7話 神の思し召し
深い森の木々の隙間から木漏れ日が射し込んでいる。
今日はいい天気だ。姿勢を低くして自生している植物を注意深く観察する。
その中に、青色の果実を見つけた。俺はそれを摘み取ると籠の中に放り込む。
「フィオナ、この辺にあったぞ。手伝ってくれ」
「ルクスさん凄いです……見つけるのがとても早いですね!」
「まぁ……慣れだよ。俺もEランク時代はこういう依頼をよくやった」
結局、俺はフィオナの誘いを断れなかった。
今は仲間として日々依頼をこなしていく日常が続いている。
この子がCランクに上がるくらいまでなら、と心の中で条件をつけて。
なにせ俺は正体を隠すため永世Cランク冒険者になったのだから。
それ以上のランクになるためのお節介はやりたくてもできない。
「この青い果実がポーションの材料になるんですか?」
「そうらしい。俺も詳しくは知らないけど……」
そう言って青色の果実をひとつずつ、潰れないように摘み取る。
仲間だった魔法使いもそんなこと言ってたような気がする。
ハインリヒは薬学にも詳しかった。
僧侶のオリヴィアが仲間になるまで彼のポーションは欠かせなかった。
俺もアトラも蛮勇で突撃して無駄に怪我をすることが多かったんだ。
今思えばかなり危なっかしいことをやってた。
「まぁこんなもんでいいだろう。十分集まったはずだ」
今回の依頼はポーションの材料を採取することだ。
薬師が腰を悪くしたみたいで動けなくなったらしい。E級依頼だ。
Cランクの俺が受ける依頼ではないがフィオナはEランクだからな。
もちろん自分の等級以下の依頼も受けられるのだが、旨味が少ない。
ちなみに、ややこしいがパーティーを組むとパーティーにもランクがつく。
PTランクってやつだ。等級は個人と同じ。俺たちは最低のEランクだ。
結成して間もないからな。リーダーは暫定で俺になってる。
「お帰りなさいませ、ルクスさん、フィオナさん。採取は完了したようですね」
ギルドハウスまで戻ると、受付嬢は秤を取り出して果実を量る。
要求された量より気持ち多めに採取したつもりだから大丈夫のはず。
「たくさん集めましたね。必要量の倍はあります」
そうして俺たちは報酬を手に入れ、日も暮れたので酒場へ向かう。
フィオナも俺もジュースで乾杯する。フィオナは酒を飲まないな。
俺は単純に飲めないんだけど。オレンジジュースを一口飲む。
うむ、いつもの味だ。店主はいい仕事をするな。
「フィオナ、ひとつ聞きたいんだけど」
「なんでしょうか……?」
仲間になってもう一週間くらいか。
これからどうしていくのか、行動指針を聞いてもいいだろう。
低ランク冒険者として一生この街で過ごすのか、それとも上を目指すのか。
「これからどうするんだ? ランクの昇格を目指すのかい?」
「そうですね……その……私、漠然と強くなりたいとしか考えてませんでした」
強くなりたい、か。まぁ強くなれば色々な魔物を倒せるようになる。
魔物に苦しむ人を助けたいというフィオナの目標とも一致している。
「強くなるには二つ方法があるよ。まずは自分自身が強くなって昇格すること」
「それともうひとつは……なんですか?」
「信頼できる仲間を集めるんだ。一人でできることは限られてるからね」
仲間と言ってもこのハルモニーの街には同じひよっこしかいない。
この街で強い仲間を見つけるのは難しいだろうけど、気の合う仲間がいれば。
フィオナは仲間選びを失敗して追い出されてしまったけど、信頼関係を結べた仲間は力のひとつと言っていい。
「……それなら心当たりがあります。とても強い人がいるって」
フィオナはジュースの入ったグラスを置いて言った。
初耳だな。俺はその辺の情報収集はやってこなかったから分からん。
ずっとソロで生きていく気だったし。必要ないと思ってたわ。
「そうだったのか。誰なんだい?」
「あそこのバーボンさんという人です。この街で一番強いとか……」
フィオナは酒場の奥を指差した。
そこには美味そうに酒をぐびぐび飲むおっさんがいた。
非常に体格がいい。まさに戦士といった出で立ちの人物だ。
あの人には見覚えがある。
俺が酒に挑戦して吐いてるときに心配してくれた人だ。
おいおい大丈夫か。酒場で暴れたり、酔って馬小屋で寝るような人だぞ。
名前は知らなかったけど酒場に通っていれば顔ぐらい覚える。ヤバい奴として。
「……まぁ仲間の話は保留だ。とにかくフィオナは上のランクを目指すんだね?」
「私は勇者様を目標にしたいです。でも私じゃSランクなんて無理ですよね……」
「まぁ……それは分からないな。でも気持ちは伝わったよ」
フィオナとは彼女がCランクになるまでの関係だろうな。
上のランクを目指せばこの街に留まる理由は薄くなる。
俺はこの街から離れないつもりだ。ぬるま湯に浸り続ける。
もし何かが起こって、また仲間を失うことになるのもゴメンだ。
今でもかつての仲間を失った出来事が夢に出てくることがある。
怖いんだ。大切なものが俺の手から零れ落ちていくのが。
今一緒にいるのはお節介の延長だ。フィオナを冒険者として育成するため。
なんやかんや、初心者卒業のラインはCランク以上からだしな。
「さっ……今日は帰ろう。もういい時間だ」
俺は懐中時計を開いて時間を確認した。
宿屋に帰ってもう寝よう。夜は寝る時間だ。そうだろ。
「あの……バーボンさんを仲間には誘わないんですか?」
覚えてたのかその話。やだよ。絶対めんどいおっさんじゃん。
酒って人間の本性をあらわにするよな。多分まともじゃないよ偏見だけど。
俺はそんなおっさんの面倒まで見る気はないぞ。
「その人を仲間に加えたい理由でもあるのかな?」
「その……バーボンさんも、仲間を探しているそうで……」
「……そうだったのか」
俺はフィオナの提案を却下する穏便な理由を探し続けていた。
偏見で喋るわけにはいかないからな。流石にな。
気がつけば椅子に座り直してフィオナの話に耳を傾けていた。
「長年ソロなのだそうですが、一人だと限界があるらしく……」
「なるほど……たしかに一人だと、受けられる依頼も限られてくる」
ソロってところが気になるな。怪しいと言ってもいい。
なんか理由がありそうだ。強い冒険者なら引く手数多のはずだが。
「私も一人になったとき孤独でした。仲間を探すバーボンさんには共感を覚えずにはいられません。きっとこれも神の思し召しです」
「そうだなぁ……」
そんな急に僧侶っぽいこと言わないでくれよ。
神ってこの世界を創造して以降、完全ノータッチらしいじゃん。
絶対フィオナの考えすぎだから。神は面倒見の良い奴じゃないから。
「……わかった。一度話をしてみて、それから決めよう」
俺は気が進まないままだったが、提案を断る理由が思い浮かばなかった。
フィオナはぱっと顔を明るくしてうんうんと頷く。
「そうですよね! お話してみないと分かりませんよね!」
フィオナは席から立ち上がり二人でバーボンのところへ向かう。
まぁこの街で一番強いならPTランクが低いのは嫌がるかもしれない。
それにもしかしたら俺の偏見とはかけ離れた良い人って可能性もある。