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67話 信頼の条件

 クレアが俺の顔を見ている。俺は少し間を置いて首を横に振った。

 誤魔化し方はいくらでもある気がするが、それでいいのか。

 確かに俺が勇者クルスだという事実はバレてはいけない。


 だが前にも思ったように相手は人間とほとんど交流を断っている人々だ。

 俺の事を知っても大して情報が拡散するとは思えないからな。

 ならば正体を隠すことよりも、信頼を得ることの方が遥かに重要だ。

 隣にクレアが寄って来て俺に耳打ちした。


「ルクス、いいの? 集会は合議制なんでしょ。この森に住む種族は五つ。エルフ族とバウバウ族を敵に回しても残りのドワーフ族、ポンタ族を味方に出来ればそれで押し通せると思うんだけど」

「確かにそうだけど……いや。出来るなら、敵は増やしたくない。俺の話をするだけでいいなら話すよ」


 禍根を残したくてこの森にやって来たわけじゃない。

 お節介かもしれないが、俺たちはこの森に平和を取り戻しに来たのだ。


「ハティさん、本当に秘密にしていただけますか? 俺は正体がバレてしまうと冒険者ではいられなくなってしまうんです」

「ほう。何か訳ありみたいだね。さっき言った通り秘密は守るから安心しなよ」

「二年前……俺は魔王を倒し、人間の社会で『勇者』と呼ばれました。ですが故あって無実の罪を着せられてしまい、それから俺は正体を隠して生きなければならなくなったんです」


 細かい話は省いたが、これまでの概ねの経緯をハティさんに話した。

 これで多少の信頼を得られたと思いたいのだが。

 一緒に話を聞いていたアイシャは尻尾をぴょこぴょこさせて興奮していた。


「凄いにゃ! 占いはドンピシャだったにゃ! ルクス、本当に勇者なのにゃ!?」

「まぁ一応そうなるけど……でも大したものじゃないよ……」

「アイシャが驚くのも無理はないねぇ。私も驚いてないと言えば嘘になるし、ね。この森にも人間が魔王を倒したって話ぐらいは届いているから」


 勇者と言ったって、結局は仲間を犠牲に勝利を得たような奴だからな。

 俺はこの称号に然程の値打ちがあるとはどうしても思えない。

 むしろ、その名を聞くたびに胸が締めつけられる気分だ。

 もっと力があれば仲間は死なずに済んだと自分に問い続けることになる。


「よし。嘘は言ってないようだし、約束通り私はアンタらを信用する。集会を開いた際はこの森で自由に行動できるよう助力するよ。問題はドワーフ族とポンタ族だね。この二つの種族は結構仲が良いから、上手くやれば纏めて味方に引き込めるはずだよ」

「なるほど……それで、信用してもらうのに何か良い方法などはありませんか?」

「簡単だよ。ドワーフ族は鍛冶が得意でね。『武器』を見て人を判断する」


 武器を見てか。俺の剣、安物の上に折れちゃってるんだけど大丈夫かな。

 ハティさん曰く、エルフは高慢で排他的だがドワーフは頑固で職人気質らしい。

 鍛冶を得意とするドワーフたちは人よりもその得物に関心が行きがちだという。


「武器を見れば人が分かるってのはドワーフの職人の口癖さ。後はそうだね。良い武器を持ってるならそれをあげれば食いつくかもね」

「買収するんですか……でも俺の折れた剣じゃ無理そうですね……」

「あははっ。ごめんごめん。むしろ欲しいくらいか。まぁ、私が見た限り、何もしなくてもドワーフの長老はアンタを気に入ると思うけどね」


 気に入ってくれる、か。ドワーフの長老はどんな人物だろうか。

 ともあれ次にポンタ族だ。この種族は狸に似ていて化ける能力を持っている。

 だがその能力を無暗に使うことはなく、性格は温厚でマイペース。

 ミミックのように擬態する能力を持つクヌータンなる魔物が先祖らしい。


「ポンタ族は後にして、まずはドワーフ族に会うと良いよ。剣も必要だろう? ドワーフから買うといい」

「あの……一応確認ですが、俺たちが使ってるお金って使えるんですか?」

「安心しな。そこまで未開の土地じゃないから。私たちも一応、イリオン王国の住民なんでね」


 道案内は引き続きアイシャがするということで、俺たちはドワーフ族の集落を目指した。到着したのは日が暮れる頃。ドワーフ族の長老の家を訪ねてみたが誰もいない。


「たぶん鍛冶場にいるにゃ。ドワーフ族の長老はいい歳して武器作りに熱中してる変人なのにゃ」

「……家に誰もいない辺り、長老は独身のようだな。家族は居ないのかい?」

「頑固すぎて奥さんは別居中にゃ。家庭を顧みない人なのにゃ」

「マジかよ……他人事とは思えねぇぜ……」


 何気なくアイシャに聞いたバーボンにダメージが入ったようだ。

 彼もまた奥さんと離婚しているからな。他人事だと思えないのは当然だろう。

 鍛冶場に行くと外からでも鉄を叩く音が聞こえてくる。

 俺たちはアイシャを先頭にそーっと鍛冶場の中に入っていった。


 背の低い、しかし恰幅の良い筋肉質な男性が一人で作業をしている。

 髭を長く伸ばしていて、やや年老いて見える。この人がドワーフ族の長老か。


「トバルカイン様、お久しぶりにゃ。用事が会って来たにゃ」

「アイシャか。なんだ、今見ての通り忙しい。後にしてくれ」

「そうはいかないのにゃ。森の外から勇者様が駆けつけてくれたにゃ! エルフ族の説得に協力して欲しいのにゃ」


 トバルカインと呼ばれたドワーフ族の長老は俺を一瞥して、また作業に戻った。

 なるほど。確かに偏屈そうだ。頑固な印象も受けないと言ったら嘘になる。


「ドワーフ族とエルフ族の実力が信用ならねぇってのか、アイシャ」

「んー。信用はしてるけど不安なのにゃ。このままだとみんな滅ぼされそうにゃ」

「フン……なら試してやる。おいそこの若ぇの! 剣を抜いて振ってみな」


 俺? でも剣を持ってるの俺しかいないし。俺なんだろうな。

 試されるのって苦手だな。無理難題を押し付けられないと良いんだけど。

 渋々、鞘から折れた剣を抜き放って見せるとトバルカインさんが怒り始める。


「馬鹿かテメェ! そんな使い物になんねぇ武器でどう戦う気だ!?」

「いやっ……すみません。魔物と戦った時に折れちゃって。でもまぁ、全く戦えないわけでは……」

「チッ……仕方無い奴だな。これ使え」


 今舌打ちされたのか俺。そんなに怒らないでくれよ。怖いなぁ。

 トバルカインさんは怒りながらも一振りの剣を渡してくれた。

 鞘から抜くと白銀の輝きを放って俺の顔を映し出す。綺麗な刀身だ。


「俺が若い頃に作った剣だ。大したもんじゃねぇ。さっさと振ってみろ」


 大したもんじゃねぇ、と言うが大した剣だよ。握った感覚で分かる。

 これはかなり良い剣だ。俺が使ってたブロードソードより遥かに優れている。

 軽く剣を振る。ひゅん、と空気を切り裂く。うん。良く斬れそうだ。


「ルクス。今、剣振ったにゃ? 全然見えんかったにゃ……」

「ああ……久しぶりにこういう振り方したせいかな。今までの剣は……」

「ナマクラだったから力で叩き割る振り方をしてたんだろ。やり易い方でやれ」


 トバルカインさんがむすっとした様子で俺の言いたいことを言ってくれた。

 やり易い、か。速度重視で剣を振るのは年単位ぶりだからな。上手く出来るかな。息を吐いて脱力。剣を構えて振り抜く。本気の斬撃を放つと決まって音が後から追いかけてくる。


 これだ。これはいいものだ。俺の戦い方ができる剣。

 こういう剣で戦いたいと思えるものに久々に出会った気がする。


「……そいつはくれてやる。持っていけ。おいアイシャ。エルフ族を説得するってのは、集会でってことだよな?」

「そうにゃけど……トバルカイン様、どうしたにゃ? さっきと態度が違うにゃ」

「今日は帰る。お前ら、俺の家に泊まっていけ。大したもてなしは出来んがな」


 ドワーフは頑固で職人気質。でも認めてくれると優しそうだ。

 さっきの素振りでトバルカインさんは俺を少しは認めてくれたってことか。

 ちょっとこそばゆいけど、Sランク冒険者になるくらい頑張ってたおかげかな。

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