護にも割こうとするので隙を作り出すことに貢献している。
戦いは長期戦になった。ケルベロスが明確に弱ってきた頃、追い込まれたためにケルベロスも奥の手を発動した。俺たちの攻撃など気にも留めず、三つの口に魔力を溜め始める。なにか威力の高い魔法を使おうとしているのは明白だった。
「私が相殺するわ、ルクス、バーボン、キッチリとどめを刺しなさい!」
クレアの手に魔力が集まっていく。俺とバーボンはクレアの後ろに下がった。ケルベロス最大の技を相殺したら、その余波に乗じて一気に仕留めに行く算段だ。
「グオオオオオオッ!!!!」
ケルベロスの咆哮が部屋に響き渡る。まさしく起死回生の一撃。三つの頭から同時に放たれたのはケルベロス自身よりも巨大な熱線だった。これほどの攻撃を相殺するとなれば、俺は聖天光波剣を頼るだろう。クレアは一体どんな魔法を使うのだろうか。
「いくわよ……! 私の全魔力を使ってでも止めて見せる! これが私の使える最強の魔法、『超級四元素撃』よっ!!」
クレアの両手から赤、青、緑、黄色にスパークする光の塊が巨大な光弾となって放たれた。光は四色の螺旋を描きながらケルベロスの熱線と激突する。炎、水、風、土の魔法、四系統をひとつにして放つとは。とてつもない大魔法だ。この魔法こそ、クレアの師匠にして俺の仲間でもあったハインリヒが得意としていた奥義でもある。もっとも練度はまだ師匠の方が上といったところか。
「……今だっ! バーボン、行くぞぉぉぉぉぉっ!!」
「おうともよーーーーーーっ!!」
クレアは宣言通り役割を果たしてくれた。ケルベロスの切り札を完全に相殺し、俺たちは飛び出してケルベロスに斬りかかる。三つの頭のうち、ふたつを狙う。俺は真ん中に斬りかかり、突きを放つと、刀身が頭部に深々と突き刺さった。バーボンが振り下ろした渾身の一撃はケルベロスの右にあたる大きな頭を綺麗にかち割った。
「グゥゥゥ……ゥゥゥ…………クゥゥゥーーーーン……」
残る一つの頭は限界を迎えたのか鳴き声を漏らしながら痙攣を起こし、ケルベロスは完全に沈黙する。少しずつ身体が薄れ、光の粒となって消えていく。間違いなく、俺たちはケルベロスに勝ったんだ。大変だった。しかし、これでパーガトリアの用意した配下の魔物もだいたい倒せただろう。休息を挟んだら、いよいよ本当の対決が待っている。