90話 アンナの新たな依頼
王都に着くと俺たちは依頼達成の成果を引っ提げてギルドハウスへと向かった。
ちょうど昼頃ぐらいに帰って来たので、ギルドハウスの中は様々な冒険者で賑わっている。
受付嬢のエリカも忙しそうに仕事をしていた。普通なら依頼達成の報告と記憶鑑定はどの受付嬢でも構わないのだが、あいにくと俺が勇者だと他の受付嬢にバレたら面倒になる。エリカの手が空くまで、待合室の椅子に座って待った。30分ほどするとエリカが俺たちのところまでやって来る。
「お帰りなさい。ルクスさん、フィオナさん、バーボンさん、クレアさん。無事に四天王を倒せたんですね」
その表情は柔らかく優し気だった。もう買い物の件は許されたと判断していいのだろうか。いいよな。な。
なんてことを考えていると、エリカは「ともかくこちらへどうぞ」と案内され、なぜか受付ではなく奥の部屋へと通された。
部屋は応接室らしく、中央にテーブルがあり、ふかふかのソファも置かれていた。ソファにふんぞり返って座っていたのは何を隠そうギルドマスターのアンナだ。久しぶりだな。確か、黒炎の不死鳥ことヘルヘイムと戦った時期ぐらいに、北方大陸の情勢が怪しいとかでこの国から離れていたはずだ。もう戻ってきたのか。
「いや~。久しぶりだね、ルクスちゃん。それに皆も! 元気そうで何より。まぁソファに座りなよ、立ちっぱなしは疲れるでしょ?」
アンナは手をひらひらさせて挨拶をする。東方大陸から北方大陸に行って、帰ってくるまで早すぎるな。
ということは、きっと先代から受け継いだ『転移石』を使ったに違いない。一度行ったことのある座標へと瞬間移動できるアイテムだ。
俺たちはアンナに促されるままソファに座った。エリカがティーセットを持ってきて全員にお茶を淹れてくれる。
「ちょうど良いタイミングで戻ってきたんだな。依頼は達成できたけど、北方大陸のことはもういいのか?」
「おお。そんな気がしてたけどさすがルクスちゃんたち。仕事が早いね! まぁ、北については今はあんまり気にしないで。手は打ってきた。これでしばらく時間が稼げると思う」
「『今は』ってところが引っかかるんだけど、まぁ……いいか。大変だったんだな」
俺は紅茶を一口飲んで、その味と香りを楽しんだ。これはいい茶葉なんじゃないか。かなり美味しいぞ。
「なに? 私のことを労ってくれるなんて嬉しいじゃん。嬉しいからちょっとだけ事情を話すと、とんでもない強さの魔物が北の大陸の各地で暴れ回ってるんだよね。どこに潜んでたのやら、何体もいる。私も戦ったけど、死ぬかと思ったよ」
さらっととんでもないことを言うな。冒険者ギルドの元締めが戦うなんて、よっぽどのことだぞ。
「あの……アンナさん、大丈夫だったんですか? お怪我は無さそうですが……」
「うん。ありがとねフィオナちゃん。まぁ実際ちょっと危なかった。でもどうにか三体ほど未開拓の地域まで追い払えたからね。後はSランク冒険者に全部押しつけて帰って来たってワケ」
「災難だな、そのSランク冒険者は。誰に押しつけたんだ?」
Sランク冒険者の名前くらいなら全員知っている。ほんの興味でしかないが、それが誰なのか何となく気になった。俺も勇者クルスだった時代は、色々と理由をつけて依頼を押しつけられたものだ。
「武闘家のフィルミンだよ。ほら、拳で鉄の塊だろうが竜の鱗だろうが何でも砕いちゃうやつ」
「あの人か……修行熱心な人だったな。口下手だけど義理人情に厚いんだよな……」
「うん。これも修行の一環になるから頑張れって言って逃げてきた」
アンナは紅茶を飲むと、ティーカップをソーサーに置いて本題に入った。
「私が戻って来たのは他でもない、次の依頼をみんなに言い渡すためだよ。フィオナちゃん、バーボンちゃん、クレアちゃんは断ってもいいけど、ルクスちゃんだけには是が非でも受けてもらう。悪いけど拒否権はないからね」
それを聞いて、クレアがすぐさま口を開く。
「ギルドマスター、依頼の内容は察しがつくわ。もちろん私たちも依頼を受ける」
「四天王を倒したんだから、次は魔王を倒すって話の流れは誰にでも想像がついちゃうか。いい仲間に恵まれたね、ルクスちゃんは」
やはりそうだったか。しかし、復活した魔王がどこに逃げたかはまだ判明していないはずだ。
少なくとも俺たちは新魔王軍の四天王討伐に駆り出されていたから、そんな調査は一切していない。
だがアンナが裏で他の冒険者に依頼を出し、俺たちには何も言わず調査していた可能性は十分あり得る。
「魔王の居場所は他の冒険者に調査を任せてたんだけど、遂にそれらしいところを発見したんだよ。このイリオン王国の国内にね」
そう言ってアンナが机の上に置いたのは、『魔力計』と呼ばれる特殊なアイテムだ。魔力量を数値化し、計測してくれる。
なるほど。調査方法の察しがついた。こいつで各地を歩き回り、魔王の強大な魔力を探したってことだな。
「このアイテムで引っかかった場所が、イリオン王国の旧都だった。今は誰も住んでなくて廃墟になってる」
そこは王都ローレルが出来る前に王都だった場所だ。なぜ遷都したのか理由までは分からないけど、魔王が拠点にするには良い物件かもしれない。廃墟とはいえ城くらいあるだろうしな。
しかし、そんな情報を聞かされたら休息どころじゃない。俺たちは急いで戦いの準備をしなくてはいけないな。
「なるほど、分かった。で……魔王討伐の依頼はすぐ受けなきゃいけないってことなのか?」
「そう言いたいところだけど、無理でしょ。ルクスちゃんたちには他にもやってほしいことがあるし、準備もいるだろうし」
「まぁそうだな。魔王の拠点に乗り込むなら、それなりの対策は必要だ」
一度、魔王と戦って生き残った身としての意見だ。今のまま戦うのは愚かだと言わざるを得ない。倒すこと自体は出来るかも知れないが、俺たちは大きな代償を支払うことになるだろう。つまり仲間の誰かが確実に死ぬ。
それは俺かもしれないし、フィオナかもしれないし、バーボンかもしれないし、クレアかもしれない。アンナは紅茶を飲み干すとエリカにお代わりを頼んで、ソファの中でぐぐーっと伸びをした。
「ううーん。やっぱそうかぁ。ぶっちゃけ、今の魔王の強さってどんなもんなの? 以前会った時は正直、昔ほど強くないように見えたんだよね。それでもSランク冒険者三、四人分はありそうだと思ったけど」
「その見立てはだいたい合ってると思う。魔王の強さの根幹は、他の存在を食えば食うほど能力を増すところにある。昔は味方も敵も容赦なく食いまくることで誰も寄せつけない強さを維持してた。でも一度死んだことで、その辺はリセットされてるだろうな」
実際、復活した時に魔王自身が「今は万全じゃない」と言っていた。俺の目から見ても、大分弱体化しているように見えた。でもあれからもう結構な時間が経っている。その間に奴が力を溜めている可能性は十分あり得るだろう。
今までは主要都市を占拠していた四天王のせいで魔王にまで手が回らなかったが、それが片付いて居場所も分かったんだ。なるべく早く叩いた方がいい。時間が経てば経つほど、あいつは力を取り戻すに違いない。
「ところで、他にもやってほしいことってのは何なんだ? 魔王討伐が控えてるのに面倒事は勘弁だぞ」
「ああ。そのこと。別に大した依頼じゃないよ。アル王子がね、ルクスちゃんたちに戴冠式の護衛をして欲しいんだって」
エリカがアンナに紅茶のお代わりを渡す。そういえば戴冠式がまだなんだったな。王都が襲撃された過去を考えれば、腕利きの冒険者を雇いたがる気持ちは理解できる。アル王子は俺たちを何かと気にかけてくれているし、それぐらいはしていいという気もする。