77話 さらば禁断の森
リンボルダ退治後はマニャ族の集落、もっと言うと長老のニャコックさんの家で世話になった。アイシャもよく会いに来て、これまでの冒険の出来事などを語ると目をきらきらと輝かせて「ルクスたちはすごいんだにゃー」とか「いつか外の世界に行ってみたいにゃ」なんて感嘆していた。
今日はいよいよ、禁断の森を去る日だ。俺は朝一番に起きると、いつでも出発できるように準備を整えた。しばらくするとバーボンやクレア、フィオナたちも続々と起きて準備を済ませていく。
「よくよく考えたら、ルクスだけずるいわね。新しい武器なんて貰っちゃってさー……しかもタダよ。タダより高いものは無いって言うわよね。ある意味、高い金を払って買った武器より価値があるわ」
「今になって俺に言われても……それにタダでくれなんて厚かましくて言えないよ……」
「とはいえ、鍛冶において右に出る種族なしと謳われるドワーフが鍛えた剣だからなぁ……四天王の身体をサイコロステーキみてぇに斬っちまうんだ。とんでもない切れ味だぜ」
クレアとバーボンが物欲しそうに俺の『白銀の剣』をじろじろと見てくる。剣は鞘の中に収まったままだが、この剣の切れ味の凄さは一緒に戦った二人もよく知っているというわけだ。それだけに、出来れば自分たちも欲しいという気持ちが湧いてくるのだろう。この冒険者という職業柄、武器は命だからな。みんな出来る限り優れたものを使いたいと思っているのだ。
「ほっほ。トバルカインが作った武器ですかにゃ。彼は金で動く男ではないですからにゃあ……本人の気分次第としか言いようがありませんにゃ。儂が頼んだところで素直に言うことを聞く男でも無いですからにゃ」
ニャコックさんが起きてやって来ると、俺たちの話を聞いていたらしく、そんなことをのんびりと言った。
「あ……いや。すみません。お気を遣わせてしまって。そこまでして欲しいわけでは……」
「すまんルクス! 正直に言うが俺はトバルカイン長老の腕に惚れちまった。あの人の作った武器なら是非欲しい」
うお正直だな。まあバーボンには腕があるのに安い武器で戦わせてしまってるからなぁ。みんな実力で言えばかなり高い水準にいるはずだが、武器に関しては初心者でも揃えられるレベルの安物だからな。俺が基本的に安物で満足してたせいでもある。
ただのCランク冒険者が伝説の凄い武器なんて持ってても怪しいし。いざとなっても俺の実力でカバー出来るだろうという驕りに近い考えも無いと言えば嘘になる。実際に光魔法を解禁してしまえばだいたい何とかなってしまうことが多いからな。
「けどもう帰る日だぞ……今からトバルカインさんに頼むわけにもいかないよ。王都に帰ったら良い武器を買おう。バーボン、それで手打ちにしてくれないか?」
「うーむ……それが現実的な落としどころかぁ。良い大人が駄々こねるのも情けないしな……それで満足するか」
なんて話をしてどうにかバーボンを納得させていると、ノックも無しに長老の家へずけずけと男が入って来た。何を隠そう、その人物こそドワーフ族の長老トバルカインさんである。両手には布で包まれた何かを抱えていて、無愛想に「よう」とだけ言った。
「お、おはようございます……トバルカインさん、急にどうされたんですか?」
「今日帰っちまうんだろ。倉庫を漁って昔、俺が作った武器を集めてきた。使えるもんがあったら持っていけ」
相変わらず、ぶっきらぼうな人だ。でも底抜けに優しい。バーボンとクレアとフィオナは、まるで玩具を与えられた子供みたいに喜んで武器を手に取った。ニャコックさんがひそひそとトバルカインさんに確認する。
「えらく太っ腹だにゃ、トバルカイン。お金は貰わなくても良いのにゃん?」
「構わん。武器には相応しい使い手が必ずいるもんだ。こいつらなら預けても良いと思っただけさ。それにどうせドワーフは斧とかハンマーしか使わん」
バーボンは戦斧を、クレアは短剣を、フィオナは杖をそれぞれ貰うことになった。他にも武器はいくらかあったが、みんなそれで十分と言っていた。せこい話だが、使わなくても貰っておけば高値で売れそうだ。俺にそんなことをする根性はないけど。
餞別も貰い、いよいよ別れの時が来た。見送りはニャコックさん、アイシャ、トバルカインさんの三人だけかと思いきや、他の種族の人たちもタイミングを見計らったかのように来てくれて、なんだか盛大になってしまった。
「ルクスー、達者でにゃ! 魔王や四天王なんかに負けちゃ駄目にゃ! 絶対勝ってにゃー!」
「ああ! ありがとうアイシャ! また……いつか会おう! その時まで元気で!」
この時、俺はその再会の日が案外すぐだったことを知る由も無い。禁断の森から王都への帰路は、驚くほど平和で静かだった。途中、グラナディラの街がどうなったか遠くから確認してみたが、リンボルダの生み出した植物が消え去ってただの廃墟と化していた。
あの街に生存者はいないだろう。タンジェリンの街やアプリコットの街に比べて復興は困難だろうが、いつかまた賑わいを見せ、活気が戻って欲しいものだ。『禁断の森』の人たちも人間と関わって生きていくことを決めたのだから、あの街はきっと亜人との交流の要所となるはずだ。
「……それで、ようやく王都に戻って来たわけですね。ルクスさんにしては苦戦を強いられていたのが意外ですが、ご無事で何よりです」
王都に戻ってギルドハウスに寄った俺は、エリカにそんな皮肉を浴びせられることになった。まぁエリカも心配してくれていた、という気持ちの裏返しなのだろう。記憶鑑定で俺たちの身に起こった出来事をリアルに追体験するから、ハラハラするんだろうな。単純な負傷の程度で言えば今回は一番危なかったというのもある。
「それで、書状はどうするんですか。私が渡しておきましょうか?」
「そうだな……頼むよ。いつもみたいに知らん間に現れてくれるなら楽なんだけど」
「呼んだ? なんだか帰ってくるかなぁという予感がしたから、来てみたよ。大当たりのようだね」
いつの間に俺の隣に……けどこれで手間が省けて良かったのかもしれない。アル王子がいつも通り、平民の装いで現れた。そもそも『禁断の森』へ行って四天王を退治せよ、と命令を下したのはアル王子なわけだから、どうなったか気になるのも当然だよな。
「……記憶鑑定は済んでます。三体目の四天王は倒せました。森の長老たちから書状を授かっているのでお受け取り下さい」
アル王子はそれを受け取って中身を読むとしばらく沈黙していた。やがて書状を丸めて筒の入れ物に直し、真面目な顔でこう尋ねた。
「想像以上の成果だよ。ルクス、君は本当に只者じゃないね。僕も流石にここまで望んではいなかった」
やはりわざわざ『禁断の森』へ向かって四天王を退治してこい、という指示にはアル王子なりの意図があったのか。だがアル王子の態度や言動に悪意のようなものは感じられない。彼なら亜人だからといって酷い扱いをすることは無いと俺は信じている。
「その……気になっていたんですが、なぜ王子は俺たちを『禁断の森』へ? 四天王を倒すだけならそこまでする必要は無かったでしょう」
「うん……それはね。僕なりの考えがあってのことなんだ。人間と不干渉を貫く亜人でも、この国の一部には違いないから見過ごせないよ。無論、友好的な関係を築く足掛かりにできないかという欲もあったけどね」
「亜人を虐げたり不利益を被らせたりするような、不純な動機は無かったと、そう考えていいんですね?」
「もちろんだよ……僕は亜人たちと対等な付き合いがしたいと思ってる。もっとも、亜人と僕らでは見た目も違うし寿命も違う。お互いに偏見もあるだろう。この書状にも書いてある通り、すぐにというわけにはいかないと思うけどね……」
それを聞いて安心した。アル王子の澄んだ青い瞳に濁りは、無い。俺はクレアのように嘘発見の魔法が使えるわけではないけど、嘘ではない、と断言できる。アル王子の瞳の奥には確固たる信念がある。本人もそれを具体的には語らないが、それがある故に、彼は清廉なのだと思わせる。
「それより……次がいよいよ最後の四天王だ。ルクス、気を抜かずに頑張ってね」
もう少しアル王子と話したい気もしたが、そろそろ帰らないと抜け出したことがバレる、と言ってアル王子はギルドハウスを去っていった。




