74話 60秒間の激戦
「クレアを助けよう。バーボン、どれぐらい息を止めて戦える?」
鞘から勢いよく剣を抜き放ちながらバーボンに問いかける。
俺が言わんとしていることはバーボンも何となく察しているようだ。
「……60秒くらいだな。全力で戦うとなるとそれが限界だろう」
「俺も同じだ。その時間内で決着をつけよう。無茶だけどやるしかない」
「なんだ。お前たち、何の話をしている。この魔法陣の外に出るつもりなのか。毒で死ぬぞ!」
エレーナさんは俺たちを制止しようとすごい剣幕で肩を掴む。
「花粉を吸わなければ大丈夫です。息を止めて戦えば毒は防げます」
花粉に毒が含まれているという特性上、花粉が体内に侵入しなければ問題ないはずだ。だから理屈では呼吸を止めている間だけなら毒を気にせず戦うことができる。術者であるリンボルダを倒せば蔓に咲く花から撒かれている花粉も消滅するはずだ。
「馬鹿を言うな。たった60秒で何ができる。あの植物魔法を見なかったのか。常人では接近することすら出来ないぞ!」
「それでもやるんです。どれだけ無理でもやってみせる」
俺は強い意志を込めてそう言った。肩を掴むエレーナさんの手がするりと離れる。俺とバーボンは目を合わせて頷き合うと武器を構え、一気呵成にリンボルダへと突撃していった。奴は俺たちに一瞥くれると蔓を鞭のようにしならせ攻撃を加えてきた。
この『白銀の剣』なら例え魔法の産物でも簡単に斬れてしまうはずだ。俺は素早く剣を振り抜き、正面から迫る蔓を切り裂いた。馴染みのない手応えだな。ぐにょぐにょと柔らかくて切れにくいのに、それでいて厚みがあって硬さも感じられる。対極の感触が同居しているという未知の感覚。まぁ魔法で生み出したものならどんなことがあっても不思議はないが。俺の想像通りこの剣なら斬れるみたいだし、特に問題ない。
俺の武器はトバルカインさんによる業物だがバーボンの戦斧は店売りの安物のままだ。蔓を斬った手応えからして普通の戦斧じゃ切断するのは難しいはず。それを分かっているのか、バーボンは戦斧で上手く軌道を逸らすことで攻撃を受け流す方法を用いている。上手いな。一瞬でその判断が出来るというのがまさにベテランの技だ。
「馬鹿共がっ。毒が怖くないのか。そんなに死にたいなら惨たらしく殺してやるわァァァァッ!!」
リンボルダの怒号と共に樹木の槍が飛んでくる。同時に左右から太い蔓の鞭。その隙間を縫うように鋭利な木の葉の刃が飛ぶ。それだけじゃない。下からも植物魔法が襲いかかってきた。木の根のようなものが伸びてきて、俺たちの動きを止めようと足に絡みついてくる。
俺は咄嗟に足に力を込めて跳躍すると斬撃を連続で放ち全ての植物魔法を捌いていく。クレアは前方に魔力障壁を張って防御したようだ。あれは『円天盾』という防御の魔法だな。バーボンは絡みつく根を足の力だけでブチブチと引き千切りながら前進を続け、戦斧を回転させて蔓や木の葉の刃をはじき返している。
植物魔法を防ぐのに手いっぱいでこのままだとリンボルダに近づけない。クレアに言った通り接近戦を仕掛ける隙を与える気はないということか。俺たち三人は特に作戦会議をしたわけでも無かったが自然と役割分担をして戦っていた。クレアとバーボンが俺の左右で植物魔法の猛攻を防ぎ、俺が隙を見て近づく。
剣が届く距離まで到達できればチャンスはある。残り時間が刻一刻と減っていく中で遂に射程圏へと入ることができた。クレアとバーボンがこじ開けてくれた千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。ここでリンボルダを仕留める。
植物魔法で距離を置いた戦いをしていたリンボルダは仕方なく近接戦に切り替えたらしい。拳を振りかざしてシンプルに殴りかかって来た。俺は剣を振ってハムを切り分けるみたいにその腕を輪切りにする。流石の奴も驚いて目を見開いていたが――同時に、口から何かを飛ばしてきた。種だ。胡桃くらいの種子が飛んでくる。
食らったらまずいのは分かるが悠長に避けている余裕はない。息が持つのは残り数秒ってところだ。この好機を逃したら終わりでやり直しは不可能だった。種をその身に受ける覚悟で剣を振るう。種が俺の身体に着弾する。胸、腹、腕、太腿。命中箇所から鮮血が飛び散る。
剣を振り切ってリンボルダの背後に着地。体中に激痛が走って俺は地に伏せるしかなかった。傷口を見ると茎のようなものが伸びてきて葉っぱまで生やしている。やっぱり食らうと駄目な攻撃だったか。
種子は俺の血肉を栄養にどんどん成長しているみたいだ。急速に体力が奪われて意識まで遠のいてくる。リンボルダは結果を見るまでもない、という風に振り返らずに勝ち誇る。
「クククッ、勇者は倒した。それは人間の血肉を吸って成長する植物の種だ。体内にしっかりと根を張り巡らせ、数分で宿主は死に至る!! タルタロスもヘルヘイムもしくじったが吾輩は成し遂げたぞ! これでパーガトリア様もさぞお喜びになるだろう……!」
輪切りにされた右腕は奴にとっては安い代償だったってことか。痛みで今にでも叫びたい衝動に駆られたが俺は我慢した。体内で成長する種も危険だが毒花粉もやっぱり危ない。というよりそっちの方が俺としては危険度が高い。毒による症状は俺の魔法ではどうにも出来ないんだ。解毒は治癒魔法の領分だ。
「……いえ。私たちの勝ちよ。分かってないの。ルクスが凄い速度で貴方を細切れにしたってこと」
「何を馬鹿なことを。悔し紛れに吾輩の勝利宣言を奪うな! 実際に身体だって五体満足で……」
花粉毒が散布された状況下でも唯一喋れるクレアが堪らずに口を開いていた。リンボルダが確かめるように身体を動かした瞬間、頭のてっぺんから爪先まで奴の身体がボロボロと崩れ落ちていく。何回斬ったかは数えてないけど、すれ違い様の一瞬に繰り出せるだけ斬撃をお見舞いしたからな。
「ばっ……馬鹿なっ……こんな馬鹿な話っ! こんなことが出来るなんて聞いてない……!!」
今の剣だから出来たことだ。頑丈なトレントであるリンボルダの身体を切断するのは普通の剣じゃ無理だろう。それだけ『白銀の剣』が優れていたということ。俺はできるだけ速く手を振り回しただけで。
周辺に伸びていた蔓が光の粒となって崩壊していく。リンボルダの頭はしきりにありえない、ありえないと叫んでいる。かなりしぶとい奴だな。細切れになってもまだ生きてるのか。いくら治癒能力があってもあれだけバラバラにしたんだ。そのうち死ぬとは思うけど。
「バーボン、もう話していいわ。花粉も消滅を始めてる……なんとか三人で倒せたみたいだからね」
「ぷはっ。そいつぁ良かった。ルクス、今助けてやるぞ! ポーション無かったか! それとも急いで集落まで戻るか!? フィオナの治癒魔法なら治せるはずだ!」
いや。治癒魔法でも多分駄目だ。俺に根を張る植物自体を除去しないと、傷を塞いでも体内を傷つけながら俺の血肉を養分に成長を続けるだろう。それにフィオナのいる集落まで戻る時間が無い。こいつもリンボルダの植物魔法の産物みたいだから、徐々に消滅しつつあるようだが。でも完全消滅するより先に俺が死ぬ。
「駄目だ……植物を除去しないと。ポーションは懐に一つ入ってるけど……」
「どうすりゃいいんだ。この茎を引っこ抜けばいいのか。それはそれでヤバい気がするが……」
「だ、大丈夫だよ……バーボン。俺の光系魔法で何とかする……」
光系魔法の中には魔法の効力を打ち消せる類の魔法がある。かなり高位の魔法だから俺も簡単には使えないが。つまりどういうことかと言うと、『無限領域』の力を借りないと俺でも出来ない。一瞬。一瞬だけ封印を解いて力を解放する。それなら領域の力を制御できない俺でも死にはしないはずだ。
「何とかするってどうするっていうんだ!? ルクス、こんなところで死ぬな!」
バーボンに返事をする余裕も無いまま、頭の中で長ったらしい呪文を唱えると脳内でカチリと音が響いた気がした。封印が解けたのだ。俺の身体が朧げに光り始めている。やばい。今すぐ打消し魔法を使わなければ、制御できないほど魔力が溢れ出して身体が一瞬で崩壊するだろう。
「う……『無極相殺』……!」
俺の血肉を糧に成長する植物が光の粒となって消え去っていく。うまく発動したか。俺は慌てて脳内でまた呪文を詠唱して、急いで封印をかけ直した。身体が帯びていた光が次第に収まる。本格的に力が暴走する前に再封印できたみたいだな……流石に俺も冷や冷やした。
俺は震える手でポーションを取り出すとうっかり地面に落としてしまった。種子が埋まっていた傷口から血が止め処なく流れている。参ったな。今度は失血死の可能性が出てきたぞ。バーボンが落ちたポーションを拾うと俺に飲ませてくれた。




