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94話 賢者の魔法術式

 その日、俺は宿屋に寝泊まりしているクレアの部屋をノックした。したにも関わらず返事がない。もうそろそろお昼なのにまだ寝ているのだろうか。ノックをもう一度してから俺は声を張り上げる。


「ルクスだけど、クレア、まだ寝てるのか?」


 やや間を置いて「ちょっと待って」という小さな声が聞こえた。衣擦れの音がすると、がさごそと音を立てながら足音が扉に近づいてくる。急に扉が開いたので俺は慌てて一歩後ろに下がる。


 顔を出したクレアは今まさに起きたと言わんばかりのだらしない姿をしていた。服が寝間着なのもそうだが、髪があちこちに跳ねており、寝ぼけまなこで目をこすりながら俺の顔を覗き込んでいる。


「なに? 安眠妨害よ。もうちょっと寝ようと思ってたのに……」

「生活のリズムが崩れてるぞ。話があるんだ。場合によっては修行になる」

「はぁ……? よく分からないけど、着替えるからちょっと外で待ってて」


 勢いよく扉を閉めると、俺は部屋の前で待たされた。数十分後、部屋の扉が再び開くといつものクレアがそこにいた。


「お待たせ。入っていいわよ。それで、なに? もしかして寂しくて私に会いにきた? そっか~遂に私の虜になっちゃったか。もう、しょうがないわね……」

「いやそういう話じゃないんだけど、とにかく失礼するぞ。うわっ、なんだこれは……」


 クレアの部屋に入ると俺は驚かざるを得なかった。なんて汚い部屋なんだ。あちこちに荷物や着替えが散らばっており、混沌とした様相を呈している。宿屋をチェックアウトする時、片付けが大変じゃないか。自分の家じゃないんだから。


 それにしてもクレアの意外な一面を垣間見たかもしれない。仲間の部屋に入ることってあまりなかったからな。今まで何か必要な話をするときはだいたい食事の時とか、宿屋の集会室かさもなければ俺の部屋を使っていた。


「そんなに驚くことかしら。普通こんなものでしょう?」

「その普通はたぶんクレアだけだと思うよ……」


 クレアのところに来た用件はただひとつ、闇系の付与魔法が使えるかどうかってことだ。これがないと魔王討伐なんて成り立たないからな。別に光系の付与魔法でもいいんだけど俺はそういうの出来ないしクレアも光系魔法は使えないので考えないでおく。


「うーん。闇系の付与魔法ね。考えたこともなかったわ。私の闇系魔法は独学だし、パーティーを組んで戦うっていうのもルクスと仲間になるまであまりして来なかったもの。自分用の必殺技っていう発想しかなかったわ」

「なるほど。まぁ俺の光系魔法もだいたいそんな感じだ。でも、魔王との戦いでは付与魔法が勝利の鍵になる。出来そうかな?」

「付与魔法自体は出来るから問題ないと思う。でもなぁ……そうだ。ちょっと王都の外で試してみましょうか」

「そうだな。そっちの方が話が早い。早速行こう」


 と、いうわけで俺たちは王都の外にある草原に移動した。この辺りなら何かあっても迷惑にならないだろう。俺は持ってきた剣を鞘から抜いて構えた。


「よし、じゃあクレア、手始めにこの剣に付与魔法を使ってみてくれないか」

「分かったわ。ちょっと待っててよー……えい!」

「おおお……!?」


 白銀の剣が漆黒の波動を纏い、禍々しい刀身を形成していく。成功だ。よし、これなら本番でも問題無さそうだな。近くに手頃な大きさの岩があったので、それを試し斬りしてみたが、まるで削り取るように荒々しく岩を切り裂いた。威力も申し分ない。


「いい感じじゃないか! これなら問題無さそうだぞ!」

「全然いい感じじゃないわ。かなりきつい。これ、魔力の燃費がすごく悪いっ……!」


 クレアが大きく息を吐いて魔力の供給を止めると、ふっと剣から漆黒の波動が消失する。


「燃費が悪いかー……そういえば、ハインリヒも昔似たようなことを言ってたような……」

「もっと効率的な魔法術式を構築しないと駄目ね。単純な付与魔法の要領で発動したら、すごい疲れた」

「クレアのあの……『常闇の羽衣』は燃費に関しては大丈夫なのか?」

「ええ。あれは師匠が残してくれた魔法術式を参考にしてるから。それでも魔力はかなり消費するけどね」


 魔法術式。魔法っていうのは想いの力が根源とされている。だが、人の想像力とは結局曖昧なものであり、想いの強さによって発動時の威力も大きく変わる。それを補助するのが魔法術式という、まあ数式みたいなものだ。頭の中に特定の術式を思い浮かべたり、あるいは魔法陣のように何処かに描いて魔力を流すことで、素早く、かつ、強力な魔法を発動できるようになる。


 魔法術式が無くても魔法の発動は可能だが、魔法術式を使った方が段違いに効率が良い。魔法使いなら基礎的な魔法術式はみんな使える。ちなみに俺は感覚だけで魔法を使っているので術式のことは一切分からない。


「今のままだと実戦じゃあ使い物にならないってことなのか?」

「そうね。維持できて十分間ってところかしら。たぶんそれくらいで魔力切れになる。バーボンとフィオナ二人に使うとして、一人につきだいたい五分ね。超短期決戦になるし、それだと他の魔法にリソースを割けないわよ」

「……魔法術式の改良が出来たとして、どれくらい時間がかかりそうなんだ?」

「うーん。私はそういう魔法の研究は苦手だからなぁ。想像もつかないわ」


 かつてハイリンヒも「闇系魔法は完璧に理解出来ていないし扱えない」と言っていたが、やはり闇の魔法を熟知し使いこなせるのは現状、俺たちの敵である魔王アンフェールのみってことなんだな。俺は魔法の専門家じゃないので助けることはできないが、魔法術式の改良、何とかならないだろうか。


 それに昔のハインリヒは闇系の付与魔法を普通に使っていた。つまり、ハインリヒは効率的な魔法術式の構築に成功していたってことになる。ならクレアにもできるはずなんだ。何かいい方法がないだろうか。


「ふぉっふぉっふぉ。困っておるようじゃのう。折角の機会じゃ、少し助けてやろうかのう」

「こ、この声は……!?」


 俺は反射的にビクッと驚いてしまった。これは賢者ワイルズの声だ。また覗き見していたのか。だけど、今は助かった。賢者とも呼ばれた伝説的な魔法使いなら、闇系魔法のための魔法術式くらい簡単に改良してくれそうだ。やがて俺たちの前に老賢者の姿が浮かび上がる。魔法で映像を飛ばしてきたか。


「久しぶりじゃな。これから魔王との決戦なのじゃろう、この老人も一肌脱いでやろう」

「あら……ワイルズのおじいさま。以前はフィオナがお世話になりました」

「よいよい。さて、お主の名はクレアじゃったな。儂にちょうど良い魔法術式のアイデアがある。それを使えば、付与魔法の件は解決するじゃろうて」

「おじいさま、良いんですか? 魔法術式の開発や改良はいわば魔法使いの英知の結晶。そんな簡単に私に教えてしまっても」


そう言われてみればそうだ。いくらワイルズの爺さんでも太っ腹すぎる気がする。


「構わんよ。儂は賢者なんて大層な呼ばれ方をしておるが、闇系と光系の魔法には適性が無かった。一時期はそれが悔しくて、なんとかしようと足掻いた時期もあったがのう。まぁ儂には才能が無かったのじゃと今は諦めがついた。教えるのはその残滓みたいなものじゃ。使いたい者がいるなら、むしろ是非使ってほしい。そうすることでかつての儂の無念が晴らされる」

「おじいさま……ありがとうございます。おじいさまの力、魔王との戦いで使わせていただきます」

「うむ。今から話すので、どこかに記録しておきなさい。少々複雑な術式じゃからのう」


 クレアは口頭でその術式を聞き取り、頭に叩き込んでいく。すぐ宿屋に戻ると忘れないようにその術式を紙に記した。これで最低限の魔王対策が完了した。後は装備を整えたら、いよいよ旧都に出発ということになる。

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