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75話 この一撃にかけて

 クレアとエレーナさんも倒れている俺のところまで走り寄ってくる。エレーナさんはポーチから塗り薬と包帯を取り出すと怪我の止血をしてくれた。かなり手際が良い。慣れてるみたいだな。


「運が良かったな。急所は外れている。この血止めの薬を塗っておけば死にはしないだろう」

「すみません……助かりました。避けるに避けられないタイミングだったもので」

「もう喋るな。四天王はお前が倒した……私たちの集落に戻ろう」


 エレーナさんの言葉を聞いて、地面に転がっていたリンボルダの頭が突然爆笑した。あまりにも痛快に大笑いを始めたので最初は何で笑っているのか、というか何が起こったかよく分からなかった。どうにも勝ったと思い込んでいるのが余程面白かったらしい。


「ぶわはははははっ。馬鹿か貴様ら。何も気づいていないんだな。まだ戦いは終わっとらんわ」

「その状態でどう戦う気だ。自分の身体をよく見てみろ。光の粒になって消滅を始めている。逆立ちしても貴様の死は確定しているのだ。負け惜しみは止めろ」

「種明かしするのは簡単だが自分で気づいて欲しいなぁ。ところでこの森の異変は分かっているのかね、エルフのお嬢さん?」


 思い当たる節がある。ここへ来る前にエレーナさん自身が話していた。最近、森の声が妙に小さくなってまるで弱っているようだと。リンボルダのやつ。この森に何かしたというのか。だがそんなことをしていても違和感は無いな。門外漢ではあるが植物魔法を使えば森に対して悪さも出来そうな気がする。


「貴様っ、私たちの森に何をした! 今すぐに吐け!」

「大したことはしとらんよ。何、ちょいと地脈の養分を横取りしただけさ。お前たちには分からんだろうがこの森の土壌は非常に良質でねぇ。吾輩の植物魔法を使うのに適しているのだよ」


 やはり何か仕掛けているのか。だけどそれは一体何なんだ。もう間もなくリンボルダは死ぬ。毒花粉だって撒けない。マイコニドの胞子は俺の『破邪聖域』で防いでいるし。

 いや。待てよ。今何か震動しなかったか。気づいたのは俺だけか。怪我で地面に寝転がっているからなのか、全身で感じたぞ。間違いない。これは大勢の足音だ。それもすぐそこまで来ているじゃないか。


「吾輩は新しい吾輩に交代するよ。無念ではあるが……最終的に勝てればそれでよい。それが吾輩の流儀なのだからな」

「何を言ってるんだ……お前は……? 交代するとはどういう意味だ? 何をする気だ!」


 リンボルダの言葉の意味を理解できずエレーナさんが困惑している。交代だと。リンボルダに似たような魔物がまだ残っているのか。それはかなり不味い事態だぞ。Sランク相当の魔物との連戦なんて冗談じゃない。


「くくく……混乱しているようだな。負けたのは腹立たしいが……少しだけ溜飲が下がったよ」

「勝手に満足しないでくれる? 早くどういう意味なのか答えないと死期が早まるわよっ!」


 クレアが右手に火球を浮かべてリンボルダの頭に詰め寄る。話さなければ今すぐに焼き殺すという脅しだ。リンボルダは「それは困るな」などと言ってもったいぶっていたが、ある人物の介入で事態が変わる。


「私が教えてあげましょうか、クレアさん。こうしてお話するのも久しぶりですねぇ。忌々しい勇者クルスに、そちらはお仲間の……バーボンさんでしたか。お元気そうで何よりです」


 魔王の側近パーガトリアだ。薄紫色の髪を伸ばした女性の姿をしているが、正体は魔物である。こいつは俺たちの動向を常に監視しており、何のつもりなのか映像を飛ばして話に割って入ってきたのだ。

 教える、だと。手の内を晒すなんてこと勝算が無くては出来ないことだ。よっぽど勝つ自信があるのだろう。嬉しくない展開だな。魔力にはまだ余裕があるけど正直、体力的にきついな。


「リンボルダはね、トレントの魔物です。つまり植物に近い性質を持つ魔物なのですよ。ゆえに植物魔法と親和性が高い。幾つか必要な条件はありますが、彼はその気になれば植物魔法で己の『種』を作り複製を生み出すことができるのです」

「なんだって……!?」

「驚いてくれたようで嬉しいよ、勇者諸君。この森は吾輩の複製を生み出す条件の揃った土地なのだ。森の養分を横取りして、ざっと百体は複製を生み出している。強さも性格も全く同じ! そいつらが吾輩の後を継ぎ貴様らを必ず殺すだろう……」


 パーガトリアが自信満々な理由が分かった。さっき感じた震動は気のせいじゃなかったんだ。リンボルダの複製たちが今まさに近づいてきている音なのだ。俺たちを数の暴力で殺すために。しかも強さすら全く同じだと。一体相手でも苦労したのに、まともに戦ったら絶対に勝てない。


「おい……いいのかそれで。複製ってことは能力も性格も同じかもしれんが、お前自身が復活するというわけじゃないんだろ。なら他人と変わらんじゃないか。死ぬのが怖くないのか?」


 バーボンの指摘はもっともだ。話を聞く限り目の前にいるリンボルダAはB、C、Dと自分の複製を作れるがAという個体の命をどうこうできるわけじゃない。リンボルダAはあくまでも死が確定している。


「構わんよ。オリジナルのリンボルダはとっくに死んでいる。今より遥か前、魔王様に歯向かって殺されてしまったからな……リンボルダは個体名ではない。リンボルダという群れの名前なのだ。お前たちが死ねば吾輩たちという群れは更に名声を得るだろう……それで十分だよ」

「さしずめチェックメイトと言ったところですねぇ。その負傷では残り百体のリンボルダは倒せないでしょう? 無駄な抵抗は止めておいた方が楽に死ねますよ」


 目の前のリンボルダが淡い雪のような光になって消え去ると、パーガトリアの映像も消滅する。勝利を確信した高笑いと共に。俺は剣を突き立てて支えにしながら立ち上がり、神経を研ぎ澄ませる。リンボルダの複製は俺たちを包囲するように接近しているようだな。もう目視できる距離にいる。


「ルクス……どうするの? 何か作戦でもあるの」

「作戦ってほどのことじゃないさ……『聖天光波剣(せいてんこうはけん)』を使う。あれなら複製のリンボルダが何体いようと倒せるはずだ」

「タルタロスやヘルヘイムに使ったあの技か。確かに通用するかも知れんが……」


 バーボンが最後まで言葉を紡ぐことはなかった。たぶんこう言いたいんだろう。満身創痍の状態でその技を放っても倒しきれないんじゃないか、と。確かにその懸念はある。でも今はやるしかない。


「一か八かだ。みんな、俺の攻撃に巻き込まれないようにだけ注意してくれ」


 剣を真っすぐに突き出して魔力を集中させる。剣が輝きを帯び始め、やがて巨大な光の刃と化した。いつもより出力が不安定だが、やるしかない。俺は魔力を放ち続けて近づいてくるリンボルダ軍団へと『聖天光波剣』をぶつけた。視界を埋め尽くすほどの光の塊が複製リンボルダをまずは十体近く消滅させる。俺はそのまま柄を握り締めて剣を横へとスライドさせていく。


 複製リンボルダは俺たちを完全に包囲している。逃がさないように三百六十度全てを薙ぎ払ってやる。ここは元々エルフ族の霊廟があった開けた場所だ。森を傷つける心配も無いだろう。リンボルダたちは消滅を覚悟で接近してくる。悠長に毒花粉を撒いている暇は無いだろうからな。


 『聖天光波剣』の出力を続け、右方向に回転を始めると、後ろから樹木の槍が飛んできた。リンボルダの攻撃だ。まずい。避けなくては――と思考が働いて、僅かに身体をズラす。かえって体勢を崩してしまい倒れそうになる。駄目だ。これは当たる、と覚悟した瞬間、バーボンが飛び出して戦斧で弾いてくれた。


「もう少しなんだ。もう少しで俺たちは勝てる。ルクス、俺に出来ることはこれくらいだが……踏ん張ってくれ! 絶対に勝つぞ!!」


 バーボンは戦斧を投げ捨てると覆いかぶさるように俺を支え、一緒に剣を握り締める。これなら攻撃を続けられる。次にクレアも一緒に俺の剣を握り締める。クレアの魔力が剣に宿り、やや不安定だった『聖天光波剣』の出力が安定した。


「私たちが力を合わせて負けたことってある? 今回だって必ず勝って見せようじゃない!」


 これならいける。確信を得た俺はバーボンとクレアと共に剣を一回転に振り回し、複製リンボルダの群れを一気に殲滅する。やがて光の剣の収束が途絶えていく。暗い『禁断の森』の最深部に静寂が戻ってきた。


 勝った、でいいのか。ちゃんと全て倒せたのか、確認できないが。というよりそんな力すら残ってない。力尽きた俺はつい後ろから地面に倒れてしまった。エレーナさんは僅かに微笑んで俺たちに告げる。


「今度こそお前たちの勝ちだ。森が感謝している……助けてくれてありがとう。そう伝えてほしいと言っている」

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