69話 五種族の集会
翌日。いよいよ集会を開く準備が始まった。
アイシャはエルフ族の長老を呼びに出かけ、俺たちはバウバウ族の集落へ向かう。集会はバウバウ族の集落にある会議場で開かれることになったからだ。
なぜ魔物に襲われ未だ生々しい傷跡の残るバウバウ族の集落で集会を行うのか。
これには明確な狙いがある。提案したのはポンタ族の長老、ポルタンさんだ。
俺たちがこの森を自由に動き回り、魔物退治をするには理由がいる。
その理由はこうだ。森を守るエルフ族とドワーフ族だけでは新魔王軍に対抗できず、このままでは滅びの運命を辿る。だから外からやって来た勇者たちに四天王退治を頼む。という話にしようってわけだ。バウバウ族の傷ついた集落はエルフ族、ドワーフ族だけでは森を守り切れない、という演出にうってつけなんだな。
この目で見た通り、あそこは幾つもの家屋が燃やされてしまい、修復には時間がかかるだろう。怪我人こそフィオナが全員治癒したものの、森の守りが機能していないと一目で分かる。
「ここで集落を開くのかい? 別にいいけど、少しみすぼらしくないか?」
バウバウ族の集落に着いてここで集会を開く話をするとハティさんは怪訝な反応をした。もちろん理由を説明したらすぐに理解を示してくれたが。
「エルフ族の長老が来るまで暇だな。酒は無いのか?」
「いけませんよトバルカイン。これから集会なんですから。まぁ、エルフ族の集落は少し離れてますからね。到着するのは夕方頃になるでしょう」
お昼を迎えた時間にマニャ族の長老ニャコックさんが到着し、これでバウバウ族の集落に四種族の長老が集まったことになる。アイシャと共にエルフ族の長老がやって来たのはポルタンさんの予想通り夕方頃だった。
「エルフ族の長老、ウィングリン様が到着したにゃ。もう間もなく会議場に来るにゃー……気をつけた方がいいにゃ。何か機嫌悪そうなのにゃん」
「ご苦労様にゃ。アイシャも集会に参加するかにゃ? 今までルクスさんたちと一緒だったにゃ。状況次第では証言めいた話をしてもらうかもしれないにゃん」
「もちろんにゃ! 長老に言われなくても最後まで見届けたいのにゃん!」
ニャコックさんが労をねぎらうとアイシャは俺たちの隣の席に座った。思えばアイシャには道案内で色々と助けられたな。彼女がいなければ移動はもちろん他の長老への根回しもスムーズでは無かった。
それにしても集会と言うだけあって会議場は人でいっぱいだな。大半はバウバウ族だが、マニャ族やドワーフ族、ポンタ族もいる。エルフ族も、護衛としてこの集落に残っている人員はみんな来てるんじゃないか。集会で実際に話し合いをするのはほぼ長老だが、一般の住民たちも聴衆として参加するものらしい。今回は特に人間がいるから物珍しさで人が集まる結果となった。
「あの人間は良い人だわん。イケメンだし私たちを助けてくれたんだわん!」
「これだからバウバウ族は! 人間なんて悪い連中に決まってるぽんぽこ!」
「美人のお姉ちゃんが二人も! ドワーフ族は全面的に人間を認めるぞ!」
……どうやら聴衆の意見は様々のようだな。大抵は好奇の眼差しだ。
俺たちをあからさまに敵対視している人々は少ないように思える。
「来たにゃ……ウィングリン様にゃん」
アイシャがぼそっと呟いて背筋をピンと伸ばした。エルフ族の長老は他の長老よりも偉い立場みたいだな。他の長老たちも居住まいを正している。エルフは寿命が長いと聞くから、年功序列的にも他の種族より自然と上なのかもしれない。
部屋に入って来たのは金色の長髪を腰まで伸ばした男性のエルフだった。まだ青年くらいにしか見えないが身振りには威厳があり、表情も険しい。確かに機嫌が悪そうだ。部屋にいる俺たちを見た瞬間から更に険悪な気配が濃くなった。
「新魔王軍との戦いについて話したいことがあると聞いて来たが……何だこれは? 貴様たちは何をしている? 正気を失ったのか」
エルフ族の長老ウィングリンさんは椅子にも座らず開口一番にそう言った。
両脇には護衛らしき女性のエルフが立っており、俺たちを睨みつけている。
どちらも見覚えがある。この森の近くまで来た時、俺たちを追い返そうとしたエルフだ。その後戦いになった。この事実が不利に働かなければ良いが。
「まずは座ってくれやウィングリン。こいつらは敵じゃ無いからよ」
トバルカインさんが着席を促すとウィングリンさんは渋々椅子に座った。
緊張してきたな。いよいよ集会が始まるのか。上手く行くか、正直不安だ。
合議制である以上、根回しが済んでいる俺たちが絶対的に有利なはず。
だけど人の心は変わる。いくらでも変わるものなのだ。話し合いでウィングリンさんに説得され、意見を翻す長老が現れる可能性もある。
「ともかく集会を始めますにゃ。議題はこの森を襲う新魔王軍について――」
「ニャコック、貴様は何か勘違いしているな。その議題は後回しだ。まずはこの森に人間を招き入れた者を断罪せねばならぬ。こんな馬鹿げた真似をした奴は誰だ? 申してみよ」
厳しい口調だ。騒いでいた聴衆は一瞬で静まり返り、長老たちも沈黙した。
ウィングリンさんも何も喋らない。威圧するような雰囲気で返事を待っている。
やがてニャコックさんが恐る恐るといった様子で答えた。
「……儂ですにゃ。森の掟に反しているのは重々承知していますのにゃ。しかし……」
「言い訳は聞きたくない。掟は分かっているな。貴様には厳しい処罰を受けてもらうぞ」
ウィングリンさんの両脇に控えていたエルフが立ち上がりニャコックさんに近づいていく。有無を言わせず捕える気か。ニャコックさんを守りたかったが、部外者の俺たちが下手に動くとますます信用が下がる。迂闊に行動できない。
「お待ちくださいウィングリン様! ニャコック様は悪くありません! 最後まで話をお聞きになって下さい!」
聴衆を掻き分けてエルフ族の女性が三人、前まで飛び出すとウィングリンさんに跪いた。ニャコックさんを拘束しようとしたエルフ二人は思わず立ち止まる。
「何だお前たちは。掟のことは知っていよう。この森に人間を招き入れた者には処罰を与えねばならぬ。人間を信用するなと教えたはずだな? 彼らがかつて我々に何をしたか、知らぬ訳ではあるまい」
「この人間たちは魔物に寄生された私たちを助けてくれました! 新魔王軍に果敢に立ち向かい、傷ついたバウバウ族も治してくれたのです! それが悪意ある者のすることでありましょうか! どうか! どうかニャコック様の話に耳を傾けて下さい!」
跪く三人のエルフには覚えがある。
マイコニドに寄生されていたエルフ族の森番たちだ。
あの寄生茸は俺が除去したけどバウバウ族を守るためまだ集落にいたんだな。
しかしウィングリンさんの護衛であるエルフは彼らの懇願を切って捨てた。
「愚かな。如何なる理由があろうとも掟は絶対だ! 守られてこその掟なのだ! 例え我らにとって有利に事が運ぶような結果が待っていたとしても、掟に逆らってはならんのだ!!」
「確かにそうだね。でも事実としてこのままじゃあ私たちは新魔王軍に滅ぼされてしまうんじゃないか。そうだろう、ウィングリン、トバルカイン。この森を守る戦力を担ってるのはエルフ族とドワーフ族だ。正直に答えてごらん。事と次第によっては特例を作るしかない。私たちが生き残るためにはね」
ニャコックさんが処罰される流れをハティさんが上手く変えてくれた。
聴衆はざわざわと喧騒を取り戻し、ウィングリンさんとトバルカインさんの反応を待った。