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71話 戦いの最前線

 ウィングリンさんの少し後ろをついて歩く俺たちにアイシャが走り寄って来た。

 手にはなぜか猫じゃらしが握られている。そういえば、マニャ族にとって猫じゃらしは神聖な植物とされている。マニャ族同士で友好の証として贈られることがあるそうだ。


「ルクス、これ受け取るにゃ! 四天王を倒して絶対にマニャ族の集落まで帰って来るにゃ!」

「……ありがとうアイシャ! 大丈夫だ、俺たちは魔物なんかには負けない。約束する!」


 猫じゃらしを受け取った俺は、必ず勝つという決意を胸にエルフの集落へ向かう。森を歩き慣れたウィングリンさんたちエルフ族を追いかけるのは疲れたが、なんとか着いた。案内役を任されていたアイシャは気を遣って俺たちに歩調を合わせていてくれたんだな。


「どうした。疲れているようだが。そんな調子で本当に新魔王軍を倒せるのか?」

「……お気になさらないでください。戦闘には支障ありませんから」


 ちょっと強がってみたがウィングリンさんは鼻で笑っていた。

 時刻はとっくに夜中だが魔物に昼夜なんて関係ない。昼でも夜でも襲ってくる。


 エルフ族の集落は魔物除けの高い柵が張り巡らされいるようだが、言ってしまえばそれだけだ。もし統率された魔物が大量に襲ってきたらこんなもの大した防備にならないだろう。新魔王軍はこの集落辺りまで戦線を伸ばしているそうだからいつ狙われてもおかしくない。不安だ。


「四天王退治の前に、この集落の防備を固めた方がいいかも知れんな。戦力も少なそうだ。エルフ族の長老様よ、敵と向こうの戦力差はどれぐらいなんだい?」

「エルフ族の森番だけで五十程度だ。ドワーフ族を足しても百人には届かない。対して向こうは……そうだな。恐らく五百以上はいるだろう」


 バーボンの問いに答えるウィングリンさんの話を聞いて、俺は頭を悩ませた。

 今回は単純に四天王を倒せば終わりって訳にもいかないな。

 リーダーを失い野生化した魔物たちがそのまま集落を襲って被害を増やしかねない。『禁断の森』は非常に広大なだけに魔物が潜める場所もまた多いのだ。


「ではこの集落に仲間のフィオナを置いていきます。治癒魔法の使い手ですし、戦闘も出来ます。並大抵の魔物なら彼女一人で十分だと思うので」

「へ? わ、私ですか? 一人なのは不安ですが……頑張ります!」


 突然の指名にフィオナは驚いた様子だが正直フィオナが一番強いまである。

 ヘルヘイムとの戦いで『無限領域』の力を使いこなせるようになったからな。

 完全無欠とまでは言わないけれど、マイコニドやトレントごときに遅れを取ることはあるまい。


「確認するがそんな小娘が役に立つのか? すでに不安で震えているようだが」

「あー……いえ。これは武者震いです。そうだよなフィオナ?」

「えっ……あのぉー……その。一人で上手く出来るかちょっと心配で……」


 フィオナは正直者だなぁ。ウィングリンさんが凄い目で俺を見てくるじゃん。

 明らかに実力を疑っているな。それならフィオナの力を見せてやるか。


「では証拠を見せましょう。フィオナ、この集落を守る『防壁』を氷系魔法で作ってみてくれ」

「馬鹿な。いくら小さい集落とはいえそんな魔法を小娘が扱えるわけ……」

「は、はいっ。多分大丈夫だと思います。それでは……行きますっ!」


 フィオナが祈りを捧げると、膨大な量の魔力が放出されていく。

 その圧倒的なまでの魔力の高ぶりにウィングリンさんも言葉を失っていた。

 瞬く間に集落をぐるっと一周するように分厚い氷の壁が出現する。


 中々良い出来だ。もっとも入り口も出口も無いから、ある意味閉じ込められたわけだが。ま、まぁ……梯子でも持ってきてそこから出入りすればいいか。分厚いから氷の壁を登れば高台代わりにして見張りも出来るな。


「それでウィングリンさん、四天王のリンボルダは何処にいるかご存知ですか?」

「……それらしい奴なら森の最深部にいる。だが最深部は我らにとって聖域。お前たちだけに任せるわけにはいかぬ。エレーナ。三人を案内してやれ。四天王を倒すところをその目で確認し、私に報告しろ」

「はっ。かしこまりました」


 ウィングリンさんの護衛の一人が返事をすると、俺たちをじろっと見た。

 一度は俺と戦った人だ。気まずい。確か石を投げて気絶させた人だったと思う。


「何をぼーっとしている。今から行くぞ。三人ともついてこい」

「ルクスさん、ご武運を祈ります。気をつけてください」

「もちろんだ。すぐ終わらせて戻ってくるよ。フィオナもこの集落を頼んだぞ」


 俺たちはエレーナさんの案内で森の最深部へと向かった。

 前にちらっと話していたが、最深部の森には意思があるとか言ってたな。

 その意思が侵入者を拒むと。だからエルフの協力無くして最深部には入れない。


「エレーナさん。最深部の森には意思があると聞きました。精霊が宿っているということなんですか?」

「そうだが、ただの精霊ではない。我らエルフ族の先祖ヴァンフロディ様が分割した精神の一部。それが森に宿る意思の正体なのだ。ヴァンフロディ様は森を生み出し、そして守護する森の妖精。この森には五つの種族が住んでいるが、元々は我らエルフ族のものなのだ。だからこそ我らは先祖より受け継いだこの森を命よりも大切に扱っている」


 そうだったのか。更に話を聞いてみると、森を守る森番に選ばれたエルフ族は、皆、森の意思と対話することができるようになるという。それによって『禁断の森』全体の状態を把握し、侵入者や外敵にいち早く対応できるのだそうだ。森の意思を聴くことは森番にとっての必須技能とも言える。


「我らエルフ族の森番は森の意思を聴くことができる……だが最近おかしいのだ。妙に森の声が小さくなっている。まるで……弱っているかのようだ」

「四天王が関わっている可能性がありますね。今までにはそういった事は無かったのですか」

「ない。冬に限っては少し眠たそうにしているがな。あの弱った声を聴くと、早く助けてやりたいと思う。だが私たちは非力だ。新魔王軍の魔物ごときに手こずって何も出来やしない」


 エレーナさんの憂いを帯びた顔。今までの険しい表情が嘘のようだ。

 頑なではあるがエルフ族もまた、自分たちの大切なもののために必死なんだな。

 早くこの戦いを終わらせなければいけない。


 森の最深部へ至る道は濃い霧で包まれており、ここから先が普通じゃない、危険だ、というのを視覚的に理解させてくれるな。今更ではあるが敵の中枢にたった四人で飛び込むのだから身が引き締まる思いだ。


「っ……駄目だ。霧に混じって魔物の胞子が飛んでいる。あれを吸ったり身体に付着させると寄生される。このままでは最深部に入ることができない」

「マイコニドのことですか。なるほど……目には見えませんが、確かに嫌な魔物の気配を感じますね。では俺の魔法で対処します」


 顔を顰めるエレーナさんの肩を叩くと、俺は強く右足で地面を踏んだ。

 俺を中心に真円の結界が広がっていく。これは『破邪聖域』という光系魔法だ。

 光系魔法の聖なる力で魔物などの悪しき存在や邪悪な魔法を排除してくれる。

 マイコニドの胞子も結局は魔物だから、この結界で防げるわけだ。

 結界は俺を中心に広がっているので俺から離れなければ問題無く先へ進める。


「……こんなことができるのか。勇者という話は本当だったのか?」

「エレーナさんよ、それに関してはここだけの話ってことにしといてくれ。ルクスにも色々事情があってな。本当は勇者だって知られると都合が悪いんだよ」

「何だそれは……何かやらかしたのか。確認しておくが、やましいことをした訳ではなかろうな」


 疑いの目を向けてくるのは仕方ない。笑われるかもしれないけど無実の罪だ。

 と、言っても全部話してたらキリがないし長話するような状況でもない。


「やましいことはしてません。身分違いの結婚をしようとしたせい……なのかな」

「何だそれは。よく分からん。人間同士の恋愛なのになぜ面倒事が起きる?」

「ああ、はいはい。エレーナさんごめんね。ルクスの身の上話は帰ってからにしましょ」


 クレアがパンパンと手を叩いて音頭を取ると、エレーナさんを先頭に最深部へと進むことになった。ふう。変な追及をされて恋愛話にならなくて良かった。話すことになったらちょっと恥ずかしいし。今更古傷を抉られるみたいで俺も辛い。

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