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79話 港町ネヘレスコール

 あらゆる物が行き交い、巨大な船が並ぶイリオン王国随一の港、ネヘレスコール。活気に溢れ賑わっていた街の面影はどこにもない。まるで洪水に押し流されたかのように建物が潰されており、完全に崩壊状態となっている。人の気配もない。


 俺たちの目的地は街の地下にある『水道の迷宮』だ。最後の四天王はそこに陣取っているという話だからな。初めて来たときには気づかなかったが、街の端に迷宮への入り口があるらしい。俺たちはすぐにその入り口を発見することができた。石造りで出来ており中は暗い。古びた階段が地下へとずっと伸びている。


「みんな、準備は出来てるな。先へ進むぞ……」


 全員が頷き合い、俺は魔法で光の球体を浮かべるとそれを明かりにして迷宮へと足を踏み入れる。じめじめとした湿った空気が嫌な感じだな。迷宮自体が古いためなのか階段のあちこちが苔むしていて、気をつけないと足を滑らせそうになる。


 階段を降りると、『水道』の名を冠している通り、通路の真ん中に水の流れ道があり、滔々と何処かへと流れていく。今のところ魔物がいる感じはしないけれどこの水路からいきなり飛び出して来る可能性もゼロではない。


「水路の水は街の下水でもある。一層の水はばっちいから触らん方がいいぞ」

「そうなのか……バーボン、それって最終的には海に流すってことなのか?」

「ああ。地脈の魔力を利用して、魔法で綺麗にして排水する仕組みだ。だが、海に繋がってる関係で魔物が侵入することも出来てな……いつしか魔物が隠れて住むようになり、地下水道は迷宮になってしまったというわけだ」


 魔物が住んでる場所の上で平然と暮らしてるってのもおかしな話だ。話だけを聞いていると危機感が欠如してるんじゃないかと疑いたくなるが、魔物も縄張りに人間が近づいてこなければ何もしてこなかったんだろうな。


「なに。じゃあ下水道なのここ。汚いわね……私、これでも綺麗好きなんだけど。先に帰っていいかしら?」

「一応リーダーなんだから真っ先に帰ろうとするなよ……」


 バーボンの話を聞いてクレアが露骨に嫌がっている。冒険者という仕事上、清潔とは言い難いダンジョンや魔物の棲家に足を踏み入れる機会は多々ある。俺はそういうのに慣れっこだったが、クレアはそうではないらしい。実力はあってもまだまだ経験が足りないな。


「裏のリーダーに怒られちゃった。はいはい、それじゃあ先に進みましょうか。こんな不衛生な場所を好む四天王なんて絶対に不潔な魔物だわ。そうじゃなきゃ相当醜い怪物に決まってる」


 クレアはそう決めつけながら、俺の背中を突っついて先に進めと指示する。通路の真ん中が水路になってるせいで道幅が狭いからな。人間一人がやっと通れる広さしかない。俺は光で道を照らしながら奥深くへと進んでいく。


 この迷宮の構造自体は分かってるんだ。ここは一応攻略済みダンジョンだから地図がある。元々人間の作ったものでもあるしな。エリカに頼んだらすぐに用意してくれた。余計な探索の手間がかかることはないってわけだ。


 時間も要さず、迷うことも無く二層へと続く階段を発見できた。魔物とも遭遇していない。この調子ならすぐ最下層まで辿り着けるかもしれないな。そう思っていたら、階段を降りる俺の足が思い切り水に浸かることになった。


「……注意してくれ。ここから先は通路も水で満たされてるみたいだ……!」


 二層に続く階段の途中で足が水に浸かるってことは、二層目は完全に水没してるってことじゃないか。だが俺もそのことを全く考慮していなかったわけじゃない。エリカから教えてもらっていた可能性だ。どうすれば良いかも知っている。


「えっと……ルクスさん、水位を操作できる魔法陣があるんですよね? どこにあるんでしょうか……?」

「可能性があるとするなら壁か、もしくは地面だな。フィオナ、ちょっと探してみてくれないか」


 全員で階段の周囲を探してみたが、それらしきものは見つからなかった。どうなってるんだ。話と違うぞ。


「見つからないですね……でもエリカさんが誤った情報を話すとは思えません……ルクスさん、どうしますか?」

「……うーん。もしかしたら魔法陣自体はあるけど魔法陣のある場所も水没してるってことか……?」


 そうなると面倒だな。だが先へ進むにはどうしたってこの水没した地下への階段しか道がない。仕方ない、ここは水に潜って魔法陣を探すしかないか。俺は覚悟を決めると、荷物をバーボンに預けてなるべく身軽になり、剣だけを持って階段を降り始める。


「待ってルクス、水中じゃあ息が続かないでしょ。魔法を掛けておいてあげるわ」


 クレアが手をかざすと、俺の顔が空気の球体で覆われた。

 風系魔法か、助かる。これなら水中でも息が続きそうだな。


「信用し過ぎないでね。せいぜい十五分くらいしかもたないと思うから」

「ありがとう。深追いはしないさ、息が続かなくなったらいったん戻ってくるよ」


 水温はそんなに低くないな。階段を一歩、一歩と降りるたびに身体が水に浸かっていく。一番下まで降りた頃には俺の身体は完全に水没してしまっていた。クレアの魔法のおかげで呼吸は問題ない。階段を降りた先は一本道がしばらく続き、その後左右に道が別れている。


 水位を操作できるという魔法陣はすぐ見つかった。一本道が終わるちょうどその位置の壁面に、魔法陣が描かれているのが見える。大きな丸の中に上向きの三角と下向きの三角が縦に並んでいるような模様をしている。


 二層の水もそんなに綺麗な水質じゃないな、ちょっと濁っている。やや視界も悪いが、魔物は見当たらない。今がチャンスだ。俺は水中をバタ足で一気に泳ぎ、魔法陣の下へと辿り着く。水棲の魔物と遭遇したら厄介だ。早く水位を下げてしまおう。魔法陣に触れようとした瞬間、目の端に何かが飛び込んできた。


「シャーッ!!」


 マーマンの銛である。左右の分かれ道で気配を殺しながら角待ちしていたのか。なんて卑怯な真似をするんだ。こいつと戦うのはバーボンとフィオナと一緒に『滝壺の洞窟』へ行って以来になるな。


 そう昔の出来事ではないと思うのだが、不思議なほど懐かしささえ感じている。あの時は水中戦にならなかったが、今回は違う。完全に水中戦だ。マーマンに比べて人間は水中じゃあ理不尽なほどに不自由だ。水中で頑張って剣を振っても子供だって避けられるくらい遅いだろう。


それでも水中で戦わなければならない時、どうすればいいか。まずひとつに武器が剣なら突きを主体にして戦うべきだ。もうひとつは無駄な動きを減らすことだな。水中での活動は想像以上に体力を消耗する。今回はクレアのおかげで水中でも息が出来るが、息を止めながら戦うなんて長時間できるわけがない。


 俺は紙一重で銛の一撃を避けると、銛の切っ先は俺の肩を掠めて後方の壁に激突した。俺はすかさず左手で銛を掴み、マーマンの武器を奪いにかかる。


「ギィィィィッ!!」

「嫌がってるのは理解できるけど……俺も死にたくないからな。離さないぞ」


 マーマンは力を込めて銛を引っ張り抵抗するが、俺は銛の柄を脇に挟んで固めた上で掴んでいる。バーボンに比べれば力の弱い俺だが、普通のマーマン程度に力負けする気はない。


 銛の引っ張り合いに執着するマーマンは驚くほど隙だらけだ。俺は右手に持った剣で突きを放ち、マーマンの心臓に深々と剣を突き立てた。急所に一撃を受けたマーマンはぐったりして動かなくなり、光の粒と化して消滅していく。


 銛から手を放すと、分かれ道から新手が来ないか注意を払いつつ魔法陣に触れる。一瞬、魔法陣から光が放たれた。水がどこかに飲み込まれていくような音が響くので、水没した二層目の水位が徐々に下がっていくのが俺にも分かった。

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