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92話 意外な勧誘

 俺はアンナの言葉を飲み込むのに少々の時間を費やした。逆に言ってしまえば、ドライなのかも知れないが、俺は大切な人の死にも関わらず、ほんの少しの時間でそれを受け入れ、平静を取り戻せてしまった。そういうことにすっかり慣れ過ぎてしまったのかもしれない。


「……大丈夫? ルクスちゃん」

「……大丈夫だよ。死因はなんだったんだ。どういう理由で……?」

「流行り病だね。この大陸では流行ってないけど、最近、中央大陸で問題になってて。たくさんの人が死んでる」

「そうか……わかった。驚いたけど、何も手がつかなくなるってほどじゃない。戴冠式の護衛依頼も、魔王討伐もやってみせるさ」


 アンナとの会話はそれで終わり、俺は応接室から出ると一直線に宿屋へ帰った。ベッドに寝転んで、懐に入れた懐中時計を眺める。この懐中時計は元々オフィーリア姫からもらったものだ。


 俺とオフィーリア姫の出会いは遡れば冒険者として名が売れ出した頃になる。魔王軍と何度か戦い、勝利した腕前を買われて、隣国へ旅行に出かけるオフィーリア姫の護衛をしたことが出会いのきっかけだった。


 依頼自体は大したことがなかったけど、俺は姫を一目見ただけで惚れてしまった。必死で隠してたけど、周囲にはバレバレで苦笑いされていたらしい。後で仲間のアトラがそう言っていた。めちゃくちゃ恥ずかしい。


 オフィーリア姫に旅の出来事を語ると、楽しそうに笑ってくれた。多くの話は俺の失敗談や、強い魔物と戦ったこと、ダンジョン攻略の話だった。今にして思えば、よくそんなことが出来たなと思うのだが、あの時は、オフィーリア姫の喜んでくれる顔が純粋に嬉しかった。


 そして仲間の死と引き換えに魔王を倒した俺は、アヴァロン聖王国へと戻り、オフィーリア姫と再会した。姫は俺にこう言ってくれた。今までは貴方が世界を支えてくれた。だから今度は私が貴方を支えます、と。姫の住まう王城で世話になった俺は、アヴァロン聖王の許しを得て婚約するに至った。これがだいたいのあらましである。


 姫が亡くなったのは驚いたし、悲しい気持ちになったのも本当だ。しかし、立ち止まっている場合ではない。オフィーリアならこう言うだろう。為すべきことを為せと。彼女はそういう女性だった。だから俺は突き進む。魔王をもう一度倒して全部終わらせてやる。


 決心を固めていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。こんな夜中に誰だろうか。叩き方からして、フィオナでも、クレアでも、バーボンでもない。訝しく思いながら扉を開けると、アル王子が「やぁ」と手を振りながら入ってきた。一人でだ。護衛の類はいない。


「お邪魔するよ。護衛依頼の件で来たんだ、ああ、お構いなく。すぐに帰るから」

「いや……いつも思うのですが、貴方にこそ護衛が必要なのでは?」

「そう言わないでよ。堅苦しいのは苦手なんだ。僕には一人でブラブラする自由もないのかい?」


 まぁ、そう言われればそうかもしれない。王子には王子の悩みがあるんだな。そういうことにしておこう。


「知っての通り、来週開かれる戴冠式で僕の護衛をしてもらうんだけど、もうひとつ頼みがあって。禁断の森の代表の人たちを迎えてあげてほしいんだ。戴冠式の三日前には到着することになってる。向こうがルクスたちに会いたいって言ってるんだよ」

「それは構いませんが……そのためにわざわざ来てくださったんですか」

「重要なことだよ。それと、ルクスに聞きたいことがあったんだ。まぁずっと聞きたかったんだけど、タイミングを待ってたんだ」


 何というか、もったいぶった言い回しだな。少し身構えてしまう。

 アル王子は椅子に腰かけると、俺の目をじっと見つめてこう言った。


「ルクス……君の正体は、Sランク冒険者の勇者クルスなんじゃないのかな」


 驚いた。隠していたのに、なぜ分かったんだろう。そんな話は今までひとつもしてないし、勇者の顔など見たこともないだろうになぜ言い当てることできたんだ。俺はどう答えていいのか、少し悩んでしまった。けれど俺の罪も無実だと判明したし、バレても一応問題ない。


「いや、ごめん。言いたくないならいいんだ。名前も違うし、隠しているというのは分かってる」

「ひとつ、いいですか」

「何かな」

「俺が勇者だと思った根拠は何ですか? それが知りたい」


 アル王子は澄んだ瞳を俺に向けて、微笑みながらこう言った。


「タイミングだけなら、初めて会った時かな。ああ、この人はただ者じゃないと直感で思った。良い意味でだよ。その後、光魔法を使って王城に乗り込んでいくルクスの未来が視えたんだ。そこで直感は確信に変わったね」

「ちょっ……ちょっと待ってください。王子は未来が視えるんですか。それは初耳ですが」

「うん。言ってないからね。知らないのも無理はないよ……今、初めて話した。あ。これは内緒にして」


 昔の記憶を呼び起こす。光魔法を使って王城に乗り込む。そうか、そういえば誰もいないと思って王城に乗り込む時はデュラハン相手に光の魔法剣で斬りかかったんだった。その未来の光景をアル王子は見た。そういうことか。


 しかし、にわかには信じられないな。末来予知の魔法なんてSランク冒険者の賢者ワイルズでも出来たかどうか。稀にそういう才能を持つ者が突然変異的に現れるとは聞くけど。


「ルクス、僕が新魔王軍の襲撃があっても生き延びたのはね。暮らしていた家が王城じゃなかったというのもあるけど、襲撃の直前に末来が視えて誰よりも先に避難できたおかげなんだよ」

「……そうだったんですか。しかし、それなら王族の中でたった一人だけ生き残られたのも腑に落ちます」

「怒ってもいいよ。家族を見捨てて自分だけ生き残ったずるい奴だと……君もそう思うだろう」


 偽悪的な言い方で、俺はようやくアル王子が内心苦しんでいるのを悟った。これから国王になる目の前の少年は、まだたったの十二歳だ。家族が一人残らず死んで悲しいはずだ。不安を抱えているはずだ。それなのにこの王子ときたら、四天王退治の依頼を受けている俺たちの心配までしていた。


 いくらなんでも背負わせすぎだろう。俺は椅子に座るアル王子の前にかしずいた。目線の高さを同じにするためだ。今この瞬間だけは、王族と平民でも、依頼主と冒険者という立場でもない。少年と優しい年上のお兄さんという間柄だ。自分でも言うのもなんだけど。


「アル王子、今は無理をしなくてもいいんです。辛いなら辛いって言っていいんですよ。誰にも言いません」


 アル王子はどこか呆然とした表情だった。どこか超然とした態度は消え失せ、顔つきに少年らしさが戻った。


「……うん。ありがとう……それだけで十分だよ。それだけで……僕はこれからも頑張れる」


 少しだけ涙ぐんでいたが、表情はすぐ元に戻り、いつものアル王子らしいしっかりした顔つきになった。

 アル王子が言うには、末来が視えると言っても自由に未来が視えるわけではなく、自分に危機が迫っている時や、良くないことが起きる時に断片的に視えるだけだという。それでも凄いことだが、最近は未来が視えたと思ってもすぐ黒い霧が覆われたように未来の光景を覗くことができないらしい。


 おそらく、それは魔王の仕業だ。魔法の中には妨害魔法という種類の魔法が存在しており、文字通り魔法の発動を邪魔することができる。あいつなら、もうとっくにアル王子の能力に気づいて邪魔をしていても不思議はない。この国の旧都に潜んでるっていうのが本当なら十分に妨害魔法の射程圏内といったところだろう。


「……で、ルクス。僕の予想は当たっているかな。ああ、でも、無理に答えなくてもいいよ」

「いえ……ちょうど隠す必要が無くなったので言いますが、アル王子の予想は当たってますよ。俺の本当の名前はクルスです」

「やっぱり。でも……悪いけれど、ルクスって名前に馴染み過ぎて違和感があるね。正直信じられない」


 自分から聞いておいて信じられないというのも妙な話だが、俺ってなんかオーラみたいなのが無いからな。これでも冒険者としてはそこそこ実力があると思うんだけど全然伝わらないみたいなんだ。そんな奴が勇者なんて信じられないか。


「まぁ……確かに、今はルクスの方が自分でも似合ってる気がしますね。当分はルクスとして生きる予定なので」

「そうなんだ。僕は親しみのある人の方が好きだな。是非そうしてほしい」


 隠す必要がなくなったのは幸運だったな。もし故郷で俺の無実が証明されてなかったら面倒だった。アル王子の空気の読み方はなんというか神懸ってるとしか言いようがない。


「それでようやく本題に入るんだけど……ルクス、貴族の地位に興味はないかな? 君が良ければ領主になってほしい」

「はい……? 急に言われても理解が追いつきませんが……」


 それは想像もしていなかった勧誘だった。

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