93話 アイシャたちとの再会
領主に興味が無いかだなんて寝耳に水だ。冒険者としての腕なら多少の自信はあるけど、領地の内政なんてした試しがない。平民だから当たり前だけど。
「ルクス、僕はね。貴族とか平民とか、そういう身分に縛られた為政は古いと思っている。能力のある人物は積極的に取り立てて、国家の役に立ってほしい。そういう考え方をしているんだ」
「いや……そう言われても。俺に領地経営なんてできませんよ……やったことがないし」
「誰だって最初はそうだよ。君はあの『禁断の森』の亜人たちとも上手くやっていけたじゃないか。誰にでもできるわけじゃない。素質はあると思うよ」
「それに俺は勇者ですよ。故郷の国から追放された身分の……」
「知ってるよ。でも無実の罪だったんだろう? なら何の問題もないはずさ」
国外追放された勇者が本当は無実だったという話は思ったより広まっているらしい。と、言われても魔王との戦いを控えているからな。魔王との戦いで死ぬつもりはない。全員で生きて帰ってくる覚悟だが、この世に絶対なんてことはないからな。最悪のケースは常に想定しておく必要はある。
「それに今は領主が少なくて困ってるんだ。知っての通り、新魔王軍の侵攻で色々な被害が出ている。特にグラナディラと、ネヘレスコールが壊滅状態なのに困ってるんだ。誰かが復興に取り組まなくちゃいけないんだよね。このどちらかをルクスに任せたいんだけど……どう?」
「……すみません。少し考えさせてください。魔王討伐の前です。今は、その後のことが俺には考えられません」
「それもそうか……ごめん、急な話だったね。でも頭に留めておいてほしい」
そろそろ帰る時間だ、と言ってアル王子は部屋の扉を開ける。
「まぁ、とにかくまずは『禁断の森』から訪れる亜人たちのお迎えと、戴冠式の護衛を頼むよ。よろしくね、ルクス」
そう言い残してアル王子は去った。それにしても、禁断の森からは誰が選ばれて来るんだろうな。五人の長老の誰かだとは思うのだが。エルフ族の長老ウィングリンさんは人間が嫌いだとはっきり言うような人なのであり得ない。トバルカインさんも結構偏屈なので、面倒くさがるかもしれない。となると、残りの三人の誰かか、あるいはその三人全員なのか。
まぁ当日になれば分かることだ。俺はその間に武器の手入れをしたり、魔王戦の作戦を練ったりした。二年前、戦った経験を踏まえて考えた結果、やはりクレアに相当負担を強いる形になるだろう。
クレアは確か、多少は闇系魔法が使えたはずだ。魔王アンフェールも闇系魔法を得意としている。闇の魔法は、その性質から物理攻撃は効かず、光と闇以外の魔法も有効打にはならないのだ。
つまり、バーボンの戦斧もフィオナの氷系魔法も役に立たない。闇か光の付与魔法で武器を強化して戦うしかないのだ。俺は光系魔法が使えるけど、付与魔法はからっきしだ。戦いながら他人の武器の魔法を込めるのが難しくて中々成功しない。
そこでクレアの闇系魔法に頼るしかない、という話になる。クレアは付与魔法自体は使えてたから、少し練習すればいけるはずだ。
戴冠式が終わったらすぐクレアと特訓だ。これが出来なければ魔王との戦いは成立しない。かつてはクレアの師匠でもあるハインリヒが、闇系魔法をある程度使えたので問題なく戦えたんだけどな。
そんなこんなで、禁断の森の人たちが王都にやってくる日が訪れた。俺たちは王都の前で待機していた。話では王子が派遣した使者と護衛の騎士が二名、同行しているはずなので道に迷ったりはしていないと思うが。しかし、またみんなに会う日が来るとはなぁ。観光が許されるなら王都を案内してやりたいものだ。森とは色々違うから興味があるだろう。
「……あっ! ルクスがいるにゃ! おーいルクスー!」
この声は……アイシャだ。まさかアイシャが戴冠式のメンバーに選ばれているとは思わなかった。手をぶんぶんと振ってこっちに走ってくる。後ろにはマニャ族の長老ニャコックさんと、バウバウ族の長老ハティさんがいる。長老が来るという俺の予想はおおむね当たっていたな。
「久しぶり! アイシャもいるとは思ってなかったよ。ニャコックさんも、ハティさんも。お久しぶりです」
「ルクスも元気そうだね。それにしても人間の住んでる街ってのは随分華やかなんだねぇ」
ハティさんが街の入り口から見える景色を眺めて感想を漏らした。ニャコックさんは「ほっほっほ」と笑っている。
「本当はポンタ族の長老と合わせて三人で来る予定でしたにゃ。でもアイシャがゴネにゴネた結果こういう人選になったのですにゃ」
ニャコックさんの長老で納得がいく。アイシャは前に会った時、時折外の世界に興味があるような雰囲気だったので、この機会を逃したくなかったのだろう。
「長老、余計なことを言わないで欲しいにゃ! 若い人が外の世界を知らないと森に新しい風が吹かないのにゃ! だから私が選ばれるのは自然なことなのにゃー!」
そうなのだろうか。まぁそういうことにしておこう。同行していた使者の人がごほんと咳払いをした。
「あの、よろしいでしょうか。貴方が四都市奪還の依頼を請け負っていた冒険者の方ですね。事情は把握しておりますが、禁断の森の方々を王城までお連れしたいので、是非ご同行ください」
「あ、ええ。そうですね。しかし俺たちは一介の冒険者です、王城まで入っていいんですか?」
その時、アイシャたちの隣にいた護衛の騎士が剛毅に笑った。
「ははは。奇妙なことを仰られますね。戴冠式の護衛を任されるという話は聞き及んでいます。あなた方が城に入れずして誰が戴冠式を守るというのですか。それに、王都が新魔王軍に占拠された時も皆様が王城に乗り込んで魔物を追い払ったとか。何の問題もありませんよ!」
「まぁ、そういうことになります」
なるほど。俺たちがやって来た戦いも、色々知られてきているのか。もっと知られたら、その冒険者は誰だったのかとか、色々と追及も激しくなったかもしれない。正体がバレても問題無くなったのは良いタイミングだったな。
アイシャたちと一緒に王城へ向かった俺たちは色々と理由をつけられて、戴冠式まで王城で寝泊まりすることになった。アイシャたちは国賓でも来たのかというほどの待遇を受けている。と言っても戴冠式が終わったらすぐ帰る。
「帰るまでにお土産いっぱい買いたいにゃ」というアイシャの要望に従って、俺は護衛も兼ねてずっとアイシャと市場を歩き回ることになった。アイシャはその特徴的な猫の耳と尻尾を隠した方がいいのか、若干気にした。
しかしそんなことを気にしていたら、未来永劫気にするはめになる。堂々としていればいい、とハティさんが断言したので、隠したりせずに堂々と市場を回った。
道行く人に、アイシャは人気だった。特に子どもからは好かれた。大抵は尻尾や耳を触らせて欲しいとせがむのだが、アイシャは毎回「耳と尻尾がそんなに珍しいのかにゃ?」なんて言いながら付き合ってあげている。市民の好感触な反応に俺は人知れず安堵した。
案外、亜人もすぐに打ち解けられるのかもしれないな。ニャコックさんも一緒だった日は、みんな手の肉球をぷにぷにしたがって人だかりまで出来た。なぜか俺がちょっと慌てた。そんな風に戴冠式の当日まで、驚くほど駆け足で時間が過ぎていった。
戴冠式の当日は新魔王軍が何か余計な真似をするんじゃないか、と俺も身構えていた。だが意外なほど順調に進行していき、無事に終了を迎えた。これでアル王子はめでたく国王になったというわけだ。もう王子とも呼べないな。気軽に俺たちに会いに来るというようなことも、流石に難しいだろう。ともあれ新たなイリオン国王の誕生を素直に祝福したい。