73話 動けるのはただ一人
目視こそできないが、霊廟から生えている蔓の花は現在進行形で花粉を撒いてるはずだ。クレアの風系魔法のおかげで身を守れているものの、彼女から離れたらたちまち花粉の毒にやられて死ぬだろう。
問題はクレアの近くに身を寄せた状態では、まともに戦えないってことだ。俺もバーボンも武器を使った近接戦闘を主体としている。クレア自身は魔法を使えるので問題無いかもしれないが。
かと言ってクレア一人で四天王を倒すのは難しい話だろう。どうするべきか考える時間を与えてくれるほどリンボルダは優しくなかった。おそらく霊廟の中で跳躍したと思われるリンボルダの巨体が屋根を突き破ると、俺たちの目の前で派手に着地する。
「ふぅ~ッ。それで吾輩の毒を防いだつもりか。小賢しい連中だ! そんな風に固まった状態でなぁ! まともに戦えると思ってるのかぁ! 格好の的でしかないわァァァッ!!」
リンボルダの言う通りだ。奴が手をかざすと、光を帯び、高速で槍のようなものが射出された。おそらく鋭利に尖った樹木を発射したのだろう。植物魔法による攻撃だ。ひとつならともかく、何十本も馬鹿みたいに撃ってきている。クレアから離れれば毒花粉の餌食になる。魔力障壁で防ぐしかない。
「『八咫鏡』っ!!」
俺たちの全方位を守る光系魔法の障壁を展開し、槍の如き樹木の嵐から身を守る。八咫鏡で弾かれた樹木が回転しながら幾つも地面に落ちていく。タルタロス戦であっさり破られて以来、この魔法への信頼度が下がっていたのだけど、まだ使い物になるな。問題はどうやって反撃するかだ。
「防御してる隙に風の魔法陣を作ったわ。皆ここから動かないで。ルクス、『破邪聖域』の範囲って広げられるかしら。私に毒は効かないから、今回は私がメインで戦うわ」
「それは可能だけど……でも今のところはそれしか無いか……!」
苦肉の策ってやつだ。クレアは魔法使いなのに遠近中どれも隙の無い冒険者だが、パーティーでの役割分担で言えばやっぱり魔法支援による後衛だ。そのクレアに全面的に前衛を押し付けるのはやはり負担が大きい。危険な近接戦闘は俺とバーボンがいるのだから、彼女に任せてしまうのはいささか申し訳ないというか役に立ててない。でも四の五の言ってる余裕もない。俺は『破邪聖域』の範囲を広げた。
「戦いが長引くほど貴様らが不利だぞ! 魔力が尽きれば防御も出来んだろう! 毒で死ぬか、樹の槍に貫かれて死ぬか、好きな方を選べッ!!」
「第三の選択肢を提案するわ、貴方が死んで完全に滅ぼされるってのはどう!?」
威勢のいい台詞と共に、クレアは風の魔法陣の外へ飛び出した。片手をかざして炎系魔法を放つ。炎は蛇のようにうねりながらリンボルダへと迫る。あの不規則な動きは『火炎車』という魔法だな。トレントは頑丈だから生半可な攻撃は効かない。炎が唯一の弱点とされている。
命中しろ、という俺の願いは外れて、リンボルダは前方に大樹を生やすことで炎を防いだ。『火炎車』の凄まじい火力が大樹を瞬く間に燃やす。クレアは軽く舌打ちして、すぐさま両手に火球を浮かべる。
「毒が効かんのか、鬱陶しいな! 吾輩は楽に勝ちたいのだ。まったく中途半端な炎系魔法を使いおって。吾輩が植物魔法を使うからと言って有利だなんて単純な思考をしとらんだろうな、えぇ!?」
「別に。勝てると思うから戦うんだけど。こっちは貴方と同格の相手を二体倒してるのよ」
「タルタロスとヘルヘイムのことか! どうせ貴様だけの力じゃ無いんだろう! 小娘が粋がるなッ!!」
ずしずしと巨体を揺らしてリンボルダは『破邪聖域』の範囲の中に入って来た。嫌がる素振りすら見せないな。やはりSランク相当になると魔法への抵抗力も高くなるか。大して効果が無い。
リンボルダが足を強く踏み込む。人間ほどもある太い蔓が大量に地面から伸びてクレアに襲いかかった。身軽で俊敏なクレアは軽やかなステップで蔓を避けていく。捕まれば一巻の終わりだ。時折、手に浮かべた火球をリンボルダへ投げつけるが全て蔓で防がれてしまう。
左右へ躱し、時に火球で蔓を排除し、少しずつ距離を詰めていく。クレアは接近戦を狙っているのか。元々体術は俺レベルで得意だからな。もっとも接近したところで使えるのは短剣くらいのはずだ。それじゃあリンボルダには致命傷を与えられないだろう。クレアには俺の知らない手札がある、ということか。
「俺も援護する! 『流星斬』っ!!」
それならぼーっと眺めてる場合じゃない。俺も蔓を排除するため魔法剣で斬撃を飛ばし、クレアのアシストをする。まるで網目のように迫る蔓を避けながらクレアは俺にウインクした。結構余裕そうだな。
「ちぃぃっ! すばしっこい! その動き、ただの魔法使いではないのか!」
「お生憎様ね。後ろから魔法を撃つ以外のことが出来ちゃう魔法使いもいるのよ」
クレアとリンボルダが格闘戦の距離まで近づいた。リンボルダは巨体を生かした丸太のような足で蹴りかかるが、当たらない。蹴りはクレアの顔の真横をすり抜ける。懐に手を添えたクレアが静かに呟く。
「……『爆裂猛火』」
瞬間、リンボルダの腹が爆ぜた。光の粒を撒き散らしながら後ろへ吹き飛び、二回、三回と地面に激突して盛大に転がった。クレアが放ったのは上位の炎系魔法だ。魔法の効果範囲がかなり狭いので使いどころが限られるのだが、その分威力は絶大。なるほど。後衛時には使えないし、人間相手には殺す気でもなければ使わない。確かに普段のクレアなら見せない手札だな。
「クレアのやつ、やりおった。だがまだ倒せてない。リンボルダは生きている……!」
「……ああ。四天王を名乗るだけあってしぶといな……致命傷には至ってない」
「なんだと。さっきの爆発ような炎でも倒せていないと言うのか……!」
エレーナさんは倒したと思っていたようだが、まだだ。気配が死んでない。
光の粒を身体から噴出させながらもリンボルダの巨体が起き上がっていく。
「侮っていたよ……中々良い一撃だった。だが吾輩を倒すのには少し威力が足りなかったな」
「偉そうに言うけど瀕死でしょ。もう一発食らわせてあげるから覚悟しなさい」
「無駄だ。吾輩は根を張ることで地脈から魔力と養分を吸い取り、自らを癒すことができるのだ……こんな風に」
リンボルダの足から根のようなものが伸び、焼け爛れた腹がみるみる回復する。クレアはすかさず火球を何発も投げつけるがリンボルダは炎に燃やされながらも高速で治癒していく。駄目だ。焼き殺すよりあいつの回復スピードの方が断然速い。
「面倒ね……ルクス、援護して。一発で駄目なら何発でもぶちこんでやる……!」
「馬鹿め。そんなことをさせると思ったか。もう二度とお前には隙を与えん!」
蔓の攻撃に加えて、リンボルダは更に攻撃パターンを増やしてきた。
リンボルダの周囲に木の葉が舞ったかと思うと高速でクレアに飛来する。
数枚の木の葉が彼女の身体を掠めると、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように血が流れる。
「魔力障壁は張らんでいいのか? 防御に専念した方が綺麗な身体が傷つかずに済むぞ」
「余計なお世話よ。こんな葉っぱくらい、風系魔法で……!!」
クレアを中心に竜巻が発生すると、木の葉は風に流されて無力化された。だが蔓までは無力化できない。竜巻を貫通して襲いかかる蔓を炎系魔法で相殺する。
戦況はクレアが徐々に追い込まれている状態だ。クレアは同時に魔法を幾つまで使える? Aランクの魔法使いでも二つか三つ程度だ。魔法を使うにはある種の集中力が必要で、集中を失えば効力も失われる。
俺たちを守るのに風系魔法を一つ使っているから、後は出来ても攻撃と防御に一つずつ。リンボルダの攻撃が更に増えたら、もう攻撃にリソースを割くことなんて出来ないだろう。どうすればいい。答えは簡単だ。今、手の空いている俺とバーボンでクレアを助ければいいんだ。