表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/106

72話 叡智の千年樹

 濃霧を掻き分けるように俺たちは『禁断の森』の最深部を進んでいく。

 前が見えないどころか方向感覚まで狂ってしまいそうだ。

 エレーナさんの案内が無ければ間違いなく迷っていただろう。


「……この嫌な気配。四天王が近くにいる……!」

「勇者、お前にも分かるか。この先にはエルフ族の先祖を祀る霊廟がある。恐らく四天王はそこだな」


 この森に入ってからずっと感じていた、監視されているかのような気配。

 俺はそれを四天王リンボルダのものだと推測していたが確信に変わった。

 間違いない。その霊廟にこそ俺たちが倒すべき敵、四天王がいる。


 更に森の奥深くへ進むと霧の中から突然、厳かな建造物が現れた。

 ここが霊廟だな。中にマイコニドの胞子は飛んでいない。

 が、念のため『破邪聖域』を維持したまま鞘から剣を抜き放つ。

 すでに敵の腹の中だ。いつ襲われてもおかしくはない。


「よくぞ来た、勇者諸君! 念入りに胞子を撒いていたのによく無事で来れたな。褒めてやろう。もっとも相手があの勇者クルスとあれば不思議は無いか……まったく忌々しいな、光系魔法というのは!」


 声と共に、月の光も届かない真っ暗闇の霊廟の中で大きな影が動き出す。空いている左手に光の球体を浮かべて暗闇を明るく照らし出した。これは光系魔法の初歩的な使い道だ。

 霊廟の中に何故か大樹が生えている。いや。そうではない。顔があり、手足があり、しかし枝葉がついている。トレントだ。それもただのトレントではなく強力な突然変異体。トレントは口髭のような部位を撫でつけてにやりと笑った。


「折角ここまで来た者が現れたのだ、ゲームクリアとでも言っておくよ。おめでとう! 吾輩こそが新魔王軍四天王の一人。叡智の千年樹リンボルダだ!」

「ゲームクリアだと? 我らを侮辱するのも大概にしろ! 遊び気分でこの森を襲っていたと言うのか!」

「ん? 評価してやってるのに、怒らないで欲しいなぁ。エルフのお嬢さん。吾輩がその気になればチンケな亜人など一瞬で根絶やしに出来るのだよ? これは諸君と吾輩との戦争ゴッコだよ。いやぁ、これでも盛り上げようと趣向を凝らしたつもりだったのだがね?」

「何を言っている……何を言っているんだ、お前は」


 エレーナさんは身体を大きく震わせ、怒りのままに弓矢を構えた。

 いかん。敵の挑発に乗ってはいけない。俺は素早く前に飛び出し、エレーナさんに背中を向ける格好でリンボルダと相対した。


「『正解』だ。攻撃してきたら問答無用で殺してやるつもりだった。雑魚の攻撃など掠りもせんが吾輩もムカつくからな。もう少し会話が出来そうだ。お前が勇者クルスで間違いないか? 若い男と聞いていたが……まだまだガキじゃないか! 18かそこらだろう、え?」

「確かにそうだけど、趣向を凝らしたっていうのは……森番のエルフ族にマイコニドを寄生させて手駒にしたり、トレントを燃やして特攻させたりすることを言ってるのか?」

「それも『正解』だッ! 卑劣な敵って演出が最高だっただろ? 他にもアイデアはあったんだぞ。亜人を盾に括り付けて人質を兼ねた防御にするとかな。武器を使える魔物が吾輩の配下にいないから、残念だが没にしてしまった」


 こいつはグラナディラの街を壊滅させた張本人だ。真実かどうかはさておき、遊び気分というのも全くの嘘ではないのだろう。イリオン王国の主要な都市であるグラナディラには、Aランクのパーティーもいたはずだ。不意打ちで襲ったおかげなのかもしれないが、実際に彼らを倒すほどの実力者。この森の戦力など一捻りできるのは間違いない。


 何より、あのタルタロスやヘルヘイムと同格の相手だ。どっちもSランク相当の強敵だった。あいつらと肩を並べるほどの魔物なら。そういう思考をしていてもおかしくないと思わせる。


「悪いけどお前は演出家として三流だ。そんなに面白く無かったよ。剣も折られるし最悪だった」

「そうそう! 吾輩が部下を少し操って実力を確かめた時に、お前の武器を壊してやったのに。中々良さそうな剣を調達してるじゃないか。そいつもパキッとへし折ってやろうか」

「……俺はもう戦うつもりだけど、ゲーム気分が抜けてない状態で大丈夫か?」

「おっと。勇者と戦いになるのは嫌だな。吾輩は『楽に勝つ』を信条としているのでね。面倒事は好きじゃない。それこそゲームプレイヤーのように、盤上の駒を操るだけで勝ちたいのだ。だから、これから吾輩がやるのも戦いじゃない。敢えて言うなら『取り引き』だよ」


 リンボルダが手をかざすと空中に映像が現れた。投影魔法だな。遠隔視した光景を他者に見せる魔法だ。そこに映されている風景は恐らくエルフ族の集落。まさか俺たちがいない間に彼らの集落を襲うつもりとでも言いたいのか。


「察しの良い奴ならこれだけで分かるだろう? 吾輩の配下である魔物、五百以上がエルフ族の集落に向かっている! 一時間あれば余裕で蹂躙できる戦力差だ。エルフ族の命が惜しいなら……勇者よ。吾輩にその命を差し出すがいい。さもなくばエルフ族は皆殺しだ……! さぁどうするね?」


 なるほど。悪知恵の働く奴なのは間違いないな。だけど俺たちだって馬鹿じゃない。エルフ族の集落にはフィオナを置いてきている。すぐに全滅するってことはないはず。


「その取り引きに応じる気はない。俺の仲間が、必ずエルフ族のみんなを守る! 小賢しい真似はもう止めるんだな。俺の選択はただひとつ。お前と戦い、そして絶対に倒す!」


 一呼吸の間に距離を詰め、握り締めていた『白銀の剣』を振り下ろす。

 リンボルダはその一撃をスウェーで回避して後方へと飛び退いた。

 体格の割に瞬発力がある。結構素早い。ただの頭脳派気取りじゃないな。


「ふんっ、馬鹿め。亜人を見殺しにしたいならするがいいさ。吾輩の手下を見くびるな。亜人がトレントやマイコニドに十分な対処ができないのはとっくに確認済みで……!?」


 映像を投影したままのリンボルダはその光景を見て目を丸く見開いた。

 エルフ族の集落から広がる巨大な魔力の波が、五百を超える配下の魔物を襲う。

 波濤の如き魔力の波を浴びた魔物は瞬く間に氷塊と化して砕け散っていく。


 五百を超える魔物の軍勢が壊滅状態に陥った瞬間を俺たちは目撃した。

 フィオナだ。『無限領域』の力を解放したフィオナによる芸当に違いない。


「こ、こんな馬鹿な話があるかっ。いつの間にSランク冒険者を仲間に入れたのだっ! そうでなければこんな真似はできんはずだ!!」

「俺もここまでやるとは思ってなかったけど……これが俺の仲間の力だ。次は俺たちの力を、お前が存分に味わう番だ!」

「舐めるなァッ! クソガキがぁッ!! 吾輩の作戦を台無しにしてくれた代償は高くつくぞッ!!」


 下から何かが来る。霊廟の中という閉所だ。逃げ場が存在しない。


「すみません、大切な場所でしょうがご容赦ください!!」


 俺は横の壁に向かって『流星斬』を放ち、壁をぶち破って逃げ場を作った。

 意図を察したバーボンとクレアがエレーナさんを連れて真っ先に逃げる。

 俺も後を追って外へ飛び出す。直後、霊廟は太い蔓のような植物に破壊された。


 下から感じた攻撃の気配の正体はその蔓だったのだ。

 壁や天井を突き破り、エルフ族の霊廟はすでに原形を残していない。

 蔓の各部には不気味な花が咲いており、視覚的に危険性を訴えてくる。


 何の植物か不明だけど見覚えがあるぞ。

 この蔓はグラナディラの街を覆っていた植物のひとつだ。

 つまりあの花が撒く花粉には毒があるということになる。まずい。


 俺の『破邪聖域』はマイコニドの胞子は防げても植物の花粉までは防げない。

 あれは魔物じゃないからな。あくまでも魔法の産物だから効果の対象外だ。


「風系魔法で気流を操って花粉を防ぐわ。みんな、私から離れないで!」


 状況を察したクレアがいち早く対策を講じてくれた。

 俺たちはクレアの近くへ駆け寄り、彼女を中心として風が巻き起こる。

 これで霧に混じって広がる毒花粉に苦しめられることはないはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ