9話 どう見ても千鳥足
登録が済むと、俺はさっそく何か良い依頼がないか確認する。
娘さんのためにもちゃっちゃと金を稼がないとな。
「依頼を受けるならパーティー向けの良い案件がありますよ」
そう言って受付嬢が持ってきたのは一枚の依頼書。
『滝壺の洞窟』の調査か。でもあそこって攻略済みダンジョンだろ。
「以前、ルクスさんたちは『矮躯の洞窟』で出現しないはずのゴブリンキングと戦ったでしょう」
「そういえばそんなことも……何か関係があるのでしょうか?」
隣に座るフィオナが受付嬢に質問する。
「ギルドはその原因を調べているのです。魔物は自然に流れる魔力から発生するのはご存知ですか?」
「あっ……はい。ルクスさんから教えていただきました」
「ダンジョンは魔力の溜まり場です。魔力の流れが異常に多くなると、強い魔物が生まれやすいのです」
なるほどね。まぁ魔力の流れも常に一定じゃないからな。
たまたま流れる量がドカッと増えることもある。
でも何かが原因でこの大陸の魔力の流れが狂ってたら一大事だな。
ようするに低ランク冒険者が依頼をこなしにくくなるってことだ。
突発的に実力以上の強い魔物が現れたら危なくてしょうがない。
「今回の依頼は『滝壺の洞窟』の水質と地質の調査です。水と土に含まれる魔力を調べたいので採取してください」
受付嬢はアンプルを二つ俺に渡した。
これに水と土を入れてくればいいわけだな。
「確認していいかな。もし以前のように強い魔物と遭遇したら?」
「逃げてください。調査が目的のE級依頼ですからね。戦う必要はありません」
さすがに倒せとは言わんかったな。ギルドもそこまで鬼畜ではないか。
依頼書にサインを書き入れると受理の印にどんっと赤い判子が押される。
俺は立ち上がると、ギルドハウスを出て旅の準備をする。
『滝壺の洞窟』も徒歩だと数日はかかる距離だ。
二人も準備を整えたところで、街を出て洞窟を目指す。
俺は先頭で、地図を見ながらひたすら歩みを進めていく。
何回か行ったことはあるけど、道が複雑でな。森を突っ切らないといけないし。
「る、ルクスさぁん……バーボンさんが大変なことに……」
「ん……? どうしたんだ?」
バーボンの腕を掴んで、フィオナがぜぇぜぇと引っ張っている。
まだ何もしてねーぞ。歩いただけだ。なのになんで千鳥足なんだこのおっさん。
バーボンはもうフィオナがいなくては碌に歩けない状態になっていた。
「……いや……なぜそうなるんだ」
「喉が渇いて水を飲んでたと思ったらお酒だったみたいで……」
「ふぅぅ……うるせぇぇぇ~……酒ぐらい好きに飲ませろい」
うるせーはこっちの台詞だよ。
俺はバーボンが持っていたスキットルを奪うと匂いを嗅ぐ。
容器で分かったが完全に酒だなこりゃ。俺は容器を逆さにして酒を捨てた。
琥珀色の液体が地面に落ちてシミを作っていく。
「ああっ!? 何しやがる!? 俺のウイスキーだぞ!」
「仕事中だ。調査とはいえ魔物と戦うことになるかもしれない」
自分から弱体化してどうする気なんだよ。
たしかにこれは問題だな。そりゃ仲間もできないだろ。
バーボンに背中を預けるのは無理だ。だって常時酔っぱらってるもん。
「分かってるけど……俺は酒が飲めればそれでいいんでい……」
そう言ってバーボンは地面に寝っ転がって眠りはじめた。
酒に溺れすぎだよ。お前には娘さんの治療費を稼ぐ大事な目的があるだろ。
「今日はここまでにしよう。そろそろ日も暮れるだろうから」
「分かりました……すみません。私がもっと早く気づいていれば……」
別にフィオナが謝ることではない。
俺たちはそれからも隙あらば酒を飲むバーボンを抑えきれなかった。
注意すると数時間は反省するのだが、逆に言えば数時間しか我慢できない。
バーボンのやつ、普通の水筒にも酒を入れていたようだ。
こっちは容器で判別できなかったので気づくのが遅れた。
「……やっと着いたか。ここが『滝壺の洞窟』だ」
持ってきた松明に火を点けて洞窟の中へ入っていく。
『矮躯の洞窟』よりは大きいな。全三層になっているダンジョンだ。
一層から三層までを貫く大きな滝壺があって、それが名称の由来になっている。
「わぁぁ……すごいですね。落ちたら大変です……」
フィオナはざぁぁ、と音を立てながら流れる滝を見つめてそう言った。
この洞窟には来たことがなかったみたいだな。雄大な自然を感じる。
周囲にはところどころ水溜まりがあってスライムも見かけた。
とはいえ、欲しいのは水溜まりの水質じゃなくて滝壺の方だろう。
つまり採取には最下層まで行く必要があるわけだ。
「ひっく……なんか上がもぞもぞしてんなぁ。魔物が来るぞ」
バーボンのやつ、すでに酔っぱらってる癖に察しだけは良いな。
フィオナが腕を掴んで引っ張らないとまともに歩けないのに。
「ドラクルバットか……二人とも気をつけてくれ」
松明を掲げて天井を照らすと、そこには巨大なコウモリが蠢いていた。
コウモリは赤い目を血走らせて急降下。俺たち三人に襲いかかる。
剣を鞘から抜いて一閃。巨大なコウモリを一体倒す。
吸血する習性は怖いけどスライムやゴブリンと変わらない弱さの魔物だ。
フィオナも器用に杖でドラクルバットを叩き落としていく。
「ナイスだ、フィオナ。もう戦いには完全に慣れたな」
「ありがとうございます! 夜にこっそり訓練した甲斐がありました!」
努力家だなぁ。スライムに苦戦していたとは思えないほど動きがいい。
ちなみにバーボンはというと、自分の武器である斧で応戦している。
酔っぱらってるせいで攻撃が全然命中しない。当然だな。
「うぃー……おかしいな。俺ってこんな弱かったっけ……」
泥酔してるからね。まともに戦えるわけないんだ。
するとドラクルバットの体当たりで、バーボンは体勢を崩した。
ふらふらと千鳥足でよろめいて足をさらに滑らせる。
「ん……!?」
足を滑らせた先には地面が無かった。待ち受けていたのは滝だ。
バーボンは遥か下にある滝壺へと落下していく。
「おわぁぁぁぁぁぁ…………」
絶叫するバーボンの声が反響してどこまでも耳に残った。
俺は思わず手で両目を覆う。嘘だろ。こんなことってありえるのか。
ドラクルバットを片付けて俺は崖になっている縁から下を覗き込む。
駄目だ。今ぼちゃんって音が聴こえたわ。
下は滝壺だから死んだと決まったわけではないのだが、泥酔状態だ。
上手く泳げなくて溺死する可能性だってあるんじゃなかろうか。
最悪の可能性を考えはじめると、気がつけば身体に変な汗をかいていた。
「フィオナ。下へ行くぞ、バーボンを助けに行こう!」
そう言って俺は最下層を目指して急ぎ足で向かう。
さすがにそのまま滝に飛び込む勇気は俺にもなかった。