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89話 水平線の彼方へと消えて

 転生宮へ着くと、人間を収めていた球体が全て割れているのが分かった。機能が停止したことで中に入っていた人たちが意識を取り戻したらしい。人々は水中から通路へと這い出て、自分たちの身に起こったことに絶望しきっているようだった。


 捕らわれていたのはほとんどが冒険者だった。皆、中途半端な状態で目覚めたせいか、見た目こそマーマンやマーメイドだったが、人格はシレーヌのように人間だった頃と変わらない。だがその姿が魔物に変わってしまったという事実。それが彼らを絶望させたのだ。


 こんな見た目では普通の人間と同じ場所で生きていくことはできない、ということだ。命が助かったことを手放しで喜べる状態では無かった。いっそ死んだ方がマシだったと嘆く者もいる。

 彼らになんて言葉をかけてやればいいか、俺には思いつかなかった。一方でシレーヌは彼らを奮い立たせようと必死で言葉を発した。


「……探しま、しょう。私たち、でも、平和に生きていける場所。きっとあります。世界は広い……です」

「……どこに? どこにあるっていうんだ。俺たちはもうお終いだよ……」

「分かりま、せん。だから探すんです。あなた、も冒険者だった。違いますか?」

「それは……そうだけど……」


 マーマンと化した一人の冒険者が渋々肯定すると、シレーヌは微笑んで彼の手を握った。そうだ。ただ魔物を倒すだけが冒険者の仕事じゃない。

 未知なる場所、未知なる迷宮を求めて旅をする。新たな世界を切り開く。それが冒険者の在り方だと俺は思う。彼らが平和に暮らしていける場所もきっとあるはずだ。俺はそうだと信じたい。


「……目指すなら南がいいかもしれない」


 シレーヌの言葉を聞いて、俺は自然に口を開いていた。昔に聞きかじった情報を思い出したのだ。


「南には暗黒大陸がある。そこでは……人間と魔物はもっと近い存在で、どうやってか共存して暮らしてる国もあるって話だ。俺も行ったことはないけど……暗黒大陸出身の奴が話してたから、本当なんだと思う」


 俺の情報が役に立ったのかは分からないが、魔物になったみんなは当面の間シレーヌをリーダーに旅をすることにしたらしい。ともかく、まずはこの迷宮を出て地上で話の続きをすればいい、ということになって『水道の迷宮』を立ち去った。


 彼らが暮らせる場所を探す旅に船は不要だった。姿と能力はもう水棲魔物とほとんど変わらないからだ。尾鰭を使えば水の中を自由自在に泳げるし、肺呼吸だけじゃなくてえら呼吸もできるから水中でだって活動できる。

 元冒険者の集団なので戦いの経験値も豊富だ。彼らは悲観的になっていたけれども、新天地を探すのに十分な能力を備えているのもまた事実だった。


 迷宮の外に出ると辺りはすっかり夜になっており、瓦礫の山と化している街は静寂に包まれていた。明け方、シレーヌたちは出発する。水中で戦いっぱなしだったおかげでいつもより疲労していたのだろう。フィオナもクレアもバーボンもすぐ眠ってしまった。

 魔物になったみんなも寝静まっている。俺はまだ目が冴えていたので、一応見張り役として起きておくことにした。


 焚火の炎が潮風でゆらゆらと揺れている。シバルヴァとの戦いが終わっても不安は尽きない。むしろ本当の戦いはこれからという感じだ。

 魔物になってしまった人たちの今後は大丈夫だろうか。突然魔物化が進行して人間性を失ったりしないだろうか。みんなのリーダーになってしまったシレーヌはちゃんとやっていけるだろうか。


 あまりにも心配なので、俺たちもついて行くべきなのではとさえ思ったほどだ。とりあえずアンナの命令通り四天王は全員倒した。この国もしばらくは安全だろうし、それぐらいは問題ない。


「ゆうしゃさま……顔、険しいです」

「……シレーヌ。起きていたのか。早く寝た方がいいよ。睡眠は大事だ」


 シレーヌが微笑を浮かべて俺の隣に座った。


「私たちのこと、心配……しないで、ください。だいじょぶ、です。それにやる事がある、って顔、してます」

「俺のやる事……か。たはは。お見通しなんだね。確かに……俺にはやらなくちゃいけないことが残ってる」


 俺のやるべき事。それはもちろん、復活した魔王を倒すことだ。奴はこの世界を最終的に滅ぼそうとしている。

 このまま放置していたら、二年前の戦いで死んだ仲間たちが浮かばれない。

 アトラ、ハインリヒ、オリヴィア。三人の命が世界を平和に導いてくれたと、俺はそう思っている。

 復活を許したのは俺の落ち度。仮にも一度は勇者と呼ばれたからには、魔王を倒す責任を果たさなきゃ駄目だよな。


「……シレーヌ。ありがとう。決心がついたよ。俺は、俺の役目を果たす。魔王は必ず倒してみせる。あと……それと」

「なん、ですか?」

「俺はもう勇者じゃないんだ。魔王とは戦うけど……今の俺はただのCランク冒険者、ルクスなんだ」


 シレーヌはきっとシバルヴァ辺りから聞いて俺を勇者クルスだと知ったのだろうが、しょせんそれもかつての名前と肩書きだ。

 それに今のルクスって名前も案外嫌いじゃない。この名前になってから出会った、かけがえのない仲間がいる。


「ルクス……さん、ですね。良い名前、です」

「……ありがとう。ま……ギルドマスターのアンナが適当に決めた名前だけど」


 そして日が昇り始め、いよいよシレーヌたちが暗黒大陸を目指して出発する日がやって来た。

 俺たちはネヘレスコールの海岸から旅立つ彼女たちを見送った。その姿が海に沈み、水平線の彼方へ消えるまで。

 せめてシレーヌたちの今後に幸福があることを祈るばかりだ。彼女たちはもう十分大変な思いをした。


「……じゃあ、私たちも帰りましょうか。これで依頼も完遂したことだし、しばらくゆっくりしたいわぁ」


 クレアがぐぐっと腕を上げて伸びをする。思い返せば、大変な依頼だったな。

 同格であるSランク相当の魔物を四体も倒さなきゃいけなかったことを考えると、その無茶ぶりが際立つというものだ。

 もっとも、アンナにしてみれば勇者と呼ばれた冒険者ならそれくらいできるだろうという考えなのかもしれない。


「金には困ってないしな。我ながらよく頑張ったもんだ。断酒してなけりゃ、一杯ひっかけたいところだな」


 バーボンの言う通りだ。まぁ俺も酒は飲めないけど。帰ったらぶどうジュースかオレンジジュースでも飲むか。

 いっそエリカも誘って上手い料理屋巡りをするのもいいかもしれないな。

 前に買い物に付き合った時は機嫌を悪くさせてしまったし。


「全員が無事のまま、依頼を終えられて良かったです。これで少しはお役に立てたんでしょうか……」

「役に立ってるさ。この戦いでも……世界の平和にも。俺が太鼓判を押すよ」


 もう十分な実力があるだろうに、フィオナはまだ自信が足りないな。

 この依頼を通して一番成長したのは他ならないフィオナだっていうのに。


「えへ……そう言われると、嬉しいです。ルクスさん、ありがとうございます」


 フィオナがくにゃっと笑うと俺も笑い返した。

 王都ローレルへの帰路についた俺たちは馬車の中でしばらく休もうという話で盛り上がった。

 できれば一か月くらい、休息が欲しい。金に余裕がある冒険者なら突発的に長期休暇を楽しむのも難しくない。

 しかしその時、俺は知らなかったのだ。このパーティーにそんな暇など無かったということに。

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