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88話 勝利を導く鍵

 くそっ、駄目だ。完全に身動きを封じられた。海竜と化したシバルヴァの巨大な鋭い瞳が大渦に流される俺たちを見つめている。


「絶望しながら死ぬがいい。食い殺してやろう、我が血肉となれ勇者!」


 シバルヴァが大口を開けて俺めがけて突っ込んでくる。そうはさせるか。デカブツになったっていうなら、それ相応の切り札を使うだけだ。


 俺は剣に魔力を込めて『聖天光波剣』の準備に入る。四天王に幾度もとどめを刺してきた俺の奥義。カウンター気味に食らわせてやれば、シバルヴァも避けることはできないだろう。


「今……だぁっ!!」


 奴の口が俺を飲み込もうとしたその瞬間、剣が膨大な魔力を纏い、光剣を形成する。馬鹿みたいに開けている口ごと叩き斬ろうとしたのだが、シバルヴァはその巨体を俊敏に動かし、頭を仰け反らせながら後退して剣の射程距離の外へ逃げる。


 体格に似合わないスピードには驚いたが、ここまで来て外すつもりはない。俺は『聖天光波剣』の刀身をさらに伸ばして追撃する。


「馬鹿が……ならばこれを食らえっ!!」


 再び口を開いたかと思うと、今度は魔力を込めた『見えない何か』を吐いた。たぶん竜の得意技、ドラゴンブレスだ。竜は炎を吐くとされるが、シバルヴァの放ってきたそれは炎じゃない。

 ともかく魔力を感じる以上、攻撃魔法には違いない。防御しなくては。


 『聖天光波剣』を見えないブレスめがけて真っ向からぶつけると、光の刀身が砕け散る。嘘だろ。俺の奥義と互角の威力なのかよ。

 だがブレスの正体がなんとなく分かった。この手応え、たぶんシバルヴァが放ったのは超音波だ。さしずめフォノンメーザーブレスといったところか。


「ふっ。ブレスまで使わされるとは思ってなかった。誇っていいぞ」


 駄目だ、奥義の再発動には時間がかかる。一度破られたら、もう一度使うのに魔力を溜め直さないといけない。

 その猶予を与えてくれるほどシバルヴァは馬鹿な魔物ではないだろう。こいつに対抗できる最強の必殺技が潰されてしまった。


「させっかよ! ルクス、待っていろ、援護するからな!」


 大渦に巻き込まれている中にも関わらず、バーボンは戦斧を振りかぶって果敢にシバルヴァへと攻撃した。トバルカインさんが生み出した戦斧だけあって堅牢な竜の鱗だろうと容赦なしに切り裂く。


 だが、それは人間で言うならフォークで手を刺された程度の傷でしかない。サイズが違い過ぎてどうしても深手にはならず、せめて狙うなら急所が望ましい。だが大渦の中でそれをやるのは至難の業だ。命中しただけでも十分と言える。


「私の鱗を易々と斬るとは。やはり優れた冒険者だな。君たちを忘れることは生涯無いだろう」


 シバルヴァが竜の口を開く。まずいな。再びブレスを吐くつもりか。『聖天光波剣』の発動は間に合いそうにない。

 かといって俺の奥義と互角のブレスを防げる防御魔法は残念ながら存在しない。身動きもまともにできない大渦じゃ避けるのも不可能だ。


 口部に魔力を溜めて、ブレスが吐き出される。それは壁面を破壊しながら、横一直線で薙ぎ払うように迫ってくる。

 死を覚悟した瞬間、頭上から影が降ってきて、俺はその影に抱かれ大渦を脱出した。ブレスは当たることなく俺の頭上を掠めるのみに終わる。


「……なんだと。そんな馬鹿なことが」


 シバルヴァも驚いたような顔をしている。今の攻撃を俺は避けられないはずだった。もっとも驚いているのは、当の俺自身だ。

 なぜ魔物化が進行していたシレーヌが俺を助けてくれたのか。分からない。シレーヌは俺を抱き締めたまま、優しく微笑んだ。


「ゆうしゃ……さま。だいじょ、ぶ……ですか?」


 発声はたどたどしいが、それは間違いなく人間の言葉だった。奇跡だ。そうとしか言いようがない。どういう理由なのか分からないが魔物化という呪縛からシレーヌは解き放たれている。


 姿はマーメイドのままだけれども、人間だった頃の心を取り戻している。『転生宮』はあいつらにとっても不完全な代物だった。

 それがかえって功を奏したのかもしれない。だからこそ、シレーヌは人間の心を残したまま単身助けに来てくれたんだ。


「大丈夫だよ……シレーヌのおかげだ。ありがとう」

「よかっ……た。です」

「いいかな。もう少しだけ俺を助けて欲しい。シバルヴァに勝つにはマーメイドの能力が必要なんだ」

「もちろん……です! オリド……イシュメル。二人の分も戦います」


 結局のところ、この戦いは水中戦にどれだけ適応できるかが重要だと俺は考えている。そういう意味じゃ勝利の鍵はシレーヌの存在に違いなかった。

 俺を抱えているにも関わらず、シレーヌは縦横無尽にとてつもない速さで水の中を泳ぐ。マーメイドの面目躍如といったところだ。この機動力があればシバルヴァにも対抗できる。


 ブレスが駄目ならば、と鋭い竜の爪を振り回してシバルヴァが格闘戦を挑んでくる。その圧倒的な破壊の暴威を、シレーヌは隙間を縫うようにいとも容易く躱す。

 そして俺はシレーヌに抱かれたまま剣から『流星斬(りゅうせいざん)』を放ち、飛ぶ斬撃によって少しずつシバルヴァにダメージを蓄積させていく。


 これは『聖天光波剣』を発動するまでの時間稼ぎでもあった。後少し魔力を溜めればもう一度発動させられる。


 遂にその時が来た頃には、シバルヴァの身体は致命傷こそないが、身体の各部から光の粒を漏らし、無視できないダメージを負っていた。


「ルクスさん、行ってください! 私もアシストしますっ!」


 状況を察したフィオナの全身から魔力が噴き出す。本日二度目になる、『無限領域』の力の解放。その激しい冷気の波動によって再びシバルヴァの身体を凍結させていく。

 シバルヴァ相手には一時的に身動きを封じることしかできないみたいだが、それだけで十分だ。これで準備は整った。


「行くぞ! 俺も二度目の『聖天光波剣』だ!!」

「愚かだね。一度破られた技に望みを託すとは……!」

「同じじゃないさ。今度はみんなの助けを借りて放つんだ、絶対に負けない!」

「……ふっ。馬鹿馬鹿しいと言いたいところだが、そういうのは嫌いじゃない。やってみろ!!」


 フィオナの凍結によってシバルヴァは動けない。だがブレスを吐く余裕はあったようで、口を開き、フォノンメーザーブレスを放つ。こいつを迎撃するのに『聖天光波剣』を使ったらさっきの二の舞だ。


 避けるしかない。ただ魔力は感じるものの『音』である以上、目には見えない。いったいどれほどの攻撃範囲なのか、正確には掴めない。

 だがマーメイドであるシレーヌは水から伝わる『音』を正確に感じ取っているみたいだ。ぐんぐんと泳ぐ速度を増し、ブレスの範囲外を見極めて紙一重で避ける。


 この瞬間を俺は待っていた。ブレスを空振りさせ、隙を見せる最大のチャンスを。俺は剣に溜めた魔力を解放して巨大な光剣を形成する。


 そのまま力任せに剣を振るい、シバルヴァの竜の鱗を縦に切り裂いていく。シバルヴァの断末魔が響いた瞬間、光剣の出力を最大にした。光に飲まれたシバルヴァは跡形も残さず消滅し、この世から消え去った。


 魔力から生まれた存在である魔物の最期は決まって魔力に還り、完全に消滅する。例外はないと思う。魔物と戦う職業柄、見慣れた光景ではあるが一抹の寂しさと虚しさを覚える時がある。


 シバルヴァは思いつきで人間を魔物に変える非道な奴だが、同時に戦いに真摯でもあった。シレーヌの助けなくしては勝てなかったはずだ。間違いなく、四天王最強に相応しい魔物だった。


 俺たちは十層にある『転生宮』の核の機能を停止させると、シレーヌを連れて九層へ戻ることにした。あそこには魔物へと生まれ変わるため『転生宮』に捕らわれた人たちがいる。

 正直どうなるか分からないが、彼らを放置して帰るわけにはいかない。

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