91話 オフィーリア姫の死
「魔王との戦いが控えてるのに大丈夫なんですか? 断った方が良いのでは……」
アンナの隣に立っていたエリカが口を挟んだ。まぁ確かに戴冠式の護衛に使う時間を、魔王戦の対策に費やした方がいいのは確かなのだが。
「その意見はもっともだけど、アル王子は是非ルクスちゃんとその仲間に頼みたいって指名してるんだよねぇ。一国の王になる人物の依頼だし、冒険者ギルドとしては是非やって欲しいところなんだよねぇ。まぁ戴冠式自体はすぐ終わるだろうし、拘束時間は長くないよ。受ける?」
アンナが真顔で俺の顔をじぃっと見ている。ようするに受けろってことだろう。
断る気はないが、断ったらただじゃおかねーぞって顔をしているな。分かってるよ。
「……ごめんみんな。この依頼、受けるけど問題無いかな?」
フィオナもバーボンもクレアも嫌な顔ひとつせずに同意してくれた。
アンナいわく、戴冠式の準備は猛スピードで進んでおり、来週には行われる予定らしい。なにせ今まで国王不在の状態が続いていたのだから、むしろ遅いくらいだろう。
聞いたところによれば『禁断の森』に住む亜人にも戴冠式の招待状を渡しているとのことだ。これには驚いた。アル王子本人の口から亜人とも対等な付き合いがしたいと言っていた記憶がある。疑っていたわけではないが、本当に亜人との交流を深めていきたいんだな。
護衛依頼の詳しい説明は、後日アル王子が直々にやって来て話をしてくれるそうだ。こういうのって本来なら国王になるような人が自分で説明するわけではないと思う。だがなぜかアル王子が自分の口で伝えたいから会いに行くと言っていたそうなのだ。
「まぁそんな感じ。ともかく四都市奪還の依頼、達成おめでとう。帰りにエリカから記憶鑑定を受けて報酬を貰ってね。あ、ルクスちゃんは個別に話があるから部屋に残っといて」
俺だけ居残りだと。なんか嫌な予感がするなぁ。みんな、エリカを先頭にそそくさと帰ってしまった。アンナと二人きりで部屋に取り残されるなんて嫌だなぁ。どんな面倒事を任されるのか分かったもんじゃない。
「この国へ戻ってくる前に、ちょっと小耳に挟んだことがあってね。ルクスちゃんも知っておいた方がいいと思って」
アンナは妙に真剣な顔つきで俺にそう言った。どうやら俺の想像は外れていたらしい。だが面倒事を押しつけるのでなければ何の話なんだ。心当たりが無い。
「アヴァロン聖王が病で亡くなられたそうだよ。で、第一王子が新たな聖王として即位したみたい」
俺はほっと胸を撫でおろした。なんだ、そんなことか。俺の故郷のニュースだった。故郷であるアヴァロン聖王国、その国王が亡くなられたのは訃報ではあるけど国外追放された俺には何の関係もないことだ。
なぜかそのことを告げたアンナの顔は真剣そのもので、いつものへらへらとした冗談半分の気配は無かった。
「ルクスちゃん、オフィーリア姫と婚約してたのに何も知らなさすぎるよ。第一王子は民衆にすごーく嫌われてるんだよ」
「そうか……? いや……まぁ確かに、昔会った時は結構高圧的な人だった気もするな。平民を見下してるというか」
「まぁそれもあるけど、即位してからの政策があまり良くなくてね。税を無理に引き上げたり、国を襲う魔物を放置しちゃって被害が拡大したり、流行り病への対応が杜撰だったり……まぁ言い出せばキリがないんだけど、とにかく評判が悪いんだよ」
もうとっくに縁が切れた場所のことなので、俺は話半分にしか聞いてなかったが、民衆の評判が良くないばかりに国内では「勇者様がいればこんなことにはならなかった」という論調すらあるそうだ。そう言われても、俺がいたところで政治には口出し出来ないけどな。
「どうでもいいって顔をしてるね。ルクスちゃん、自分が勇者だってこと忘れないでよ。命懸けで世界を救った救世主なんだから。民衆の支持は厚かったんだからね。内乱罪で国外追放の処分を受けても、そこだけは評価してくれてる人もいるんだから」
「そこだけか。まぁ、仲間の犠牲で成り立ってる名声だからな。そこだけもあるかどうか、怪しいぞ」
実際、これは俺の体感だが国外追放される時は手のひらを返したみたいにめちゃくちゃ評判が悪かった気がする。少なくとも、アヴァロン聖王国内には国外追放されなくとも、もう住んでいられなかったように思う。
「で、国外追放されたルクスちゃんをそれでも信じてくれてる人たちがいて、実際に内乱罪を起こそうとしていたかどうか、再検証しようって話になったみたい。そこで問題。そんな奇特なことを始めたのはいったい誰でしょう?」
「え? えっ……誰だろうな。分からん。仲の良い貴族なんていなかったし」
「残り時間五秒前……四……三……二……一……」
カウントダウンするな。答えにくいだろうが。なんてことを考えていたらもうタイムアップになってしまった。
さっきまで真面目に話してたのに、急にふざけだすからアンナの思考は本当に読めない。
「残念~不正解。ルクスちゃん、本当に分からないの? ルクスちゃんの潔白を証明しようと動いてくれたのは、オフィーリア姫だよ」
なんだって。あのオフィーリア姫が。無論、オフィーリア姫とは俺の元婚約者の女性のことだ。オフィーリア姫はアヴァロン聖王国の王族であり、第四王女の身分にあたる人物である。
「……そうだったのか。でも……そんなことをしても、どう無実を証明するんだ……俺自身にも誰の仕業なのかさっぱり分からないんだぞ」
「まぁ、私も大まかなことしか知らないから、結論から言うと、犯人はオフィーリア姫を狙ってた貴族の仕業だった。たぶんルクスちゃんは会ったこともないだろうけど、ルクスちゃんとオフィーリア姫がデキる前は、有力な結婚相手として名前が挙がってたんだってさ」
なるほど。謎がひとつ解けた。誰の仕業なのか全然分からなかったのは、会ったことのない人物が犯人だったからだ。
「最初は暗殺しようとしたけど、強すぎて無理ってすぐ分かったみたいだね。それで無実の罪を着せることにしたらしいよ。元々、その貴族家は裏で邪教徒と繋がりがあってね。被せる罪を用意するのは簡単だったって」
そういえば、俺が無実の罪で捕まった時もそんな感じだった。アヴァロン聖王国はその名前の通り、宗教色の強い国で、国教であるコール教以外の、それも邪教との繋がりを持つことはコール教の女神に選ばれし王への反逆に他ならないとか、そんな理屈で内乱罪になった。正直言って死刑になりかけたんだが、魔王討伐の功績もあり国外追放で許された。
「邪教が絡んでるから、オフィーリア姫がコール教に働きかけて色々協力してもらったみたいだね。でも決め手は、お酒だったみたい」
「何でそこで酒なんだ……?」
「ほら、お酒って怖いじゃない。Aランク冒険者だったバーボンちゃんすら堕落させるわけだし」
「そうか。俺は酒が飲めないから関係ないけどな」
「ある日、オフィーリア姫が犯人の貴族家を尋ねて、酒を飲ませながら探りを入れたらポロッと本当のことを話しちゃったらしいよ」
そんな杜撰な話があるのか。いや、その犯人は犯人でオフィーリア姫が好きだったんだろう。好意を持っていた人物が来てくれた嬉しさのあまり、うっかり油断したのだろうか。どうやって探りを入れたかまでは俺にも分からないので、なんとも言えないけど。
「というわけで、ルクスちゃんは無罪放免だよ。もう、偽名だって使わなくていい。故郷に帰ったらむしろ歓迎されるんじゃないかな。手のひら返しが凄いことになりそうだね。いやーめでたしめでたし。一件落着だ」
「そんな大事な話を簡単に済ませるな。いや待て。ということは俺……もう、正体を隠さなくていいのか?」
「そういうことになるね。でも魔王討伐の依頼は受けてもらうよ。一応言っておくけど」
いきなり無罪放免と言われても、信じられない。でもアンナが俺にそんな嘘を吐く理由もないだろう。俺はルクスでいることにすっかり慣れてしまって、大事な仲間もできた。今の環境を悪くないと思っている自分がいるのも事実だ。
だからたとえ戻ってこいと言われても正直、もう遅い。王が代わって大変かもしれないが、しばらくはルクスとして生きたい。ルクスでいる間は勇者としてのしがらみも少ないことだし。
でも故郷に未練が残っているとしたら、それはオフィーリア姫に会いたいということだ。そんな機会が巡ってくるなんて思いもしなかった。
再び会って、まずは俺の無実を証明してくれてありがとうと言いたい。そして、一人にしてごめんと謝らなければならない。
遠い故郷にいるオフィーリア姫に想いを馳せていると、アンナは再び表情を真面目なものに戻して、信じられないことを言い放った。
「これから一番大事な話をするよ。ルクスちゃん、そのオフィーリア姫が最近亡くなったの。父である聖王の後を追うようにね」




