78話 受付嬢エリカとの買い物
最後の四天王がいるのは西の街ネヘレスコールだ。港町として知られ、俺もこの国へ来た時に一度は訪れた場所ということになる。ギルドの情報によれば、四天王および配下の魔物は、ネヘレスコールの街を襲い滅ぼした後、街にあるダンジョンに身を潜めているらしい。
そう、ネヘレスコールの街の地下はダンジョンとなっているのだ。『水道の迷宮』と呼ばれている。全十層の迷宮で、全階層が魔法によって水で満たされているという水棲系魔物にとって天国みたいな仕組みだ。このダンジョンを根城に選んだということは最後の四天王は水棲の魔物である可能性が高い。
「相手のホームグラウンドで戦うことになるのは心配だな。水中戦になると勝ち目は無いし……」
エリカから最後の四天王の情報を教えてもらったのはアル王子に書状を渡した次の日のことである。もっともダンジョンに引き籠っていることから、四天王そのものの情報は大して得られなかった。実際にダンジョンへ乗り込んで戦ってみるしかないだろうな。
「心配ありませんよ。このダンジョンは攻略済みダンジョンです。冒険者が探索し易いように、仕掛けが施されているんです」
「と、言うと?」
「水系魔法の魔法陣を各階層に敷いて、水位を自在に調節できるようになっているんですよ。魔物と戦うことになったら、魔法陣を操作して水位を下げれば良いというわけですね」
なるほどなぁ。そうなると先人の努力に感謝しないといけないな。彼らがいなくては俺たちの探索はもっと困難なものになっていただろう。水棲系魔物との水中戦なんて、ほぼ死ねと言われているようなものだ。どんな達人でも水中じゃあまともに戦えないからな。
「ルクスさん、いつ出発する予定ですか? 準備は入念に行った方が良いですよ」
「そうだなぁ……三日後くらいかな。みんなもリフレッシュしたいだろうし、少し時間に余裕を持たせておきたい」
そうですか、とエリカは短く返して、咳ばらいをするとこんなことを言った。
「なら今度、私の買い物に付き合ってください。ルクスさんはどうせ暇でしょうから、荷物持ちをさせてあげますよ」
荷物持ちは嫌だな……正直に言ってしまうが。でもエリカにも世話になってるしなぁ。俺の正体を上手く隠せているのも受付嬢であるエリカの働きも大きいと思ったし。クレアをリーダーとすることで勇者であることを隠す、ってアイデアもエリカによるものだ。めんどくせーから嫌だとは言えないな。
「まぁ……時間はあるから問題無いけど。一体何を買うんだ?」
「ルクスさんは分かってませんね……それは買い物をしながら決めるんです。買う物が決まってたら面白くないでしょう」
うーん。まぁ俺も目的なんて無いのに市場をプラプラ歩いたりするから何も言えん。そういうショッピングスタイルも当然ある。買い物に付き合うなら購入したい物はとっくに決まってる方が楽ではあるのだが。
「じゃあ……買い物は明後日にしよう。待ち合わせはどこにする?」
「中央広場にしましょう。宿屋からも近いでしょうから」
「分かった。それじゃあ、今日は帰るよ」
そう言って宿屋の自分の部屋に戻り、夕食を済ませてベッドで寝転がっていると。俺はようやく気づいてしまった。これってひょっとするとデートなんじゃないか、と。
いやいや。俺とエリカはそんな関係じゃない。同じ秘密を共有しているってだけで、向こうの方が五つも年上だし、だいいち俺には結婚しようとしていた相手が故郷にいる。オフィーリア姫だ。
でも国外追放の処分を受けてしまった俺と姫が再び交際する機会なんてもう訪れないだろうな。きっと新しい結婚相手だって見つかっているはずだ。でも俺は姫のことが好きだった。
未練が無いと言えば嘘になるし他の女性と付き合う気も起きない。まぁ、それとエリカと買い物に行く話は関係ないんだけど、ともかく、知り合いと買い物に行くくらいで意識してしまうなんて、俺もらしくないな。
当日、俺は待ち合わせの中央広場でエリカを待っていた。俺の服装はいつも通りで、武器は持ってきていない。買い物で戦う局面なんて無いだろうからな。いや、ある意味ご機嫌取りという重大な戦いが待っているのかもしれない。
「お待たせしました! それでは行きましょうか」
待ち合わせ時間のきっかり十分前にエリカは現れた。エリカとプライベートの付き合いをするのは決して初めてではないのだが、なんというか、デートがどうのと考えていたせいで俺は妙にぎこちない対応をしてしまう。完全に意識してしまっているせいだ。
「ルクスさん、大丈夫ですか? ぼーっとしてますけど。もう、ちゃんとエスコートしてください。目的地は分かっていますね?」
「ああ……ごめん。市場に行こうか。新しい服屋が開店したって情報を入手しているんだ」
王都の市場は俺も何度か行ったことがある。こんなこともあろうかと、他の受付嬢から情報も入手している。エリカはお気に入りの服が破れてしまって新しい服が欲しいんだ。買う物が決まってないとは言っていたが、正確には違う。彼女の中では服が欲しいという大枠がすでに決まっているんだ。どんな服を買うかが決まってないというわけだ。
「ふん……ルクスさんにしてはやりますね。分かってるじゃないですか……」
「ああ……そうだな。まぁエリカなら何を着ても似合うんじゃないか」
客観的に見てエリカは美人だ。なぜこの年になって結婚はおろか彼氏すらいないのか分からんくらいだ。特に受付嬢は色々な人と関わる仕事だから、口説かれることだって多いだろうに。だから素直な感想を述べただけなのだが、エリカは顔を赤くして俺の背中を勢いよく叩いた。
「ルクスさんったら! ルクスさんったら、もう! 照れるじゃないですか! まぁ……悪い気はしないですけど」
そんなこんなで服屋に着くと、俺たちは意外な人物と出会った。バーボンである。この服屋は主に女性服を取り扱っていると聞いたが、なぜバーボンがこんなところに。エリカがなんだか不機嫌な様子になってきたので、俺はぎこちなく笑ってバーボンに尋ねた。
「バーボン……なんでこんなところに? 宿屋にいるのかと思ってたけど……」
「俺もルクスは宿屋で休んでるのかと思ってたが……俺は単に暇なら荷物持ちになってくれって頼まれただけなんだよ」
「いや……俺もだよ……エリカの買い物に付き合わされてさ……」
その瞬間、エリカの靴が俺の爪先を踏んだ。目を吊り上げている。しまった。つい本音を語ってしまった。
「あら。ルクスじゃない。それにエリカさんまで……もしかして二人もこの店が気になって来たの? 奇遇じゃない」
「おはようございます、ルクスさん、エリカさん。この偶然も神の思し召しかもしれませんね」
店の中から顔を見せたのはクレアとフィオナだった。何てことだ。俺を除け者にして買い物を楽しんでいたなんて。俺は、寂しさを覚えずにはいられなかった。これだけは言っておきたい。仲間なんだから俺も誘ってくれよ。
「待ってくれ。俺だけ誘わずに買い物を楽しんでたのか。仲間外れになった俺の気持ちはどーなるんだ」
「いえ……楽しむのは私とフィオナだけよ。バーボンはどうせ一日中寝転んでるだけだから荷物持ちにしても良いかと思って……」
「それにバーボンさんは王都に詳しいので……馴染みの店なら値切ったりしてくれるんです」
「まぁ……レイラと結婚していた時期は色々な店に足を運んでたからな……」
俺を誘わなかったのは気遣いだったってことか。それなら仕方ないな。俺もバーボンほど王都には詳しくない。
「ルクス、貴方が良ければ一緒に見て回りましょうか。私たちは構わないわよ」
クレアの視線が横に動いた。俺の隣で怒っているエリカをじーっと見ている。
一瞬、俺は逡巡してしまった。その僅かな隙が仇となってエリカの口が開かれることになる。
「……私も良いですよ。どうせなら一緒の方が楽しいでしょうから。きっとね」
その日、エリカは目当ての服を買うことが出来た。フィオナとクレアとも楽しそうに会話していた。だが俺と口をきいてくれることはついぞ無かったのである。