表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/106

70話 憎悪を解かす道

 ハティさんの問いかけに対して真っ先に口を開いたのはトバルカインさんだった。エルフ族の長老、ウィングリンさんは様子を窺うように沈黙を貫いている。


「ハティ、お前の言うことは当たってるよ。俺たちだけじゃ新魔王軍の連中を防ぎきれない。ムカつく話だが事実だから認めるしかねぇ。敵は数も多いし、非道な方法で攻めてくる。四天王とか言ったか。多分そいつにも……俺たちでは勝てん」

「確かにそれは事実だな。今、戦線は我らエルフ族の集落の近くまで押し込まれている。このままでは森に住む全ての種族が滅ぼされかねない。だからと言って、そこの人間たちに頼るのは早計だがな」


 認めた。突破口が僅かに見えた気分だ。このまま何とか言いくるめたい。

 聴衆も自分たちが滅びるかもしれないと不安を煽られざわざわと騒いでいる。

 畳みかけるようにニャコックさんとポルタンさんが口を開いた。


「儂も何も考えず森に招き入れた訳ではないですにゃ! 彼らは儂の占いによれば、森を救う勇者たちに他ならないですにゃ! 占いが当たっているとすれば、彼らの助力があればこの困難も乗り越えられますにゃ!」

「それにルクスさんたちはイリオン王国の次期国王から書状を預かっています。胡散臭い山師とは違いますよ」


 次期国王というフレーズを聞いてウィングリンさんの表情が反応した。

 険しい顔をますます険しくさせ力強く拳で机を叩き叫ぶ。


「それがいかんと言うのだッ! つまりこいつらは人間の王の手先ということだ! ここで恩を売っておいて後で我々の森に介入する口実を作ろうとしている! 皆の者、騙されてはならぬ! 人間こそどんな手段でも使ってくる悪魔のような存在だ! それに比べれば魔物などまだ生易しいわ!!」


 この頑ななまでの態度。ウィングリンさんは他の種族より疑り深い。なんてもんじゃない。人間に対して明確な憎悪を抱いているように見える。これは何かあるな。そう思っていると、隣に座っていたアイシャが俺にひそひそと教えてくれた。


「ウィングリン様はこの森で一番長生きなのにゃ。昔は人間の奴隷として仕えて、戦争にも参加したって言ってたのにゃ……私たちは人間に酷いことをされたって言い伝えでしか知らないけれど、ウィングリン様だけは違うのにゃ。実際に酷い仕打ちを体験した御方なのにゃ」


 エルフは長寿と聞いたが、その話が真実ならウィングリンさんは軽く数百年生きているということになる。亜人が奴隷扱いされていた世代の生き残りなら人間の協力を断固拒絶するのも頷ける話だ。

 だけど今はもう時代が違う。今や法は整備されほとんどの国で奴隷を売買することそのものが禁止されるようになった。人間だろうと、亜人だろうと、魔物だろうとだ。倫理観だって昔に比べれば随分進歩しているはず。


 何か良いきっかけさえあれば。チャンスがあれば、もうとっくに亜人と人間同士が手を取り合える時代になっているのだ。でもウィングリンさんの憎悪は非常に根が深いものだろう。俺たちはどうすればいい。ただ長老同士の多数決で勝てばいいのか。それが答えでいいのか。


「ウィングリン様、つまりこういう事ですかにゃ。ルクスさんたちも新魔王軍も敵だと。それで具体的にどうやって双方に対処するつもりですかにゃ。儂としては、背に腹は代えられないと思いますがにゃ……」

「掟通り人間には出て行ってもらう。新魔王軍には、現状エルフ族とドワーフ族では対処しきれない。戦力差が大きいのでな。残りの三種族にも協力してもらう」


 会議場が騒然となった。それはつまり非戦闘員を戦いに参加させることを意味している。無茶な対応策と言わざるを得ない。マイコニドでもCランク相当の強さがある。トレントに至ってはBランクだ。武装した非戦闘員をEランク程度の冒険者と考えればその無謀さが分かる。


「それには賛同しかねますね……あまりにも無茶ですよ。それなら新魔王軍と戦ってきた経験を持つルクスさんたちに頼るのが一番妥当な道だと思いますが」

「まぁいいじゃねぇか。人間に頼るか、それとも自分たちの力だけで解決するか。ちょうど二択だ。多数決で決めようぜ。ウィングリンに賛成する長老は挙手してくれや」


 しばしの静寂が訪れた。すでにウィングリンさん以外の長老以外には根回しが済んでいるから当然なのだが、長老は誰も挙手しない。なんか悪いことをしてしまったな。しょうがないかもしれないけれど胸が痛むのを感じずにはいられない。


「……そういうことか。貴様ら。こんなことをしてただで済むと思うなよ。後で相応の報いを受けさせてやる……! 絶対にな……!」


 ウィングリンさんが事情を理解した時にはすべて遅かった。議論は始まる前に終わっていたのだから、当然の結末と言えるだろう。けどこれ、不味くないか。余計な禍根を生んでしまった気がする。俺たちはこのやり方のデメリットの方に気づいておくべきだったのかもしれない。力技によって意見を押し通せば必ず歪みが生まれるということを。絶対に丸く収まるわけがないんだ。


「新魔王軍が去った時、お前たちが長老で居続けられると思うな。必ず蹴り落としてやるぞ……!」


 恨みのこもった声と共にウィングリンさんが立ち上がると、その場を立ち去ろうとする。いかん。このままでは四天王を倒した後、他の長老たちの立場が危うい。俺は慌ててウィングリンさんの前に立ち塞がり、その場に跪いた。


「何だ人間。お前は馬鹿なのか? 道を開けろ。私は帰る。新魔王軍を倒したいと言うのなら勝手にするがいい。今は黙って見逃してやる。これで満足か?」

「誇り高きエルフ族の長老、ウィングリン様。俺……いや、私たちは貴方様の剣です。どうかご命令下さい」


 ウィングリンさんは眉を寄せた。理解が追い付いていないという感じだな。

 俺も正直訳も分からずこんなことを口走ってしまった。自分でも何が言いたいのか分からん。


「何を言っているんだお前は。私は人間などと関わりたくない。早く消え失せろ」

「俺たちはこの森のことを何も知りません。新魔王軍と戦っているのは事実ですが、それにはエルフ族の協力が不可欠です。魔王と配下の魔物は全ての種族にとって脅威です。奴らは見境なく何もかもを滅ぼすまで止まらないでしょう」

「だから手を取り合えと? すまないがそれは出来ない。はっきり言って私は人間が心底嫌いだ。憎悪していると言っていい」

「いえ。亜人と人間の間に深い溝があるのは存じております。ですから私たちは貴方様の剣になります。剣は使い手の命令のまま動きます。貴方様に倒せと言われれば敵を倒し、死ねと言われれば死にます」


 四天王のリンボルダの居場所を特定するためにも森に詳しいエルフ族の協力が必要なのは事実だ。でも彼らをただ屈服させるのでは具合が悪い。他の種族の長老たちが余計な恨みを背負うことになる。エルフ族にもある程度の『納得』が必要なんだ。このやり方が正解なのかは分からないけれど。


「……分からんな。なぜお前はそこまでする。何の動機があって、我々に命を捧げるような真似をするのだ。何か特別な理由でもあるのか?」


 こんなややこしい真似をする理由か。クレアも言ってたが、四天王を倒すだけならここまでする必要は確かにない。ただのメリットだけで言えば亜人のことをいちいち考慮するなんて無駄だ。でも。俺は魔王の手で人が傷つくのを黙って見過ごすわけにはいかないんだ。こんなことになってしまったのも、全ては俺の責任だと思ってる。


 二年前。俺が魔王や配下の魔物を確実に全滅させていれば今の問題は起きなかった。側近のパーガトリアが魔王を復活させることも、この国を襲うことも無かった。何が勇者だ。騒動の原因は俺のつめの甘さだと言っていい。普通の人間は入れない亜人の森での出来事だ。多少はぶっちゃけても良いだろう。


「……二年前、魔王軍を完全に壊滅させられなかったこと。それが全ての原因だからです。新魔王軍が人々を脅かしているのは俺のせいだから……だから」

「……耳を疑う発言だ。貴様が二年前、あの魔王を倒した人間だと言うのか。信じられん」

「信じても信じなくても構いません。大した問題ではありませんから……」

「……まぁいい。そんなに利用されたいのなら、我らの集落までついて来るがいい。本物の勇者を名乗るのなら四天王を倒してみせろ」


 ウィングリンさんはそう言い残して会議場を後にした。

 俺は立ち上がってフィオナ、クレア、バーボンの顔を見て頷く。

 これで良かったのかも分からないまま俺たちはウィングリンさんの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ