68話 白銀の剣
ドワーフ族の長老、トバルカインさんの家へ案内された俺たち。
囲炉裏のある部屋へ案内されてしばし自己紹介が続いた。トバルカインさんは不愛想な相槌を打つだけだったが、どこか興味深そうでもあった。人間と話す機会なんて少なかっただろうしな。無愛想ではあるものの俺たちを嫌う素振りも無い。
「そろそろ鍋が炊けた頃だな。我が家の飯で良ければまぁ存分に味わってくれや」
「トバルカイン様は何もしてないにゃ。フィオナが作ってくれのにゃ」
みんなで鍋をつつくってのは何気に初めてかもしれないな。
鍋料理を食うこと自体あまりなかった。フィオナが鍋料理を選んだ理由は分からないけど、同じ釜の飯を食った仲、とか言うよな。種族は違えど同じ飯を食うことで親睦が深まるなんてこともあるかもしれない。
「若いの、お前の名前はルクスだっけか。さっきの折れた剣、もう一度見せろ」
酒の入った杯を置いてトバルカインさんは向かい側にいる俺に手を伸ばした。
傍に置いていたブロードソードを鞘から抜いて手渡すと、足元に置いてまじまじと見つめる。
「お前は剣に合わせた戦い方が出来てるよ。出来過ぎなくらいだ。だがそれ以上の力を持ちながら、剣の能力を発揮出来るよう気を遣うってのは、力の使い方として勿体無ぇな」
「分かるんですか……ハティさんから話で聞いた通りですね」
「職人のドワーフなら誰でも分かるだろうよ。そんな大した技能じゃねぇ」
「あの……良いんですか。さっきの剣、頂いてしまっても。お金も払ってないのに」
トバルカインさんから貰った剣は凄く良い剣だ。
普通の武器屋で買おうとしたらCランク冒険者の一年分は必要だろう。
それを見ず知らずの人間にポンと渡すなんて気前が良すぎる。
「良いんだよ。金なんていらん。武器ってのは使われてナンボだ」
杯に入った酒を一気に飲み干して、酒瓶を傾けて杯に酒を注いでいく。
トクトクと琥珀色の液体が杯に落ちて満たされる。
トバルカインさんが酒を口に運ぼうとした瞬間、家の扉を叩く音が聞こえた。
こんな時間に誰だろうか。トバルカインさんは何も言わず扉を開ける。
「おう。やっぱりポルタンだったか。急にどうしたんだい?」
「なんだか急にあなたと一杯やりたくなりましてね。お客様でもいらっしゃるんですか?」
「近頃危ないのに大した度胸だな。会ったらたまげるぞ。アイシャが人間を連れて来た」
「おやおや……とんでもない事態じゃないですか」
でっぷりと太っている狸顔の男性が部屋に入って来る。狸顔っていうか。
本当にほとんど狸だな。人間要素は二足歩行しているところしかない。
この辺りはニャコックさんとも似ている。たぶんこの人がポンタ族なのだろう。
ドワーフ族とポンタ族は仲が良いとハティさんも話していたし。
アイシャが耳をぴょこっと立てて俺たちに誰か教えてくれた。
「ポンタ族の長老、ポルタン様にゃ。トバルカイン様とは仲が良いのにゃ」
「どうもポルタンです。皆さんどうやってこの森に? 人間は入れないはずですが……」
ポルタンさんはやや警戒しているようだ。この森ではそれが普通の反応だろう。
理由も無く存在しないはずの異分子がいたら誰だって警戒心を抱く。
「ニャコック長老の占いによる指示にゃ。ルクスはこの森を救う勇者なのにゃ!」
アイシャは何だか誇らしそうだが俺は恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。
トバルカインさんは無言でポルタンさんを囲炉裏の前に座らせる。
「新魔王軍、でしたか。退治にそれほど手こずっているんですか?」
「ああ……正直なところ劣勢だな。敵は非道だ。戦いの手段を選ばない」
それはあるな。エルフ族にマイコニドを寄生させて操ったり。
味方の魔物であるトレントを燃やして自爆特攻めいた扱いをしたり。
真っ当な倫理観を持つ者ではやらない戦い方をしてくる。まさに非道だ。
「バウバウ族の集落まで襲われてたにゃ。劣勢どころか超ピンチにゃ」
「なんと。マニャ族や我々の集落が襲われるのも時間の問題ですね」
ポルタンさんにも事の深刻さが分かったようだ。
早急に新魔王軍を、四天王のリンボルダを倒さなくては犠牲者が増える。
「俺たちは冒険者です。依頼でこの国を襲う四天王と戦い、すでに二体倒しています。許可さえあればこの森に巣食う四天王も必ず倒すとお約束します」
「なるほど……失礼ですが何か証拠になるようなものは?」
「ここにイリオン王国のアル王子が書いた書状があります。国王は新魔王軍の襲撃時に亡くなりました。アル王子は次期国王として戴冠する予定の御方です」
アル王子から託された書状をポルタンさんに渡すと、うむむ、と唸って俺に返してくれた。
「どうやら本物のようだ。信じましょう。ですがエルフ族を説得するのは骨ですよ。彼らにはこの森を守って来たという自負と誇り、実績がありますからね。トバルカイン、あなたも書状は見たんですか?」
「武器を見れば力量は分かるさ。全員かなりの手練れだよ。腕自慢の若いドワーフでも相手にならん」
俺は胸を撫でおろした。これでドワーフ族とポンタ族を味方に引き込めたな。
後は集会を開いてエルフ族に協力させるだけだ。強制的ではあるが。
「魔物共はこの森の最深部に居座ってる。その辺りはエルフの森番の管轄でな。あいつらの許可なしには立ち入ることが出来ない決まりだ。というより、無断で立ち入った侵入者を排除する仕組みになってる」
「人払いの魔法のようなものですか? しかしなぜ新魔王軍はそんなところに……」
「魔法といいますか、最深部の森には意思のようなものがあるのです。その意思が侵入者を拒むのですよ」
「最深部は俺たちにとって聖域だ。それぞれの種族の先祖を祀る場所になっていて、祭事以外で出入りすることは滅多にない。最深部からさらに先は、隣国との国境でもある大霊峰が連なっている」
ポルタンさんがトバルカインさんの杯に酒を注ぐとそれを一気に飲み干す。
「魔物共は、不意を突くために大霊峰を越えてこの森を襲って来た。俺たちも最深部から魔物が襲ってくるなんて想定外だったから泡食っちまった。普通、大霊峰は険しすぎて越えるなんて不可能だからな……」
グラナディラの街を襲ったことを考慮すると、かなり迂回して来てるな。
そこまでの手間をかけてこの『禁断の森』を襲う価値があったというのか。
何かあるに違いない。でも魔王や側近のパーガトリアの命令ではない気がするな。たぶん四天王リンボルダの独断だろう。だからこそ狙いがよく分からない。
「明日に集会を開く。四種族がお前らの事を認めれば、エルフ族も協力するしかないだろうよ」
「それより気になっていたのですが。トバルカイン。あの剣、遂に使い手が現れたのですね」
不意に話が俺の貰った剣に変わった。
トバルカインさんは不愛想にそうだ、と相槌を打って酒をぐいっと飲む。
「いえね、その剣はトバルカインが若い頃に作った剣なんですよ。今も趣味で鍛冶仕事をしてますが、昔の彼は本格的に鍛冶屋を目指していて、最強の武器を作るぞと意気込んでたんです。そして生まれたのがその『白銀の剣』。柄も刀身も綺麗な白銀みたいでしょう」
そんな名前がついていたのか。確かに白銀色の綺麗な剣だ。
まるで芸術品かと見紛うかのように美しい。俺なんかには勿体ない。
「ですが今まで使い手がいなかったんですよ! エルフは弓を好みますし、力自慢のドワーフが使うのは決まってハンマーや斧です。かと言って他の種族が武器を持って戦う機会は滅多にありませんからね。トバルカインも相応しい使い手じゃなきゃ渡す気にならんと意地を張るし。いやーそうですか。まさか人間の方がやって来て使い手になるとは夢にも思いませんでしたよ。これはめでたい」
「……若い頃は需要ってやつを理解して無かったんだよ。ルクス、あんまり気にするなよ」
思っていたより大切な剣みたいだ。俺も折らないように気をつけないと。
と、言ってもかなりの業物だ。滅多なことで折れたりしないと思う。
『白銀の剣』か。これからよろしく頼むよ。