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84話 オリドの遺言

「クレアっ、無理せず逃げろ! 今そっちへ行く!!」

「心配無用よ、ルクス。私には水中でも有効的な攻撃手段がある!」


 クレアが突進してくるオリドとイシュメル向けて手をかざすと、波動のようなものが奔った。波動が水中を通ると瞬時に水泡で溢れ、俺の距離でも感じるくらい熱を帯びている。そうか。これは炎系魔法だ。それもただ火炎をぶつけるのではなく、高温の熱そのものを発している。こういう使い方もできるとは。クレアめ、器用だな。


「ちぃっ、しゃらくさいネ!!」


 想定外の攻撃にオリドも舌を巻いたらしく、クレアたちに接近できず回避に専念している。勝負を決めるなら今がチャンスだ。『あれ』で決着をつける。俺は魔力を左手に集中させると、弓のような形に変形させ、持っていた『白銀の剣』を矢のごとく魔力の弓に番えた。これは俺にできる遠距離攻撃で最も威力の高い魔法。その名も『聖天光波神弓せいてんこうはしんきゅう』だ。


 剣を矢にするという都合上、ほとんど一発限りの隠し技なのだが、そのスピードは音速を超えて敵を貫く。この魔法なら水中でも遺憾なく威力を発揮することだろう。クレアの魔法の対処に精一杯のオリドが俺に背後を見せた、その一瞬を狙う。

 ――やがて放たれた一筋の光の矢は一直線にオリドへ閃いた。


「オリドッ、危ない!!」


 しかし射線上に突如割って入ったイシュメルの妨害で『白銀の剣』は彼の身体に突き刺さる。誤算だった。魔物に染まった彼らに仲間を守るという概念があったとは。イシュメルはぐったりとした様子で徐々に光の粒となって消滅していく。オリドはイシュメルを抱き寄せ、驚愕しているとも、今にも泣きそうにも見える、複雑な表情をしていた。声を震わせ、死にゆく仲間に問いかける。


「馬鹿野郎っ、なんで俺を庇ったんだヨ……お前……!」

「決めてたんだ……魔物になる前から。この命はオリドとシレーヌのために使うって……」


 弱々しい声でイシュメルは独白のように話して、鯨へと変質した顔がどこか柔らかい、人間らしいものに戻っていくかのように感じられた。死を目前にして魔物化という呪縛から解き放たれ、彼は少しの時間だけ人間へと戻りつつあるのだろう。


「俺は先に逝く。きっと天国には行けないだろうけど……オリド、シレーヌ。お前らは生き……ろ……何が……あって……も……」


 イシュメルの身体は完全に光の粒と化して、水道の迷宮に散った。オリドの手には何も残っていない。彼は怒りの形相で俺を睨みつけると、自分の剣と、水中を漂っていた俺の剣を掴み、二刀流で襲いかかって来る。まずい。今の俺は素手だ。


「っ……『八咫鏡』っ!」

「シャアアアアアッ!! この期に及んでまたそいつカ!! 芸の無い野郎ダ、ぶち殺してやルッッ!!」


 今度の斬撃は今までのものとは迫力が違った。仲間を失ったことによる怒りの力なのか、俺の『白銀の剣』の切れ味があまりにも良すぎるせいなのか。オリドの斬撃が命中するごとに、光系魔法で最高の防御力を持つ『八咫鏡』に亀裂が走る。真正面からこいつを破ったことがあるのは四天王クラスだけだ。それを考えれば、今のオリドは並大抵の力じゃない。キレたことでレベルアップしたのかとすら思うほどだった。


「仲間が死ぬのは『覚悟』してたことだろ。オリドさんよ。俺たちも『覚悟』してるんだぜ。例え元人間だろうと、悪党に与する奴にゃあ容赦しねえってな!!」


 横合いから俺の助けに入ってくれたのはバーボンだった。浮力のある水中で戦斧は使いにくかったのか、もう素手になっており、背後から忍び寄ってオリドに組み付いたのだ。単純な腕力ではバーボンの方が上らしく、オリドは抵抗しても中々振りほどくことが出来ない。そのまま腕ひしぎ十字固めのような姿勢に入ったバーボンは、力技でオリドから俺の剣を奪い取った。『八咫鏡』を解除して『白銀の剣』を掴み取る。


「ちぃっ……どケっ!!」


 バーボンをどうにか振りほどいたオリドは、しかし直後に放たれた俺の突きが心臓に命中し、それが致命傷となった。仲間を失った怒りで一時的な強さを手に入れたまでは良かったが、彼は冷静さを欠き過ぎていた。もし初戦の頃のように慎重であれば戦いはもっと長引いていたことだろう。


「死……死ぬのカ……俺は……間違ってたんだな……最初から……」


 どこか調子の外れていた彼の喋り方が人間味を帯びていく。イシュメルと同じ現象だ。オリドもまた、魔物化の呪縛から解き放たれたかのように人間性を取り戻しているように思える。オリドは俺を見ると悲しそうな目でこう言った。


「俺は仲間に死んで欲しくなかった。ただそれだけのつもりだったんだ。でも……奴は悪魔だった。頼む。どんな方法でも良いからシレーヌだけは助けてやってくれ。俺たちのことは忘れろと言っておけばいい。どうせもう死ぬ」


 先程までの鬼気迫る怒りの形相はすでに失われ、どこか優し気な、穏やかな表情。その顔を見ていると、途端に己に問わずにはいられない。これで良かったのか。もしかしたら他に彼らを真に救う手段があったのではないか。本当に俺たちの選択は正しかったのか。


「勇者、お前は間違っちゃいないよ。だけど九層にある『転生宮』だけは……破壊しておいてくれ」

「それはいいけど……何なんだ? その『転生宮』っていうのは……?」

「行けば分かるよ。シバルヴァが生み出した冒涜的な施設さ……」


 オリドの言う転生宮についてもっと聞きたかったが、光の粒となって一気に消滅してしまい、彼は生きた痕跡を一切残さずにこの世を去ってしまった。残存するマーマンは自分たちでは勝てないと理解しているのか、オリドの死亡に伴って迷宮の奥深くへ逃げた。魔物になっていたとはいえ人間を殺すもんじゃないな。仲間の手が汚れたわけじゃないのは不幸中の幸いだ。オリドもイシュメルも直接手を下したのは俺だ。


「『白波の歌姫』の……オリドとイシュメルは倒した。まずはこの階層の水を何とかして、少し休憩したら次の階層へ移ろう」


 シバルヴァの水系魔法の力で、今第五層は水没している状態だ。このまま六層まで行って、六層の水位を下げたとしても五層の水が流れ込んでくることになる。五層にある水位の魔法陣をもう一度使えば、原理的には排水出来ると思うのだが。


「そのことだけど、さっきから少しずつ水位が下がってるわ。シレーヌが水位の魔法陣を使ったのかも」

「シレーヌとも合流しないとな。仲間の最期を……伝えるべきだと思うし」

「ルクス……気に病む必要はないわ。貴方は最初、彼らに助かる道を与えた。そのうえで戦いになったのだから仕方ないわよ」


 俺のもやもやとした気持ちを払ってくれたのはクレアだった。正しいのか、間違ってたのか、その答えは分からない。だが切り替えて前に進まざるを得ないだろう。シバルヴァを倒さなければこの国の復興は成り立たない。


「あっ……シレーヌさんです。こっちまで来てくれたみたいですね!」


 シレーヌが合流に来てくれたことにフィオナが気づく。五層に満たされていた水はすっかりどこかへと排水されてしまい、俺たちはクレアの作ってくれた空気の球体からも解放され、新鮮な空気を吸うことができた。


 五層まで来ると水もかなり綺麗になってるのか、一層で感じたドブ臭さみたいなのもないしな。合流に来てくれたシレーヌはクレアから借りたローブを羽織った人間の状態だった。でも何か様子が変だ。頭を押さえ、苦しそうにしている。


「シレーヌ……体調は大丈夫かい? フィオナ、看てあげてくれないか」

「す、すみません……さっきから急に頭痛がして……気分が悪いんです。何か……精神が削られていくような。そんな感覚がして」


 真っ先にオリドとイシュメルのことを伝えたかったが、それどころでは無くなってしまった。フィオナがシレーヌを介抱し、治癒魔法も使ってくれたが、彼女の頭痛は治らなかった。


 この状態で迷宮の奥へ進むわけにはいかず、かと言ってシレーヌを置いていくわけにもいかない。目下、強敵であったオリドたちは倒せた。一度外に引き返すかという話になったがシレーヌは狂ったように叫んだ。


「駄目ですっ! もう時間が無い。先へ進みましょう。私が皆さんの役に立てる間に、出来ることをしたいんです」


 この時、俺にはその真意を完全に理解することは出来なかった。

 シレーヌ自身の強い要望により、俺たちは迷宮の奥へと進むことになる。

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